アングロアラブ ウマ娘になる   作:ヒブナ

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第67話 因縁の場所で

 

「……」

 

 天皇賞秋…前日は、何も起きなかった。不思議な程、グッスリと眠ることが出来た。

 

 そして…私達の因縁の場所、ここ、東京レース場に足を踏み入れた時も、何も起きなかった。

 

 嵐の前の静けさとは、こういうことを指すのだろうか?

 

 ほぼ着替え終えた私は、対戦相手達の最後の確認を行う。

 

1ジハードインジエア中央

2アンブローズモア中央

3オウカナミキング中央

4メジロブライト中央

5ヴェニスシスクード高知

6キンイロリョテイ中央

7セイウンスカイ中央

8ユーセイトップス中央

9スペシャルウィーク中央

10マツナガイェーガーカサマツ

11ロールアンクシャス中央

12ロトガーディアン中央

13ブレイブクリスタル中央

14アラビアントレノ福山

15メイショウワイブル中央

16キングヘイロー中央

17ツルマルシュタルク中央

 

 セイウンスカイ、キングヘイロー、スペシャルウィーク、そして私、こうやって私達が揃うのは、菊花賞以来となる。

 

 サカキからは、ある程度の情報を貰った。セイウンスカイは戦法を逃げから差しに、キングヘイローはトレーナーが改心してトレーニング方法を改善、末脚がより鋭くなっているそうだ。

 

 スペシャルウィークは、リフレッシュ明け。そして、ハードやマルシュも怖い。同じ地方のウマ娘…隻眼の荒波と呼ばれるヴェニスシスクード、白狼と呼ばれるマツナガイェーガー…この二人は、フェザー副会長達の活動によって実力をつけてきた注目株。経験量でこちらが勝るとはいえ、油断ならない。

 

「アラ、そろそろ時間だが大丈夫か?」

 

 トレーナーが、出走表を見ていた私に声をかける。

 

「うん、大丈夫、すぐ出るから」

 

 そう言って出走表を起き、立ち上がった私に、トレーナーは声をかける。

 

「俺は信じてるぞ、必ず“アラビアントレノ”として、戻ってきてくれ」

「…安心して、トレーナー、私は絶対に、走りきって、戻ってくるから」

 

 私は勝負服のコートを羽織り、控室の扉を開け、パドックへと向かった。

 

 

────────────────────

 

 

『あの悲劇から、一年が経ち、今年も秋の天皇賞がやってまいりました』

 

 悲劇…サイレンススズカのことか…彼女は、復帰レースが決まったらしい。だけど、かなり難しいレースになるだろう。

 

『チームスピカからは、スペシャルウィークが出走します。しかし、京都大賞典では7着という大敗ですから、今回は人気を落としていますね』

 

 ……

 

「アラビアントレノさん!」

「スペシャルウィーク……」

 

 解説役の声を聞いていた私に、スペシャルウィークは声をかけてきた。

 

「貴女とは、また一緒に走りたいと思っていました…今日は、よろしくお願いします!」

 

 スペシャルウィークは、こちらに手を差し出す。彼女は、うまくリフレッシュできたのだろうか?

 

「…負けないよ、よろしく」

 

『ここでスペシャルウィークとアラビアントレノが握手を交わしたぞ!!』

 

 私達の握手に、場内は沸いている。

 

「お二人さん、熱いところゴメンだけど」

「アタシらの事も、忘れないでおくれよ」

「…もちろん、二人にも、負けないから」

 

 ハードも、マルシュも、スペシャルウィークと同じぐらいのレベルの、強敵になっているに違いない。

 

 そして、私が対処するべき存在は、外だけじゃない、私の中にもいる。

 

 

『各ウマ娘、ゲートイン完了、果たして、盾の栄誉は誰が得るのでしょうか?G1天皇賞秋…』

 

 ガッコン!

 

『スタートしました!!アンブローズモア、内から好スタート!!オウカナミキング、マツナガイェーガー、ブレイブクリスタル、先頭4人が固まっています。キングヘイロー、も行きました。そしてジハードインジエア、内目からキンイロリョテイ』

 

 先行が少し多い、後方組に被さらんとするバラけようだ。パドックで絶好調だとバレたかな…

 

『1バ身半離れてロールアンクシャス、セイウンスカイは控える、そしてヴェニスシスクード、ツルマルシュタルク、ロトガーディアン、ユーセイトップスは内を突く、スペシャルウィークはしんがりから4番手の位置に、そしてアラビアントレノ、メジロブライト、メイショウワイブルと続いています!』

 

 今日の戦法は、後方からの差し、中団だと大人数にマークされて動きづらい。そして、スペシャルウィークは奇しくも私と同じ戦法のようだ。

 

 つまり、最終局面での末脚勝負となる可能性がとても高い。

 

『先頭はすんなりと、アンブローズモア!アンブローズモア!』

 

 アンブローズモアは逃げている。だけど、去年のサイレンススズカの大逃げに比べれば、勢いは見劣りする。

 

 去年はあれについていこうとして後ろの動きはかなり乱れた。今年はそうじゃない、つまり、予測しやすくなるということだ。

 

 

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(スペちゃんと、アラビアントレノは……後ろか、末脚は、きちんと残しておかないとね)

 

 セイウンスカイは後ろを少しだけ振り返り、スペシャルウィークとアラビアントレノの位置を確認する。

 

(だって、勝ちたいからね)

 

 無論、勝ちたいと思っているのは、セイウンスカイだけではない。

 

(G1初勝利を…ここで!)

 

 キングヘイローも。

 

(ランスとぶつかるマイルチャンピオンシップのためにも、ここで勝って勢いをつけて見せる!)

 

 ジハードインジエアも。

 

(どんなに強い相手だからって関係ない、アタシはこのレースに勝って、絶対に応援してくれてる皆のところに凱旋してやるんだ!)

 

 ツルマルシュタルクも。

 

 勝ちたいという強い想いを持って、レースに臨んでいた。

 

(皆が前にいる、勝ちたいって気持ちが、走りから伝わってくる、最後の直線で、一気に抜く…!)

 

 スペシャルウィークは目の前のウマ娘達を一通り確認し、自分の走りに集中力を注いだ。

 

『オウカナミキング2番手、マツナガイェーガー3番手、続いてブレイブクリスタル、そしてジハードインジエア、キングヘイロー、それから3バ身ほど開きキンイロリョテイ、後は内からロールアンクシャス上がってきました、セイウンスカイは相変わらず中団を走っています、そしてツルマルシュタルクがいて後はヴェニスシスクード、ロトガーディアン、ユーセイトップス、後方4番手スペシャルウィーク、続いてアラビアントレノ、メジロブライト、しんがりはメイショウワイブルといった展開です。』

 

(ここまでは作戦通り、二人共末脚は温存できている筈)

 

 観戦している桐生院は、ジハードインジエアとツルマルシュタルクの表情を見て、自分達の作戦が、うまく行っている事を確信した。

 

(メイサの二人も、スペシャルウィークさんも、他のウマ娘達も、作戦通りにいかなかった様子は見られない……もうちょっとで、あの大欅の所…アラちゃん……お願い…)

 

 そして、同じく観戦しているサカキムルマンスクは、アラビアントレノの勝利を祈り、手を組むのだった。

 

(あれ…?)

 

 そして、彼女は気づいた…

 

(領域とは違う…アレは…一体…)

 

 アラビアントレノの身体から、少しずつ、赤紫色のオーラのようなものが出つつあることに。

 

 

(…アラビアントレノさん…何だか…様子が…)

 

 そしてそれは、スペシャルウィークも感じていた。

 

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 段々と、鼓動の音がが頭の中に響いてくる。大きくなっているのが判る。

 

 そして、サイレンススズカが故障したあの場所が近づいている。

 

 来たんだ…アラブの怪物(セイユウ)が…

 

『3コーナーから4コーナーへ、先頭はアンブローズモア、更には…』

 

 段々と、周りのペースが上がってゆく。私も脚に力を込める…

 

 …!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 踏み込むと、力が段々と高まって行くのを感じる。これまでの展開で、消耗はしたはずなのに。

 

(…さぁ…目覚めよ)

 

 見えるものから、鮮やかさが消えていく。

 

(そうじゃ…)

 

 身体が段々と熱くなってくる。

 

(それで良い、その湧き上がる力に、身を任せ…サラブレッド共を倒せ)

 

 そして、それは快感のように感じられる。

 

(ワシらの力と…一つになれ)

 

 そして、身体の末端──つまりは耳も、熱くなってくる。何故だろう、放熱する筈なのに…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうか…メンコ……トレーナーがくれた、あのメンコ…

 

 違う…私が強くなりたいのは…こんな形でじゃない…

 

 視界が、元の色へと戻っていく。

 

(何故じゃ…なぜ拒む、貴様も強くなりたいのだろう!?)

 

 …セイユウ、悪いけど、私の力を引き出してくれるのは、あなたの執念じゃない。

 

(…貴様がこの世界に生まれ落ちた理由を忘れたのか!?ワシの存在がなければ、お前は存在しなかった!)

 

 分かってる…でも、今の私を強くするのは、家族や、トレーナー達、応援してくれる人、ハリアー、ミーク達ライバル……そんな……私の周りを取り囲む人たちとの、絆…!

 

 それを信じて……私は走る。勝つために、そして…その喜びを、みんなと分かち合うために!!

 

『さぁ、第4コーナーカーブからレースは最後の直線へ、各ウマ娘スパート、次々と仕掛けて行く!!』

 

 …他のウマ娘達が前に…走りづらい…でも、タイミングはここがベスト!!

 

『アラビアントレノ、ここで仕掛ける!!スペシャルウィークもだ!!同じタイミングでスパートをかけたぞ!!』

 

 外側のきれいなバ場がスペシャルウィークで塞がれた…それなら…

 

 もう一つ外から行ってやる…!!

 

 私はスペシャルウィークの真後ろに入る。

 

 スリップストリーム、トレーナーに、教えてもらった…最初の技。

 

 少しだけ、ほんの少しの間だけ、スペシャルウィークのスピードを利用する。

 

『スペシャルウィーク、上がっていくぞ!!アラビアントレノも続く!!』

 

 ここで…!!

 

『アラビアントレノ!スペシャルウィークに外から並びかけた!!二人してゴール目指して上がって行く!!』

 

 もっと…もっと前に!!

 

「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

『スペシャルウィークとアラビアントレノ、もつれてゴールイン!!』

 

 私達は、ゴールインし、共に芝の上に倒れ込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 限界を超えた全力疾走をしたからか、思うように、身体に力が入らない。

 

「……大丈夫?」 

 

 …私は引き起こされた。相手は…

 

「……セイウンスカイ…キングヘイロー……大丈夫…ありがとう」

 

 二人は、私の顔を見て…

 

「今度こそはって…思ってたけど……やっぱり強いね」

「…悔しいわね…でも…首を洗って待ってなさい、次こそは、貴女を…いえ、貴女がたと対戦するに相応しい実力を身につけて、戻ってくるわ」

 

 と言い、そばまで来ていたハードとマルシュに私を預ける。掲示板には、まだ着順が表示されていない。

 

「……アラ、物凄く強かったよ」

「負けたけど…アタシは誇りに思うよ、アンタとレースができたからね」

 

 二人からも、言葉をもらう。そして…

 

『一着は…アラビアントレノ!アラビアントレノです!!スペシャルウィークは惜しくも2着!!アラビアントレノ!無事完走し、見事勝利を手にしました!!』

 

 ワァァァァァァァァ!!

 

 私は多くの歓声に包まれた。そして、私は二人に支えてもらいながら、地下道へと入った。

 

 

 

 地下道に入って少しすると、足が動くようになってきた。だから私は二人に礼を言って、先に行ってもらった。

 

「アラビアントレノさん!」

 

 スペシャルウィークの声を聞き、私は振り返る。その顔は、涙で濡れていた。

 

「……優勝、おめでとうございます。そして…ありがとうございます」

 

 スペシャルウィークは、私に頭を下げた。

 

「お礼…?私は、あなたを負かしたのに…」

「私…分かったんです。あなた達に、嫉妬してたって。置いてけぼりされるのが、怖かったって。」

「……」

「それで、何とかして勝とうって…強くなろうって慌てて…悩んで…でも、それじゃあ駄目だって、レースには、一番大事なことがあるって、思い出せたんです」

「…一番…大事なこと…?」

「はい、それは…楽しむことです。今回のレース…最初のアラビアントレノさんは、何だか…変でした。どこか、悩んでるような…そんな感じがしました」

「うん…そっちの言うとおり」

「でも、最後のラストスパートの時は、そんな感じはしませんでした。楽しそうでした。その時に気づいたんです。躊躇いや悩みを飲み込んで、明日へのパワーにして、次のレースを楽しむために、走っていかないといけないって」

「……」

「…アラビアントレノさん、私、もっともっと強くなります。だから、約束してください。良いレースをしましょう!!」

「…うん!」

 

 私とスペシャルウィークは握手を交わした。

 

 

────────────────────

 

 

 ライブを終えた私は、控室に戻ってきた。控室では、いつものように、トレーナーが待ってくれていた。

 

「…アラ…やったな…走りきってくれるって…勝ってくれるって…信じてたぞ」

「……ありがとう、トレーナー、トレーナーが私にくれた、このメンコ…このお陰で、私は、戻ってこれた」

「そうか…本当に…良かった」

 

 トレーナーは、安堵の表情を浮かべる。でも…

 

「トレーナー…まだ、終わってない。セイユウは、私達の前に現れるはず。」

「……そうだな…」

「決着をつけよう、私達の手で、終わらせよう」

「…ああ」

 

 私がこの世界に生まれてきた理由の半分は、セイユウの願い。だけど、もう半分は私の願いだ。だから私の手で、清算しなければならない。

 

 因縁は、自分の手で断ち切る…!

 

 

 





お読みいただきありがとうございます。

新たにお気に入り登録、評価をしていただいた方々、ありがとうございますm(_ _)m

今回、アラビアントレノの視界から、鮮やかさが消えていくとありましたが、これは、人間の見る世界とは少し見える色が少ない、馬のものへと変化していったという描写となっております。

最近、執筆のペースが落ちてしまっているのですが、しっかり完結させますので、応援よろしくお願い致します。

ご意見、ご感想等、お待ちしています。

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