福山トレセン学園の学生寮では、ハグロシュンランが寝込んでいた。彼女は、メジロ家との協力体制が成立してからというもの、自ら積極的に行動しており、それもあって体調を崩しており、凱旋門賞の中継時も熱を出して寝込んでいたのである。
「シュンラン、入るよ」
そしてそこに入ってきたのはエコーペルセウスである。
「ペルセウス会長…大事な時に…倒れてしまって申し訳ありません」
「良いよ、君のことを考えていなかった私も、いけなかったからね…さっき、メジロ家の方から、連絡があった、“根回しをした重役たちとともに動く”だってさ」
「…では…凱旋門賞の結果は…エルコンドルパサーさんは…」
ハグロシュンランは、凱旋門賞の結果を、エコーペルセウスに問う。
「…差されたよ、先行しすぎてね」
エコーペルセウスは、冷徹にそう言ってのけた。
「……」
メジロ家からの連絡、エコーペルセウスの発言により、ハグロシュンランは凱旋門賞の結果を容易に推察することができた。
「………今、ネットは大騒ぎさ、私達が計画していた、中央に先駆けて凱旋門賞の分析を行い、公開するっていう私達の作戦でね」
「これで…どうなるのでしょうか?」
「…少なくとも学園の生徒、ファンは、現状に大きな疑いを感じずにはいられないはずだよ」
「ですが、中央にはスポンサーがいます。メジロ家の方々や改革派の重役の方々が、説得、懐柔にあたって下さるとはいえ……力不足であるという思いが…私は拭えません。利権を得づらくなるのですから。」
「そうだね、シュンラン。だから、ウマ娘達の行動が大事になってくるんだ。なんたって、レースを創り上げるのはスポンサーでも、ファンでもない。ウマ娘達なんだから…もちろん、君もその一人、だから、今は身体を回復させることに専念するんだよ」
エコーペルセウスは、ハグロシュンランに向け、優しくそう言い、部屋を出た。
「……」
部屋を出て、エコーペルセウスを待っていたのはエアコンボフェザーだった。二人は部屋から離れ、外を見る。
「ペルセウス…あの冷徹な物言い…私情が混じったな?」
「……うん、少しばかり、私情が入った。私としたことが、とんだ失態だね。」
「…咎めるつもりは、無い…感情を優先したい時は、誰にでもある。エルコンドルパサーに対して、思うことが無いと言えば、嘘になるだろう?」
「…うん、でも、そんな感情は、しまい込まなければいけないね、あと少し…頑張れば…私達の理想が、日本のウマ娘レース界のあるべき姿が、実現するんだから」
「…そうだな、だが、油断はできない、中央にはまだ、トレセン学園の騒動を、他人事のように捉え、傍観している者が少なくない」
「……そうだね」
二人は少し歩き、下の階を見る。下の階ではウマ娘達がレースについて語り合ったり、蹄鉄等の用具について相談したりしていた。
「…あの娘達のためにも、頑張らないとね」
「…ああ、新しい時代を創るのは、私達の様な
「うん、フェザー、そのためにも、私は必要だと思うな」
「何がだ…?」
「君が、
「……ああ」
「私は、信じてるからね、君たち二人が、元通りの…『友達以上、仲間でライバル』の関係に戻る事を」
「…その言葉、有り難い」
エアコンボフェザーが返事をしたのを認めると、エコーペルセウスは頷き、下の階へと降りていった。
それと同時刻の事である。桐生院は自らの実家におり、URAの役員である実父の説得にあたっていた。
「お父様、凱旋門賞の結果は、ご覧になりましたか?」
「…ああ」
「では、何故動こうとはしないのですか!」
「……」
「私達は、世界の壁の高さを、凱旋門賞で知ったはずです。今までのやり方では、駄目な事ぐらい、お父様でも分かるはずです。」
「…では、お前はレースに不利な小柄のウマ娘を優遇することが、正しいとでも言うのか?予算は限られている。それならば、少しでも成果を得られる可能性がある物に、使うべきだろう」
桐生院家は今回の分裂で、どちらにつくのか揺れていた。既得権益の保護も、新規分野の開拓も、どちらも桐生院家としては大事にしていきたかったからである。とはいえ、小柄なウマ娘が不利というのは、桐生院の父親にも定着していた。
「…その、成果を得られる可能性を図るものさしを、変えなければならないのではないですか?お父様達は、それが怖いのでは無いですか?それに、少数派とはいえ、小柄なウマ娘達も明確な夢を持ち、トレセン学園にやって来たのです。その夢は、どうなるのですか!?」
桐生院の剣幕に、父親は黙る。
「……」
「……」
両者の間には、良くない空気が漂いつつある。
「二人共、そこまでにしておきなさい」
「おば上…」
「大おば様…」
その場に現れたのは、桐生院の大おばである。彼女はURAの重役を努めていた。
「二人共、落ち着きなさい。出口のない迷路をずっと歩き続けているようで、見ていられないわ」
「…わかりました」
「私も、頭を冷やします」
大おばは桐生院とその父親を落ち着かせる。
「まず、あなた」
「は、はい!」
「今、我が桐生院家で、一番現場を知っているのは、葵よ、現場の意見を軽視するのは、桐生院家の人間としてでなく、URAのいち役員として、相応しくないわ」
「次に葵」
「はい…」
「さっきも言ったように、現場に一番近いのは貴女よ、私達に、何かをしてほしいのであれば、もっと詳しく説明しなさい、話はそれからよ」
大おばは双方に意見を言い、座らせる。
「では…説明いたします。まず、今回の件、発端は、アラビアントレノさんの菊花賞制覇だと、大おば様方は思っておられるようですが、違います。もっと、もっと前に、きっかけはあったのです。そして、そのきっかけは、私がある方と出会ったことです……その方の名前は、慈鳥──」
桐生院は、ここまでのいきさつをすべて話した。
「なるほど…話はすべて、理解したわ、貴女が誰に出会い、何を知ったか、そして……この騒動の発端の一部が、貴女であった事も…ね」
「…否定はしません、ですが、私は、自分のやっていることが、正しいことであると信じています、桐生院家のトレーナーとしてではなく、担当ウマ娘の将来を思う、チームメイサのトレーナーとしてです」
桐生院は、かつて慈鳥に言われた言葉を思い出しながら、そう言った。
「…葵」
桐生院の目に、父親は圧倒される。
「…桐生院家はURAの中核を成す存在の一つ、その行動には責任が伴うわ。だから、見極めさせて頂戴。貴女の覚悟を、決意を、成長を。今度の、京都大賞典で。」
一方、桐生院の大おばは、桐生院の言葉を受け、京都大賞典で彼女の実力を確かめるという意思を示した。
「…分かりました、大おば様……お父様、お父様も、見ていてください。私は証明します。ウマ娘の体格差が、競走能力の決定的差では無いということを。我々中央は、改革なくして成長なしということを。」
桐生院は、二人にそう言うと席を立ち、部屋を出ていった。
それから少し経ち、京都レース場では、天皇賞秋のトライアル競走、京都大賞典が開催されていた。スペシャルウィークはエルコンドルパサーの敗北のこともあり、必ず勝つべくハードなトレーニングを重ねて臨んだものの…
(アタシは身体が強くない…カゲロウみたいに脆いけれど…G1を取るために…絶対に勝つ!!)
ツルマルシュタルクもそれは同様である。G1出走・制覇のため、強いとは言えない身体を最大限まで強化し、このレースに臨んでいた。
(早く行かないと…!!)
スペシャルウィークは前に出るべく、末脚を使う。
(こんなところで末脚なんか出すな!!抜かれたいのか!!)
ツルマルシュタルクは、その判断が愚であることを理解していた。
『スペシャルウィーク動きが悪い!スペシャルウィーク動きが悪い!メジロブライトをかわして、ツルマルシュタルク今ゴールイン!!スペシャルウィークは、なんと7着です!!』
(…言わんこっちゃない)
ツルマルシュタルクは勝利を手にしたものの、どこか満ち足りない様子であった。
(アタシは…スペシャルウィークと、ガチンコで勝負がしたかった……)
ツルマルシュタルクは拳を握りしめ、掲示板を見つめていた。
スペシャルウィークが不調だったとはいえ、ツルマルシュタルクが期待以上の走りを行ったのは事実であった。そして、本人もそうであるが、その走りを引き出したのは、桐生院本人である。
「葵…成長したわね」
大おばは桐生院の実力、成長、そして、考えの正しさを認めたのだった。
数日後、桐生院の大おばは、改革派に加わり、URAの本部にいた。彼女たちは同士をさらに増やすべく、日和見を決め込んでいる役員を独自に集め、演説にて説得を行ったのだった。
「日本のウマ娘レース創設1世紀を経た今日、URAの一部は、世界の制覇という目的を盾に、ウマ娘達にとって宝のような存在であるトレセン学園の内部分裂の一端を醸成するに至りました。そして、私どもはもはや小規模な働きかけは無理と判断し、このような大規模な動きを決したのです!私達はそのための尖兵にしか過ぎず、ウマ娘レースを支えてくださっている皆さんの力によって、日本のウマ娘レース界全体を改革し、守っていかねばならないのです!」
桐生院の大おばは、改革派を代表し、演説を行う。
「スポンサーが離れていく可能性がある、あなた方は我々に路頭に迷えと申すのか!?」
ある役員から、ヤジが飛ぶ。
「確かに、スポンサーが離れていく可能性は、否定致しません。しかし、このままで行きますとやがて、トレセン学園は、さらなる内部抗争に見舞われる事でしょう!だとすれば、どのような事が考えられるでしょうか?答えは簡単です。人材が流出するのです。過去にも起きたように……いえ、それだけではありません。こればかりは、言いたくはありませんが、事故でウマ娘を失うことも、考えられるでしょう。一度ならず、ニ度までも…我々に必要なのは、立ち止まり、一考することです。今の段階で、世界を目指すことはできるのか、ライバルとして、成長しつつある地方と、どう歩んでいけば良いのか、“強いウマ娘に絶対を体現する存在となるよう促す”……この思想は、本当に正しいのかを、見極める必要があるのです」
「……」
「私どもと、意見を異にする方々も、もちろんおられることでしょう、私どもに野次を飛ばし、反対されるのは、大いに結構です!私共は逃げも隠れも致しません。皆様方に、しっかりと、私どもの意見を発信していく所存であります!!」
桐生院の大おばは、その場にいる全員を見て、そう言った。
その後、改革派はURAの会議にて、管理教育プログラムの優遇を停止する動議を提出したのであった。
「スペシャルウィーク…」
私は町の書店でレースの情報誌を読み、スペシャルウィークが休養に入った事を知った。彼女のトレーナーは、京都大賞典での敗戦が、トレーニングのしすぎであると考えているらしい。確かに、彼女は悩んでいるだろう、それで、その悩みをトレーニングを続けることで、忘れようとしていたのかもしれない。
「天皇賞…」
私は、天皇賞秋に出る。スペシャルウィークもそうするだろう、マルシュだって、ハードだって出てくるはずだ。
…中央も、分裂のダメージから、凱旋門賞後の動画の件から、立て直しを図ろうとしている。大きな動きの一つは、メジロ家が中心となった働きかけによって、管理教育プログラムへの優遇が止まったことだろう。
ただし中央の上層部は、保守派寄り、油断はできないだろう。
でも、状況がどうであれ、私は走り続けなければならない。それが、自分の運命と向き合う、ただ一つの方法だからだ。
『そのまま突き進め』
ふと、セイユウの言葉が、思い出される。
あの時に私は、サイレンススズカを避け、外に逃げた。じゃあ、そのまま突き進んだとしたら……
…私は、勝っていたのかもしれない。そして、セイユウが、私の勝ちを願っていたのは当然だろう。でも、あの時の事を他のレースと比べれば、どうだろう。
セイユウは、私を覚醒へと誘うことはあったけれど、天皇賞のときみたいに、明確に呼びかけて来ることは無かった。
恐らく、セイユウは、秋の天皇賞に対して、強い思い入れかトラウマ…つまりは、因縁があるんだ。
だから、私を勝たせようとしたし、あの行動を責めた。
つまり、次に彼が現れるのは…秋の天皇賞の前、もしくは本番の途中だ。
タイミングはいつであれ、その念は、今までの比では無いだろう。
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今回のセイユウのエピソードは、史実を参考にしております。次回は秋の天皇賞です。よろしくお願い致します。
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