アラビアントレノが京都レース場で長距離を走り終えた直後、ここ、阪神レース場では中距離に出走するウマ娘達がパドックへと出ようとしていた。
「グラス!」
「あっ、トレーナーさん、どうかされましたか?」
リギルのトレーナーである東条ハナは、グラスワンダーに声をかけた。
「しっかりと走って、白星を取ってこい」
「分かりました、行って参ります」
実はこの時、東条のもとにはスピカのトレーナーである西崎から「スペシャルウィークが敗北した」との知らせが届いていた、しかしそれをグラスワンダーに伝えると、彼女の士気に影響すると東条は予測し、あえて伏せたのであった。
「やあやあハード、久しぶり、調子はどう?」
一方、出走するセイランスカイハイは、夏合宿が終わってから会っていなかったジハードインジエアと再会していた。
「万全!今日は負けないから!…あと…何でジャージ着てんの?」
「いやー、パドックでパフォーマンスしようと思ってさ、今日はファンの皆も来てくれてるし」
「あっ…なるほど、夏合宿の時のアレか」
「そうそう、そういうこと、まっ…今日は勝たせてもらうよ〜」
セイランスカイハイがそう言うと、ジハードインジエアは歯を見せて笑い、先にパドックへと向かっていった。
「おうおう…元気良いねぇ、なら…私も行かせてもらいますか…」
「あの〜?」
歩き出そうとしたセイランスカイハイに声をかけたのは。
「むむっ…あ~お久しぶりです、グラスワンダーさん」
グラスワンダーであった、彼女は事前に見ておいた出走表の中からセイランスカイハイを見つけ出しており、声をかけようと考えていたのである。
「まさか、あのときにご案内した方が競走ウマ娘だったとは…思いもしませんでした、そして、もう一人のイギリス人の方も」
「もちろん、競走ウマ娘ですよ、ただ、あの娘はイギリス人ではなく、イングランド人ですからその点は気をつけて下さいな…あの時は、色々とお世話になりました」
「……!」
グラスワンダーは相手があっさりと認めたことに対し目を丸くした、彼女は相手が上手くはぐらかそうとすると思っていたからである。
「あれ…どうしました?今日はよろしくお願いしますね」
「は、はい…全力で相手をさせていただきます」
グラスワンダーはセイランスカイハイの手を取り、握手をした。
「それでは〜」
その後、セイランスカイハイは走り去り、グラスワンダーは一人残されたのだった。
『5番、グラスワンダー、中央のリギル所属です』
ワァァァァァァァッ!!
『ものすごい声援ですね、この声援が、彼女の人気を象徴しているとも言えるでしょう』
パドックでは、グラスワンダーが観客たちにお淑やかに手を振っていた。
「うーん…行けっかな〜」
そして、観客席ではセイランスカイハイの担当である雁山が出走表を眺め、唸っていた。
[ 出走表テンプレート ]
| 1 | ジハードインジエア | 中央:メイサ |
| 2 | エコーロケーション | 金沢 |
| 3 | ニシノホーネット | サガ |
| 4 | サナダモンブラン | 園田 |
| 5 | グラスワンダー | 中央:リギル |
| 6 | スティンガー | 中央:アルタイル |
| 7 | オウカナミキング | 中央:ギエナー |
| 8 | エイシンニコライ | 門別 |
| 9 | マリンヴィルヘルム | 名古屋 |
| 10 | タニノジェローム | 中央:ポリマ |
| 11 | オガワローマン | 中央:ベガ |
| 12 | オオルリピクトン | 姫路: |
| 13 | カワカミプリンセス | 中央:アカマル |
| 14 | セイランスカイハイ | 福山 |
「うわーっ…見事に強敵揃いなこって…」
「豪華メンバーね…」
セイランスカイハイの応援に駆けつけていた軽鴨とキングチーハーは、出走表を見てそう言葉を発する。
「先行策の強力なハード、有馬記念覇者のグラスワンダー、中央の引き抜き作戦でカサマツから移籍したオガワローマン、あのオオルリ家のオオルリピクトン…他にもいっぱい…」
「この四人とその他大勢相手に、今回初めての“差し”のお披露目だろ?」
「ああ、俺、緊張して緊張して、昨日全然寝れんかったんだよな…」
セイランスカイハイは、福山ダービーでの敗北から逃げ戦法を使うのをやめ、コツコツ差し戦法の練習をしてきたのである、そして、このプレ大会をそのお披露目の場にする予定であった、それ故数多くの強敵が出走することとなったこのレースに対し、雁山はかなり不安な感情を持っていたのである。
「おっ、ランスが出てきたぞ!」
『14番、セイランスカイハイ、所属は福山』
『何を考えているのでしょうか?』
解説役は動揺した、セイランスカイハイはジャージに袖を通さず、ファスナーを開けて肩に引っ掛けてなびかせ、腕を組み、仁王立ちをしたポーズを取っていたからである。
「おおっ!!」
「セイランスカイハイ名物、“ガイナ立ち”!!」
セイランスカイハイのファン達は、解説役の反応とは真逆の反応を示していた。
「なあ、雁山…“ガイナ立ち”って…何なんだ?」
「…ああ、ランス曰く、“ロボットアニメによく出てくるポーズ”*1らしいぞ」
「…そういえば、ランス、“エレベーターでせり上がってくるのができたら、もっと格好良いのにって言ってたわね”…」
そんな会話をしながら、三人は再びセイランスカイハイの方に目をやった。
「…ランス、武者震いしてる…?」
「…ホントだ…」
「ターフと言う名の海原を前に、心が昂ってるってことか…よかった…」
雁山は安心したように、そう言った。
「………」
「………」
セイランスカイハイはゲートの前で、ジハードインジエアと目を合わせ、お互いに頷きあった。
(周りは強敵、枠は大外“天気晴朗ナレドモ波高シ”ってところかぁ…)
セイランスカイハイは周りでゲートインの準備をするウマ娘たちを見て、そう思った。
(やっぱり…緊張するなぁ……いや、こんな時こそ冷静に、あのときの偵察で、基本的な事は分かってる…それに情報だって、しっかり集めた…ペルセウス会長の話を思い出せ…)
セイランスカイハイはエコーペルセウスとのやりとりを思い出した。
それは、セイランスカイハイのプレ大会出走が決定した数日後の事である。
「なるほど…緊張してるってことかぁ…」
「はい、ペルセウス会長」
「ランス、君は確か、プレ大会で初めて“差し”を披露するんだったよね?」
「はい」
「……“勝負は時の運”と言うけれども、勝負において、絶対に裏切らないものがある、ランス、それが何だか分かるかい?」
「…“努力”でしょうか…?」
「…半分正解、あとの半分は分かるかな?」
「…いえ…」
セイランスカイハイは顔を横に振った。
「正解は“情報”だよ」
「情報…」
「うん、厳島の戦いの時、毛利元就は自分より遥かに兵力の勝る陶晴賢に対して勝利した、これは情報の力によるものも大きい、そして、レースも戦と同じさ」
「レースも…」
「そう、何年か前、私は夏休みを使ってアメリカまで行ったことがあってね、ホームステイ先のウマ娘が、情報戦でジャパンカップに挑んだウマ娘だったのさ」
エコーペルセウスは自分の部屋に置いてある写真立てを取り、そこに自分と共に写っている
「ランス、君は相手の情報を集めることに対して、同期の誰よりも努力していることを私は知っている、私はその努力も、集めた情報たちも、君を裏切ることは無いって思うよ」
「……努力も…情報も…私を…」
セイランスカイハイは自分の手を見た。
「そう、裏切ることは無い、最後に、応援の言葉として、そのアメリカのウマ娘の言葉を借りようか、『敵の情報を徹底的に調べ尽くせ 逆にこちらの情報は徹底的に隠し通せ “仮面”を被れ 情報を支配しろ』」
(用意したのは、逃げという名の仮面……ターフという名のこの海で…それを脱ぎ捨てる時が来る)
セイランスカイハイは緊張を振り切り、ゲートインした。
『最後に大外セイランスカイハイ、ゲートイン、各ウマ娘、スタート体制整いました!』
ガッコン!
『さあ今一斉にスタート!!まずは注目の先行争い、まず行ったのはタニノジェローム、続いてエイシンニコライ、先行争いはこの二人、後続との差を離していきます、3番手はニシノホーネット、あるいはオウカナミキング、その後ろ、外からはサナダモンブランとジハードインジエア、内にマリンヴィルヘルムとカワカミプリンセス、そして2バ身ほど離れ、内からスティンガーポスト、グラスワンダー、その後ろにセイランスカイハイ、さらには、オガワローマン、最後方にはオオルリピクトンとエコーロケーション』
『セイランスカイハイ、まさかの位置ですね、若干出遅れ気味で、先行争いに乗れなかったのでしょうか?』
(……まあ、勝手にいろいろ想像してくださいな、解説さん、出来るだけ大きな声で頼みますよ)
広いウマ娘レース場に声を響かせるためには、マイク、スピーカーといった音響設備が必要不可欠である。さらに、レース場で使われているものは基本的に大型高性能なものなので、レース中のウマ娘にも、その情報が入ってくるのであった。
(セイランスカイハイ…彼女は、データによれば、セイちゃんやスズカさんと同じ逃げウマ娘…多少の出遅れでも、先行争いには加わろうとするはず、一体…何を…?)
(ランス、何か企んでる、間違いない、でも、観察しすぎると、こちらも危険だね、最後には坂があるし)
今まで取ってきた戦法とは異なった戦法を取ったセイランスカイハイに対し、グラスワンダーは観察、ジハードインジエアは殆ど気にしないという、それぞれ真逆の対応を取った。
『各ウマ娘、長めの直線を抜けまして第1第2コーナーのカーブへ、先行争いを制したエイシンニコライ、差を広げていく、タニノジェローム、負けじと続く、先頭から最後方の娘まではおよそ9バ身の差!』
「オイオイ雁山、コーナーでV-SPTを使わないのかよ」
「ああ、V-SPTにも弱点があるからな、スパート用の余裕を少しでも残しておきたいんだ」
一見すると、弱点の無いようなV-SPTであるが、一つ弱点が存在した。
それは、頭を使うということである、V-SPTは、発動してしまえば大きな効果を発揮するが、その発動には、周囲の状況をよく確認して、タイミングを見極めることが必要であった。
今回、セイランスカイハイは実戦で差し戦法を使う初めての機会のため、ラストスパートでの判断力を温存するため、あえて使わないという戦法を取ったのである。
「向正面…ここからはしばらく下り、最後のストレートは長いし、4コーナーが福山みたいにきついから、バ群を抜けるための備えってことね…」
キングチーハーは二人の会話を聞いて状況を理解し、そう呟いた。
『向正面に入り、下り坂に入りました、エイシンニコライとタニノジェローム逃げる、ニシノホーネットに並びかけるようにオウカナミキング、その後ろ、内から少し上げたかジハードインジエア、そして、サナダモンブラン、マリンヴィルヘルムとカワカミプリンセスはタイミングを伺っている模様、1バ身ほど離れ内からスティンガーポスト、同じく1バ身離れ、グラスワンダー、まだ控えています、その後ろにセイランスカイハイ、オオルリピクトンとエコーロケーションは上げてきてオガワローマンに並びかける姿勢』
『固まりつつありますね、仕掛けどころを見計らっているのでしょうか』
『ここから第3第4コーナーのカーブに突入していきます、あーっとここでスティンガーポストが少し上げてきました、エコーロケーションも外に出ました』
『このコーナーで各ウマ娘の動きが分かれそうですね』
(…最後の直線は長い、ここで位置取りを押し上げておかねば…)
グラスワンダーは少しスピードを上げ、差す為に前との距離を詰めた。
(…なるほど…そう来るのか…確か、ハードは足の骨が曲がってるから、末脚を使うのはストレート、フォームが綺麗だから無駄なくスピードが乗る、グラスワンダーはピッチ走法で加速が良い、でも、まだ動くときじゃない……)
セイランスカイハイはラストスパートに備え、強敵達の特徴を思い浮かべた。
『各ウマ娘、第3コーナーカーブを抜けまして第4コーナーカーブに入っていきます!』
(よし…決めた、第4コーナーの半分を切ってから、V-SPTで仕掛ける!ミドルスパート……さあ…3…2…1…降ろし方…始め!!)
ドォン!
「エントリィィィィィィィィ!!」
セイランスカイハイは目を見開き、叫び、勢いよく踏み込んだ。
『ここでセイランスカイハイ!早めに仕掛けた!!』
(…こんなタイミングで…姿勢も崩さず…丁寧に!?仕方がない…!)
『グラスワンダーも行った!!』
ここでセイランスカイハイを前に出してしまえば、進路が塞がれ、前に出られなくなる、グラスワンダーはそれを防ぐべく、前に出たのである。
(挑発に乗っちゃだめだ、坂道までは、末脚を使わずに残しておかないといけない…まだ…まだ…)
ジハードインジエアはじっと耐え、スパートのタイミングを伺った、彼女は脚部の一部の骨が反っているという生まれつきのハンデ故コーナーは苦手であるが、夏合宿での経験、それと桐生院が新たに開発したタチャンカのトレーニングにより、その技術は格段に向上していた。
(グラスワンダー…対応が早い…)
『ここで第4コーナーカーブを抜ける!各ウマ娘、バラけてきたぞ!』
(面白くなってきた…!)
バラけたウマ娘達を見て、セイランスカイハイはニヤリとした。
「グラスワンダーの脚、やべぇぞ!前が詰まる!」
観客席の軽鴨は、慌てて雁山を揺さぶった。
「…いや、ランスなら行ける…よく見ろ…!」
雁山はセイランスカイハイを指差した
『セイランスカイハイ、上手く避けて上がってくるぞ!』
「…避けてるなんてモノじゃないわ…」
「……ああ…他のウマ娘が動く方向を…“わかっているかのように”…前もって動いてやがる…」
「…それがランスの才能なんだ、コーナー技術は平凡、スタートダッシュもバラツキが多い、でも、勘の良さは、他のどのウマ娘よりも強い…それを日頃から行っている情報収集と合わせれば…鬼に金棒だ」
雁山はそう言い、腕を組んでターフに目をやった。
『ストレートに入り、逃げていた二人のペースが落ちている、仁川の舞台にはこれから坂があるぞ!ここで外から凄い足でグラスワンダーが来た、ジハードインジエアも続く!これは二人の競り合いとなるか?いや、セイランスカイハイが来た!セイランスカイハイが来た!カワカミプリンセスを交わしてきた!』
(見えた!グラスワンダーとハードの間、一人分だけ空いてる…!)
『先頭ジハードインジエア、リードは1バ身と半分!グラスワンダー、追い上げてくる!』
(…少し怖がらせてあげたほうが有利になる……)
セイランスカイハイはグラスワンダーを牽制し、末脚の勢いを一瞬弱めるため、ぶつかるか否かのギリギリの隙間を空け、差すことにした。
『ここでセイランスカイハイ、迫る迫る!!』
(爺ちゃんが言ってた、銛は獲物の目を覗き込めるくらい引き寄せてから、放てってね!!)
(こんなに…近くに!?)
セイランスカイハイは、自らが思っていた通り、グラスワンダーの目を覗き込めるぐらいの距離まで接近し、彼女を差した。
『先頭ジハードインジエア、苦しいか!?』
(さあ…!!ハード、そっちも銛の餌食になってもらうよ!!)
(まずい…ペースを…!!)
必死で走るジハードインジエアを、セイランスカイハイは猛追した。
(あとちょっと……ぐっ!?)
その時、セイランスカイハイの右目に僅かな痛みが走った。
『ジハードインジエア一着!ジハードインジエア一着です!』
ワァァァァァァァァ!!
不運の出来事であった、必死で逃げるジハードインジエアを追走していたセイランスカイハイは、たまたま蹴り上げられた土が右目に入り、一時的に集中力とスピードが落ちてしまったのである。
「はぁーっ…」
セイランスカイハイは大の字になって、ターフに転がった。
「ランス!!」
そこにジハードインジエアが駆けつけ、顔を覗き込む。
「ランス!どうかしたの?」
「土が少しばかり…右目に入っちゃって…ね、まっ…こんな時もあるから、気にしないでよ…レースに絶対は無いからね」
「…そっか…なら…私達の勝負は…お預けって事か」
「ハ…ハハ…ハ…その言葉…嬉しいかな…次は負けないから…」
「…それはこっちの台詞だよ」
それを聞いたセイランスカイハイは涙をこらえながら、満足そうな表情を浮かべた、そして彼女は、ジハードインジエアに支えられながら、救護班の所へ向かっていった。
そして、それを見ていたキングチーハーは…
「ランス…海は見えた?」
と一言呟いた。
一方、セイランスカイハイとジハードインジエアのやり取りを見ていたグラスワンダーの胸中は、驕りは無かった筈なのに、
(あの二人は…同郷のウマ娘…?)
しかし、グラスワンダーが答えにたどり着く事は無かった、トレセン学園の同学年とはいえども、彼女とはクラスが異っていたからである。しかも、ジハードインジエアのクラスのウマ娘達がグレードレースに出てくる事は極めて稀であり、交流自体も故郷が同じ生徒以外は殆ど無かったからである。
(…それに…何…この…ざわつきは…これが…スペちゃん達が感じていた………)
そして、グラスワンダーは心の奥にざわついたものを感じ、手で胸を抑えたのであった。
お読みいただきありがとうございます。
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今回は作業用bgmとして、「進出ス」を聞きながら作業しておりました。
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