「いろいろあって、あたししか来れなかったけど、あたしの応援は福山トレセン学園全員分の声として、アラに届くはずだから…好きなだけ暴れて来て、アラ」
「…うん、ありがとう、ハリアー」
ハリアーは私に勝負服のコートを被せる。
「ブロワイエは強い、ワタシはこの目でそれを見た、でも、アナタはあの人と張り合える強さを持っている、応援してるわ、アラ」
アメリさんは、わざわざ応援に駆けつけてくれた。電話でも、ブロワイエの走りについて、色々と教えてくれた。
「時間はちょっと早いけど、パドックに上がるよ…二人共…行ってきます」
全ての準備を終えた私は、ドアに手をかける。
キィ…
「うぉぉっ!?」
「きゃっ!?」
「わわっ!?」
すると、3人のウマ娘が、倒れ込んできた。
「サトミマフムト、キョクジツクリークさん、サカキ!?」
私が3人の名前を呼ぶと、3人は起き上がる。
「どうしてここに…?」
「何って…応援だよ、応援!」
「大事なライバルの晴れ舞台ですから」
「居ても立っても居られなくて」
3人がそう言うのと同時に、ハリアー、アメリさんが出てくる。
「ふふっ、良かったじゃない、ワタシは先に上がっておくわ、頑張ってね、アラ、Adios amigo!」
アメリさんは、手を振り、観客席の方へと歩いていった。私は、4人の方へと向き直る。
「…ありがとう、応援に来てくれて」
「礼を言うのは私達の方です」
「アラビアントレノ、お前がいなけりゃ、アタシは強くなれなかった」
「…あたしも同意見、アラ…今回のレースは、強敵の中に、一人飛び込む形になる。でも…あたし達は、アラの勝ちを信じてるから」
「私も!!」
4人は、私を見る。思えば、私が強くなるのには、ライバルが不可欠だった。この4人だけじゃない、福山の皆、フジマサマーチ、ミーク達、タマモクロス、オグリキャップ…そんなライバルがいたから…
「…皆…ありがとう、行ってくる…!」
私は、ここまで来ることが出来た。
一方、スペシャルウィークの控室前では、エアコンボフェザー、マルゼンスキー、そして同期の4人とハルウララが、スペシャルウィークを見送っていた。
「それじゃあ、行ってくるね!!」
ガッ!
「危ない…!」
パドックへと向かおうとしたスペシャルウィークは、自らの脚に躓いて、盛大に転びかけた、しかし、エアコンボフェザーが腕を掴み、彼女は転ばずに済んだ。
「スペシャルウィーク、固くなりすぎだ」
エアコンボフェザーはスペシャルウィークを元の体勢に戻しながら、そう言う。
「…スペシャルウィーク、ブロワイエは確かに強い、他の出走ウマ娘達もな。鯨のように強大な相手だ。だが、彼女たちがシロナガスなら、スペシャルウィーク、お前はシャチだ。どんな獲物にも食い付いていける柔軟性をお前は手に入れた、思う存分戦って…楽しんで来い。」
「…分かりました!!じゃあ…皆…行ってくるね!!」
スペシャルウィークは歩いて、パドックへと向かっていった。
「頑張ってほしいですね」
「そうだね!」
「大丈夫かなぁ…」
「ブロワイエは強敵、今日も堂々の一番人気、ですけど…私はスペちゃんを信じマス」
「私達もスペシャルウィークさんも、やるべきことは全てやったわ、今できることは、その成果を信じることだけよ」
グラスワンダー達は、スペシャルウィークの勝利を祈る。その間に、マルゼンスキーとエアコンボフェザーは少し離れた所に移動し、壁に寄りかかっていた。
「…良いわね、同期って」
「…ああ、良いな…」
二人は、自分たちがトゥインクルシリーズで走っていた頃の事を思い出していた。
ゲートの前に移動したスペシャルウィークは、アラビアントレノと、視線を交わす。
「……」
「……」
二人は、言葉を交わす事なく別れた。だが、良いレースをしたいという気持ちは、同じであった。
「ブロワイエさん、ボンジュール」
スペシャルウィークはブロワイエに声をかける。
「こんにちは、お嬢さん」
ブロワイエはそう言って、スペシャルウィークに近づき、頬にキスをし…
「ただの挨拶さ」
と言った。スペシャルウィークは、それに対し…
「
と返す。ブロワイエは一瞬驚いたものの、挑戦と受け取り、スペシャルウィークと握手をした。そして、アラビアントレノと挨拶をし終えた他の二人の海外のウマ娘にも、同様の挨拶をしていった。
(…集中…集中…)
一方、アラビアントレノは、一足先に、ゲートに入っていた。
『ジャパンカップ、いよいよスタートです!!』
実況の声を合図に、ウマ娘達はスタート体制を取る。
「「
先程スペシャルウィークに挨拶をされた二人の海外ウマ娘は、スペシャルウィークを睨み、そう宣言した。
ガッコン!!
『スタートしました!!ウィンダムジェナス
、好スタート。内からはやはりアンブローズモアが飛ばします。』
(よし…ブロワイエの後ろに)
アラビアントレノは、素早くブロワイエの後ろへと入り込む。
『スタンド前をウマ娘達がアンブローズモアを先頭にして通過していきます。ウィンダムジェナスは2番手、緩いペースで3番手はロールアンクシャス。4番手に内からレーヴェヒル、外からはキンイロリョテイ、間にカールグスタフと続きまして、その後ろからはハイライジング、内をゆくラブフロムフルーツ、間をぬってボルジャーノン、ラスカルスズカ、内からはナリタラーグスタ、そしてスペシャルウィーク、ブロワイエはアラビアントレノの前方で後方から3人目、殿はグラスサダラーンです』
「後ろには…“サガの女傑”、前には、“欧州の覇者”と“日本総大将”…か…」
スタンド前を駆け抜けるウマ娘達を見ながら、サトミマフムトはそう呟く。
「アラビアントレノさんは小柄、前にも壁、後ろにも壁……一般的な見方をするのであれば、アレは抜け出し辛いですね」
キョクジツクリークは、アラビアントレノの周りの状況を確認し、意見を述べる。
「でも!アラちゃんならきっと抜け出せるよ!!」
サカキムルマンスクは、アラビアントレノの実力を最も理解している一人である。それ故、アラビアントレノが抜け出せると信じていた。
「でも、そのタイミングが問題、最後の急坂だと、多分グラスサダラーンの動きと被るから、ラインが乱れてスペシャルウィークに追いつけない。でも早すぎると、それはアラの脚質に合わない走りをすることになって、体力を浪費する。アラはベストポジションに付いてるけど、同時に状況は難しいものになってる」
エアコンボハリアーは、この四人の中では、最も正確にアラビアントレノの置かれた状況を理解していた。アラビアントレノが末脚を発揮するべきタイミングは、かなりシビアなものになっていたのである。
「スペシャルウィークは、ブロワイエに完璧にマークされている。あそこまでの執拗なマークでは、追われる側の精神状態はかなり追い込まれるはず」
「それは、承知しています」
一方、特等席では、シンボリルドルフとURA理事長が並んで座っていた。
「スペシャルウィークよりもわずかにスタミナで勝るエルコンドルパサーが耐えきれなかった、ブロワイエのあの追撃、スペシャルウィークが…貴女のやった共同戦線が耐えきれるのかは、疑問が浮かぶわね」
理事長は、自分の経験則から出てくる意見を、淡々と述べていく。
「……」
シンボリルドルフは、忍耐の表情を浮かべ、ターフを見つめた。
『各ウマ娘、第1コーナーを回ります。』
(後ろには、グラスサダラーン、前にはブロワイエとスペシャルウィーク……タイミングが難し過ぎる……ブロワイエが大柄だから、内を通っていくのはリスクが大きすぎる、察知されて塞がれる可能性が高い。ぶつけるわけにもいかないし)
アラビアントレノは、エアコンボハリアーの感じていた通り、仕掛けるタイミングについて悩んでいた。
(…抜け出すなら、外寄りから行くしかない。でも、遅すぎたら、後ろのグラスサダラーンが飛んできて、競り合うか、進路が潰されるか。かと言って、仕掛けが早すぎたら、ロングスパートに慣れてると言っても、風の抵抗やら坂道やらで、成功確率は低くなる。)
彼女は仕掛けどころについて考えながら、コーナーを駆け抜けていった。
『2コーナーに入りまして、先頭はアンブローズモア、1バ身リード、続いてロールアンクシャス、3番手には外からはウィンダムジェナス、1バ身差でレーヴェヒルが4番手、5番手はキンイロリョテイ、向正面はもうすぐだ、中段、カールグスタフ、外にはハイライジングがつけて、更に外からラブフロムフルーツ、あるいは内からはラスカルスズカ、それを見るようにナリタラーグスタ、ボルジャーノンは少し抑え気味、後方3番手スペシャルウィーク、それをマークして追走するのはブロワイエ、そしてアラビアントレノ、殿変わらずグラスサダラーンといった状況で、向正面を進んでいます。』
色々考えてみたけれど…ロングスパートが最善策だ。ジリジリ上げて、最後まで持たせる。
でも…ここからやったとしてスタミナが、持つかどうかは未知数、体力は限界になる。
私は領域まで至ってない……じゃあ…どうすれば良い…?
領域の特徴は、超集中状態で周囲の音が聞こえなくなって、脚に全ての力を回せること。だから限界を超えられる。
周囲の音を絶つ………なら…!!
これで…!!
『アラビアントレノ、少しずつ上げていく!!』
(周りの音が、聞こえにくくなった……真似事だけど…紛い物だけど……これで…!!)
「莫迦!!」
「早すぎる!!」
「慌ててはいけません!!」
「いや…大丈夫…だって、アラちゃんは…」
サカキムルマンスクは気づいていた。
「領域を再現してるんだもの」
サカキムルマンスクは、アラビアントレノの頭を見る。
「領域を…」
「再現…?」
「アラちゃんは…耳を限界まで絞ってる。つまり、音がなるべく聞こえないように…」
ウマ娘は、感情が耳に出る生物である。怒りの状態になったときは、自然と耳が後ろに絞られ、髪と一体化したような状態となる。アラビアントレノは耳を自力で動かして行い、耳を塞いだような状態を作ることで、擬似的な領域を作り出していた。これは、前の世界で、そしてこの世界で…違う形でとはいえ、長い年月走ってきた彼女の経験則から生み出された小技であった。
「メチャクチャよ…あんなデタラメな戦法は…」
「いや…あれでいいんです。」
別の場所で観戦していたシンボリルドルフは、アラビアントレノの戦法に疑問を呈した理事長に対し、反論した。
「ルドルフ…?」
「彼女たちは、傍から見るとデタラメとしか思えない何かを繰り返し、強さを手に入れました。今までの我々は、それを見て混乱するばかりでしたが…今の我々は違います。そういった技を受け入れ、認め…強くなります。」
「……」
シンボリルドルフは、スペシャルウィークを見ながらそう言った。
(…アラビアントレノさん、そんな技を…?)
スペシャルウィークは、アラビアントレノの技を見て、一瞬驚いた。だが…
(ここで思考をやめちゃダメ…フェザーさんが言ってた、柔軟性…柔軟性…)
スペシャルウィークは、頭を冷やして一旦アラビアントレノから目を離し、ブロワイエの動きと自分の位置を確認する。
(ブロワイエさんは……少し距離を離してる、多分、アラビアントレノさんの方に、注意がそれたんだ。私の位置は…ちょうどいい…なら…ここで!!)
『ここでスペシャルウィークが仕掛けたぞ!!』
そして、ピッチとストライドを変化させ、仕掛けたのだった。
(…ッ、スキを突かれたか、だが…ここで仕掛けるのは、想定の範囲内だ)
ブロワイエはスペシャルウィークを追い、自らもペースを上げる。
『続いてブロワイエも上がっていく!!』
(…来たね、スペシャルウィーク)
アラビアントレノはロングスパートをかけつつも、スペシャルウィークが自分との距離を詰めて来るのを確認していた。
『第3コーナー!アラビアントレノ、スペシャルウィークは中団まで上げてきた、しかしブロワイエも迫ってきている、大欅はすぐそこだ!』
(スペシャルウィークだけじゃなく、ブロワイエも…どちらもここからの末脚が脅威だ、でも…)
アラビアントレノは、十分な脚を残せていた。耳を絞ることによる、風が当たる面積の変化が、疲労の蓄積を少しであるが減少させていたのである。高速で走るウマ娘にとって、それは大きな意味を持っていた。
『4コーナーカーブ、アラビアントレノが外から攻めてくる、アンブローズモア先頭でリードは4バ身の差、残り600を切りました!後続一斉に広がりますが、2番手はレーヴェヒル、大外となりましたキンイロリョテイ……』
「ッ…!!」
アラビアントレノからは少しずつではあるものの離され、ブロワイエからは距離を詰められ、スペシャルウィークは絶体絶命の状況に陥っていた。
(…負けたくないのに…負けたくないのに…アラビアントレノさんに強くなるって約束したのに…脚が…重い…)
ブロワイエのマークの技術は、エルコンドルパサーの体力を削りきったほどである。
(グラスちゃん…セイちゃん…エルちゃん…キングちゃん………それに…スズカさん……ライバル…応援してくれる皆のためにも…負けたくないのに…!!)
エアコンボフェザーの指導で強くなったとはいえ、スペシャルウィークもかなりの消耗を強いられていた。
つまり、スペシャルウィークは、限界だった。
その時である。
「スペちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」
(……私は、日本一になるためにも……一緒に走ってる、皆のためにも……二人のお母ちゃんのためにも……)
スペシャルウィークは、前を向く。
(私は…私は………)
「負けられないんだあァァァァァァァァァァッ!!!」
スペシャルウィークの身体から、白い閃光が発せられた。
『外からスペシャルウィークがやって来た!アラビアントレノに迫る!!坂を登りきった!!』
(スペシャルウィーク、領域を…!?でも…!!)
『スペシャルウィークとアラビアントレノ、二人で競り合っている!!』
「クッ…!」
ブロワイエは、スペシャルウィークに突き放された。
『スペシャルウィークとアラビアントレノ、競り合っている!!ハイライジング、上がってきている!しかし二人との差は縮まらない!!』
「でやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
(………!!)
その時、スペシャルウィークは、アラビアントレノより、一歩前に出た。
ゴールまで、あと、10数メートルの地点であった。
『スペシャルウィークだ!!スペシャルウィーク、勝ちました!!』
閃光を伴い、スペシャルウィークは、ゴールへと飛び込んだのであった。
スペシャルウィークは、領域を出した。つまり、限界を超えた。
それに私は、負けてしまった。
悔しさが、こみ上げてくる…
「アラビアントレノさん!」
スペシャルウィークが、私に声をかける。
「今日は…ありがとうございました!」
「スペシャルウィーク…今日は凄かった…おめでとう」
「ありがとうございます…でも、今日、私が身につけることが出来た領域…おそらく、あなたや皆なしだと、行くことができないステージでした。だから私は、もっとそんなレースがしたいです、あなたたちとレースを楽しんで、お母ちゃん達や皆を、喜ばせることができる、そんなレースを…だから、改めて約束してください!!」
スペシャルウィークは、こちらに手を差し出す。私はその手を取る。
「…ありがとう、スペシャルウィーク。約束する。でも…次は勝つ。」
「望むところです!!」
観客が、みんなが、握手をした私達を見守ってくれていた。
スペシャルウィーク達と別れ、私は控室に戻った。控室には、トレーナーとアメリさん、そして、私を送ってくれた4人が待っていた。
「…惜しかったな、アラ…でも…よく頑張った、本当に、よく頑張った…」
「……大丈夫だよ、トレーナー」
私が笑顔を作ってトレーナーにそう言うと、サカキが、私の前に立つ。
「アラちゃん…悔しかったら、泣いても良いんだよ?」
そう言ってサカキは、腕を広げる。それと同時に、ダムが決壊したかのように、涙が溢れていた。
「…トレーナー、皆、ごめん…私……ほんとは…ほんとは…勝ち…たかった…ううっ…!」
私はサカキにすがりつき、泣いた。ひたすら泣いた。
「…良いんだ、まだまだ勝負がついたってわけじゃない。次の機会に、勝てば良い。」
トレーナーは私の肩を叩き、そう言った。トレーナーの声も、震えていた。
ウイニングライブの時刻になり、シンボリルドルフは、理事長と共にライブを見ていた。
『You're lookin' for how they live 立ち止まるだけでいい You're searchin' for you should be 何かを見つけるため…』
ワァァァァァァァァァァ!!
歓声が鳴り止まない中、シンボリルドルフは口を開く。
「理事長、理解していただけましたでしょうか?」
「…ええ、私達の負けよ。私達が作り上げようと、促そうとしなくても、ウマ娘達は互いをライバルとして走っていき、お互いに高め合う。当たり前のことのはずなのに、見えていなかったわ」
「それは…私も同じでした」
「今日のレースを見て、確信したわ…新しい時代が、やって来たと。変化を恐れず、対応する。私達も…変わらなければならないということね…」
「理解していただけると、信じていました」
ほんの少しばかりのパワーバランスの変化がもたらした、一連の騒動、それはこのジャパンカップをもって、終結を見ることとなる。
日本のウマ娘レースが、新しい時代を切り拓くべく、一歩を踏み出した瞬間だった。
お読みいただきありがとうございます。
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