プレ大会の翌日、エコーペルセウスは慈鳥から受け取ったミスターシービーからのメールを受け取っていた、彼女は夏合宿前、ミスターシービーと電話で話し、意気投合していたのである。
「……♪」
エコーペルセウスは良い気分だった、ミスターシービーから送られてきた手紙には、中央を変えたいという桐生院、氷川、伊勢、そしてミスターシービー自身の意志が記されていた、彼女は中央側に同志を得ることに成功していたのである。
そしてそこをハグロシュンランが訪れた。
「シュンラン、今日は休んでもらうはずだったのにどうしたの?」
「…ペルセウス会長に、どうしても申し上げたいことがありまして」
そう言ったハグロシュンランの目を見たエコーペルセウスは、何か重大なことであると感じ、仕事を他の生徒に頼んで、別室で二人きりになった。
「それで…話っていうのは、どういったものかな?」
「…私の生まれについてです」
「…生まれ…」
エコーペルセウスはそう言い、表情を真面目なものにして傾聴の姿勢を取った。
プレ大会当日、ハグロシュンランは実家である屋敷まで帰ってきていた。
「お父様、シュンラン、参りました」
「入りなさい」
「只今」
ハグロシュンランは父親の部屋に通される。
「まずは、急に呼び出して済まなかったね、シュンラン」
「いえ、お気になさらず、お父様が大事な用と言うのであれば、本当に大事なことなのでしょう」
謝罪する父親に対し、ハグロシュンランは落ち着き払ってそう答え、湯気を立てている紅茶を飲んだ。
「ああ、どうしてもお前に話しておくべき事ができたからね」
「…それは…どのようなことでしょうか?」
「お前の生まれについてのことだよ」
「……!」
ハグロシュンランはカップを持つ手を止めた。
「……」
「あれやこれやとごちゃごちゃ言わず、単刀直入に言うよシュンラン、いると言ってきたお前の生き別れの双子…それは、メジロアルダンだ」
「えっ…!」
ハグロシュンランは目を見開き、驚愕した
「…私と…あの…メジロアルダンさんが…双子…なのですか?」
「そう、双子だ」
その時、ハグロシュンランの脳内には、トレセン学園のファン感謝祭の時の記憶が呼び起こされていた。
「アンタらふたり、よう似とるわ」
「顔つき…ですか?」
「ちゃうちゃう、何か雰囲気といい、話し方といい…ウチはアンタらが他人みたいな気がせえへんのや」
「確かに〜二人共、そういった面ではよく似ていますよ」
「一体なぜ…そのようなことに…?」
そのことを思い出したハグロシュンランの口からは思わず言葉が飛び出していた。
「……今のメジロ家には、メジロマックイーン、メジロライアン、メジロドーベルなどの、トゥインクルシリーズでの将来が期待されるウマ娘が多くいる、それは知っているかい?」
「…もちろんです」
「何年も前だったけれど、お前やメジロアルダンが生まれる前、メジロ家は将来を担うべき強さを持ったウマ娘と言うものがおらず、先行きが不透明だった、あのメジロラモーヌはその時は生まれていたけれど、あれはまだ幼かったからね」
「……」
メジロラモーヌはメジロアルダン、ハグロシュンランの姉に当たる人物である、その強さは圧倒的であり、デビュー戦圧勝、トリプルティアラ達成などの多くの功績で、暗雲立ち込めるメジロ家に光をもたらしたのであった。
「…そして、その時に生を受けたのが、お前とメジロアルダンだ、お前達が双子であると分かった時、メジロ家は割れた、片方は二人共産むべきであると、そして、もう片方…当主達は“減数手術”をするべきであると、メジロ家以外の人間も、それを推した」
減数手術というのは、双子などの多胎妊娠などの場合において、産まれるであろう胎児のうちの一部を死滅させるという処置のことである。そして、ウマ娘は双子は良くないものとされており、*1その出産は控えられてきたのである。
「しかし、お前の両親は、二人共産むことを選んだ、そして産まれてきたのが、お前達だ」
「……」
ハグロシュンランは黙って頷きながら話を聞いていた。
「出産は大変だったが、お前達の母親は無事に二人共産んでみせた、そして、双子の片方つまりメジロアルダンは、身体が弱いことを除けば、身体に何ら異常は無かった、しかし、お前は…このことは、お前が一番わかっているね」
「ここ…でしょうか?」
ハグロシュンランは自分の片目を抑えた。
「…そう、双子の片方、つまりお前は、生まれつき身体が弱いだけでなく、片目が機能していなかったんだ、そして、今後産まれるであろう新たなウマ娘達の事を考えると、お前達を二人共養う余裕は、時局も相まってあの時のメジロ家には無かったんだ」
ハグロシュンランらが生まれた時、日本は経済危機のダメージからの回復の真最中であり、その経済危機の煽りを食らっていたメジロ家も例外ではなかった。
「だから、お前の本当の父親は、苦渋の決断を下したんだ、それが“信用できる人間に双子の片方を託すこと”だった」
「…その…信用できる人間…というのが…お父様とお母様だった…ということですか?」
「そういうことだよ、私とお前の本当の父親は、学生時代ともに競い合った仲だった、大学を出た後も、付き合いは続いていたんだ」
ハグロシュンランの父親は、懐かしそうな表情を浮かべ、そう言った。
「…お父様は、その時、どう思ったのですか?」
「…その時かい?当然驚いたさ、呼び出されたかと思えば、急に“この娘を育てて欲しい、これができるのはお前しか居ない”なんて言われたからね」
「……」
「シュンラン、色々と思うところはあるだろうけど、お前の本当の両親は、お前を捨てたわけじゃない、それだけは分かって欲しい、耳飾りを外してご覧」
ハグロシュンランは、父親の言うとおり、耳飾りを外し、机の上に置いた。
「私がこの耳飾りをお前にあげたのはいつか、覚えているかい?」
「はい、福山トレセン学園にサポートウマ娘として入学した時、お父様が記念にと」
「それは、お前の本当の両親がお前が無事に成長したことを祝い、私に送ってくれたものだ、色をよく見てご覧、何かを思い出さないかい?」
「………!」
その時、ハグロシュンランはファン感謝祭の時に見た、日本ダービーの映像、そしてその中に写っていたメジロアルダンの勝負服を思い出していた。
彼女の耳飾りの色は、青緑色である、そして、メジロアルダンの勝負服に配されている色も、青緑色であった。
「…どうやら、気づいたようだね、その色はメジロ家のウマ娘の勝負服に使われているメジロカラー、お前の本当の両親は…離れ離れになろうとも、お前を思ってくれているんだよ」
「お父様…」
「今まで黙っていて、済まなかった」
「いえ…ですが、何故、お父様は今まで伏せていらっしゃったのですか?」
「お前達のためだ、このことが外部に知られれば、“メジロ家は必要ないウマ娘を捨てた”と世の中に勘違いされかねない、そうなってしまえば、一番辛い思いをするのは、当事者であるお前達だからさ、今のメディアは恐ろしいからね、だから私達は、秘密を知る人間を最小限にしたんだ、メジロの当主でさえ、お前がここにいることは知らないはずだよ」
「そう…だったのですね…でも、なぜ…今日私に…?」
ハグロシュンランは疑問を口にした。
「この前、グワンとバショウから、お前達が目指しているものが何なのか、聞かせてもらったんだよ」
エコーペルセウスが生徒全員の前で発表した、“日本のウマ娘レースを世界に羽ばたくのにふさわしいものにする”という宣言は、当然、志を同じくした各地方トレセン学園の生徒会長によって発表されていたのであった。そして、ハグロ家の競走ウマ娘、ハグログワンバン、ハグロミズバショウからそのことを聞いた父親は、ハグロシュンランに出生の秘密を話すことを決意したのである 。
「AUチャンピオンカップがどういった形で終わるのかは、私には分からない、だが、ただ一つ分かることがある、それは我々地方とメジロ家のいる中央を繋ぐ事が必要になるということだ、それについて、お前はどう思う?」
「私もそう思います」
「…やはりか…二人の言っていた通り…今の中央は“絶対を体現するスターウマ娘を求める”という事を重視している……もちろん、メジロ家も例外では無いだろうね」
「…メジロ家も…?」
「そうだ、あそこは中央の上層部に影響力を持っているからね、でも、メジロ家すべてが、そうではない」
メジロ家は、そのウマ娘全員が、ひとつ屋根の下に暮らしているというわけではない、メジロ家は、2つの屋敷を所有している、1つ目は当主やメジロマックイーン、メジロライアン、メジロドーベル、メジロランバートらが暮らしている屋敷、2つ目はメジロパーマー、そしてメジロアルダンらが暮らしている屋敷である。
「私は、なかなか子供ができなかった私達夫婦にお前というかけがえのない存在をもたらしてくれたお前の本当の父親に対しての大恩がある…そして…私はその恩返しをするべく、AUチャンピオンカップ後の地方と中央の橋渡し役となろうと思っている、シュンラン、この父を…手伝ってくれないか、頼む、この通りだ」
ハグロシュンランの父親は、彼女に頭を下げた。
「お父様……」
(…あの時見た、アルダンさんやオグリキャップさん達は、本当に良いライバルだった、そし私は…地方と中央の生徒も、そのような関係になれる事を見てきた…さらに、お父様も、お母様も、他のハグロ家の方々も、養子である私を妹たち同様に、可愛がってくれた)
ハグロシュンランは目を閉じ、考える。
「…お父様、私は決めました」
「…言いなさい、どんな答えでも、私は受け入れるよ」
「私はハグロ家の一員であり、お父様の娘、そして、福山トレセン学園の生徒会副会長、答えは決まっています、お父様を手伝い…いえ、自ら橋渡し役として、日本のウマ娘レースが世界に羽ばたくために力を尽くしたく思います」
「…ありがとう、シュンラン」
ハグロシュンランの父親は、彼女の手を取った。
「といったことがあったのです…」
ハグロシュンランは自分の身に起きたことをエコーペルセウスに全て話し、紅茶を一口飲んだ。
「まさか君があのメジロ家の血族だったとは…」
エコーペルセウスは冷静を装っているものの、ハグロシュンランの出自にはかなり驚いていた。
「正直私も驚いています、ですが、出自がどうであれ、私はこの国のウマ娘レースの為に力を尽くす所存です」
「その言葉嬉しく思うよ、ありがとう、シュンラン」
エコーペルセウスは笑顔でそう言った、その表情には、今後への期待が表れていた。
こうして、エコーペルセウス達はその目的に向けて、大きく前進することに成功したのであった。
「じゃあ、プレ大会で大健闘した皆に……乾杯!!」
「かんぱーい!!」
一方その頃、トレセン学園の食堂の一角では、ツルマルシュタルクが乾杯の音頭を取っていた、彼女の周囲には、チームメイサ、フロンティアだけでなく、少なくない数のウマ娘達が集まっていた。
「ロブロイちゃんもお疲れ〜!レース、どうだった?」
「一回ぶつかりましたけど…ふんばってみせました!」
「スイープちゃんお疲れ様!」
「ふふん!やってみせたわよ!一番小さいアタシが勝てたんだから、アンタ達も勝てるはずよ!」
「そうだね、私達も…!」
「アタシもできるか?」
「もちろんよ!ビコー!アンタにもできるはずよ!」
「おお!なら、今度のデビュー戦見ておけよ!圧勝してやる!」
今回のプレ大会では、ジハードインジエア、ゼンノロブロイだけでなく、スイープトウショウも勝利していた、そして彼女は、わがままな部分はあるものの、自分の将来性を心配するウマ娘達を元気づける存在として成長していたのである。
「まさか、私達があんなに良い結果になるなんて…!」
「将来性なんて…他人が…自分のものさしで測っただけのこと……色んなトレーニングを試してみないといけない」
あるウマ娘の言葉に、ハッピーミークはそう反応して、ニコリとした
「ミーク先輩は確か、春天狙ってるんですよね?」
「うん、どうしても…勝ちたい娘がいるから…その娘に勝つのに相応しい自分になるために…出る」
「どうしても勝ちたい娘…スペシャルウィーク先輩…それともエルコンドルパサー先輩…いや、グラスワンダー先輩かな?」
「違う…アラ…アラビアントレノ…」
「あっ!あの菊花賞ウマ娘の…地方の…アラビアントレノさんですか?」
「…うん、アラは…いや、アラ達は…凄い」
「私も地方で走ってる友達が居るんですけど、そこの生徒会の皆が最近すごく頑張ってるって言ってました」
ハッピーミークとそのウマ娘が話していると、そこにタマモクロスがやってきた。
「なんやなんや〜アラビアントレノの話をしとるんか?」
「タマモクロス先輩…!確か先輩は…」
「せや!この前のレースであいつと走った、ミーク、ウチも話に入れてくれへんか?」
「はい……皆、少し詰めよう」
ハッピーミークはその場にいるウマ娘達に、タマモクロスが座るためのスペースを確保するよう促し、タマモクロスを座らせた。
「タマモクロス先輩!」
「皆!タマモクロス先輩がこの前のレースについて話してくれるって!」
「ホントに!?」
「おっと、その話、アタシにも聞かせてくれないかな?」
「シービー、アンタも聞きたいんか?」
「うん、私もあのレース、見ていたからね」
「わかったわかった!耳の穴かっぽじって聞くんやで、まず……」
タマモクロスは集まったウマ娘達にプレ大会の時のレースについて話していった。
「それでウチは、アラビアントレノに『これからは、アンタみたいな“周りを驚かせるウマ娘”が、時代を作ってくのかもしれへんな…』って言ったんや、まぁ、それはあいつだけやない、アンタら全員、最近頑張っとんのはウチは知っとるさかい、アンタらはアラビアントレノと同じ、次の時代の担い手やとウチは思う、やから頑張るんやで!」
「はい!」
タマモクロスは集まったウマ娘達を激励した。
「みんな、笑顔になってますね」
「はい、新入生達、そして新人トレーナーの皆さんが入ってくるときが楽しみです」
話しているウマ娘達の様子を遠巻きに眺め、そう言っていたのは桐生院と氷川だった、彼女たちはトレセン学園に新しい風を吹き込むべく行動しており、現在のツルマルシュタルク達が行っている祝賀会も、メイサ、フロンティアの両チームが、クラスのメンバー、つまりは将来性が低いと予測されているウマ娘達に声を掛け、夏合宿で行ってきたトレーニングを教えたりなどして勇気づけ、ネットワークを広げていった結果であった。
「それに…あの娘達の中には、まだ未デビューの娘も少なくない」
桐生院はそう呟いた。
未デビューのウマ娘は、基本的に選抜レースで良い結果を残し、トレーナーのスカウトを受けるが、必ずしもそのプロセスを経ているわけではない、選抜レースを経ずにスカウトを受けるウマ娘も存在しているからである。
そして、桐生院と氷川は、自分達が優秀な成績をレースで残し、チームの名を上げて新人トレーナー達に名の通った存在となることを思いついた。
そして新人トレーナー達に接触し、未デビューのウマ娘を“斡旋”するのである、そして、ここにはいない伊勢が、慈鳥達によってもたらされたトレーニングを紹介したり、アドバイスを行うといったアフターケアを行うのである。
そうすることで、開明的なトレーナー、ウマ娘を増やしていき、保守的な中央を変えていこうというのが、桐生院達の考えであった。
「……」
「…次の時代の担い手…かぁ…」
「……何だか…凄くざわつくんだよねぇ…」
「…これが…菊花賞の時に皆さんが感じていたものなのですね」
「………」
そして、ハッピーミーク達を見ていたキングヘイロー、スペシャルウィーク、セイウンスカイ、グラスワンダー達、“将来性が高い”と予測されているクラスのウマ娘達は、ざわつきをもって、それを見ていた。
「……私達の方が、有利なはずなのに」
そして、あるウマ娘がそう言った。
その頃、別の場所では東条がプレ大会の結果を見て頭を抱えていた、今回、彼女のいるリギルからは、グラスワンダー一人しかウマ娘は出ていないものの、彼女にとって親しい仲であるスピカの西崎が育成するスペシャルウィークの敗北、そして自分が目をかけているヤコーファーのトレーナーも敗北したことにより、彼女、そしてリギルは衝撃を受けていたのである。
「何故だ…」
東条の頭の中では、ジハードインジエア達は体格的にレースで不利であるとなっていた。そしてそれは殆どのトレーナー、ウマ娘に共有されているコモンセンスのようなものであった。
しかし、ゼンノロブロイはかち合いに勝って見せ、間髪入れずにブロックに入ったメジロライアンを躱してゴールしたのである。
そして、東条が一番理解に苦しんだのが、アラビアントレノがタマモクロスの領域を打ち消したということについてだった。
そして、このプレ大会をきっかけに、トレセン学園内の人間関係に、ある変化が生じていた。
それはトレーナー達においてである、東条や西崎といった実力派と目されていた者達が、桐生院や氷川といった新進気鋭の開明的な者達を強く警戒するようになったのである。それは「取って代わられるかもしれない」という小さな不安であった。
もちろん、その感情はトレーナー達の間でとどまるような物ではない、少しずつ、だが確実に、ウマ娘達にも忍びよりつつあった。
新しい風に吹かれた者は、変化の兆しを好意的に捉えていた、その変化に夢中になり、今後の流れはどうなるのか考えることを楽しみにしていた。
実力者であると目されていた者は変化の兆しに戸惑っていた、そしてそれが凶兆であるという予感を拭えずにいた。しかし、戸惑っている者たちは、どうあがいても今の自分達を変えることはできない。変化に適応できるだけのマージンが、今の彼女たちには無いのだ。
感情が、何気ない不安を、複雑にする。
お読みいただきありがとうございます。
新たにお気に入り登録をしていただいた方々、ありがとうございますm(_ _)m
史実、及びウマ娘では、メジロアルダンの双子の片割れは死んでいますが、この作品では身体能力にペナルティを抱えながらも生きているという設定です。
また、今回の最後のワンフレーズは、「負けない愛がきっとある」という曲を参考にしたものです。
ご意見、ご感想、評価等、お待ちしています。