プレ大会から数日後、トレセン学園理事長であるやよいは、URAの本部で行われる会議に出席していた。
「秋川理事長、この結果はどういうことですか?」
役員の一人がやよいに対してそう質問する。
「…力不足を感じています」
「そうお思いですか、最近の地方の実力が向上しているのは分かっている事、そこに関しては何も言えません、むしろ我々が最も気にしている点は、スピカやリギル、ベガといった中央を代表するチームがことごとく敗北を喫していることです」
「………」
別の役員の発言を聞き、やよいは苦しい顔をした、このプレ大会は、トレセン学園で有名なチームの殆どが参加していたものの、どのチームも活躍できたとは言い難い状態だったからである。
役員の殆どは、サクラスターオーの一件から、エアコンボフェザーと数人の仲間が共に地方に下野したことにより、地方の実力が上がっていることを知っていた、しかし、そのことはひた隠しにされてきたので、やよいはそのことを知らない。
「そんなに落ち込まないで下さい、我々にも反省点はあります、秋川理事長、それは貴方へのバックアップが十分では無かったことです」
「…バックアップ…?」
また別の役員の予想外の言葉に、やよいは目を丸くする。
「はい、要は、トレセン学園を支援するための用意が十分でなかったということ、そしてこれからは、その支援が可能となります」
「支援…ですか?」
「はい、最適なものを紹介しましょう、こちらをご覧下さい」
役員の一人がそう言うと、今まで真っ黒だったスクリーンに照らされ、あるものが映し出された。
「…これは…!」
「トレセン学園のための、バックアッププランです。その名も、管理教育プログラム……これは、アメリカやフランスのウマ娘トレーニングにて多く採用されている“徹底管理主義”に基づいたものです、トレーニング内容のみにとどまらず、食事内容や私生活に至るまで、徹底的に管理し、才能の向上とケガの防止を目的としています」
「………」
「さらに、徹底した管理、記録で“トレセン学園のウマ娘達にとって理想的な形のトレーニング”を作り上げ、各チーム、各クラスにてそれを採用、より効率的に多くの生徒達を育て上げる事も同時に目的としています」
つまり、これは、バラバラなトレーニング方式を廃してマニュアル化を行い、食事内容や私生活にも管理を導入することによって、効率化と怪我のリスク回避を両立し、ウマ娘達の能力向上につなげるための計画である。
「…秋川理事長、要は、そちらに所属している東条ハナトレーナーのトレーニング方式を、更に進化させたものだということです」
「…ですが、これでは生徒達が」
「秋川理事長」
やよいの言葉を、ある役員が遮る。
「……あなたは、本来の理事長が戻ってくるまでの理事長です、それに、このプランはしわす元理事長の意志です」
「母上が…?」
「はい、まさか、従わないと言われるのですか?」
「い…いえ、私も、自分の立場は…理解しています」
「そうですか、申し訳ありません、少し熱が入ってしまったようだ、とにかく、この案をまずここで審査し、承認の後、理事会に提出願います」
「…分かりました」
その後、樫本の提案した管理教育プログラムは、中央の役員たちによる審議が行われ、一部の者は棄権や反対票を投じたものの、賛成多数で、管理教育プログラムの理事会への提出が決まったのだった。
「では…承認という形で行きましょう」
そしてそれは後日、トレセン学園の理事会でも可決された。
そして、この極端とも言える管理教育プログラムがすんなりと通ったのには理由がある。
まずは名家の存在である、トゥインクルシリーズの運営には、いくつかの名家が関わっている、そしてそういった名家のウマ娘は素質、体格共に、レースにて良い成績を残すことができると期待されている者ばかりであった。
そして、トゥインクルシリーズは多くの企業や団体が運営に関わっている。そして、その中でも大きな割合を占めているのが、勝負服や体操服、シューズを作るスポーツ用品企業、ウイニングライブの踊りの振り付けや使用曲の作成やライブ映像の販売を行っている企業などである。
URAの役員や理事会には、そういった企業に関わりのある人間が多く所属していた。
そして、それらの企業に共通している考えが、“小さいウマ娘は望ましくない”というものであった、勝負服は、企業が作成したものをURAが購入する方式であり、大きければ大きいほど収益が見込め、それはウマ娘側が購入する体操服も同様である、そして、ウイニングライブの映像においては、低身長のウマ娘より、高身長、高頭身のウマ娘の映像が売れる傾向が表れていた、このように、企業の人々はトレセン学園の生徒達とはまた別の理由で、小柄なウマ娘達の活躍を面白く思っていなかったのである。
また、管理教育プログラムは効率化と安全性を同時に求めているため、トレーニングの種類を絞っている、これは、トレーニングの効果を100パーセント発揮できないウマ娘が居ることを示している、そしてそれに当てはまるのが、少数派である小柄なウマ娘達である、しかしこれは少数派用のトレーニングを用意する事によって発生する現場の混乱を避けるためには仕方のないことである。
極めつけは、中央で常識として定着してしまっている“小柄なウマ娘は不利”という一般論であった。
つまり、アメリカやフランスの行っているやり方は、“絶対を体現するスターウマ娘”を作り出したい現在のURAの上層部にとって、都合良く利用できるものということであった。
それらの理由があり、小柄なウマ娘の活躍を強く警戒した名家の上層部や、利権から外れることを恐れた企業が管理教育プログラムに賛同したのである。
「トレセン学園支援のためのプランができて安心ですね!」
「そうですね、さすがもと理事長、海外に行かれてもきちんと考えておられる。これでトゥインクルシリーズも安泰でありますなぁ!」
「……本当にこれで…良いんだろうか…?」
理事会の面々をを見て、彼らの裏側の思惑を知らないやよいは一人、そう呟いた。
数日後、中央トレセン学園では、集会が行われていた。
『注目ッ!!今日から我トレセン学園にて施行される新たな育成プランの説明がある、心して聞くように』
やよいはそう言って降段し、URA本部の説明係の人間が登壇する。
『私は、今までのトレセン学園を見ていて感じているのは、どうしようもない…緩さ』
「緩さ…?」
その話を聞いていたベルガシェルフはそう呟く。
『例えば、危険なトレーニングの容認、開始時刻のバラつき、休憩時間中の雑談の許可、他にも様々です』
「………」
『そしてこれは生徒諸君の責任というよりも、トレセン学園の現状……最近浸透しつつある自由主義…いえ、怠慢が招いたもの、つきましては…私はここに、チームリギルなどの有力チームにて採用されている“徹底管理主義”を海外のウマ娘トレーニング方式を参考にして改良した“管理教育プログラム”を掲げます、これをチームのトレーニングや授業に採用し、トレーニング内容のみにとどまらず、食事内容や私生活に至るまで、徹底的に管理することで、才能の向上とケガの防止を目的としています』
「そんなの…トレセン学園じゃない…」
「……ザック…」
声を上げたのは、最前列にいたアドヴァンスザックであった。
『…確かに、そのような声が上がるのは承知の上です、しかし、設立当初のトレセン学園は、管理主義の理念の下、ウマ娘達のトレーニングを行ってきました、それ故、この管理教育プログラムは、緩んでしまったトレセン学園を引き締めるためのものです、そしてこれは、海外のレベルに追いつき、追い越すためには必要不可欠なものです』
説明係はアドヴァンスザックに向けてそう説明した。
トレセン学園の歴史は約150年ほどであり、その設立は明治時代にまで遡る、その頃の日本は、欧米列強と肩を並べるべく、どんどん欧米の文化を取り入れている段階であり、国際的なスポーツであったウマ娘レースも例外ではなかった、そして、その頃のトレセン学園はアメリカやフランスに倣い、管理主義を掲げていたのである。
『お分かりいただけましたか?では、これより大まかな説明に入ります』
そして、説明係は管理教育プログラムや海外のトレーニング方式の大まかな説明に入っていった。
数日後、桐生院や氷川達は、管理教育プログラムに反対するウマ娘やトレーナー達と共に伊勢から話を聞いていた。
伊勢は、管理教育プログラムに反対する者を代表し、学園の古参の一人として理事会に抗議をしに赴いたのである。
「それで、私が抗議した結果、“こちらにも準備期間が必要なのでいきなりの実行はしない”、“受け入れられない方々のためには何か考える”の2つを約束してくれたわぁ」
「でも、その何かというのが、引っかかりますね」
伊勢の熱弁により、理事会は管理教育プログラムの実施についての考えを練り直さざるを得なくなった、トレセン学園内のトレーナーの中では、伊勢は自由主義、つまりは少数派である。しかし、ベテラントレーナーであり、三冠ウマ娘ミスターシービーを育て上げた伊勢の意見を、理事会は無視することはできなかった。
「まずは皆のやるべきことをやりましょうか、新入生をチームに迎えることも大事だけど…葵ちゃんはミークちゃんの春天に備えたトレーニング、結ちゃんはベルちゃんを皐月賞に備えて鍛えておくこと、それから…」
そして、伊勢は自分に着いてきてくれているトレーナー達に、今後どういった行動を取るべきなのかを指導していった。
管理教育プログラムが発表されてから一週間後、理事長であるやよいは全校集会を開いていた。
『注目ッ!!先日発表された管理教育プログラムについて、様々な意見を聞かせてもらった!我々理事会はそれらの意見を聞き入れ、実行についてのプランを決定したので今から発表させて貰うッ!』
「………」
葵は胸に手を当て、やよいの方を見つめていた。
『先日発表された管理教育プログラムについてだが、これは“URAの特別推奨プラン”とすることになった!つまり、この管理教育プログラムを取り入れるか否かは自由だが、取り入れれば、URAの方からチームの活動支援が受けられる事となった!!』
ザワザワザワッ!!
やよいのその言葉を聞き、会場はざわつきに包まれた。
URAは、海外遠征強化計画の一貫で、有力チームに活動支援を行っており、それは遠征などの資金援助等に充てられている、そういったURAからの援助は他のチームから見れば羨望の的であった。
URA上層部は、サイレンススズカの故障騒動の件などから、メディアの恐ろしさについて学んでいた。そして、管理教育プログラムを強制することは問題となる可能性が高いとうことを理解していた。
そのため、チームの活動支援という方法を使うという選択肢を取ったのである。
『そして、スカウトを受けていないウマ娘達については、URAが管理教育プログラムを推奨していることからそれを応用し、体重、睡眠時間、間食内容等を記録する自己管理シートをつけてもらうことしたッ!!なお、これは真面目につけてもらわなければ困るので、よろしく頼むッ!!』
つまり、URA上層部は、チームが管理教育プログラム取り入れるか否かは自由だという譲歩の点を見せながら、デビュー前のウマ娘達にはその基礎である自己管理シートつけさせることで管理教育に慣れさせ、管理教育プログラムを当たり前のものとすることで、反対派を自然消滅させるという策を取った。
そして、最近の中央の勢いが弱まっていることもあり、少なくない数の生徒、トレーナーが、管理教育プログラムに賛成、或いは迎合の動きを見せたのである。
この宣言を受け、トレーナー達は3つに分かれた。
1つ目は、東条、ヤコーファーのトレーナーのように、URAの方針に乗っ取り管理教育プログラムを受け入れる者達…つまりは保守派、2つ目は、桐生院、氷川、伊勢のように管理教育プログラムを受け入れず、独自路線を取る者達…つまりは革新派、3つ目はスピカの西崎のように、情勢を見極めようとする者たち…つまりは保留派である。
地方でも、中央でも、様々な者の思いが交錯し、ウマ娘達を取り巻く環境は変化を続けていく、走り、競い、ゴールを目指しているウマ娘達は、今後、どのような道を歩んでいくのか…その答えは、誰にも分からない。