第61話 よく似た境遇
『では、最後に全体の総括をお願い致します』
『……ウマ娘の体格は、千差万別、既存のトレーニングでは、効率化が行き届いていて、すウマ娘を十分に鍛え上げるのは難しいです、しかし、このトレーニングを行えば、体格に関係ないパワー、目にも留まらぬ
『……ふむ…どう思います?』
『…異端ですね、このようなトレーニングは見たことも聞いたこともない』
『…これを実行するのは、危険ですね』
『…………!!』
『……驚いているのかね?これが、我々の結論だ、君の案には、賛同しかねるということだ』
『…………』
「……随分と懐かしい夢を見たもんだ」
見た夢の正体、それは中央に落ちた時の記憶だった。その時の俺は、ただただ、理不尽に感じていた。なぜ認められない、なぜ実践すら許されない…と……結局、俺とセイユウは似た者同士なのかもしれない。
俺は、周囲を確認する、机の上には、切られた布に布切狭、刺繍糸に針山などの裁縫道具が散らばっている。俺達は今年になってトレーナー室が与えられ、ウマ娘達の為のものを保管しやすくなっていた。
「時間は……もうすぐ、トレーニングの開始時刻…早く片付けないとな…」
今作っているものは、まだ、アラに知られるわけにはいかない。俺は急いで片付けを始めた。
「おう、お疲れさん」
「うん」
しばらくすると、アラがトレーナー室に入ってくる。すでに体操服には着替え終えており、いつでもトレーニングは開始できるといった感じだ。俺は引き出しからストップウォッチを取るべく、身を低くした。
「……ぐおっ!?」
鈍い痛みが、肩と首に走った。
「トレーナー?どうしたの?」
アラは心配してくれているようで、こちらに歩いてくる。
「…さっきまで机で寝てたからな…肩と首が……」
「…トレーナー、座って」
俺の言葉に対し、アラはトレーナー室に備え付けてある椅子ををポンポンと叩く。
「……?」
「…ほぐすから、座って、トレーニング中にそんなことになったら、トレーニングどころじゃないから」
「…お、おう…」
俺は促されるままに、椅子に座る。
「じゃあ、行くよ」
アラは指で俺の肩や首筋を触診した後、指でほぐしたり、拳で叩く。
「随分と慣れた手付きだな」
「じいちゃんの肩とか、叩いてあげてたからね、力加減には自信あるよ」
硬直した筋肉がほぐれていくのと同時に、先程考えていたセイユウとのことが、再び頭に思い浮かぶ。
「なぁ、アラ」
「どうしたの?」
「迷わせるような事を言ってしまうが…セイユウとの事、どう思う?」
「……」
アラは黙る。一度セイユウに呑まれかけた事もあるから、当然の反応だろう。
「……俺、思ったんだ。昔の俺と、セイユウは、似た者同士だってな」
「…似たもの…同士…?」
「ああ、“認めてもらいたい”という気持ちが、共通してるって思ってな」
「……そうだね…でも、今のセイユウは、間違ってる。認められなかったからって…自分の子孫繁栄の願いが絶たれたからって、サラブレッドを敵視していい理由にはならない」
「アラ…」
「トレーナー、私は、この世界に産まれてきて、前の世界では知らなかった色んな事を知ることが出来た。それで、判ったんだ。
「理由…?」
「うん、たぶん“進化と絶滅”みたいなものなんだと思う。恐竜、アンモナイト、巨大哺乳類…時代が進んでいくうちに、色んな生き物達が消えていったのは、周りの環境が変わっていったからだよね?」
「そうだな」
「サラブレッドとアングロアラブでも、似たことが起きてたんだと思う。昔は、サラブレッドを養うのに、お金も人手も多く必要だったけど、時代が進んでくうちに、技術が発展していって、サラブレッドも管理しやすくなっていったんだと思う。それで、人間たちの感性も、変わっていったんだと思う。」
「スピードを求めていったってことか?」
「……どうして分かったの…?」
そう言って、アラは手を止める。
「…俺もあいつも、レースの世界に携わって来た、つまり、多くのマシンを見てきたって事だ。あの頃は、“リッター100馬力”だとか、“ハイパワーターボ”だとか…そういうのが叫ばれてた時代だったからな……」
「そうだったんだ……」
「ああ、圧倒的なパワー、目にも止まらぬスピード、ヒトって言うのは、そういう、自らの到底及ばぬ驚異の力を誇示する存在…まあ、ヒーローのようなものに、心惹かれるんだろうな」
「うん、だから、サラブレッドは、競走の世界でメジャーな存在になったんだと思う」
「……そうだな、アラ、お前の言う“進化と絶滅”の考え、よく分かるよ、だが、俺は思うんだ。俺達人間が、サラブレッドとアングロアラブが、人間とアングロアラブが、“共に歩む道”ってのを、示すことが出来ていれば…ってな」
「共に歩む…道…」
アラは、俺が言ったのと同じ言葉を呟き、胸に手を当てた。そして、しばらく考え込んでいた。
「悩んでるか?」
「…うん…トレーナーは、セイユウと分かり会える可能性を示してた。*1…つまり、共に歩めるって思ってるんだよね?」
「ああ…」
「大井での事があるから…私は…まだ…答えが出せない」
「いいんだ、好きなだけ、悩めばいい、人間ってのは、そういうのの積み重ねで、成長していくんだ」
「…そうだね、ありがとう、私は考え続けてみるよ、セイユウの事も、私自身のことも、他の事も」
「その意気だ」
俺はアラの頭を軽く撫でた。アラは微笑んでいた。
セイユウ、お前の子孫を思う気持ちは本当の筈だ。だが、お前はお前で、アラはアラ、それだけは…肝に銘じておいてくれ。もう、アラは、お前の怨念を晴らすための道具ではないんだ。
慈鳥とアラビアントレノのやり取りから数日後、ハグロシュンランは一人、仕事をしていた。エアコンボフェザーはまだ戻ってきておらず、エコーペルセウスは本部での会議で不在だったからである。
「………やはり、悩み事があれば、作業というのは進めづらいものですね」
ハグロシュンランはそうつぶやく、彼女は、自らの父親からメジロアルダンとの再会の時が近いということを聞き、刻々と近づきつつあるその時を、複雑な感情で待っていたからである。
「……ふぅ…」
ハグロシュンランは紅茶を飲み、息を漏らす。その時、生徒会室に備え付けてある、内線電話が鳴った。
「はい、生徒会室、ハグロシュンランです」
『シュンラン君、おられましたか』
「校長先生!?どうされたのですか?」
『実は先程、こちらにある電話がありましてな、君に少し手伝って欲しいのですよ』
電話の相手は大鷹であった。彼はハグロシュンランに頼み事を行い、電話を切った。
「何故…校長先生は、このような場所に私を…」
大鷹の頼みは、人を迎えに行って欲しいという内容だった。そして、そのためにハグロシュンランは、警察署の前に居たのである。彼女は、疑問符を頭の上に浮かべながらも、警察署の中に入っていった
「あの、福山トレセン学園のハグロシュンランと申します、ここに保護されている方をお迎えに上がりました、学園から連絡は届いていますでしょうか」
「はい、届いていますよ」
窓口に立つ警察官は、笑顔で答えると、人を呼び出し「あの人をここに」と言い、ハグロシュンランに待っているよう促した。
「シュンラン…!!」
「貴女は……オグリ…キャップさん…?」
保護されていた人物の正体は、オグリキャップであった。彼女はハグロシュンランを見ると、とても嬉しそうな顔をした。
警察官らに礼を言い、二人は警察署を後にした、ハグロシュンランはオグリキャップを見て、口を開く。
「…それで、今日はどうして、こんなところに?」
「昨日、プレ大会の出走表が公開されただろう?」
「なるほど…そういうことですか」
実はこの前日、プレ大会の出走表が公開されていたのである、その長距離部門に、オグリキャップは応募していた。
そして、その結果、札幌レース場の2600mで、アラビアントレノと対決することとなったのである。
「ですが、何故警察署に保護されていたのですか?」
「ああ…少し、恥ずかしいのだが…私は少々方向音痴なんだ、それで道に迷わないよう、ベルノにルートを書いたメモを貰っていたんだ。でも、電車で寝て、本来の駅とは違う駅で降りてしまってな………悪い事に携帯の充電も切れてしまって、八方塞がりになってしまったんだ。だから、通りすがりの人に声をかけて、ここで保護して貰って、福山トレセン学園に連絡をつけてもらったんだ」
「そういうことだったのですか…では、今日はアラさんに会うために?」
「ああ、アラビアントレノとは、長い間、戦いたいと思っていた。だから、レース本番の前に一度顔を合わせ、挨拶をしておきたかったんだ」
「…ふふっ…そうだったのですね」
「…どうした?」
「…いえ、貴女のライバルのフジマサマーチさんも、アラさんとのレースの前、こちらに来てくださいましたから」
「マーチもそうしたのか……」
「ええ、では、急いで学園まで行きましょうか」
ハグロシュンランはオグリキャップの前に出た。
「ちょっと待ってくれ、手を繋いでいこう」
「えっ…!?」
オグリキャップの言葉に、ハグロシュンランは驚き、足を止める。
「キミは右目が見えないんだろう?なら、私の道案内をしている途中、何処かにぶつかる可能性も高いという事だ、でも、手を繋げれば、私がキミの右目代わりになる事ができる」
「オグリキャップさん…はい…!では、行きましょうか!」
ハグロシュンランは、オグリキャップの優しさに感動を覚え、その手を取った。
(…私に来客…今日の分はやり終えたから、良いけれど…)
それから数時間後、アラビアントレノは放送で応接室まで呼び出された。彼女は今までビデオを用いたラーニングを行っており、それを終わらせた矢先のことであった。
「アラビアントレノ、入ります」
彼女はドアを開け、部屋に入る。
「久しぶりだな、アラビアントレノ」
「オグリキャップ…さん…どうして…!?」
彼女は自身の対戦相手が目の前に居ることに驚いた。
「…プレ大会の対戦相手であるキミに挨拶…いや、宣戦布告をしに来たんだ」
「私に…」
「そう、タマとの激闘、カサマツでのキョクジツクリークとの競り合い、それだけじゃない、兎に角、キミにはアツい勝負を見せてもらった。だから私は、ずっと思っていたんだ、次の時代の担い手であるキミと、戦いたいと」
「…私にとって、オグリキャップさんは憧れでした、私も気持ちは同じです、胸を借りるつもりで、挑ませて貰います」
「望む所だ」
アラビアントレノとオグリキャップ、怪童と怪物は、お互いに宣戦布告をし合ったのである。
共に地方の片田舎出身であり、芦毛の競走ウマ娘という、よく似た境遇の二人、その戦いは、既に始まっている。
そしてこの後、オグリキャップは客人として福山トレセン学園の寮に一晩宿泊した。多くのウマ娘達が、サインや握手を求めて駆け寄り、オグリキャップは笑顔でそれに答えていた。
だが、寮の食堂で働く職員達は青い顔をしていたという。
その翌日、エコーペルセウスら各地方トレセン学園の生徒会長は、会議を終え、バイキング形式の食事会を行っていた。
「ペルセウスさん、少しよろしくて?」
「もちろんだよ、ネルソン」
エコーペルセウスは、姫路の生徒会長であるオオルリネルソンに呼び止められ、共に席につく。
「ペルセウスさん、あのソフトについて、どう思います?」
オオルリネルソンは、会議で用いられた資料を取り出す。そこには、High-accuracy Analysis Racing Option-systemの文字があった。これは高精度分析レーシングオプションという、リアルタイムでのレース分析を可能としたソフトだった。
「いやー、まさか九重委員長達がこんなものまで用意してくれてるとは思わなかったよ」
「私も同感ですわ、我が姫路の精鋭たちが、これでさらに強くなると思うと、居ても立っても居られなくなります」
「うんうん、私もそう思うよ、ねえ、ネルソン、考えついちゃったんだ、このソフトを試す、最高の
「まぁ、どこですの?」
「ふふっ…聞いて驚かないでね、それは…」
エコーペルセウスは、オオルリネルソンに耳打ちをする。
「なるほど、面白そうですわね」
「うん、高精度分析レーシングオプションシステム、通称『HARO』、いきなり、大仕事をしてもらうことになりそうだね」
エコーペルセウスはニコニコしながら、そう言った。
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