ジャパンカップから、数日後、AUチャンピオンカップの出場メンバーが発表された。アラは長距離部門を選び、無事に、出場選手となったのだった。
そして、その翌日、アラは俺にあることを言った。
「…有馬記念に出ない?」
「うん、ジャパンカップでのスペシャルウィークの走りはもの凄かった、それに、領域だって、出してみせた。今の私だと…勝てないと思う。」
「…」
「私は、チャンピオンカップで勝ちたい、優勝して、家族と、トレーナーと、皆と、それに、セイユウとも、勝利の喜びを分かち合いたい、だから、もっと私を鍛えて、強くして」
アラは真っ直ぐ、俺の目を見ていた。
「…なるほど、事情は分かりました。確かに、高地トレーニングならば、身体能力の限界を、更に伸ばすことができる、その一方で、能力の上昇に、身体がついていけなくなるリスクもある…ですが、君ならば心配いらないでしょう」
大鷹校長は、頷きつつ、そう言った。
俺達レーサーが車のパフォーマンスを向上させるために行うことは様々だ。その一つとして、「ボアアップ」という言葉がある。これは、エンジンのシリンダーを拡張し、馬力や冷却性能を高めるものだ。ウマ娘のトレーニングに当てはまるのならばどうだろうかと俺は考え、パフォーマンスを高めるために使われている高地トレーニングという結論に至ったというわけだ。しかし、パフォーマンスを向上させるということは、当然身体への負担も大きくなる。それ故、俺は大鷹校長に相談したのだった。
「高地トレーニングの場所は決めていますか?」
「いえ、いくらか候補地は選んだのですが…」
「ならば、シュンラン君の力をお借りしましょう、彼女ならば力となってくれるはずです」
「分かりました」
「それと、普段よりも細かく、アラ君の状態に気をつけてください」
「はい」
「それから―」
こうして、俺は大鷹校長から有益な助言を数多くもらい、高地トレーニングへの準備を進めていった。
「…アラ…」
アラビアントレノが有馬記念に出ないという情報は、稲妻のように全国をかけめぐった。
「ミーク、アラさんと慈鳥トレーナーのことです。きっと、ジャパンカップの時よりも、大幅なパワーアップをして、戻ってきます。だから、私たちも示しましょう、有馬記念で、ライバルここにありと」
桐生院は残念そうな顔をするハッピーミークに、そう諭す。
「うん…そうだね…トレーナー、私…頑張ります」
「その意気です!」
チームメイサの士気は、最高潮に達していた。
一方、別の場所では…
「スペー!もっと縮められるはずだ!もう一本!」
「はい!」
スペシャルウィークは気合いを入れて、坂路を駆け上がる。もちろん、彼女だけではない。
「キング、ここで力が入りすぎだ、ここはもう少し肩の力を抜いて見てくれ」
「ええ!分かったわ!」
「グラス、仕掛けのタイミングを、あと一秒早めにすることはできるか?」
「やって見せます」
「このバ場で、ベルさんの体重の場合は…こういうコーナリングのほうが適しているかもしれません」
「試しましょう!」
「タマ、久しぶりに模擬レースをやってみないか?」
「おっ!?それは、ウチにコテンパンにされてもええってことやな?」
「いや、私が勝つ」
「ビーちゃん、その調子よ、この調子で行けば、新しい戦法を身につける事が出来るはずよ。サカキちゃんは、どう思う?」
「天候に左右されないかどうかが気になります。明日は雨の予報ですから、明日も同じことをやりましょう」
「オッケー、雨に負けないぐらいの勢いで、走らないとね」
トレセン学園の生徒達はそれぞれの目標を胸に、トレーニングに明け暮れていた。それぞれ、改革派であったか、保守派であったかは関係なく、お互いにライバルとして認め合い、高めあっている。学園に、あるべき姿が、戻ってきたのである。
「学園の空気、良くなったわね」
「あぁ…これならば、無事にAUチャンピオンカップを迎えることが出来そうだ」
生徒達を見て、シンボリルドルフとマルゼンスキーは安堵する
「ねぇ、ルドルフ、もし、私たちが、URAが変わろうとしなかったら、フェザーは、どうするつもりだったのかしら?」
「そのことに関しては、私も同じ質問をフェザーにしたよ、どんな答えが返って来たと思う?」
「…インパクトのあることを、考えてそうね」
「概ね正解だ…もし、私たち中央の問題が解決しなければ、フェザーはライブ配信でURAやトレセン学園の内情を公表するつもりだったらしい」
「それ…"ある日突然隕石が落ちて来る"ようなレベルよ、でも…そうなれば…」
「ああ、多くの人々から彼女は恨まれるだろうな…だが、私たちは傲慢の果てに、そうせざるを得ない状況にまで至っていたんだ」
シンボリルドルフとマルゼンスキーは改めて、自分たちの傲慢さを感じる。
「フェザーには、感謝してもしきれない、彼女達が日本のウマ娘レースを変えたいと願い、行動してくれたお陰で、今のトレセン学園が、私たちがあるのだから」
「…そうね、AUチャンピオンカップ、絶対に成功させましょう」
マルゼンスキーがそう言うのと同時に、生徒会室の扉を開け、エアグルーヴが入って来る。
「失礼いたします、各地方トレセン学園の情報のリスト、まとめ終えました」
「ありがとう、エアグルーヴ」
「いえ、副会長としては、当然のこと。では、私はトレーニングに行って参ります」
「ああ、気を付けてくれ」
エアグルーヴはトレーニングへと向かっていった。シンボリルドルフとマルゼンスキーは、情報のリストに目を通していく。
「…こう見ていくと、各学園に、指導専門のウマ娘がいるのね」
「ああ、それについては、こちらでも導入した。ゼークアインスやオンワードカラバが中心となって、大所帯のチームを中心に、生徒達のサポートにあたって貰っている」
「校訓も、イロイロとあるのね」
「金沢の校訓は“蝶のように舞い 蜂のように刺す”か…そして、選抜チームの名前は“ヴェスパ”、スズメバチという意味だな」
「浦和は“臥薪嘗胆”のようね、オスマンクロウって娘が中心となって、生徒を鍛え上げているみたいよ」
「優秀なウマ娘に異名をつけ、士気の向上を図る学園もあるようだな、他の学園も、様々な工夫を凝らし、生徒の育成に励んでいるということだ。私たちも、こうしてはいられないな」
「そうね、行きましょうか」
シンボリルドルフとマルゼンスキーは、生徒達の指導を行うべく、生徒会室を出ていった。
「終了ッ!これで配信体制の構築は出来た!」
「お疲れ様です」
理事長室では、やよいがレース映像を配信する団体との調整を終え、一息ついていた。
「これで、全国の人々がどの部門のレースでも見ることが可能になりましたね」
「うむっ!たづな、一つ名案を思いついた」
「何でしょうか?」
「ここ、トレセン学園でも中継を見ることが出来るようにすれば良いのではないだろうか?」
「確かに、いいアイデアですね。」
「いや、待てよ…地方のトレセン学園でも、同様のことが出来ないか、確かめてみようじゃないか」
「各学園で設備の違いはありますから…難しいのではないでしょうか?ですが、やってみなければ分かりませんね、話だけでも、聞いてもらいましょう」
「うむ!」
AUチャンピオンカップを成功させるという“新たな決意”を胸に再び一つとなった中央は、ウマ娘、トレーナー、職員が一丸となり、新しい時代を作り上げる準備を進めていた。そして…
(グラスちゃん)
(スぺちゃん)
((絶対に、勝つ!!))
ガラス色の雪が降る中山レース場、スペシャルウィークとグラスワンダーは、激しい競り合いを繰り広げる。それはまるで、二つの炎が燃え上がっているかのようであった。そして、そんな二人に迫る、白い影があった。
(脚は…残してある)
ハッピーミークである。
『第4コーナーをカーブして、スペシャルウィークがグラスワンダーに迫る、いや、内を突っ切ってハッピーミークが来た!ハッピーミークが来た!』
(スペシャルウィークさん、グラスワンダーさん、私は、この二人を超えなくちゃいけない)
「「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」」
『スペシャルウィーク、グラスワンダー、物凄い競り合いだ!譲らないぞ!!』
(…ッ!二人共、強い、でも…それでも、私は超えたい、勝ちたい、だから…)
「勝負―――ッ!!」
ハッピーミークは、領域へと至った。強く、そして速く、ターフを踏みしめ、彼女は進む。
『ハッピーミーク、差し切ってゴールイン!!年末の大一番に彼女が示したものは、異次元の末脚!!無限の可能性!!』
閃光を身に纏い、外側からスペシャルウィークとグラスワンダーを差し切り、ゴールインしたのであった。
『ハッピーミーク、差し切ってゴールイン!!年末の大一番に彼女が示したものは、異次元の末脚!!無限の可能性!!』
携帯のスピーカーからは、音割れを起こさんばかりの音量で、ミークの勝利を示す実況の声が聞こえて来る。
「後で、“おめでとう”って、言ってあげないとね」
それと同時に、アラがジムカーナを終えて戻って来る。気温と体温の差のせいか、その背中からは、蒸気が立ち上っている。
「そうだな、アラ、疲労度はどうだ?」
「大丈夫、休めば、回復出来る」
「…分かった、明日はこういうメニューで行こう」
「…なるほど、分かった」
高地は、学園のある平野部と比べると、酸素が薄い、普通に生活するのならば問題無いが、トレーニングとなると話は変わって来る。要は疲れやすくなるのだ。しかし、それを克服すれば、アラは少なくないアドバンテージを得ることが出来る。
「トレーナー、提案があるんだけど」
「…どうした?」
「明日のトレーニングの後、問題無かったら、これ、使っていいかな?」
そう言うと、アラは、ジャージの上着を取り出した。
「上着…?」
「手、放すよ」
「…ッ!?」
その上着は、とんでもなく重かった。
「これは…?」
「自分で作った、特製の上着、姫路の2Gトレーニングを参考にしてみた。これを着れば、もっと身体を鍛えられる…どうかな?」
「分かった、段々と着る時間を長くしていく、それでいいな?」
「うん」
「よし…先に戻っててくれ、」
アラに先に戻って貰い、俺はトレーニング計画を見直すため、ノートを開いた。
その夜、俺は外に出て、星を眺めていた。前の世界とは似て非なるこの世界だが、星の美しさは変わらない。
「トレーナー、風邪ひくよ」
俺が感傷に浸っていると、アラが後ろから声をかけて来る。
「星を見てた。すぐ戻るから、心配には及ばん」
「星…私も、よく見てたよ」
「…前の世界での話か?」
「うん、厩舎の窓からね、おやじどのが、気を利かせて窓を開けてくれたから」
アラは懐かしそうにそう言う。細かいところにまで気配り上手な俺の相棒は、年を取ってもそうだったという事だろう。
「アラ」
「何?」
「相棒はお前と過ごせて、幸せだったんじゃないかと、俺は思う、だから礼を言わせてくれ、ありがとう」
「どういたしまして」
「あいつもきっと、お前のことを見たら、きっと応援してくれるはずだ、だから、絶対に勝とう」
「もちろん……トレーナー」
少しの沈黙の後、アラは俺をじっと見る。
「どうした?」
「私はもう、悩まない。勝ちたい相手がいる、支えてくれる皆がいる、だから、私は走る。勝つために、その喜びを、分かちあうために」
アラは俺に、決意のようなものを伝える。かつてのアラは、自分がいてもいい存在なのか、悩んでいた。だが、今のアラは夢を持ち、それに向かって一歩一歩歩んでいる。そんなアラを、ウマ娘を見守るという三女神は、アラに継承を授けなかった三女神は、どのように見ているのだろうか。
相棒はサラブレッドには何頭かの元となった馬がいたと言っていた。恐らく三女神はそれと何らかの関係があるのだろう。
もしそうだとすれば、なぜ、三女神はアラに継承を授けなかった?やはり、アラがサラブレッドじゃないからか?
だとすれば―三女神、お前たちはだいぶ身勝手な神様だよ。
いや…そう言うのは、ナンセンスかもしれん。だが、見ていろよ、これからの時代は、血や常識で何でも決めつける時代じゃないんだ。もし、お前たちがそんな物にこだわっているのであれば、俺達が壊す。
アングロアラブは、
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