アングロアラブ ウマ娘になる   作:ヒブナ

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第60話 後悔

 

 

 ドリームトロフィーリーグのウイニングライブ、それはソロライブの形式で行われるものである、そしてそのステージに、ミスターシービーは立っていた。

 

『繰り返す過ちがいつも 愚かないきものに変えてく…』

 

 ミスターシービーは今まで気を失っていた事を感じさせないような綺麗な歌声で、歌ってゆく。

 

『熱い瞳に焼きつけて……!!』

 

ワァァァァァァァァ!!

 

 最後のフレーズを歌い終わり、会場は歓声に包まれた。

 

 

「……これからが、正念場だな」

 

 それを見ていたエアコンボフェザーは、そう言って会場を出ていった。

 

 

────────────────────

 

 

 ウイニングライブ後はミスターシービーへの勝者インタビューの時間だった。多くの記者が、ミスターシービーと伊勢のもとに集まっている。

 

「ミスターシービーさん、今回の勝利に対して、どのような気持ちでしょうか?」

「うーん…いろんな気持ちで胸の中が一杯だけど、一番は“感謝”かな?今回の勝利には、いろんな人が協力してくれたからね」

「なるほどなるほど…それはどのような方なのですか?」

 

 記者は、メモを取りつつも更に質問を行う。

 

「うーん…トレーナーさんにはもちろん感謝してるよ、ありがとうね、トレーナーさん」

 

 ミスターシービーは、伊勢の方を見て、顔をほころばせる。伊勢はそれにサムアップで返す。

 

「あと…サカキ!こっちにおいで」

「えっ…あっ!は、はい!!」

 

 ミスターシービーは部屋の入口のところに立ち、会見の様子を見ていたサカキムルマンスクを呼び、自分の隣に立たせる。  

 

「この娘はサカキムルマンスク、アタシの専属サポートウマ娘、この娘が居なかったら、アタシは今日、ここに立てていなかったかな」

 

 三冠ウマ娘の口から出た意外な発言に、記者たちはざわつく。

 

「では、こちらのサカキムルマンスクさんが、どのようなサポートをしてくださったのか、教えて頂けないでしょうか?」

「うーん…そうだね……スゴイトレーニングを教えてもらったかな」

「凄い…トレーニング…ですか?ですが、ミスターシービーさんがこれまでにこなしてきたトレーニングも、かなりレベルの高いものであるとは思いますが…」

「ううん、彼女が地元から伝えてくれたトレーニングと比べると、アタシのなんてまだまだだよ」

「彼女…?地元…?」

 

 質問した記者を始め、多くの記者は、首を傾げる。

 

「断言するよ、今回のサマードリームトロフィーでのアタシの勝利は、この娘…サカキムルマンスクの地元、福山トレセン学園からもたらされたトレーニングが無ければ、達成できなかったモノだったってね」

「………!!」

 

ザワ…ザワ…

 

 ミスターシービーの口から突如として出た、地方の学園の名前、それは記者たちに驚きをもって受け止められた。記者たちは最近の地方の活躍は知っている。しかし、それがドリームトロフィーリーグにまで通用するものであったとは予想していなかったからである。

 

『会見終了、5分前です』

 

 制限時間がもうすぐそこまで来ているアナウンスが鳴る。しかし、記者たちはまだ、落ち着く様子を見せない。

 

「あのっ!!よろしいでしょうか?」

 

 すると、一人の若い、女性記者が歩み出て、ミスターシービーに聞く。

 

「うん、良いよ」

「では……ミスターシービーさんはトレーニングから、レース中の戦術まで、様々な方法を用い、今回の勝利を手にしました。ですが、私はその一連の行動に、何かメッセージ性が含まれているのではないかと思うのです。もしそうならば、そのメッセージをここで教えて頂きたいのですが」

「……!」

 

 その記者の洞察力に、ミスターシービーは目を丸くする。そして、伊勢とサカキムルマンスクとアイコンタクトを取り、記者を見る。

 

「よし、じゃあ、今回のレースで、アタシが一番伝えたかった事を、今から言うね。今回のレースで一番伝えたかった事はズバリ、“アタシ達は、変わらなければいけない”ってこと、今まで、アタシ達中央トレセンは、主に伝統に基づいて、トレーニングを行ってきた。でも、これからは、アタシがやってきたような地方のトレセン学園がやってるような、0から考えて、創り上げられた、一見すれば奇想天外、だけど、効果は物凄いトレーニングを、それに加えていかなないといけない時代だと思うんだよ。菊花賞を取ったアラビアントレノ(瀬戸内の怪童)、ジャパンカップを取ったエアコンボハリアー(驚異の宙飛)、フェブラリーステークスを取ったメイセイオペラ(真紅の稲妻)みたいなウマ娘達が、それを示しているんじゃ無いかな?」

「………」

 

 ミスターシービーの言葉に、記者たちは、何も返さない。ただ、質問をした記者は、ペンを進めている。

 

「じゃあ、最後に一つ、これからは、伝統や常識にとらわれないやり方も求められる、そんな時代だとアタシは思いたいかな、それで、そんな環境で育ったウマ娘達が活躍していく、面白くなると思わない?」

 

 ミスターシービーは、そう問いかける。

 

「………!」

 

 先程ミスターシービーに質問した記者は、プルプルと震えている。そして……

 

「…素晴らしいですっ!!」

 

 と、大きな声で、感服の気持ちを表したのだった。

 

 

────────────────────

 

 

 その翌日の事である、トレセン学園の生徒会室にはシンボリルドルフと、ミスターシービーの姿があった。周囲では人払いが行われ、ウマ娘はおろか、トレーナーや教師の姿も無い。

 

「ルドルフ、本題に入ろうか、どうしてアタシがここに来たのかは、分かるよね?」

「……管理教育プログラムの事だろう?」

「そう、生徒会の一員でもない、一生徒のアタシが言うのもなんだけど、あれの優遇を止めるよう、理事会に頼んでもらいたいんだ」

「………」

 

 シンボリルドルフは黙る。彼女は複雑な気持ちだった。彼女もやよい同様、管理教育プログラムの恩恵を受け、結果を出したチームを見てきたからである。

 

「ルドルフ、本当にこのままで良いと思ってるの?アタシやメイサの後輩たち、フロンティアの皆は、心配する必要は無いけれど、その他の後輩たちについては、行動は予測できないよ?」

 

 ミスターシービーは、遠回しに、事態を放っておくと近いうちに生徒達の不満が爆発する事を伝える。しばらくの間、緊張が走る。

 

「……このままで良いとは、思っていない、だが…一刻も早く世界一のウマ娘を出すためには、本部のやり方に、従う他無いんだ、それに、今フランスにいるエルコンドルパサーに、このことが知られでもしたら、彼女はレースどころではなくなってしまう」

 

 シンボリルドルフは、申し訳無さそうな顔をして、そう返す。ミスターシービーはそんな彼女を、普段の様子からは想像できないような鋭い目で見つめ…

 

「なるほど、ルドルフ、それは君自身の意志なのかい?アタシには、キミの言葉が他人から借りてきたものに思えて仕方がないんだ」

 

 と言った。彼女はさらに口を開く。

 

「…ルドルフ、凱旋門賞を取ることって、そんなに大事なのかな?」

 

 その言葉に、シンボリルドルフの耳は、ピクリと動く、そして、その耳は後ろへと反る。

 

「シービー…どういうことだ?今の我々は、海外に追いつき、追い越すウマ娘を育成するのが第一の目標だ、君はそれをナンセンスだとでも捉えているのか?」

「そういうわけじゃ無いんだ、アタシだって、後輩たちにそうなってほしいと思ってるよ、でもね、何だか急ぎすぎてる気がするし、もう一つ、目的があるんじゃないかって思ってるんだ。」

 

 ミスターシービーはそう言い、シンボリルドルフの目を見た。

 

「………」

 

 それからしばらく、ミスターシービーは説得にあたったものの、シンボリルドルフが彼女の願いを聞き入れることは無かった。そして、ついに、ミスターシービーは

 

「…なんでそんなに……急ぎすぎちゃうのさ」

 

 と言い、部屋を出ていった。

 

 

────────────────────

 

 

同じ頃、都内の料亭に、二人の中年男性の姿があった。

 

「じゃあ…ご当主を、説得してくれるということかい?」

「ああ、だが、お前も一緒だ、そして、娘達もな」

 

 そう語り合うこの二人の男性は、ハグロシュンランの父と、メジロアルダンの父であった。

 

「…ありがとう」

「…お前は、私のもう一人の娘を育て上げてくれた。今こそ、その恩に報いる時だと思ったからな」

 

 生き別れの双子の、再会の時が迫っている。

 

 

────────────────────

 

 

 ミスターシービーが帰った後、シンボリルドルフは一人、トレセン学園の敷地内を歩いていた。彼女は、トウカイテイオーが自分の前を歩いているのに気づき、声をかけた。

 

「テイオー、こんな時間まで残っていたのか」

「カイチョー…うん、今日はトレーニングが休みだったんだけど、他の子の勉強を教えてたんだよ」

「…?」

 

 シンボリルドルフは、トウカイテイオーの様子を見て、違和感を持つ。トウカイテイオーはどこかよそよそしい様子だったからである。

 

「どうした、テイオー?どこか様子がおかしいようだが…?」

「…カイチョーは凄いね、ちょっと、悩み事があるんだ」

「なら、そこのベンチで話を聞こうか」

 

 シンボリルドルフとトウカイテイオーは、共にベンチに座る。

 

「…それで、悩み事というのは、一体どういうことだ?チームの誰かや、クラスのメンバーと喧嘩でもしてしまったのか?」

 

 シンボリルドルフは、トウカイテイオーにそう優しく問いかける。

 

「いや、そういうわけじゃないんだ……ねぇ、カイチョー、一つ、聞いても良い?」

「…?ああ、もちろんだ」

「カイチョーはどうして、ボクに優しくしてくれるの?」

 

 トウカイテイオーは、シンボリルドルフにそう聞く、シンボリルドルフは、他のウマ娘と比べて、トウカイテイオーに対しては少しばかり甘かった。また、彼女ら二人は、とても仲の良い先輩と後輩として、学園内では周知されている、そして、少し外見が似ていることもあり、新入生や来客が、二人を姉妹なのかと見間違えることも少なくなかった。

 

「テイオーが、私のことを信頼し、努力してくれているから…だろうな、あの日、“強くてかっこいいウマ娘になります”と私の前で誓ってくれたことは、昨日の事のように思い出せる」

 

 シンボリルドルフとトウカイテイオーが、初めて会ったのは、シンボリルドルフが日本ダービーを制した後のことである。そして、月日が流れ、トウカイテイオーはトレセン学園に入学した。シンボリルドルフは一度見た相手の顔を忘れない、記憶力の高いウマ娘である。当然、トウカイテイオーの事は覚えていた。

 

「…そうなんだ、ねぇ、カイチョー、カイチョーは、ボクのこと、信頼してくれてるの?」

「もちろんだ」

「そっか…じゃあ、その“信頼”って、どんなものなの?ボクの性格?それとも実力?」

「……テイオー…?」

 

 シンボリルドルフは、トウカイテイオーの質問に対して、疑問符を顔に浮かべる。トウカイテイオーはそれに気づく。

 

「ごめんねカイチョー、困らせちゃった、今のは忘れて………ねぇ、カイチョー、カイチョーは、ボクのこと、どう思ってるの?」 

「………才能のある、将来有望なウマ娘だと、思っているよ、さらに、それに驕らず、いつも、私のようなウマ娘になりたいと、頑張ってくれているのは、嬉しく思っている。願わくば…その夢を、叶えてほしいものだな。」

 

 シンボリルドルフは、新入生だった頃のトウカイテイオーと、すぐに仲良くなった。その理由は、純粋に自分を慕い、努力している事が嬉しかった事と、その才能に惹かれたという事であった。

 

「そっか…じゃあ、カイチョーは“自分みたいなウマ娘が活躍していってほしい”って、思ってるんだね」

「そうだ、それがどうかしたのか?」

 

 そう言ったシンボリルドルフを、トウカイテイオーは真剣な目で見た。そして…

 

「うん…ねぇ、カイチョー、ボクは誰かの代わりなの?」

 

 と言ったのである。

 

「代わり…?テイオーが…?」

「…そう、カイチョー、ボクは、“サクラスターオー”って娘の、代わりなの?」

「何故……その…名前を…」

 

 シンボリルドルフの顔には、普段の彼女からは、想像できないほど、動揺が広がっていた。

 

「ボク、この前、整備員の皆と、喧嘩しちゃったんだ、それで仲裁に入った伊勢トレーナーから聞いたんだ、ボクが入学する前に、起きたことの裏側を」

「テ…テイオー……」

「今のカイチョーは、URAは、何をしようとしてるの?」

 

 トウカイテイオーは、瞳を潤ませ、シンボリルドルフに聞く。

 

「テイオー、今の私達は…」

 

 シンボリルドルフは、それ以上言葉が出せなかった。自分がいつしか、トウカイテイオーとサクラスターオーを重ね合わせるようになっていたのでは無いかと思ったからである。

 

 そして、シンボリルドルフの様子がおかしいことに、トウカイテイオーは気づく。

 

「ごめんねカイチョー、また、困らせちゃって……でも、ボクも、カイチョーに嘘ついてたんだ、ボク、勉強を教えてたんじゃない、カイチョー達のやり方について、マヤノと喧嘩しちゃってさ、戻りづらかったんだ。」

「テイオー……」

「ねぇ、カイチョー…カイチョーが頑張ってくれてるのは、誰のため?」

 

 その時、シンボリルドルフは気付く。今まで、自分が行った大きな動きは、自分のエゴも含まれていた事を、サクラスターオーの有記念出走に賛成した時も、オグリキャップをダービーに出そうとした時も、そして、管理教育プログラムの優遇に反対しなかった時も。

 

 今まで、自分を動かしてきたのは、『すべてのウマ娘の幸福』という理想よりも、『絶対を体現するウマ娘を作り上げたい』という、もう一つの理想であった事に、彼女は気づいたのである。

 

「……私は……私は…こうも傲慢だったのか…」

「カイチョー…」

 

 皇帝が、後悔の涙を流している。

 

 





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