レースは最後です。また、拙い挿絵が入っております。
『各ウマ娘、第4コーナーを抜けて二度目の坂へ!』
(これをあと…一回登るのか…!?)
(そんなレース…今までなかったから…)
(コレとの三連タイマンは…流石にキツイ…)
二度目の坂を迎え、ウマ娘の中には三度目の最後の坂が不安になるものも現れてきた。
(スタミナ消費は…計算のうち、末脚は残せる)
(大丈夫、ミスは無し)
そして、アラビアントレノとハッピーミーク…この二人は、出走ウマ娘達の中では、最も余力を残して、二度目の坂を登り終えた。
『各ウマ娘、スタンド前へ!ハナを維持していますハーディガンシチー、半バ身差で、シュラクブラスター、3バ身離れて、オリンポスカノーネ、後方にはキンイロリョテイ、そしてジャベリンユニット、2バ身差でロードへビガン、アラビアントレノ、ハッピーミークが固まる。1バ身差、マチカネグランザム、ナリタトップロード、あるいはアースクリーナー、それを見るようにホクトアカゲルググ、2バ身差で、ブルーハリソン、そしてヒシアマゾンとイナリワン、しんがりはクラウンコロニーです』
「この坂を登りきれば、下りですね」
「はい、でも、内回りの下りは、外よりも傾斜角がキツイですから、用心して下りないと、スタミナを浪費したり、コーナー出口で膨らみ過ぎます、ミークは大きいですから、ここは重要視しました」
ウマ娘達を見ながら、氷川と桐生院は言葉を交わす。
「…準決勝までの走りから考えれば、ミークさんとアラさんのコーナーリング能力は互角…ミスをしないようにしている訳ですね」
「はい、4000メートルという、前代未聞の距離、勝負は、いかに末脚を残し、使うかにかかっています」
「末脚…そう言えば、スパートはどのタイミングで?」
「…向正面です。でも、タイミングはあの娘に任せてあります。」
ウマ娘に、タイミングを任せる、これはハッピーミークと桐生院が深い絆で繋がっている証拠であった。
『各ウマ娘、ハーディガンシチーを先頭にして段々と第一コーナーへと入っていきます!』
『残りはおよそ1700mほどと言ったところでしょうか?』
「ここからはコーナーのきつい内回り、アマゾン達はどう動くのかが、気になるな」
そう呟き、シンボリルドルフはエアコンボフェザーの方を向く、しかし、エアコンボフェザーは何も返さなかった。
「フェザー…?」
「ルドルフ、よく見ておけ、アラは何かをやろうとしている……来るかもしれないな、アレが」
「アレ…?」
シンボリルドルフは、疑問を浮かべながらも、コースに目をやった
『各ウマ娘、ハーディガンシチーを先頭にして段々と第一コーナーへと入っていきます!』
『残りはおよそ1700mほどと言ったところでしょうか?』
ミークは私にピッタリとつけている。スタミナをきっちり管理できているってことだろう。力量は互角…
ただし、それは領域を抜いての話だ。
何処かで揺さぶりをかけて、アドバンテージを取るしかない。
何か棒で小突くぐらいの、ちょっとした刺激でもいい……隙を見せる、きっかけをつくる。
一旦、耳を絞る。
前だけを見る、集中力を高める。
タイミングは…コーナーの出口。
『各ウマ娘、第2コーナーのカーブへ!下りはまだまだ続いているぞ!』
『下りだからといってペースアップをすると、コーナー出口で姿勢制御をするのが難しくなります。行くのか、行かないのか。判断が分かれるところですね』
(まだ足は残っている、スタートに失敗して後ろを走らされてきたが、本来の仕掛け位置は更に前、行くぞ…!!)
『おーっと!!ここでブルーハリソンが坂道を使い上がってきたぞ!』
『出遅れからずっと後方を走らされてきましたから、ここがチャンスと見たようですね』
(…後ろから一人…大丈夫、ぶつかるようなコースじゃない)
ハッピーミークは、ブルーハリソンの動きが自分の走りを妨害するようなことにならないかを分析し…
(………)
アラビアントレノは、それを気にせず、集中し続けていた。
『各ウマ娘、2コーナーから向正面へ!先頭変わらず、ハーディガンシチー!!』
(……ここで…一瞬だけ抑えて──)
その時である。ハッピーミークの眼の前で靡いていた筈のアラビアントレノの髪が、一瞬で消えたのであった。
『ここでアラビアントレノがロードヘビガンの前へ!!』
(何……あの…速さ……)
ハッピーミークは、驚愕した。アラビアントレノは、膨らむことなく、一瞬だけスピードを上げ、コーナー出口の最も遠心力がかかる部分を曲がり切ったのである。
『ここでアラビアントレノがロードヘビガンの前へ!!』
「何だ…!?あの…コーナーリングは…」
シンボリルドルフは驚愕のあまり、目を丸くする。
「アレが、アラの持つ力だ。最も、それは最近になって急に出てきたものじゃない。福山レース場で、私とやりあったときに、もう、きっかけのようなものは出ていたんだ…」
「アラビアントレノの…力…?」
「ああ、具体的に言うと、身体を使いこなす才能…それが、とても洗練されているんだ、湿地帯のようなデコボコの重バ場に物怖じせず、末脚を使いながら駆け抜けたり、曲がりきれない筈のスピードでコーナーを曲がり切る………その動きはとても安定しているんだ、数十年の修行を重ねた、職人のようにな、そして、これを見せつけられたショックは大きいだろう」
「…!だが、彼女は…」
「ああ、私達よりも年下だ。だが、アラは、獣が本能で狩りを行うときの様に、ほぼ完全に身体を使いこなしている…そして、その力がアラの強みである状況判断の上手さに、巧みにマッチしているんだ………この謎を解き明かすのには、まだまだ先が長そうだな」
「君がそんなことを言うのか…?」
「私達ウマ娘には、まだまだ謎が多い…セオリーだけで説明できないこともある、特に…アラに関してはな」
エアコンボフェザーはそう言い、ターフに目を戻した。
『各ウマ娘、向正面に入ります!先頭ハーディガンシチーだが、シュラクブラスターが詰めてきている。リードは4バ身、オリンポスカノーネ、そしてキンイロリョテイ、ジャベリンユニット、1バ身差でアラビアントレノ!そしてまた1バ身離れ、ロードへビガン、そして、ブルーハリソン。後ろには、ナリタトップロード、マチカネグランザム、アースクリーナー、そしてハッピーミークとホクトアカゲルググそしてヒシアマゾンとイナリワン、しんがりはクラウンコロニーです』
『最後尾の娘達がだんだんとペースを上げていますね、混戦が予想されます!』
アラビアントレノの走りを、真近で見せつけられた故に生まれた一瞬の隙、それを、他のウマ娘達は見逃さなかった。
ハッピーミークは、何人かのウマ娘達に抜かれてしまったのである。
「…これは、現実だ、受け入れなくちゃいけない…」
我に返ったハッピーミークは、素早く頭を冷やす。
(メンタルトレーニングは、積んできた。でも、私は、驚いてしまった。)
(私は…アラに一回負けてる。そのことが、まだトラウマみたいな感じで残っているんじゃないの?どこか萎縮してしまってるんじゃないの?ミスをしたくないことばかり考えて、どこか情けない走りをしているんじゃないの?)
ハッピーミークは、自分自身に問いかける。
(……私は…何の為に、ここまで上がってきたの?)
そして、もう一度ここに来た目的を見つめ直す。
(…そう、アラに勝つため、決着をつけるため。…私は…私は……ここにいる誰よりも…アラよりも速いと信じて……レースをやっているんだ!!)
ハッピーミークから、閃光が漏れる。
『残り1000m地点、ここでハッピーミークが仕掛けたぞ!!』
(アラ…すぐに追いつくから)
ハッピーミークは、足を一歩踏み出す。
(……!)
そして、横にいたアースクリーナーは、ハッピーミークの気迫に、恐れおののく。
走る気力を、奪ってしまうようなプレッシャーをハッピーミークは放っていた。
「あれは…!」
観客席にいるシンボリルドルフは、過去の事を思い出す。
領域とは、超集中状態である。パフォーマンス向上のメリットは大きいものの、体力の消耗は激しい、しかし、タマモクロスなど、その領域を制御するウマ娘も、少数ながらいた。
「プレッシャーを放ち、かつ領域を制御する……まさか、ミークまでアレをやってのけるとはな…」
エアコンボフェザーは、そう呟く。観客席にいる彼女達にも、プレッシャーを与えるほど、ハッピーミークの領域は、研ぎ澄まされ、強大だった。そして、それは青いオーラとして、二人の目に写っていた。
『各ウマ娘、第3コーナーに入っていきます、ハッピーミーク、凄まじい追い上げ!先程抜いていった娘達を次々と抜き返していく!!』
(…ミークの放つプレッシャー…ビリビリと来る、でも…私だって、勝つためにここにやってきた…だから…屈するわけには!)
アラビアントレノは、他のウマ娘を喰うように襲い来るプレッシャーを跳ね除けた。
『アラビアントレノがここでスパート!!しかし後ろからハッピーミークが迫る!!』
彼女は、ロングスパートをかけ、第3コーナーへと入る。
(……やっぱり…アラは凄い…でも、私は…アラを超えるために、ここまでやって来たんだ!!)
『ハッピーミーク!アラビアントレノを抜いた!アラビアントレノを抜いた!』
(…ッ、速い…!!)
ハッピーミークは、プレッシャーで捻じ伏せる訳でもなく、ただ、純粋な走りの強さで、アラビアントレノを抜いてみせた。
(……!!)
アラビアントレノは、気圧される。
「ミーク!行ってください!!」
桐生院は声を張り上げ、ハッピーミークに声援を送る。
「他のウマ娘は、まだ怯んだままです!!」
氷川もそれに続く、ここまでの消耗、ハッピーミークの放つプレッシャー、この二つの要素により、他のウマ娘達はその殆どが、まだ有効に動くことが出来ていない。
決勝戦の舞台は、ハッピーミークとアラビアントレノ、この二人の戦いとなりつつあった。
「アラ!!」
慈鳥は柵から身を乗り出すようにして、アラビアントレノを見る。レーサーであった彼には、アラビアントレノがかなり不利だと言うことが分かっていた。
「まだだ!諦めるな!!」
それでも諦めずに、彼は声援を送る。
「………」
そして、彼は大きく息を吸い込んだ
『ハッピーミーク!アラビアントレノを抜いた!アラビアントレノを抜いた!』
「……!」
福山トレセン学園では、先程までアラビアントレノを応援していた人々が、ハッピーミークの走りに圧倒され、言葉を失っていた。
「皆、諦めないで!!」
しかし、その沈黙を破るかのように、エコーペルセウスが叫び、同時に映像が切り替わる。
「アラはまだ、諦めちゃいないんだよ!!」
映像は、アラビアントレノのアップだった。人々の視線が、それに集まる。
「アラがこんなに踏ん張ってるのに、私達が応援しないでどうするの!!アラ!!諦めちゃいけない!!」
エコーペルセウスは自分から率先して応援する。
「アラビアントレノ!やってくれ!!」
「アラ先輩!!」
「アラちゃん!!」
それに呼応するかのように、人々の声援は、復活していく。
「「「お姉ちゃん!!」」」
「アラ、悔いのないように、頑張りなさい」
「あなた」
「ああ、応援しよう!!」
「ええ、もし…私達にウマ娘の子供ができたら、こんな強い娘に…育ってほしいから」
アラビアントレノの家族や、その隣にいた夫婦も、それに加わる。
「見ろ!!まだだ…まだ終わっていない!!」
高知トレセン学園では、フジマサマーチが、モニターを指差し、そう叫ぶ。
「そうだ……マーチの言うとおりだ、まだ、勝負が決まったわけじゃない」
「アラビアントレノ、行け!!」
ここだけではない。
「アラビアントレノさん!頑張って、頑張って下さい!!」
「行けー!!」
門別トレセン学園では、人々に混じって、小学生の
「アラビアントレノ!また雷鳴を聞かせてくれよ!!」
「そうだ!行け!!」
交差点のビジョンの前でも。
「諦めるな!!」
「アラビアントレノはどんな相手にだって勝ってきたんだ、ハッピーミークにだって!!」
街の小さな電気屋でも。
アラビアントレノの走りに魅力された多くの人々が、様々な場所で、声援を送っていたのである。
「……あれは…」
「凄い…」
そして、ある場所でその光景を見ていた二人のウマ娘が、足を止めた。
息を吸い込んだ慈鳥は…
「アラ!行け!!お前は一人じゃないんだ!!俺達がついてる!!行け!!」
と叫んだ。
(トレーナー…)
そして、その声は、アラビアントレノにもはっきりと届いていた。
(私は…一人じゃない)
ハッピーミークに食い付きつつも、徐々に押されつつある彼女は、心の中でそう呟く。
(……そうだ…私が、ここまで来れたのは、皆のおかげ、皆が、私の勝利を祈ってくれているから、友達が、ライバルが、トレーナーが、家族が……そして…おやじどのが!!)
ハッピーミークに圧倒されつつあったアラビアントレノは、再び勢いを取り戻していく。
『第4コーナー終わり!最初に駆け抜けて来たのはハッピーミーク!アラビアントレノ!追いすがる!!後続も来ているが二人は激しい競り合いだ!!』
(相手がサラブレッドだとか、私がアングロアラブだからとか、そんなのは…関係無い、私は、私の夢を叶えたい。皆と喜びを分かちあって、笑顔が見たい。それに、私はミークの悩んで、苦しんで来た姿を知ってるから、でも一緒に頑張ってきたから……私は…私はミークに……負けたくない!!)
(勝ちたい!!)
その時であった。
(………!!)
アラビアントレノは、閃光を放ち、赤いオーラに包まれた。
(……行こう!!)
アラビアントレノは、領域へと至った。相手から領域を引き剥がすのではなく、自らも、同じ舞台へと立ったのである。そして、力強く踏みこむ。
『アラビアントレノ!!ペースを上げた!!外から来た!外から来た!』
(アラ…それでも!!)
ハッピーミークは、負けじと最後の力を振り絞る。二人は閃光を放ちつつ、横並びとなった。
『二人はほぼ横並び!!中山の直線は短いぞ!後ろの娘達は間に合うか!?』
(…アラ)
(…ミーク)
((私が…))
「「勝つ!!」」
そこにはもはや、サラブレッドとアングロアラブという違いは無く、二人のウマ娘が、夢のため、勝利のため、競い合う姿のみがあった。そして二人は、最後の坂に差し掛かる。
『グランプリウマ娘と菊花賞ウマ娘の壮絶なぶつかり合い!果たして勝つのはどちらだ!!』
「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」」
(坂は、ずっとずっと昔から走ってきたんだ…ここで…!!)
ドォン!!
アラビアントレノは、力強く踏み込む。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
『残り50m!!ここでアラビアントレノ、抜け出した!!抜け出した!!今一着でゴールイン!!アラビアントレノ!!この大舞台でも雷鳴を響かせ、次の時代の幕開けを幕開けを示す号令としました!!』
最後に勝負を分けたもの、それは種の違いではなく、経験の差であった。
アラビアントレノは、アングロアラブが元から持っているアドバンテージではなく、自分が積み重ねていった物で、ハッピーミークに勝利したのであった。
こうして、後にウマ娘レース史上最大の領域のぶつかり合いと語られたレースは、幕を閉じた。
ワァァァァァァッ!!
私はターフの上に大の字になり、歓声を聞く。
自分の勝利で、喜んでくれる人々が、こんなにもいる。
幸せで…幸せでたまらない。
「……」
ミークが、無言、だけど笑顔で手を差し出してくる。私はそれを掴み、立つ。
スタンドの観客たちに手を振り、頭を下げる。トレーナーの方を見る、トレーナーは、泣いていた。
そして、ミークの方に向き直る。
「おめでとう……でも、次は、勝つ」
「ありがとう…でも、次の勝ちも、私がもらう」
私の返答を聞くと、ミークは満足気に微笑み、先に地下道へと入っていった。
…家族の皆、おやじどの、トレーナー、セイユウ、福山の皆…
私は勝ったよ。
控室に入ると、トレーナーは微笑みながら私を迎えてくれた。
「アラ…凄かった…よく…頑張った」
「ううん、トレーナーの、あの応援のお陰だよ。“俺達がついてる”あの言葉が無かったら、私は多分、力尽きてたから」
「……!」
「…だから、ありがとう、トレーナー、でも、まだまだライブが残ってる。だから、行ってくる」
「…ああ、しっかりな!!」
私はトレーナーに見送られ、ライブ会場へと向かった。
ワァァァァァァッ!!
ライブの一曲目「うまぴょい伝説」が終わり、歓声が巻き起こる。
今回のレース…一つ気になる事がある。アラは、領域に至ったと言っていた。だが…アラはサラブレッドではない。
…俺達応援する人の意志が集まり、アラに力を与えたのだろうか?
〜♪
そんなふうに考えていると、懐かしい、前奏が流れる。
次は二曲目、アラのソロライブだ。
考えるのはここまでにして、聞こう。
俺もアラを支える者の一人なのだから。
『嵐の中で輝いてその夢を諦めないで』
ああ…やっぱり、この曲は、アラにピッタリだ。
アラは、どんなに傷つこうとも、悩もうとも、苦難に直面しようとも、諦めなかった。
『まだ遠い明日もきっと…迷わず…そうよ、迷わず超えてゆけるの』
そう、そしてそれらを乗り越えてみせたのだ。
今日の勝利は、その積み重ねの結果だ。
『傷ついたあなたの両手で、明日がほら生まれてゆく…輝いてゆく』
俺の力なんて、アラのしてきたことと比べれば、ちっぽけなものだ。
『嵐の中で輝いてその夢を諦めないで』
嵐の中で、一番目立つものは何だろうか?
答えは簡単…雷だ。
輝き、雷鳴を響かせ、あらゆる人々に、天気の変化を実感させる。
それと同様、アラの走りは、多くの人々に、絶え間ない時代の変化を感じさせていくだろう。
今までも、そしてこれからも。
常識を超えて。
時を超えて。
お読みいただきありがとうございます。
新たにお気に入り登録をしていただいた方々、ありがとうございますm(_ _)m
あと1、2話で、この物語は終わりです。最期まで、どうかお付き合い頂けますと幸いです。
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