「…やっぱり、ここに飛ばされた」
東京レース場からホテルへと戻った私は、寝支度を済ませて、素早くベッドへと潜り込んだ。
そして…予測していた通り、この、暗い空間に飛ばされた。
「アラ!」
後ろから、トレーナーが駆け寄ってくる。部屋は別だけど、ここまで飛ばされて来たようだ。
「トレーナー!ここまで…来たの?」
「ああ、念じてたら、ここまで飛ばされた。取り敢えず…行くぞ」
「……うん、トレーナー、こっち」
私達は前へと、足を進めた。私はトレーナーの前に出て、先導をする。私の感覚が、どこへ行けば良いのか教えてくれているような気がするからだ。
私達は、一歩一歩、歩みを進め、しばらく歩いた。すると…
カッ!!
まばゆい光が、私達を包んだ。
来た…
光が収まり、視界は戻っていく。
「……」
先程まで、光が発せられていた場所には、鹿毛の馬体…セイユウが立っていた。
「……よく来たな、セイユウユーノス、人間」
セイユウは、速歩で、こちらに近づく。私はトレーナーの前に立ち、両手を広げ、セイユウの目を見る。
「……」
セイユウの動きは止まり、こちらを睨んでいる。
「…何故だ、なぜお前は、力を受け入れん、お前は強くなりたいのじゃろう?」
「…強くなりたいのは、本当の気持ち」
「ならば…!」
「でも!!」
引き下がるものか。
「私の夢は、皆と、勝利の喜びを分かち合う事……もう一度言うよ、セイユウ……私が欲しいのは、あなたの執念で引き出される強さなんかじゃない、皆との絆で、引き出される強さ」
「………」
セイユウと私は、一歩も譲らず、睨み合う。
「……セイユウ」
沈黙の中、声を発したのは、トレーナーだった。
「お前の前に立つアラを見て、何か感じることは無いのか?」
「……フン、先祖不孝の出来損ないであるということ以外、何も感じんわい」
トレーナーを見て、セイユウは私を嘲るような言葉を言う。すると、トレーナーは私の横まで歩み出た。
「今のアラは、夢を持って走ってる。だが、そのためには、強くなることは不可欠だ…お前が望んでる“最強の存在”だって、プロセスに過ぎん………それにアラは、自分で、悩み、考え、成長し、最強とは言えないが、強豪と呼ばれる状態になりつつある。たまにお前の力が介在したかもしれん、だが、ついていった実力は…そのほぼ百パーセントが、アラが自分で勝ち取り、身につけて行ったものだ」
「……」
「…悩み、考え、成長し、限界をたびたび越え、周りを驚愕させる力を示し、自分を取り巻く
「……」
「…セイユウ、もう、ここらで、アラに任せる…いや、アラの夢を応援し、共に歩んでも、良いんじゃないか?」
「…黙れ!…顕彰馬という称号…甘い言葉…あらゆるもので誘っておきながら、平気で裏切る、それが人間じゃ」
「………」
トレーナーは黙る。トレーナーも、色々経験して来たんだ。そうなってしまうのは、仕方がない。
ここは…私が
私はトレーナーの前に腕を出して、アイコンタクトを取った。
「…そうだね、セイユウ。確かに、人間は醜いところがある。でも、私が、ここまで来れたのは、多くの人間が応援してくれたからだよ。それは、あなたも知っているはず」
私は、歩いてセイユウの所まで近寄る。
「……セイユウ、私は、競走馬じゃなかったけど、誘導馬として、多くのレースに触れてきた。生まれ変わった後も、私は、私なりの方法で、サラブレッドと、人間と、共に歩む道…いや、共に走る道を考えて、レースを経験してきた。その中で知ったのは、レースの怖さ、人間の身勝手さもそうだけど……人間と、私達との、絆もある。セイユウ、あなたも、昔はそうだったんじゃなかったの?人間と、深い絆で結ばれて、レースに勝っていったんじゃないの?」
「……」
セイユウは、こちらを見る、私は瞳孔に映ってはいるけれど、セイユウ自身は、別の物を見ているように感じられた。
トレーナーの認識が正しければ、トレーナーとセイユウは、似ている。二人は、世の中に認められなかった。そこまでは一緒だ。でも、それを受けて自分の活躍できる道を探し、見つけることができたトレーナーに対して、セイユウは周囲を恨んでしまった。
じゃあ、何故、この違いが生まれたのか……その答えは…
『──私…分かったんです。あなた達に、嫉妬してたって。置いてけぼりされるのが、怖かったって。』
今日のレースで見えた。ありがとう、スペシャルウィーク。
世の中から否定されたり、忘れ去られてゆくのは、耐え難い、怖い。そして、そこに浮かび上がる道は二つ。一つは恐れを捨て、考え方を変え、別の方向に進むこと、もう一つは、ズルズルと引きずってしまうこと。
「セイユウ、あなたは、怖かったんじゃないの?」
「……!」
セイユウは、こちらを睨みつける。
「……私は、牧場にいたとき、よく、人間たちにサラブレッドに間違われてた。それで、思ってたんだ。
「…!」
セイユウは、目を見開く。恐らく図星だ。
「……レースのときにも伝えたように、私には私の夢がある、だから、あなたに従って、あなたと一つになることはできない。でも、私の夢は、皆と、勝利の喜びを分かち合う事……セイユウ、もちろんあなたもその一人、置いてけぼりにしない…絶対に」
「セイユウユーノス……」
「私は、あなたと喜びを分かち合うだけじゃない。しっかりと、歴史に足跡を刻めるように、走ってくる、私に強くあって欲しいという、あなたの理想とも、共に歩む。だから…観てて」
私は、セイユウの目を見てそう言った。
「………分かった、認めよう、ワシの負けじゃ」
長い沈黙の後、セイユウはそう言った。
「ワシはもう、貴様の邪魔はせん」
「……!」
「本当に…ワシを置いてけぼりにはしないのか?貴様を傷つけた、このワシを…」
「…もちろん、形は違ったとはいえ、あなたは、私が勝つことを、祈ってくれていたから」
「そうか…そうか…有り難い…」
セイユウの目から、涙が溢れる。
「人間…」
「…!」
セイユウは、トレーナーを見る。
「……ワシは、人間の行いを見てきた、それ故、人間を赦すことはできん」
「…」
「じゃが、あの人間の友である貴様になら、我が子孫を任せる事が出来ると思っている」
「…」
「名を何という?」
「…慈鳥だ」
「…慈鳥、我が子孫を任せたぞ」
「…分かった」
トレーナーは、静かに、でも、しっかりと、セイユウの言葉に答えていた。そして、セイユウは、再び、私の前に立つ。
「…もう、会うことはないじゃろう…じゃがお前達のことは、これからも見させてもらうぞ、成功を祈る………さらばじゃ慈鳥、そして…我が子孫………“アラビアントレノ”」
「セイユウ…ありがとう」
私はそう言い、トレーナーは頷く。
セイユウの姿は段々と薄くなってゆく。それと同時に、真っ暗な空間にもひびが入り…
やがて、ガラスが割れるかのように、砕け散った。
秋の天皇賞が終わって翌日の事である。
「………!」
スマホを持ったハッピーミークは、目を丸くした。そこには……
“ブロワイエ ジャパンカップに出走”
の見出しがあったのだった。
その翌日、シンボリルドルフは、雨の中、一人、川沿いを歩いていた。
(雨が振りそうだな…これだけは、濡らさないようにしなければな)
彼女は鞄を気にしつつ、歩みを進める。そして、校門の前に辿り着いた。
「『福山トレセン学園』ここに…フェザーが…」
彼女は、ある目的を帯び、福山トレセン学園までやってきたのである。
「受付は…こちらか…」
シンボリルドルフは、案内板の指示に従い、受付まで歩く。他のウマ娘や教師とはすれ違わなかった。
「フェザー副会長、差し入れ、ありがとうございます!」
「……こうやって職務を全うしているお前たちがいるから、この学園は回っている。このぐらいは当然のことだ」
受付のスペースでは、担当の生徒がエアコンボフェザーが差し入れた菓子を受け取っていた。
「…あれ…人…?」
生徒はウマ娘の聴力で、足音を察知すると、エアコンボフェザーから視線を外し、外へと向ける。
「トレーニングの見学ですか?……え!?」
受付の生徒は、やってきたのがシンボリルドルフであった事に驚いた。
「あ…あの…フ、フェザー副会長…」
「…私が応対する、仕事…しっかりと頼むぞ」
エアコンボフェザーシンボリルドルフの前に歩み出る。
「……久しぶりだな、ルドルフ。」
「……君は…変わらないな、フェザー。」
シンボリルドルフはエアコンボフェザーから傘を受け取り、福山トレセン学園の内部へと入っていった。
シンボリルドルフと、エアコンボフェザーは長い長い廊下を歩いてゆく。
「…ありがとう、フェザー」
「…」
シンボリルドルフは、エアコンボフェザーに対して礼を言う。秋の天皇賞が終わった後、彼女は福山トレセン学園に連絡をし、頼み事をした。それは、『エアコンボフェザーと話がしたい』というものであった。
ポッ…ポッ…サァァァァァァァァァァ!!
雨が振り始めたものの、グラウンドには、雨の中でも、少なくない数の生徒がトレーニングを行っていた。
「こんな雨の中でも、トレーニングをしているんだな」
「………ここには、室内のトレーニング設備が、殆どないからだ」
返答を聞いたシンボリルドルフは、再びコースに目をやり、土のコースで併せをしている生徒を見つける、片方の生徒は福山トレセン学園のジャージを着ていなかった。シンボリルドルフは足を止める。
「雨天には強いはずなのに、動きが重い…彼女は何をやっている!!」
「ここのコースは砂ではなく土、雨ではぬかるみます!!彼女の蹄鉄は、砂のダート用です!!溺れているんです!!」
「溺れている…」
「あの生徒とトレーナー…片方は、ここの学園の所属ではないのか?」
「…ああ、あの二人は、他の学園から研修に来た」
「そんなことも…やっているんだな」
「ローカルシリーズが地域ごとのエンターテイメントと言うのは、過去の話だ、今のローカルシリーズは、JPNⅠからオープンに至るまで、全国交流レースを増やしている。噂話ではなく、レースで互いの実力を確かめ合う状況が生まれ、ローカルシリーズは各学園がしのぎを削りあう、戦国時代のような状態となっている。互いを好敵手として認識し、高め合う、そんな時代にな」
エアコンボフェザーがそう言い、二人は再び足を進めた。
「……」
「……ここだ、入ってかけてくれ」
エアコンボフェザーは、自らの仕事部屋の扉を開け、シンボリルドルフを招き入れた。そして、シンボリルドルフが座ったのを確認すると、自らもその対面に座る。
「……」
「……」
袂を分かった二人の対話が、始まろうとしている。
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今回描写していた通り、史実において、セイユウはアングロアラブ唯一の顕彰馬となっています。ただし、その後のことを考えると、何だか悲しくなってしまいます。
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