前回の投稿後に体調を崩してしまい、さらにワクチンの3回目接種等もあり、執筆が大幅に遅れてしまいました。申し訳ありません。
『6枠8番、アラビアントレノ、一番人気です』
『気合い十分といった様子です。この大井の舞台は初めてですが、好走が期待できそうです』
私はついに帰ってきた。仕事場であり、前世のおよそ半分を過ごした場所…
何度、先輩達と共にここを歩いただろうか?
何度、放馬したサラブレッド達を捕まえただろうか?
何度、処置されるサラブレッド達を見てきただろうか?
何度、パドックで紹介されるサラブレッド達を見てきただろうか?
私は今、前世絶対に立つことの無かったこの大井のパドックに立ち、観客達の声援を受けている。
私は手を振って声援に応え、待機位置に戻る。何故か変な視線を感じながら。
アラビアントレノらがパドックで紹介されている頃、サカキムルマンスクはビデオカメラ片手に、ウマ娘達の仕上がりを確かめていた。
「やっぱり、アラちゃんはしっかり整えて来てるなぁ、それに仕上がりも良くなってる、タマモクロス先輩と走ったときよりも…」
サカキムルマンスクはアラビアントレノの仕上がりが更に向上しているのを見て、すかさず、カメラを向ける。
「筋肉が増えてるけど…多分、関節の柔軟性を阻害するほどじゃない…絶妙なトレーニング加減…」
彼女はズームインしてアラビアントレノの筋肉の付き方を確認し…
「福山で一緒に走ってた時は、頼りになるライバルで友達だったけど、対戦相手に回られると、こんなに怖いなんて…」
その仕上がりに、凄さを感じていた。
『6枠9番、クイーンベレー』
(この人は芝からダートに転向したそうだけど…あんまり戦績は振るって無いみたい…アラちゃんはスッと良い位置につけるかな)
この時のサカキムルマンスクは知らなかったが、クイーンベレーはスペシャルウィークのデビュー戦にいたウマ娘だった。そして、
彼女はダートに転向して居たのだが、あまり成績は振るっていなかった。
「ペルセウス会長、お茶が入りましたよ」
一方、レースの中継がつながれている福山トレセン学園の生徒会室では、ハグロシュンランがエコーペルセウスとともに観戦の準備をしていた。
「うん、ありがとう。今回は、水沢の“真紅の稲妻”は居ないけど、メンバーは豪華、アラが帝王賞に出る為の、良い前哨戦になりそうだね」
「ええ、そうですね、それにアラさん、今日はいつも以上に張り切って居られるようですし」
もちろん彼女たちは、アラビアントレノが転生者であるということは知らない。しかし、いつも以上に気が乗っているということだけは理解できていた。
私達はパドックを出て、ゲートインの準備をする。
………
僅かに、潮の香りが、鼻を突く。まだ、4つの足で走っていた時に感じていた、あの香りが。
懐かしい、思わず頬が緩む。
「………何だ何だ、その顔はぁ…?“瀬戸内の怪童”様は、もう勝った気分でいるのか?」
「……?」
芦毛の眼帯をしたウマ娘が、私に絡んでくる。私の隣の、クイーンベレーだ。
「………」
私はそれを無視し、ゲートに入る。だけど、相手はそれが気に入らなかったようで、私を睨みつけてきた。私は構わず
「よし…」
と言って、体制を整える。菊花賞でのヌーベルスペリアーの時もそうだったけど、
「……ぶっ潰す!!」
と言われた、今は集中だ。
『各ウマ娘、ゲートイン完了、準備は整った様子』
ガッコン!
ゲートが開き、私は前に出た。
『さぁ、注目の先行争い、誰が行くのか?』
「アラビアントレノ、スタートは上手く行った様子ですね」
『先行争いは5番メイショウサチワヌ、7番コンスタンティニエ、12番グラステレジア
、1番のヴィルベルヴィントそして、7番オールナイトフレアは今回少し控えめに行った、半バ身開き、続いて内を走るのは、13番のセイウンスードリ、外から並びかける、4番マチカネフランツ、続いて一番人気、8番アラビアントレノ!内には10番のマリアアンソロジー、アラビアントレノの後ろには9番のクイーンベレー、続いて2番のサナダハリボマー、6番のマチカネグランザム、殿は11番ロイヤルクエスタ!』
「なるほど…少し前よりからの差しですか、流石は慈鳥さんですね」
…落ち着かない。
その理由は、今、俺が観戦をともに行っている相手にある。
「おだてても何も出ませんよ、鵺さん」
そう、俺の隣には、水沢のエースチーム“キマイラ”のトレーナー、鵺さんが立っている。説明会の時から、気さくな性格で、大胆な行動をする人物だと思っていたが。まさか、隣で観戦をしてくるとは思わなかった。
「ふむ…なるほど…」
しかも、鵺さんが観察しているのは、アラの動きだけじゃない。トレーナーである俺の目線などの細かい動きまで、観察されている。
恐らく、あちらも帝王賞に出すつもりなんだろう…“真紅の稲妻”を。
一方、別の場所では、サカキムルマンスクがビデオカメラを回しつつ、アラビアントレノらの様子を確認していた。
そして彼女は、ビデオカメラを通じてスタート前のクイーンベレーの行動を見ていた。
(アラちゃんは、私達ウマ娘の中でも、ストレス耐性が凄く高い娘だから、あの程度の挑発は…大丈夫…)
サカキムルマンスクは、アラビアントレノを最もよく知る人物の一人である。それ故、クイーンベレーの挑発に対しては思うところはなかったものの…
(でも…なんだか…イヤな予感がする)
妙なざわつきを感じずには居られなかったのであった。
『各ウマ娘、第一、第二コーナーへ、先頭は1番のヴィルベルヴィントそして、7番コンスタンティニエ、12番グラステレジア、1バ身離れて5番、メイショウサチワヌ、続いて7番オールナイトフレア、内からは13番のセイウンスードリ、外寄りを回ります4番マチカネフランツ、その真後ろには、8番アラビアントレノ!内には10番のマリアアンソロジー、アラビアントレノの後ろには9番のクイーンベレー、続いて2番のサナダハリボマー、6番のマチカネグランザム、最後に11番ロイヤルクエスタとなっております』
『ややまとまり気味のようですね、スパート時の周囲の状況把握が重要となりそうです』
(…!いけない…解説さんの言う通りだ、しっかり、把握しておかなくちゃ)
サカキムルマンスクは気を取り直し、カメラをズームインさせるのだった。
『各ウマ娘、第二コーナーを抜けて向正面へ!!』
『向かい風となって居ますね、上手くスタミナのマネジメントをできるかどうか、注目していきましょう』
(…懐かしさからかな、身体が軽い、この状況、バ場の状態なら、第3コーナーからスパートすれば…)
第2コーナーを曲がり終えたアラビアントレノは、向かい風の強さ、バ場の状態を素早く把握し、スパート地点を決めていた。
(…あの余裕そうな態度…気に入らねェ…)
そして、それを見ていたクイーンベレーは、不快な気分になっていた。彼女は管理教育プログラムに賛成派のウマ娘であり、アラビアントレノがタマモクロスやオグリキャップとのやり取りを経て、反対派のウマ娘達に尊敬され始めているということを知っていた。そして、彼女は極めて一般的な思考──“小柄なウマ娘は不利”というものを持っているウマ娘でもあった。
(ここから少しスピードを上げると向かい風は……うん、大丈夫そうだ。)
そして、アラビアントレノは、クイーンベレーのそんな思考を知る由もなく、走り続けていた。
「なるほど、アラビアントレノは小柄、しかしスタミナを温存させるために、他のウマ娘の後ろに隠れさせますか」
「…油断するわけには、いかないので」
一方、慈鳥は鵺とのやり取りを続けながらも、レースの行く末を見守っていた。
(頭の回転は、こちらと互角ということか……)
鵺は双眼鏡で慈鳥が見ていた方向であるアラビアントレノの方を向き、彼女が頭の回転に優れたウマ娘であると確信していた。
(彼女が帝王賞に出れば、面白くなりそうだな)
鵺は双眼鏡をしまい、自分が本来居るはずの観戦場所へと戻っていった。
『向正面もそろそろ終わる!一部の娘はロングスパートに入ったぞ!!』
『ここから動きが分かれていきますね』
実況、解説の言うとおり、ウマ娘はスパートをかけるもの、かけないものへと分かれた、クイーンベレーは前者側だった。
『ここで、7番オールナイトフレア動いた!5番のメイショウサチワヌ、13番セイウンスードリ、9番のクイーンベレー、続いて2番のサナダハリボマー、11番ロイヤルクエスタも行ったぞ!』
『どうやら、今回のロングスパート組はこの娘達のようですね』
(奴は…動かねぇ……)
クイーンベレーは少々内へと切り込み、アラビアントレノを抜く。
(よし、先に動く人は動いた、行こう!!)
アラビアントレノは、他のウマ娘達が動くのを待ってから、遅れてロングスパートをかける作戦を取っていた。初めてのコースで、ベストなラインで進むための作戦である。
『少し遅れてアラビアントレノも行った!!』
(もう少し前に出たら、イン側に切り込める、つまり…第3コーナー終わってから…V-SPT!!)
アラビアントレノは、クイーンベレーとは違いアウト寄りを走っていった。
(…私らをバカにしやがって……)
しかし、その行動は、クイーンベレーの神経を逆なでしていた。彼女は怒っていた。そして、彼女は…
ゴッ!!
『第4コーナーに入るところでクイーンベレー、アラビアントレノに衝突してしまった!!』
コーナーで流されたのを装って、アラビアントレノにぶつかったのである。そのタイミングはちょうどV-SPTの直前であり、一瞬であるが踏ん張る力が衰えるときだった。偶然の出来事に、アラビアントレノは姿勢を崩す。
(…まずい!!)
アラビアントレノは、目を閉じた。
「違う…わざとだ……」
慈鳥は、クイーンベレーの行為を、わざとのものであると見抜いていた。
「アラ!!」
慈鳥はそう叫ぶ。
『アラビアントレノ、なんとか立て直した!!』
「よかった…」
慈鳥は胸をなでおろす。しかし、安心したのもつかの間、今度は違う感情が、彼の脳内を駆け抜けた。
「何だよ…あの顔…」
アラビアントレノは、彼が今まで見たことの無いような形相で走っていた。
『第4コーナーカーブの終わりはもうすぐそこだ!先頭争いは9番クイーンベレー、5番、メイショウサチワヌ2番のサナダハリボマー!ここで、アラビアントレノ!立て直してから凄い脚で上がってくるぞ!』
芦毛の小柄な身体が、クイーンベレーに迫りつつある。
『第4コーナーカーブの終わりはもうすぐそこだ!先頭争いは9番クイーンベレー、5番、メイショウサチワヌ2番のサナダハリボマー!ここで、アラビアントレノ!立て直してから凄い脚で上がってくるぞ!』
(…ッ!!)
クイーンベレーは恐怖を感じていた。その顔は、秋の天皇賞でエルコンドルパサーが見せたそれにそっくりだった。
(…………)
一方、アラビアントレノの脳内には、心臓の鼓動のみが響いていた。彼女は、血走ったような目で、前を走るクイーンベレーを見る。
(……力が高まる…溢れる……)
彼女の身体を流れる、ある血が沸き立つ。
彼女は足を地面へとめり込ませるように、踏み込む。そして…
(………サラ…ブレッ…ド…サラ…ブレッド…!!!)
怪童の中で、
お読みいただきありがとうございます。
完全回復とまでは行きませんが、体調は戻りつつあるので、きちんと執筆速度を上げていきたいと思っています。
新たにお気に入り登録、評価をしていただいた方々、ありがとうございますm(_ _)m感謝申し上げます。
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