アングロアラブ ウマ娘になる   作:ヒブナ

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第69話 共同戦線

  

  

「なぜ、ここに来た?」

 

 エアコンボフェザーは、シンボリルドルフに対し、率直な疑問をぶつける。

 

「“レースの世界は残酷だ。去る者と残る者に必ず分かれる。そして、残された者にはすることがある。それを行うことが去った者への手向けだ”……君が中央に居たときの言葉を思い出したんだ。だから…私はここに来た」

「……」

 

 エアコンボフェザーは、シンボリルドルフの目をじっと見る。彼女の耳も、動くことなく、シンボリルドルフの方に向けられている。

 

「フェザー…単刀直入に言わせてもらう。今度のジャパンカップ、私達(中央)との、共同戦線を張ってもらえないだろうか?頼む…この通りだ。」

 

 シンボリルドルフは、頭を下げた。

 

「……!」

 

 エアコンボフェザーは、驚きの表情を見せるものの、すぐに落ち着きを取り戻し…

 

「詳しく説明してもらうぞ」

 

 と言った。

 

「…共同戦線と言っても、もちろん、マークへの協力や談合と言った物ではない、トレセン学園の生徒たちのためのものだ。チャンピオンカップの開催決定以来、我々は多くのレースを見て、それに関連する多くの物事を経験して来た。それから導き出した答えは、我々はウマ娘レースというものについての見方を、見直す必要があるということだ。」

「……」

 

 エアコンボフェザーは、何も発することは無かったが、傾聴の姿勢を続けている。

 

「…私は…傲慢だった。それで、君達を苦しめた。まず、そのことについて、謝らせてほしい…」

「……」

 シンボリルドルフは、エアコンボフェザーに頭を下げる

 

「…海外で活躍できるような強いウマ娘を求める。その気持ちが膨らみ続け、やがては変質し『絶対を体現するウマ娘を作り上げる』ことを、ウマ娘レースに求めるようになり、それに私は動かされる様になっていた。スターオーの時だけではない、オグリキャップの時も、管理教育プログラムの時も、私はそれらのことに関わったウマ娘達に、絶対を体現する存在になって欲しいといった望みを…抱いていた……君は有記念の時、『世間というのはお前じゃないのか』と指摘してくれた…正しく、その通りだった。だが、それでは駄目だと気づいたんだ。このままでは、我々はウマ娘を使い潰していくだけの存在に成り果ててしまうのでは無いかと…な」

「……」

 

 シンボリルドルフの言葉を、エアコンボフェザーは頭の中でリピートしていく。そして、シンボリルドルフは再び口を開いた。

 

「……君は、そのことに気づいたから、そして、内部改革だけでは無理であると悟ったから中央を去ったんだろう?」

 

 シンボリルドルフは、申し訳無さそうな顔をして、そう聞いた。

 

「……そうだ、だが…ルドルフ、お前に聞きたい。ジャパンカップでの共同戦線の提案は、本当にウマ娘達のためを思ってのものなのか?お前の後輩である、エルコンドルパサーが負けたことに対する、リベンジを企んでいるからじゃないのか?」

「違う…!」

 

 シンボリルドルフは、静かに、気迫をもってエアコンボフェザーの言葉を否定する。

 

「今、URAでは、改革の気運が高まりつつある。しかし、URAの理事長やトップ層は、そのほとんどが保守派だ。彼女たちの意識改革を起こさない限り、次なる悲劇が起こってしまうかもしれない…それからでは…遅いんだ」

「…!」

 

 シンボリルドルフは涙を流しながらそう言う。

 

「この頼みは、URAの指揮監督とは関係無い、トレセン学園として独自の行動だ。理事長から、そちらへの親書も預かっている」

 

 シンボリルドルフは、鞄から何通かの手紙を取り出した。それは、福山トレセン学園の校長である大鷹、NUARの上層部などに宛てられたものだった。

 

「…頼む、フェザー、中央の上層部に、ウマ娘が、その出自関係なく、手を取り合い、高めあってゆく…そんな新しい、ウマ娘レースの姿を、新たな時代を!見せなければならないんだ。頼む…協力してくれないだろうか…?」

「…」

 

 シンボリルドルフは、再び頭を下げる。一方、エアコンボフェザーは、じっとそれを見つめていた。そして…

 

「……お前の決意は、分かった」

 

 と言ったのである

 

「…フェザー…!」

「ルドルフ……私は、何をすれば良い?」

 

 親書を受け取り、エアコンボフェザーは、シンボリルドルフにそう聞いた。

 

 

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 セイユウとの問題が解決した…それはいい、だが、今の俺達には、やるべきことが満載だった。

 

「アラ、ビデオの研究は良いが、多少は目を休めろ、最近の根を詰めすぎだ今日はもう寮に戻るんだ」

「…そうだね」

 

 アラが見ていたのは、かなり前のジャパンカップの映像だった。この年の出走者は、この国からはオグリキャップ、タマモクロス、海外からはアメリカのミシェルマイベイビー、オベイユアマスター、イタリアのトニビアンカ、英国のムーンライトルナシー…とにかく超豪華メンバーであったということを記憶している。

 

 そんなことを思い出しながら、上に出す用の書類をまとめていると。

 

「トレーナー、領域って、どう思う?」

 

 アラは唐突に俺に聞いてきた。

 

「…レースで純粋な強さを望み、それを示したウマ娘が至るとされている領域……オグリキャップの頃より認知されてるのは、確かだな……人によって、それがどう目に映るのかは、違うらしいが……一応、お前は見たんだろう?」

「うん、帝王賞のとき、確かに見た。メイセイオペラから、閃光が出るところをね」

 

 もしかすると…アラは…

 

「……領域に至りたいと、思ってるのか?」

「…ううん、昨日、皆でサカキと電話したときに、領域の話題になっただけ。」

「…領域の話題?」

「うん、帝王賞の後、私とチハは、メイセイオペラに“私が領域へと至ることができたのは、二人のおかげだ”って言われたのは、知ってるよね?」

「もちろん」

「それで、それをかなり前に、サカキに話したんだ。サカキ、ずっとそのことが気になってて、色々と調べてたみたいなんだけど……仮説が浮かんできたって、言ってたんだ」

 

 ウマ娘の身体については、まだ、よく分かっていない事が多い。領域に関しては、その顕著な例だろう。調べるも何も、どう見えるかは個人個人で異なり、出したウマ娘の感じたことを元に、資料が作られていっているからだ。

 

「仮説?」

「うん、“領域を出すに至るウマ娘の定義が、変化して来たんじゃないか”って……自分の強さよりかは、ライバルに負けたくない、競い合いたいって気持ちが、領域に関わって来るんじゃないかって、それで、その変化に気づいたウマ娘が、領域を身につけることが、出来るんじゃないかって。」

「……!」

 

 確かに、その仮説ならば、ここ数年、領域が見られなくなったのも、納得がいく。

 

「…私は、領域を出せるのかどうかは、分からない。でも、その効果は知ってる。だから、それに対応できるように、自分の肉体を鍛え上げないといけないって思って、自主トレの量を増やしたんだ」

 

 アラの気持ちは、痛いほど理解できる…だが…

 

「無理は禁物だ、いくら身体が頑丈と言っても、故障しないわけじゃないんだ。俺たちは俺たちのペースで、レースに備えていこう」

「…うん、頭が冷えた。ありがとう、トレーナー」

 

 アラは、部屋を出ていった。

 

 サカキの仮説が本当であるとしたら。それはまさしく、新しい時代の象徴となるだろう。だが、ウマ娘やトレーナー達の反応が問題となる。“時代は変わった、オールドタイプは失せろ”と、元保守派を弾圧するような奴らが出てくる可能性は否定できない。保守派も、改革派も、トレセン学園のため、ウマ娘レースのためという行動原理は同じだった。

 

 大鷹校長から聞いた、共同戦線の話…今年のジャパンカップは、ウマ娘レースにとって、大きな意味を持つレースになるだろう。

 

 

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 シンボリルドルフとエアコンボフェザーの対話から数日後、中央トレセン学園では、生徒集会が行われていた。

 

『皆、よく集まってくれた。我々生徒会は、昨今の情勢を鑑みて、ウマ娘達の指導役として、NUARと交渉し、短期間だが、指導役となるウマ娘を派遣して貰った。紹介しよう、エアコンボフェザーだ』

 

 シンボリルドルフに名前を呼ばれ、エアコンボフェザーは登壇する。生徒たち…特に、高等部の生徒たちはざわつく。エアコンボフェザーは、他の地方のウマ娘達の理解を得て、外部講師としてトレセン学園に戻って来たのである。

 

『…福山トレセン学園、生徒会副会長の、エアコンボフェザーだ。私を見て、色々と思うことはある生徒も、少なくない筈だ。だが、私は日本のウマ娘レースを、世界に羽ばたかせるに相応しいものとするため、ここに戻ってきた、短い間だが、よろしく頼む』

 

 エアコンボフェザーは、生徒たちに向かってそう挨拶をし、再びシンボリルドルフにマイクを手渡す。

 

『…彼女の件、色々と疑問を持っている生徒も、少なくないだろう。だが、聞いてほしい、我々は、変わらなければいけないんだ。皆に、AUチャンピオンカップの理念を、思い出してほしい。それは、日本のウマ娘レースに、新たな風を吹き込むというものだ。地方はその理念に則り、変わりつつある。例を上げるとすれば、小柄なウマ娘が不利という、ステレオタイプでさえ、あちらは打ち砕いて見せた。それは、今までのレースで、皆も感じてきた事だろう。だが、URAの上層部は、絶対を体現するウマ娘を作り上げることを優先し、悲劇や混乱を招いてきた。そして…私は皆に、謝りたい、私も、ついこの前までは、そちら側だった。だが、様々なウマ娘が、レースを通じ、様々なことを考え、成長していくのを見て、それは間違いであったと理解したんだ。だから皆…URAを変えるため、AUチャンピオンカップを成功させるため、もう少し力を貸してもらいたい。頼む…』

 

 シンボリルドルフは、頭を下げる。彼女は普段、謝罪の意味で、頭を下げるような状況に陥ることはない。そしてこの行動は、生徒たちに現状の理解をさせるには、十分な行動であった。生徒たちは、争っている場合ではないと思い始めた。

 

「ボクは…ボクはカイチョーを信じるよ!!」

 

 トウカイテイオーが、まっさきに声を上げる。

 

「皇帝サマと彗星サンの名コンビが復活か、最近、どうもつまらない日々が続くと思ってたが、粋なことしてくれるじゃねぇか、しょうがねぇ、ノッてやるよ、皇帝サマ、お前だけにいい思いはさせないぞ?」

 

 シリウスシンボリも、賛同の意を示す。

 

「テイオー、シリウス…」

 

「やりましょう!!」

「私も協力します!!」

 

 様々な所から声が上がり、シンボリルドルフは生徒らからの賛同を得ることに成功したのだった。

 

「…さて、これから忙しくなるな、たづな」

「はい、理事長」

「母上と対立してでも、私はやるぞ…ついてきてくれるか?」

「もちろんです」

 

 壇上の影からは、やよいとたづながその様子を見守り、決意を固めていた。

 

 

────────────────────

 

 

 それから数日後、シンボリルドルフはURAの本部に召喚されていた。

 

「なぜ、私はここに呼ばれたのですか?臨時予算等の申請は、行っていないはずですが?」

「とぼけないで、ルドルフ」

 

 URAの理事長は、一枚の写真を、シンボリルドルフに見せる。

 

「これは、学園を訪れた幹部の一人が撮影したもの…どういうことかしら?」

 

 その写真に写っていたのは、青いジャージを着てウマ娘達を指導する、エアコンボフェザーであった。

 

「外部講師の写真ですね、それがどうかしたのですか?」

「なぜ、あのウマ娘に再びトレセン学園の土を踏ませたの?」

 

 理事長は、鋭い目で指摘する。

 

「そうですか、私は、彼女については、トレセン学園の運営規則に書いてある、外部講師の対象外となる者にはならないと判断し、来てもらったのです。その判断に、何か問題がありますか?」

「…“出奔し、地方の所属と成り下がった生徒に、指導を仰ぐ”このような行為が世に知れ渡れば、URAの品格を損ね、その権威そのものが瓦解しかねない、それを分かっての行為なの?」

 

 シンボリルドルフの返答に対し、理事長はそれを咎めるような反応を示す。そして、それに対し、シンボリルドルフは、目を鋭くし…

 

「……理事長…URAにとって、最も大事なものとは、何ですか?スポンサーへの配慮でしょうか?功績でしょうか?品格や面子でしょうか?それとも…絶対を体現するウマ娘を、作り上げることですか?私はこれら全てを、断じて否であると思っています」

「………」

「…理事長、URAに必要なのは、常識や歴史に囚われず、時代の変化に対応してゆくことができる柔軟性、そして、傲慢さを捨て去るといったことです。それを“品格を損なうから”や“面子が潰れると”いったナンセンスな考えで、否定してしまうのであれば、それはあまりにも愚蒙な考えであると、私は思います」

 

 シンボリルドルフは、理事長が、“諮問委員会の委員長”であった時を思い出しつつ、そう言った。そして、更に続ける。

 

「…そして、柔軟性を生徒に示していくものとして、トレセン学園の生徒会長として、私は、彼女との協力を続け、ライバルとして、地方のやり方を、学ばせて頂こうかと思っています」

 

 そう言うと、シンボリルドルフは、頭を下げ、退出しようとする。

 

「……ルドルフ、考えを変える気はないの?」

「…私が言える立場ではありませんが、その言葉、そっくりそのまま、貴女方に、お返ししたいものです。……一度立ち止まる、それだけで、色々と見えるものがあります。」

 

 シンボリルドルフは、礼をして、理事長室を出ていった。

 

 

────────────────────

 

 一方トレセン学園では、エアコンボフェザーがスペシャルウィークにトレーニングをつけ、指導を行っていた。

 

「フェザーさん、さっきの私の併せ、どうでしたか?」

「スペシャルウィーク、お前はG1ウマ娘だろう?」

「は、はい…」

「ならばもっと大局的にレースを見ろ、今年のジャパンカップは、去年と比べ物にならないぞ、二手三手先を読むような思考を常にできるような余裕を持って置かなければ、ブロワイエにも、アラにも勝つことは出来ないぞ。」

「はい!!」

「お前のレース運びに余裕が出来たら、新しいテクニックを教える。全国の地方トレセンで使われている。ピッチとストライドを変化させるテクニックをな」

「分かりました!!」

 

 エアコンボフェザーは、未所属のウマ娘達のトレーニングだけでなく、ジャパンカップへの出走を予定しているウマ娘の中の希望者に対しても、トレーニングをつけていた。スペシャルウィークも、その一人であった。

 

「フェザー」

「シービー、どうした?」

「理事長さんが呼んでるよ」

「…分かった、すぐ行く、代わってくれ、シービー」

「合点承知」

 

 エアコンボフェザーは、理事長室へと走っていった。

 

 

────────────────────

 

 

「よく来てくれたな、エアコンボフェザー」

「失礼します」

 

 理事長室では、URA本部から戻ってきたシンボリルドルフがおり、やよいの前に立っていた隣にはたづなが控えている。やよいに促され二人は席へと座る。

 

「先ほど、母上から電話があった。」

「しわす元理事長から…ですか」

「それで、どうなったのですか?」

「…まず、我々の独自行動に関しては、かなりのお叱りを受けたと言っておく、理由も詰問された。ただ、たづなが私とともに説得に当たってくれたお陰で、外部講師の件は渋々であるが了承してもらえた」

「ありがとうございます」

「エアコンボフェザー、私は君の事については、よく分からない、だが、生徒によれば、ルドルフとは名コンビだったようだな」

「…はい」

「……まだ、複雑な気持ちであるというのは、重々承知だ。だが…私は君を、いや、君たちを信じている。不自由なこと、疑問に思うこと、何でも打ち明けてくれ。君の古巣の主として、しっかりとした対応を約束する」 

「…ご配慮、感謝いたします」

 

 やよいに礼を言い、エアコンボフェザーとシンボリルドルフは理事長室を後にした。

 

「…フェザー、何日か指導をしてみて、どう思った?君の率直な意見を聞きたい。」

 

 シンボリルドルフは、歩きながら、エアコンボフェザーに今の中央の現状について問う。

 

「素質があるウマ娘が揃っているのは、変わらないな……ただし、それをトレーニングする指揮力や統制力が、著しく減少している」

「…そうか、ありがとう、これを回復させるのは…長い道のりとなりそうだな……だが、人材は揃っている。君達からは、もっといろいろな事を、学ばなければならないと言うことだな」

 

 シンボリルドルフは、行き詰まりかけていたトレセン学園のこれからに、僅かな希望を見出したのであった。

 

 

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 ジャパンカップの日は、段々と近づいている。つい先日は、ブロワイエが日本に来て、最終調整に入ったとの情報が入ってきた。

 

1レーヴェヒル

2アラビアントレノ福山

3アンブローズモア中央

4ロールアンクシャス中央

5カールグスタフ中央

6ラスカルスズカ中央

7ウィンダムジェナス

8ナリタラーグスタ中央

9グラスサダラーンサガ

10キンイロリョテイ中央

11ラブフロムフルーツ

12ハイライジング

13スペシャルウィーク中央

14ブロワイエ

15ボルジャーノン

 

 今回の出走ウマ娘の総数は15人と、秋の天皇賞より少ない。だが、ブロワイエを始めとした海外勢、そして、中央はエアコンボフェザーが出向、指導をしている。つまり、個々の質はこの前よりも上と言える。

 

 特に秋の天皇賞でぶつかったスペは、迷いを捨て、強くなっている。だが、こちらも負けては居られない。

 

 勝利の喜びを分かち合うという、アラの夢を、叶えるためにも。

 

 

 





お読みいただきありがとうございます。

描写はされていないのですが、エアコンボフェザーとシンボリルドルフが対話をしている際、エコーペルセウスは学園内には居ません。会議に出ていると補完していて頂けますと幸いです。

新たにお気に入り登録、評価をしていただいた方々、ありがとうございますm(_ _)m心より、感謝申し上げます。

次回はジャパンカップです。よろしくお願い致します。

ご意見、ご感想等、お待ちしています。

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