アングロアラブ ウマ娘になる   作:ヒブナ

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第55話 皇帝の憂鬱

 

 

 (結構な勢いでぶつかったのに…持ち直しやがった)

 

 クイーンベレーは、恐怖を感じながら、怪物から逃げていた。

 

 (サラブレッド……!!)

 

 怪物は、獲物を見定めた動物のような形相で、砂塵(ダート)を踏みつけ、迫る。

 

『ゴールまでは残りわずか!!ここでアラビアントレノが抜け出した!!』

 

 

「えっ…!?」

 

 そして、その瞬間、サカキムルマンスクは自分の見たものを疑い、目をこすった。

 

 

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『土壇場の大逆転!!アラビアントレノ!ゴールイン!!』

 

 あの芦毛のサラブレッドを蹴散らした。赤子の手をひねるが如くだった。

 

 走りきったというのに、体の底から、力が湧いてくる。まるで、燃え盛る炎のように。

 

 あのサラブレッドに目をやる、こちらを見ている。ペタリと座るそれは、私の目を見て震える。

 

「………」

 

 哀れなサラブレッドは、私の方を向き、震えた前脚を突き出し…

 

「バ…バケモノ…」

 

 と言う。

 

 変わらないこの芦毛、そしてこの力溢れる身体、どこがバケモノだというのだろうか?

 

 至って正常、本来の自分……

 

 私のことをバケモノと言うのは、お前だけだ、ここに来ている人間を見ろ。

 

「スゲー脚だよ!!」

「初めての場所なのに良くやった!!」

 

 そんなことは言っていないじゃない……

 

「………!」

 

 …トレーナー…?

 

 

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 アラのあの顔、あの目には見覚えがあった。

 

『……ワシも感情を持つ存在だ、これが現実の世界であれば、お前を倒し、踏み殺していたかもしれん………ワシはあの様な硝子の脚共とは違う』

 

 あの時の、“セイユウ”と同じ目、怪物のような目だ。

 

 その瞬間、俺は足を動かして、人混みを掻き分けていた。

 

“間に合わなければアラは戻ってこなくなる”

 

 そう直感したからだ。見渡しの良い位置からコースのすぐそばの位置まで降りる。

 

「………」

 

 俺の目には、座ってアラを指差し、口をパクパクさせているクイーンベレー、そしてそれを無言で、冷たい目をして見つめているアラを見た。

 

 アラは口元に笑みを浮かべ、観客席の方…つまりこちらに振り返る。

 

 そして…俺と目が合った。アラの目は見開かれ、何となくだが、身に纏う殺気のようなものが消えていくように感じる。

 

 こちらに引き戻すのは、今しかない。俺は息を吸い込み…

 

「アラ!!」

 

 思い切り呼びかけた。

 

 

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「アラ!!」

 

 声…

 

 私を呼ぶ声だ。別の場所から、引き戻されていくような感じがする。でも、嫌な感じはしない。

 

 その声は、ただの人間のものじゃない……トレーナー…トレーナーだ。

 

 客席のへりを掴み、こちらを見ている。私は視線を落とす。

 

 前脚…いや…違う、これは手だ。トレーナーと同じ、ヒトの手だ。

 

 私は目を閉じる。

 

『貴様はあらゆるサラブレッド共を薙ぎ倒す、最強の存在として覚醒していたと言うのに』

 

 セイユウの言葉が、頭の中で何度も響く。今の私を振り返る。目を開く。

 

 クイーンベレーは…怯えている。今の私は…あちら側…怨念の塊に、片足を突っ込んでいるんだ。

 

 さっき感じた、溢れるようなあの力は…本来の自分じゃない。私のいるべき場所は、あちら側じゃない。

 

『昔の姿がどうであれ……アラはアラだ』

 

 トレーナーや家族、みんながいる、こちら側だ。だから私は、クイーンベレーのところまで歩き…

 

「…私にぶつけた所、傷まない?」

 

 手を差し出した。傷つける意志が皆無なのを示すためだ。

 

「………ッ!!」

 

 手は弾かれてしまった、でも、これで良い。セイユウ、私はあなたの思い通りにはならない。

 

 私は観客達に頭を下げ、トレーナーに向けて微笑み、地下バ道へと向かった。

 

 

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「…この本にも載ってない……うーん…」

 

 数日後、サカキムルマンスクは図書室にて大量の本を読んでいた。アラビアントレノが大井のレースにて見せた物を確かめる目的があったからである。外はもう日が沈みかかっている。

 

(オグリキャップ先輩やタマモクロス先輩は忙しいし、シービー先輩は“特訓に行ってくる!!”って言って留守にしてるし………となると…)

 

「…うん…ちょっと怖いけど、シービー先輩は“積極的に頼ると良い”って言ってるし…あの人に頼んでみるしかないかな…」

 

 サカキムルマンスクは本をパタリと閉じ、積み上げていた本も全て元の場所に戻し、図書室を出た。

 

 

────────────────────

 

 

 トレセン学園、その校舎には大きな鐘が配されている。そして、その真下の部屋である生徒会室、その小さなペントハウスのような空間で、生徒会長、シンボリルドルフは仕事をしているのであった。

 

「よし、今日はここまでだな」

 

 シンボリルドルフはそう言って、私物である月の刻印が施されたペンをしまい、帰り支度を行った。副会長であるエアグルーヴ、ナリタブライアンはすでに寮に戻っており、彼女は一人残っていたのである。

 

 彼女は戸締りを済ませ、生徒会室の扉を開け、部屋を出るために、ドアを開けた。

 

 ガチャ…

 

「うわわっ!?」

「…!!」

 

 シンボリルドルフは、目を見開き、驚きの表情を見せる。サカキムルマンスクが生徒会室の前にたどり着いたのと、シンボリルドルフが生徒会室を出たタイミングは同時であった。それ故、このような事態になったのである。

 

「サカキムルマンスク…どうした?何か相談事か?」

「は…はい!あの…もしかして…今、帰ろうとしていたところでしたか…?」

「ああ、だが、構わないよ。生徒会長たるもの、大切な生徒の相談に乗るのは義務だ、入ってくれ」

「ありがとうございます」

 

 シンボリルドルフは先程まで仕事をしていた生徒会室の電気を再びつけ、サカキムルマンスクを招き入れた。

 

 その時、サカキムルマンスクはシンボリルドルフがペンを落とした事に気づいていないことに気が付き、ペンを拾い上げた。

 

「ルドルフ会長、これ、落としましたよ?」

「…!済まない、助かるよ」

 

 シンボリルドルフはサカキムルマンスクからペンを受け取ると、壊れた箇所が無いかじっくり目を凝らせていた。

 

「…そのペン…絶版なんですか?」

「…いや、そうではない…大切なものなんだ、とにかく座ってくれ、話を聞こう。」

 

 シンボリルドルフはペンをしまい、椅子に腰掛けて、サカキムルマンスクにも着席を促した。

 

「それで、話というのは何かな?」

「は、はい…ルドルフ会長に領域(ゾーン)について教えて欲しいんです」

「領域か?それならば、図書室に資料は揃っている筈だが」

「はい、でも、完全に理解するためには、実際に領域を出した人の意見を聞くのが最適解だと思ったんです」

「そういうことか、なら、説明させてもらうよ」

「ありがとうございます」

 

 サカキムルマンスクの言葉にシンボリルドルフは頷くと、過去を懐かしむような顔をして、その口を開いた。

 

「領域、それは時代を創るウマ娘が必ず入ると言われている物だ。それは理論的に言えば、“フロー”や“ピークエクスペリエンス”と呼ばれる、超集中状態。一度それに至れば、感覚は研ぎ澄まされ、普段とは比較にならないほどのパフォーマンスを発揮できるようになる。そしてそれは、レースにて純粋な強さを望み、それを示したウマ娘のみがモノにしてきたものだ。」

「はい、じゃあ…ルドルフ会長は、領域に至った時、どのような感覚だったのですか?」

「……何も聞こえなくなった、まるで世界が自分一人になったかのような気持ちになったよ、自分の全感覚が、地面を蹴り、進む事のみ、つまりは走りのみに集中することができる状態となるということだ、どうやらこれ領域に至った時の共通事項のようでな、マルゼンやシービー、それにタマモクロスも、そのような気持ちになったと言っている」

「なるほど…それに至った時って、他の人からは、どう見えるんでしょうか?」

 

 サカキムルマンスクは自分の最も聞きたかったことを、シンボリルドルフに質問する。

 

「他人からか…?珍しい質問だな、領域に至ったウマ娘は、光…いや、オーラのような物を纏っているように見えるんだ」

「それだけ…ですか?」

「それだけ……?どういうことだ?」

 

 シンボリルドルフは怪訝な顔つきで、サカキムルマンスクにそう聞き返す。

 

「髪の色が、変化したりはしないんですか?」

「髪の色…?詳しく説明してくれないか?」

「はい、私、この前、アラビアントレノさん…いえ、アラちゃんの偵察をするため、大井までレースを見に行っていたんです」

 

(また…彼女か)

 

 シンボリルドルフは心のなかでそうつぶやきながらも、コクリと頷いて、傾聴の姿勢を見せる。

 

「その時、色々とあったんですけれど、アラちゃんの走りが、いつも以上に激しく、強いものになって…」

「なるほど、それで、まだ何かあるのか?」

「アラちゃんの芦毛の髪が、一瞬ですけれど、鹿毛になったように見えたんです、これも領域の一種なのでしょうか?」

「…一瞬だが…髪の色が変わった…!?」

「はい、こんなケースって、あるんでしょうか?」

「…オーラの色に、多少の差異はあるが、髪の色まで変化したという話は今まで一度も、聞いたことが無いな」

 

 シンボリルドルフは平静な顔をして、そう答えた。

 

「…そうですか…」

「気を落とす必要は無い、我々ウマ娘のことについては、まだ、良くわかっていないことも多い、それを明らかにしていくためにも、今回の報告はとても有り難いものだった、この件は私の方でも調べさせてもらうよ、ありがとう、サカキムルマンスク」

 

 シンボリルドルフはサカキムルマンスクの肩に手を置いた、そして…

 

「今日はもう遅い、門限ももうすぐの筈だろう、急いで帰り支度をしたほうが良いのではないかな?」

 

 と言い、サカキムルマンスクに帰るよう促した。

 

「分かりました、よろしくお願いします」

 

 サカキムルマンスクはシンボリルドルフに頭を下げ、帰っていった。

 

 

 

「………」

 

 サカキムルマンスクが階段を降りる音を聞いた後、シンボリルドルフは無言で窓を開け、夜風に当たる、先程は平静な様子をしていた彼女だが、その本心は、頭を抱えたいというものだった。

 

 エアコンボフェザーらの影響があったとはいえ、純粋な地方のウマ娘が最近見せつつある大活躍。

 

 それと同時に起きつつある、今まであまり注目されて来なかったクラスのウマ娘達の躍進と広がる動揺。

 

 URAが推奨しているプランである管理教育プログラムに関連するトレーナー、及び一部生徒たちの論争。

 

 アラビアントレノがプレ大会にて見せた、タマモクロスの領域を打ち消したという現象。

 

 そして、先程サカキムルマンスクによって伝えられた、領域のような何か。

 

 それらのことは、シンボリルドルフにとって全て、経験にない事態であった。いくら彼女が優秀なウマ娘とはいえ、一人で対処するのには、限界があった。

 

「………君さえ、君さえいてくれれば」

 

 星が降りしきる生徒会室(ペントハウス)で、皇帝が一人、弱音を吐いている。

 

 

────────────────────

 

 

「……」

 

カチッ

 

 それと時を同じくして、エアコンボフェザーは川崎トレセン学園の所有する、多摩川沿いのトレーニングコースにいた。彼女ら教導隊は現在、川崎トレセン学園に居るからである。しかし、彼女がタイムを測っている相手は、川崎トレセンの生徒ではない。

 

「夜にサングラスをつけて度胸を鍛えるなんて…ホンット…面白いトレーニングだね!!」

 

 そう言いながらサングラスを上げ、翡翠色の瞳をエアコンボフェザーに向けたのは、ミスターシービーであった。彼女は、サマードリームトロフィーで勝利を飾るため、エアコンボフェザーに頼み込み、特訓を依頼していたのである。

 

「タイムは……良い感じだ」

「ホント!?よし、更に頑張らないと…」

「待てシービー、少し目を休ませるんだ」

 

 良いタイムが出た事に気分を高揚させ、またスタートしようとするミスターシービーをエアコンボフェザーは止める。ミスターシービーはそれに素直に従うと、エアコンボフェザーの隣に座った。

 

 

「…しかし…本当に、面白いトレーニングを考えるもんだね」

「思いついたことは、何でも試す、地方(私達)はそうやって、成長してきた。あのサングラスのトレーニングを考えたのは、水沢だ。それと…サカキは元気にしているか?」

「もちろん、アタシのサポート、頑張ってくれてるよ………ふぅーっ…」

 

 ミスターシービーはそう言うと、空を見るように、仰向けに大の字になった。

 

「…シービー…?」

「……こんな風に夜風に当たって話してるとさ、川沿いで話してた昔を思い出すね、いつもはアタシとマルゼンがちょっと変わったことを言って、ルドルフとキミがソレを見て、またかって顔をする、でも、夢を語るときは、みんな目をキラキラさせていた…あの時をさ」

「……そうだな」

「キミだってさ、ルドルフとは、和解したいんだろう?」

「………」

「…いや…聞かなくても分かる、そのペンを使ってるっていうのが、何よりの証拠だからね」

 

 ミスターシービーはエアコンボフェザーの使っているペンを見る、そのペンはシンボリルドルフの使っているそれと、デザインはほぼ同じものだが、こちらには月ではなく、翼の刻印が入っていた。

 

「…フェザー、アタシは、ルドルフに勝つ、勝ってルドルフを、癌から解放してみせる」

「シービー…」

「アタシは…いや、アタシ達でルドルフに勝つんだ、ミーク達次の世代が、縛られることなく、走り続けるためにも、あの頃のアタシ達に戻るためにもね、フェザー、もっとアタシを鍛えて」

「厳しくなるぞ」

「望むところだよ」

 

 ミスターシービーの表情は、本気だった。

 

 

 





お読みいただきありがとうございます。

ペースを上げてはいきたいのですが、思うように執筆が進まず、ご迷惑をおかけしています。申し訳ありません。

次回は帝王賞に入っていきたいと思います。よろしくお願い致します。

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