アングロアラブ ウマ娘になる   作:ヒブナ

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第68話 理想の歯車

 

「…やっぱり、ここに飛ばされた」

 

 東京レース場からホテルへと戻った私は、寝支度を済ませて、素早くベッドへと潜り込んだ。

 

 そして…予測していた通り、この、暗い空間に飛ばされた。

 

「アラ!」

 

 後ろから、トレーナーが駆け寄ってくる。部屋は別だけど、ここまで飛ばされて来たようだ。

 

「トレーナー!ここまで…来たの?」

「ああ、念じてたら、ここまで飛ばされた。取り敢えず…行くぞ」

「……うん、トレーナー、こっち」

 

 私達は前へと、足を進めた。私はトレーナーの前に出て、先導をする。私の感覚が、どこへ行けば良いのか教えてくれているような気がするからだ。

 

 私達は、一歩一歩、歩みを進め、しばらく歩いた。すると…

 

 カッ!!

 

 まばゆい光が、私達を包んだ。

 

 来た…

 

 光が収まり、視界は戻っていく。

 

「……」

 

 先程まで、光が発せられていた場所には、鹿毛の馬体…セイユウが立っていた。

 

「……よく来たな、セイユウユーノス、人間」

 

 セイユウは、速歩で、こちらに近づく。私はトレーナーの前に立ち、両手を広げ、セイユウの目を見る。

 

「……」

 

 セイユウの動きは止まり、こちらを睨んでいる。

 

「…何故だ、なぜお前は、力を受け入れん、お前は強くなりたいのじゃろう?」

「…強くなりたいのは、本当の気持ち」

「ならば…!」

「でも!!」

 

 引き下がるものか。

 

「私の夢は、皆と、勝利の喜びを分かち合う事……もう一度言うよ、セイユウ……私が欲しいのは、あなたの執念で引き出される強さなんかじゃない、皆との絆で、引き出される強さ」

「………」

 

 セイユウと私は、一歩も譲らず、睨み合う。

 

「……セイユウ」

 

 沈黙の中、声を発したのは、トレーナーだった。

 

「お前の前に立つアラを見て、何か感じることは無いのか?」

「……フン、先祖不孝の出来損ないであるということ以外、何も感じんわい」

 

 トレーナーを見て、セイユウは私を嘲るような言葉を言う。すると、トレーナーは私の横まで歩み出た。

 

「今のアラは、夢を持って走ってる。だが、そのためには、強くなることは不可欠だ…お前が望んでる“最強の存在”だって、プロセスに過ぎん………それにアラは、自分で、悩み、考え、成長し、最強とは言えないが、強豪と呼ばれる状態になりつつある。たまにお前の力が介在したかもしれん、だが、ついていった実力は…そのほぼ百パーセントが、アラが自分で勝ち取り、身につけて行ったものだ」

「……」

「…悩み、考え、成長し、限界をたびたび越え、周りを驚愕させる力を示し、自分を取り巻くウマ娘(サラブレッド)達と渡り合い、競り勝ち、そして、家族や仲間たちと、勝利の喜びを分かち合う……アラ自身の夢、そしてお前の夢…それぞれの理想の歯車が噛み合った姿……それが、今のアラなんじゃないか?」

「……」

「…セイユウ、もう、ここらで、アラに任せる…いや、アラの夢を応援し、共に歩んでも、良いんじゃないか?」

「…黙れ!…顕彰馬という称号…甘い言葉…あらゆるもので誘っておきながら、平気で裏切る、それが人間じゃ」

「………」

 

 トレーナーは黙る。トレーナーも、色々経験して来たんだ。そうなってしまうのは、仕方がない。

 

 ここは…私が

 

 私はトレーナーの前に腕を出して、アイコンタクトを取った。

 

「…そうだね、セイユウ。確かに、人間は醜いところがある。でも、私が、ここまで来れたのは、多くの人間が応援してくれたからだよ。それは、あなたも知っているはず」

 

 私は、歩いてセイユウの所まで近寄る。

 

「……セイユウ、私は、競走馬じゃなかったけど、誘導馬として、多くのレースに触れてきた。生まれ変わった後も、私は、私なりの方法で、サラブレッドと、人間と、共に歩む道…いや、共に走る道を考えて、レースを経験してきた。その中で知ったのは、レースの怖さ、人間の身勝手さもそうだけど……人間と、私達との、絆もある。セイユウ、あなたも、昔はそうだったんじゃなかったの?人間と、深い絆で結ばれて、レースに勝っていったんじゃないの?」

「……」

 

 セイユウは、こちらを見る、私は瞳孔に映ってはいるけれど、セイユウ自身は、別の物を見ているように感じられた。

 

 トレーナーの認識が正しければ、トレーナーとセイユウは、似ている。二人は、世の中に認められなかった。そこまでは一緒だ。でも、それを受けて自分の活躍できる道を探し、見つけることができたトレーナーに対して、セイユウは周囲を恨んでしまった。 

 

 じゃあ、何故、この違いが生まれたのか……その答えは…

 

『──私…分かったんです。あなた達に、嫉妬してたって。置いてけぼりされるのが、怖かったって。』

 

 今日のレースで見えた。ありがとう、スペシャルウィーク。

 

 世の中から否定されたり、忘れ去られてゆくのは、耐え難い、怖い。そして、そこに浮かび上がる道は二つ。一つは恐れを捨て、考え方を変え、別の方向に進むこと、もう一つは、ズルズルと引きずってしまうこと。

 

「セイユウ、あなたは、怖かったんじゃないの?」

「……!」

 

 セイユウは、こちらを睨みつける。

 

「……私は、牧場にいたとき、よく、人間たちにサラブレッドに間違われてた。それで、思ってたんだ。アングロアラブ(わたしたち)は、どうして名の通った存在じゃないんだろうってね……だけど、トレーナーがあなたに見せられた光景を話してくれた。私達、アングロアラブが、どうして消えていったのかを…セイユウ、あなたは、自分たちの一族が、アングロアラブが、皆の中から、だんだんと忘れられていくのが…歴史の中で、ぽつんと置いていかれるのが、怖かったんだよね?」

「…!」

 

 セイユウは、目を見開く。恐らく図星だ。

 

「……レースのときにも伝えたように、私には私の夢がある、だから、あなたに従って、あなたと一つになることはできない。でも、私の夢は、皆と、勝利の喜びを分かち合う事……セイユウ、もちろんあなたもその一人、置いてけぼりにしない…絶対に」

「セイユウユーノス……」

「私は、あなたと喜びを分かち合うだけじゃない。しっかりと、歴史に足跡を刻めるように、走ってくる、私に強くあって欲しいという、あなたの理想とも、共に歩む。だから…観てて」

 

 私は、セイユウの目を見てそう言った。

 

「………分かった、認めよう、ワシの負けじゃ」

 

 長い沈黙の後、セイユウはそう言った。

 

「ワシはもう、貴様の邪魔はせん」

「……!」

「本当に…ワシを置いてけぼりにはしないのか?貴様を傷つけた、このワシを…」

「…もちろん、形は違ったとはいえ、あなたは、私が勝つことを、祈ってくれていたから」

「そうか…そうか…有り難い…」

 

 セイユウの目から、涙が溢れる。

 

「人間…」

「…!」

 

 セイユウは、トレーナーを見る。

 

「……ワシは、人間の行いを見てきた、それ故、人間を赦すことはできん」

「…」 

「じゃが、あの人間の友である貴様になら、我が子孫を任せる事が出来ると思っている」

「…」

「名を何という?」

「…慈鳥だ」

「…慈鳥、我が子孫を任せたぞ」

「…分かった」

 

 トレーナーは、静かに、でも、しっかりと、セイユウの言葉に答えていた。そして、セイユウは、再び、私の前に立つ。

 

「…もう、会うことはないじゃろう…じゃがお前達のことは、これからも見させてもらうぞ、成功を祈る………さらばじゃ慈鳥、そして…我が子孫………“アラビアントレノ”」

「セイユウ…ありがとう」  

 

 私はそう言い、トレーナーは頷く。

 

 セイユウの姿は段々と薄くなってゆく。それと同時に、真っ暗な空間にもひびが入り…

 

 やがて、ガラスが割れるかのように、砕け散った。

 

 

=============================

 

 

 秋の天皇賞が終わって翌日の事である。

 

「………!」

 

 スマホを持ったハッピーミークは、目を丸くした。そこには……

 

“ブロワイエ ジャパンカップに出走”

 

 の見出しがあったのだった。

 

 

────────────────────

 

 

 その翌日、シンボリルドルフは、雨の中、一人、川沿いを歩いていた。

 

(雨が振りそうだな…これだけは、濡らさないようにしなければな)

 

 彼女は鞄を気にしつつ、歩みを進める。そして、校門の前に辿り着いた。

 

「『福山トレセン学園』ここに…フェザーが…」

 

 彼女は、ある目的を帯び、福山トレセン学園までやってきたのである。

 

「受付は…こちらか…」

 

 シンボリルドルフは、案内板の指示に従い、受付まで歩く。他のウマ娘や教師とはすれ違わなかった。

 

 

 

 

「フェザー副会長、差し入れ、ありがとうございます!」

「……こうやって職務を全うしているお前たちがいるから、この学園は回っている。このぐらいは当然のことだ」

 

 受付のスペースでは、担当の生徒がエアコンボフェザーが差し入れた菓子を受け取っていた。

 

「…あれ…人…?」

 

 生徒はウマ娘の聴力で、足音を察知すると、エアコンボフェザーから視線を外し、外へと向ける。

 

「トレーニングの見学ですか?……え!?」

 

 受付の生徒は、やってきたのがシンボリルドルフであった事に驚いた。

 

「あ…あの…フ、フェザー副会長…」

「…私が応対する、仕事…しっかりと頼むぞ」

 

 エアコンボフェザーシンボリルドルフの前に歩み出る。

 

「……久しぶりだな、ルドルフ。」

「……君は…変わらないな、フェザー。」

 

 シンボリルドルフはエアコンボフェザーから傘を受け取り、福山トレセン学園の内部へと入っていった。

 

 

────────────────────

 

 

 シンボリルドルフと、エアコンボフェザーは長い長い廊下を歩いてゆく。

 

「…ありがとう、フェザー」

「…」

 

 シンボリルドルフは、エアコンボフェザーに対して礼を言う。秋の天皇賞が終わった後、彼女は福山トレセン学園に連絡をし、頼み事をした。それは、『エアコンボフェザーと話がしたい』というものであった。

 

 ポッ…ポッ…サァァァァァァァァァァ!!

 

 雨が振り始めたものの、グラウンドには、雨の中でも、少なくない数の生徒がトレーニングを行っていた。

 

「こんな雨の中でも、トレーニングをしているんだな」

「………ここには、室内のトレーニング設備が、殆どないからだ」

 

 返答を聞いたシンボリルドルフは、再びコースに目をやり、土のコースで併せをしている生徒を見つける、片方の生徒は福山トレセン学園のジャージを着ていなかった。シンボリルドルフは足を止める。

 

 

「雨天には強いはずなのに、動きが重い…彼女は何をやっている!!」

「ここのコースは砂ではなく土、雨ではぬかるみます!!彼女の蹄鉄は、砂のダート用です!!溺れているんです!!」

「溺れている…」

 

 

「あの生徒とトレーナー…片方は、ここの学園の所属ではないのか?」

「…ああ、あの二人は、他の学園から研修に来た」

「そんなことも…やっているんだな」

「ローカルシリーズが地域ごとのエンターテイメントと言うのは、過去の話だ、今のローカルシリーズは、JPNⅠからオープンに至るまで、全国交流レースを増やしている。噂話ではなく、レースで互いの実力を確かめ合う状況が生まれ、ローカルシリーズは各学園がしのぎを削りあう、戦国時代のような状態となっている。互いを好敵手として認識し、高め合う、そんな時代にな」

 

 エアコンボフェザーがそう言い、二人は再び足を進めた。

 

「……」

「……ここだ、入ってかけてくれ」

 

 エアコンボフェザーは、自らの仕事部屋の扉を開け、シンボリルドルフを招き入れた。そして、シンボリルドルフが座ったのを確認すると、自らもその対面に座る。

 

「……」

「……」

 

 袂を分かった二人の対話が、始まろうとしている。

 

 




 

お読みいただきありがとうございます。

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今回描写していた通り、史実において、セイユウはアングロアラブ唯一の顕彰馬となっています。ただし、その後のことを考えると、何だか悲しくなってしまいます。

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