「私…今度こそアラとレース出来るかと思って、応募したんです……でも……別の会場になっちゃいました」
トレセン学園の食堂で、ハッピーミークは、目の前のウマ娘に対して、そう言った。
「その気持ち、私もよく分かります、私も不調だったときは、走りたくても同期の皆さんと走れない、悔しい時間を過ごしましたから、さあ、飲んでください」
相手のウマ娘──スーパークリークは、お淑やかに笑いながら、ハッピーミークのコップに、ジュースを注ぐ。
「…ありがとうございます」
ハッピーミークは微笑みつつそう言うものの、その耳はペタリとしており、アラビアントレノと共に走れない事に対して、落ち込んでいるということを示していた。
「もうすぐ合宿シーズンですから、落ち込んでいる暇は有りませんよ、メイサは何処へ?」
「…沖縄…です…」
「沖縄……随分遠い所へ行くんですね〜」
「去年、かなり暑いところに行きましたから、今年はもっと暑いところに行って、粘り強さを鍛える計画です」
「そうですか…頑張って下さい、タマちゃんが目をかけている皆さんなら、きっと成長できますよ」
スーパークリークはそう言って、ハッピーミークの頭をなでる。
「あっ!!ミーク先輩それと…スーパークリーク先輩!お疲れさまです!!」
「ベル」
「あら〜ベルちゃん!!」
二人のところにやって来たのは、ベルガシェルフだった。
「包帯、取れたんだ…」
「はい!これから秋に向けて再調整です!」
「良かったですねぇ〜」
「ありがとうございます、あの…スーパークリーク先輩、再調整、どのようにやれば良いでしょうか?」
「回復後のですか?」
「はい、トレーナーさんが“先輩達にアドバイスを貰ったほうがいい”と仰っていたので」
「そういうことですか、では、私よりもアルダンちゃんの方が、適切なアドバイスを提供できるかもしれませんね〜」
スーパークリークは、食堂にかけてある時計を見る。
「この時間帯なら、アルダンちゃんは自室で勉強しているはずですから、電話をかけてみます〜」
「それって、大丈夫なんですか?」
「ええ、アルダンちゃんはトゥインクルシリーズから退いてからは、後輩の皆さんの相談役をやったり、脚部不安のあるウマ娘について勉強をすることに力を注いでいますから、きっと力になってくれるはずですよ」
そして、携帯を取り出し、メジロアルダンに電話をかける…が…
「…おかしいですね……繋がりません…」
その電話が、繋がることは無かった。それもそのはずである。メジロアルダンは、携帯とは別の場所に居て、そもそも寮の自室にすら居なかったからである。
メジロ家の屋敷では、メジロアルダンの父親が、書斎にアルダンを呼び出し、話をしていた。
「…私が…双子…!?…本当…ですか…?」
「…ああ、今まで黙っていて…すまなかったな」
「…何故、黙って居たのですか?」
「……お前達二人を守るためだ…お前が産まれたときのメジロ家は、先行きが不透明な状態で双子を養う経済的な余裕は無かった、そんな中、双子の片方を別の家の養子に出せば、“名門メジロ家は口減らしをした”と言う人間も出る、そうすると、一番苦しむのは、当事者である双子…つまりはお前達だ、だから私は預けたんだ、お前の妹を、最も信頼できる人間に、そして、預けた先は、私達夫婦だけが、知っている。」
メジロアルダンは、当時の自分の父親が、苦渋の決断を強いられたのだということを察した。
「………そういう……ことだったのですね…では…私の妹は何処に…?」
「…今、ここに来ている、入りなさい」
「……!」
メジロアルダンは、振り返り、目を丸くする。
「お久しぶりです、アルダンさん」
「…シュンラン…さん…?」
「はい、ファン感謝祭の時、助けて頂いた、ハグロシュンランです」
メジロアルダンは、驚きのあまり、言葉が出ずにいる。
「…おじ様、しばらく、二人にしていただけますか?」
「……分かった」
そして、ハグロシュンランに促され、メジロアルダンの父親は退出した。
「…シュンランさんが…私の…妹…」
自分の父親の退出を見届けたメジロアルダンは、そうつぶやく。
「…私も、今年の春までは、知りませんでした」
「そうだったのですね…シュンランさんは、全てを知った時、どう思ったのですか?」
「……複雑な気持ちでした。恐らく、今のアルダンさんと同じ気持ちを抱いていた事でしょう。ですが、今の私は、おじ様とお父様の友情を信じています。」
「…友情…」
「アルダンさん、私は貴女のご両親には、大きな恩があるのです。…私を産んでくれたことに、こうして、ハグロ家の一員として、歩ませて貰ったことに、そして、アルダンさん、貴女に出会わせてくれたことに。そして、その恩を返すためには、地方と中央の合同大会、AUチャンピオンカップを成功させることが一番であると、私は思っています。アルダンさん、今の地方は、それに向けて、地道に、でも確実に、進んでいっています。中央はどうですか?」
「…学園内に、良くない雰囲気が漂っています…今のままでは…とても…」
メジロアルダンは、目をそらしつつ、そう答える。
「アルダンさん、私が思うに、今回のプレ大会は、中央を動かし、チャンピオンカップを成功に導くことのできる、最後のチャンスの一つです…お願いです、協力して頂けませんか?」
「シュンランさん……」
メジロアルダンの頭の中には、メジロ家の現状が浮かんだ。メジロ家は、競走ウマ娘の名門であるという性質上、多くの者が、URAと何らかの関係を持っている。メジロアルダンの父親もそうだった。そして、管理教育プログラムの優遇の是非を問う論争は、メジロ家にまでもその足を伸ばしていたのである。
「…シュンランさん、他のメジロのウマ娘に比べ非才な私に出来ることは、限られています。ですから、トゥインクルシリーズの舞台から降りて、自分の役割を探してきました……今、確信しました、貴女方と共に歩むことが、私の役割であると」
「アルダンさん…ありがとう」
確かな熱意を持ち、メジロアルダンは、ハグロシュンランの手を取った。
数十分後、メジロアルダンの父親は、ハグロシュンランの父親とともに話していた。
「……良い娘を持ったな」
ハグロシュンランの父親は、メジロアルダンの父親にそう言う。
「…アルダンは私の誇りだ、シュンランは、お前に似て、頼りになる娘だな……ありがとう」
「私こそ、きみに礼を言いたい、ありがとう」
二人は互いに礼を言う。
「…ここからが、正念場だな、きみの家のご当主と、シュンランを引き合わせ、プレ大会を見せ、地方の力を知ってもらうことにより、現状を理解してもらう…それで良いかい?」
「…我々メジロ家が賛成に回れば、URAも動かざるを得ないだろう、学園内の対立は、URAが、つまり我々大人が引き起こしたようなものだ…他に選択肢は無い」
プレ大会の日は、刻一刻と迫っている。
一方その頃、トレセン学園の生徒会室では、シンボリルドルフとやよいが対面していた。
「…それで、URAと理事会からの返答は……」
「“検討に入る”とのことだ、要は、時間をくれということだな」
シンボリルドルフは、トウカイテイオーとの会話を通じて、心を突き動かされ、URAに対し、管理教育プログラム導入チームへの支援の撤回を意見具申した。
「……時間…」
「予測ッ……恐らく、URA内部でも、相当な論争となっているのだろう…校内はどうだ?」
「……喧嘩等は、ほとんど見られなくなりました…しかし、それは…平穏ではないと思います。表立っての争いが減っただけのことです。恐らく、睨み合いのまま、何もしない状態が、続いているのでしょう…動けないことを…不甲斐なく思います」
サマードリームトロフィーの終了後、学園内での喧嘩などは、徐々に数を減らしていった。それは、保守派のウマ娘が、改革派からの攻撃を恐れ、目立った行動を控えるようになったからである。だが、それは、今までの表立っての争いの状態から、双方が睨み合う冷戦のような状態に移行したに過ぎなかった。そして、シンボリルドルフら生徒会は、保守派の生徒が多くを占めていた。そのため、生徒会が中立の立場であると自称し、この状態を仲裁することは、双方の反発を招いて新たな騒動を起こしかねないため不可能であり、上層部の判断を仰ぐしかない状況にあった。
生徒会長が強力なリーダーシップを持ち、学園を牽引していくスタイルが、完全に裏目に出たのである。
翌日のことである。
「──であるからして、管理教育プログラムの優遇は、不適切となる、お分かりか?」
「いや、東条トレーナーを見ろ、サマードリームトロフィーこそ惜敗してしまったが、彼女のチームのウマ娘は皆準決勝まで残っている」
ここのところURA本部では、毎日のように管理教育プログラムについて、かなりの論争が繰り広げられている。さらに、今回は理事長が出席しての会議である。しかし、理事長は特に発言などをせず、傾聴の姿勢を取っていた。
「……」
理事長は、しばらく話を聞いていた。そして、双方が疲弊し、論戦がある程度停滞してきたのを見て、それが発言のタイミングであると判断する。
“彼女は”眼鏡をクイと上げて立ち、その奥にある鋭い瞳を輝かせ、会議の出席者らを見る。
「皆さん、一つ忘れている事がありませんか?」
「…?」
「フランスにいる、エルコンドルパサーの事です、彼女はまだ知らないのです…しかし、知れば…その結果は」
この一言が、会場の雰囲気を一転させた。
現在フランスにいるエルコンドルパサーは、日本のレースの結果については知っているものの、学園内部の情勢に関しては疎い。それは、彼女の友人たちが、レースへの影響を懸念し、伝えることを控えていたからである。だが、フランスにいるエルコンドルパサーが、学園内の情報を聞き出す術は、友人らから聞く以外にも存在している。それは、フランスにてエルコンドルパサーを指導しているURAの指導教官からであった。海外遠征強化中のURAは、チームを持つトレーナーの負担を軽減するため、ウマ娘に海外遠征をさせる際は教官をつけて送り出すことも可能な制度を作り上げていたのである。
保守派と改革派、思想は違えど、エルコンドルパサーの勝利を願う純粋な気持ち──つまり、世界への熱意は、同じであった。URAの理事長は、それを利用したのである。
つまり、URAの理事長は、保守派の味方をしたのであった。
休日の早朝、私はトレーナーに呼び出された。
「すまんな、朝早くに呼び出して」
「四時には起きてるから、大丈夫」
「良かった、なら、早速だが本題に入るぞ、今度のプレ大会の作戦についてだ」
今度のプレ大会で、私はオグリキャップと当たることになる、向こうは相当の熱意で挑んでくるはず、もちろん私もそのつもりだ。
「作戦…どう行けば良いの?」
「…今回の作戦だが、アラ、俺は一つだけ言いたいことを言うだけで、後はお前に殆ど任せてみようと思う」
「えっ……!?」
「レースでは、何が起こるか分からない、想定外の事態ってのは、レーサーの判断力を鈍らせる、サイレンススズカだって、それがペースアップの原因になったし、ハリアーがエルコンドルパサーに勝てたのも、雨の中で突っ込んで相手を驚かせたのが大きいだろう。普段から作戦通りにやるやり方をやってるとそういう想定外の事態に弱くなる……昔の俺みたいに、最悪命に関わることにだってなるんだ」
「トレーナー……」
トレーナーは、突然の雨でアクセルワークをミスした後続車に追突され、それが命を落とす原因になった、だから、その言葉には説得力があった。
「だから、そういった時に備えて、すぐに自分で考え、行動できるようにしておくのが、ベストってことだ、それに、レース中にまた、セイユウに呑まれそうになる可能性も、否定できないだろ?レース中は、俺は殆ど何もできん、その時は、お前自身で何とかするしかないんだ」
トレーナーの言っていることは、理解できる。
要は、自分で走りを組み立てることのできる精神力を身に着けて、セイユウの誘惑を払い除けるということだ……“対話”のために。
「……分かった…でも、1つだけって、何?」
「…良いかアラ、一度しか言わないぞ?“灯台下暗し”、突破口は、意外なところに隠れていることもある、これを頭に入れておいてくれ」
「…灯台…下暗し…」
私は、その言葉を忘れないよう、しっかりと頭に刻み込んだ。
「ベルノ、タイムはどうだ?」
「うん、良い感じだよ!後もう少し、続けよう!!」
一方、中央トレセン学園では、オグリキャップがプレ大会に備えたトレーニングを行っていた。
「……」
そして、その様子を彼女のトレーナー──北原
譲は眺めていた。
「…えらく考えこんでるじゃねぇか、ジョー」
「ろ…ろっぺいさん…!?」
「…ったく…
「あっ…」
「ジョー、何を悩んでる?」
「……勝てるかどうかです」
「…アラビアントレノにか?」
「良くわかりますね…」
そう答えた北原に対し、六平はため息をついた。
「ジョー、オグリとベルノを呼んでこい」
「…えっ…」
「速く呼べ、行っちまうぞ、こちとら教官になってから書類が激増してんだよ」
「はっ…はい!…オグリ!!ベルノ!!」
北原は、オグリキャップとベルノライトを呼ぶ。3人は六平の前に立つ。
「お前ら3人、今度のプレ大会、勝ちたいか?」
六平の質問に対し、3人は、真剣な目で頷く。
「じゃあ、勝つために大事なことを、一つだけ言う」
「…大事なこと…?ろっぺい、どういうことだ?」
オグリキャップはそう聞き返す。
「…温故知新だ」
「温泉玉子…?」
「何でそうなるの!?」
オグリキャップの言葉に対して、ベルノライトはツッコミを入れた。
「…まぁ、簡単に言えば、以前やってたことを振り返って、新しいことを導き出すってことだ、ベルノ、地方はどんどん新しいモノを採用していってるんだろ?」
「は、はいっ!!」
「地方は強くなった……オグリ、置いてきぼりを喰らいたくはないだろう?」
「もちろんだ、互いに宣戦布告もした。私は、アラビアントレノに勝ちたい」
「ジョー、お前は、アラビアントレノのトレーナーより年上だ。つまり、お前の武器は何になる?」
「経験です」
「そうだ、経験だ。いいか、お前ら、今まで積み重ねてきたことをフル活用して闘うんだ。出し惜しみはするんじゃねぇぞ」
六平のサングラスの奥の瞳は、勝利への熱意に燃えている。それは、北原、ベルノライト、そして、オグリキャップも同じであった。
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URAの理事長についてですが、シンデレラグレイのある登場人物と、同一人物です。
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