最終話です。
AUチャンピオンカップが終わってから、私達ローカルシリーズは、再び戦国時代のような群雄割拠で競い合う状態へと突入した。
そして、中央のウマ娘がそれに入ってくることが増えたことで、レースは今まで以上に盛り上がることとなった。この前のレースは、ハリアーにリベンジマッチをしにエルコンドルパサーが出てきたので、レース場がパンクするぐらいの観客量だった。
中央と地方の関係に、ヒビが入るような事はなかった。むしろ、良い関係となってきている。親善レースも行われるようになった。ライブ曲の交換も行われた。こちらは「ユメヲカケル」を贈り、向こうからは「Special Record」という曲が贈られた。
ミーク達のチームには、新入生が入り、その力は着実についてきているらしい。ミーク、ハード、はドリームトロフィーに移籍、マルシュとサンバは中央の生徒会に新しく設立された、地方中央交流促進のための部署に入った。ロブロイはトゥインクルシリーズで走っていて、第二回AUチャンピオンカップで長距離の優勝を果たした。
ベル達のチームは、元々未デビューだったメンバーが満を持してデビュー、トウカイテイオーやメジロマックイーンに負けず劣らずの活躍をしている。
サカキは、後輩たちから教えを請われる立場になったので、忙しくなったと電話口でぼやいていた。でも、達成感、満足感のある日々を過ごしているようだ。
スペシャルウィークやその同期たち、いわゆる黄金世代は、ドリームトロフィーリーグに移籍した。
そして、中央のそんなニュースが飛び交う中、私達福山トレセン学園には、大きな出来事が起きた。それは…
「次は君たちに任せるよ」
と言って、ペルセウス会長、フェザー副会長が辞任し、裏方に回ってしまったことだった。
でも、ペルセウス会長達が急に辞任の意を示したかというと、そうじゃない。もとから兆候みたいなものはあった。
フェザー副会長が、積極的に座学を教えてくれるようになったし、ペルセウス会長は、シュンラン副会長を代理人に立てることが多くなり、それと並行して交渉術のイロハを教えるようになったからだ。
そういう訳で、新体制への移行は、混乱を起こさずに行われた。
そして、シュンラン副会長が、新しい生徒会長に、新しい副会長は、私とチハになった。
ローカルシリーズでは、中央、世界等の高みに登るべく、選抜されたウマ娘に最新鋭のトレーニングを優先的に行う権利が与えられる『ローカルシリーズ強化指定ウマ娘制度』というものを整備し、そこを中心として、新世代のスターを送り出している。
AUチャンピオンカップの第二回大会も、無事に行われ、大成功を収めた。私や同期たちは出なかったけど、その分、後輩たちの指導に力を注ぐことができた。新世代のウマ娘達の激闘は、多くのファンを湧かせた。
だけど、その成功の裏側には、中央に、ウマ娘の指導役として戻ってきた、サクラスターオーとヤシロデュレンの活躍がある。これをおやじどのが見れば、どんなに喜ぶことだろう。
そして、私はトレーナーとのコンビを継続しながらも、生徒会副会長として、活動している。
「アラ、今度のトレーニングだけどな、新しく考えた方式がある。それを試してみたい」
「うん、じゃあ、しっかりとデータは取ってね」
「もちろん」
ガラッ
「副会長さん!ちょっと手伝ってくれませんか?少しわかりにくい動きがあって…」
入ってきた後輩は、申し訳無さそうな顔をしてそう言う。
「…いいぞ、行ってきて」
「うん、なら、なるべく早く戻るね」
「ああ」
「ありがとうございます!」
忙しいながらも、充実した毎日だ。
「うん、だいぶ動きが身についてきたね」
「ありがとうございます、あの…副会長さんのトレーナーさんって、もう一人スカウトしたりはしないんですか?」
「うん、今のところは、そのつもりはないみたい、でも、勉強はしてる、チームの運営方法は、中央の方が良いやり方が確立されてるのは、知ってるよね?」
「はい、向こうのほうがトレーナーに対するウマ娘の割合が多いみたいですから、必然的に専属ではなくチームになるんですよね?」
「そう、だから、中央のトレーナーの人や、その家族に、チームの運営方法について、たまに教えてもらってるんだ、将来的には、チームを持つことができるようにって」
「そうですか…チームを運営出来るような人が増えたら、地方ももっともっとウマ娘やレースが増えて、楽しくなると思います!」
「…そうだね、それじゃあ、私は行くよ」
「ありがとうございました!」
後輩は、ペコリと頭を下げる。後輩に教える、簡単そうに見えるけど、これがかなり難しい、前世で教えたりはしていたけれど、それでも、まだまだフェザーさんやペルセウスさんには及ばない。
トレーナーは、チームの運営方法を学んでいるから、最近は忙しくしている。桐生院トレーナーの実家に学びに行ったりもしたらしい。でも、私のトレーニングに手を抜いたりなんてことはしていない。
トレーナーと桐生院トレーナーとの仲は深まっている、二人を見ていると、あちらはトレーナーに好意を持っているような素振りを見せることがある。でも…多分…トレーナーはそれに気付いていない。桐生院トレーナーの道は長そうだ。
トレーニングを終えて、商店街を散歩していると、本屋にある月間トゥインクルが目に入った。表紙には、トウカイテイオーとメジロマックイーンが写っている。
今の中央は、トウカイテイオー、メジロマックイーンなどの新世代のウマ娘達の活躍が、物凄く話題になっている。
だけど、トウカイテイオーは2回目の骨折をして、かなりまずい状態だ。ウマ娘の骨折は馬と比べれば治りやすいものとはいえ、一回そうなってしまえば、サカキのようにレースから退くという選択肢を取るウマ娘だっている。そして、当のトウカイテイオーはまだ、現役続行の意志を示している。
2冠で脚部不安という、フェザーさんにとっては、トラウマもののケース。当然、彼女はシンボリルドルフに直接、トウカイテイオーの今後について聞きに行った。
それに対し、シンボリルドルフは、フェザーさんと気持ちは同じという意志を示しつつも、トウカイテイオーの意向は、誰かによって捻じ曲げられない限り、尊重しなければならないという答えを示した。
その一方で、中央の理事長と共に、いざというときの為の対処法をまとめている。フェザーさん曰く「起こりうる最悪の事態」も想定されていたそうだ。
『WOE—10 YEARS AFTER 10年後のあなたをみつめてみたい』
『STAY TOGETHER その時』
『きっとそばで 微笑んでいたい』
「撮影終了、お疲れ様です!」
「ご協力ありがとうございました!」
今日は、いつもの5人で、新しいライブ曲の撮影だった。最近はこんなふうに、ライブの映像を撮ることも増えてきている。
今日のライブ曲は『10 YEARS AFTER』一人のウマ娘と、彼女の最初のファンの、運命の出会いをイメージしたものらしい。
「今日はトレーニングは無いし、久々に海まで走る?」
撮影所を出ると、ハリアーがそう提案する。
「良いわね」
「ここのところ、5人で集まることが減りましたからね~」
「なら、走ろう」
「良いねぇ〜」
私達は、身体をほぐし、走る体制に入る。
「用意…スタート!!」
ハリアーの合図と共に、私達は走り出した。
私達は、無事に海沿いの公園にたどり着いた。
「はーい、私が一着」
「道中…車と踏切で分断されましたから、引き分けですよ」
「ノーサイド?レフェリーはここにはいないよ〜?」
「ランス、私達は競走したつもりはないけど」
「冗談だよ、冗談」
冗談を言うランスに、ワンダー、チハが突っ込みを入れる。
「ふぅ、やっぱり、潮風が気持ちいいね」
ゴーグルを外し、ハリアーは風に当たりつつ、そう言う。
こんな仲間たちと過ごせる事を、私は幸せに思う。一度は、自分の生まれに、疑問を持った。自分がいていいのか、不安になった。
でも、私は…
もう、悩まない。勝ちたい相手がいる、支えてくれる皆がいる、だから、私は走る。勝つために、その喜びを、分かちあうために。
「ねえ、今日の歌に、“10年後の私は、どうしているだろう”ってあって、それで思ったのだけど、10年後、いや、卒業した後、貴女達はどうするつもりなの?」
ふと、チハが口にする。私達は、チハを見る。
「皆が、どうするのかは分からない、でも、私はNUARの本部で、働きたいと思っているわ、競走ウマ娘として培った経験を、ウマ娘を支える方向に活かしていこうと思ってね」
「リーダーシップのあるチハなら、やれそうですね」
チハは、しっかり者かつ、まとめ役向きの性格をしている、偉くなっても、それは変わることは無いだろう。
「私は、チハと似てる、でも、私はしばらく勉強したら、教官もできる運営人員として、ここにまた戻って来ようかなって」
次に、ハリアーがそう答える。
「ローカルシリーズは、元々もっと学園が多かった。でも、田舎の学園は、人員不足とか、生徒不足とか、色んな理由で、統廃合されていった。この学園は、今は大丈夫だと思う、でも、将来どうなるかは分からない。あたしはこの学園が好き、無くなって欲しく無い、だから、ここに戻ってくる」
「ハリアー…」
地元思いで、仲間思い、そんなハリアーらしい意見だった。
「じゃあ、次は私」
ランスが手を挙げる。
「私は、走ったり、運営したりっていうのからは距離を置こうかなって思ってる。やりたいことがあるんだ、仕事しながら、日本全国の素潜りの名所を回って、ブログでも書こうかなっていうね。でも、その過程で、レース場を走ってた時のことを、思い出話として、色んな場所の人に話して、レースに興味を持ってもらうつもり。福山のセイランスカイハイっていうネームバリューも活かしてね」
「ランスらしいね」
ハリアーの言う通りだ。自分のプライベートを大切にしながらも、皆のためのこともコツコツとやっていくのは、何ともランスらしい。
「私は、一度イングランドに帰ろうかと思っています」
「どうして?」
「実は、最近、ムーンライトルナシーさんと、連絡を取り合っているんです。彼女は、いえ、英国のウマ娘レース界は、日本が強くなっていることを実感しています。“英国が負けるわけにはいかない”だから、日本と英国、その双方のレースを知っている人材を、集めているんです、その過程で、私にも彼女を通じて声がかかったというわけです、私は、この申し出を受けようと思います。違う形で、ライバルと闘いたいですから」
「そう…なら、やり合うときが楽しみになるわね」
ワンダーはやっぱり、独自路線を行くようだ。でも、そこには信念がある、どんな形でも、強敵と戦いたいという、信念が。
「最後はアラだね。アラは…どうするの?」
皆が、私を見る。今まで、色んな事があった。嬉しかったこと、辛かったこと、悩んだこと。それを活かすためには、どうしていけば良いのか。ずっと…ずっと…考えていた。それで、最近、自分のなりたいものが、見えてきた。
人間は、自分を変えてくれたものに、憧れる。
警察官に命を救われた子供が、警察官に憧れ、それを志すように。
今の私は、
それは、トレーナーが、私とともに歩んでくれたから、私の悩みに、ともに立ち向かってくれたから、私を変えてくれたからだ。
“サラブレッドと戦いたい”という、私の願いを、叶えてくれたからだ。
そんなトレーナーの姿に、私は憧れていた。
「皆、私は、トレーナーの資格を取りたい。それで、ウマ娘の夢を、叶える手伝いをしたい…ウマ娘のトレーナーなんて、中々居ないけど、それでも、私はやりたい」
私が言い終わった後、沈黙が走る。
「良いんじゃない?」
「ハリアー…!」
「だって、ウチの学園は、常に色んな事を試してきたから。それに、慈鳥トレーナーと、ずっと、二人三脚でやってきたアラの姿を、あたしは知ってるから、だよね、皆?」
ハリアーの言葉に、他の3人も頷く。だから、私は、今までの感謝も含めて。
「皆、ありがとう」
と言った。
5人が、それぞれの夢を、語り終えた、すぐ後の事である。
「あっ!アラビアントレノさんだ!おかあさん!アラビアントレノさんだよ!」
一人の3歳ほどの子供のウマ娘が、母親を置いて、アラビアントレノの方に向かう。
「あっ!転ぶから行っちゃだめ!!」
母親はそれを止めるものの…
「わっ!?」
そのウマ娘は、アラビアントレノらの近くで転んでしまった。
「大丈夫!?」
アラビアントレノは、すぐそのウマ娘の所に行き、声をかけ、助け起こす。
「……うん、顔はケガしてないね、脚も…少し擦りむいたぐらいで、すぐに治るよ」
「この娘…泣かないのね」
キングチーハーは、その子供のウマ娘が大泣きせず、耐えている事に驚いた。
「すみません、娘がご迷惑をおかけして」
「大丈夫ですよ、軽く擦っただけみたいですから、帰ったら消毒して、絆創膏をしてあげてください」
アラビアントレノは、そう言いながら、子供のウマ娘を、母親のもとに返す。
「ありがとうございます。アラビアントレノさん、いつも、応援させて貰ってます、AUチャンピオンカップでの走りも、見てました。」
母親は、子供を抱きかかえながら、笑顔でそう言う。彼女は、AUチャンピオンカップの際、アラビアントレノ声援を送っていたうちの一人──アラビアントレノの家族の隣で夫と共に応援をしていたウマ娘であった。
「私を…ですか?」
「はい!AUチャンピオンカップでの走り、見てたんです。感動しました!それに…この娘も、アラビアントレノさんに憧れていて、いつかは強いウマ娘になるんだって、いつも言ってるんです」
「さっき、この娘は、泣かなかったんです。ずっと、我慢してました。きっと、強いウマ娘になれますよ」
アラビアントレノは、子供のウマ娘の頭を撫でながら、そう言う。
「やっぱり、そうだったんですね、この娘は、周りのウマ娘と違って、何だかすごく、我慢強いんです」
「そうですか…名前、何て言うんですか?」
アラビアントレノが、そう聞くと、母親は子供のウマ娘の頭に手を置き…
「お姉さん達に名前、教えてあげなさい、挨拶なら、得意でしょう?」
と言った。子供のウマ娘は、コクリと頷くと…
「わたしの名前は、モナクカバキチです!」
と言った。
(モナク…カバキチ……何だか、物凄く、親近感が湧く名前……それに、さっきの泣かなかったのも………まさか…この娘は……)
アラビアントレノは、吉兆を感じ、微笑む。そして、再び、モナクカバキチの頭に手を置き…
「モナクカバキチ、良い名前だね」
と、言ったのであった。
その種はアングロアラブより脆かった。
その種はアングロアラブより繊細だった。
だが、その種はアングロアラブよりはるかに疾かった。
その種の名は──サラブレッド
その種はサラブレッドより遅かった。
その種はサラブレッドより小柄だった。
だが、その種はサラブレッドよりはるかに
その種の名は──アングロアラブ
アラビアントレノがモナクカバキチと出会って感じた吉兆は、嘘ではなかった。モナクカバキチは、アングロアラブの魂を持って産まれた存在だったからである。
サラブレッドと、アングロアラブ、それは時代の流れに翻弄され、日本の歴史において、共に歩むことができなくなってしまった、二つの軌跡である。
しかし、この二つの軌跡は、それぞれの長所を持ち、活かしながら、共に歩み続けていくだろう。
片方が、もう片方を駆逐するといったことは、もはや起こらない。
それは、ウマ娘達の活躍が物語っている。
継承を受けられなかったものの、最後は、アングロアラブの長所に頼らず、自らの経験で積み重ねたもので、ハッピーミークに勝利したアラビアントレノ。
素質が低いとされ、期待されていなかったものの、工夫されたトレーニングと、自らの努力により、才能に勝る相手に勝利してきたハッピーミークら中央のウマ娘。
彼女たちを勝利に導いてきたのは、生まれや素質、血統、周囲からの評価などではない。ライバルに負けたくないという心とトレーナーとの絆である。
これらがこの世界にあり続ける限り、サラブレッドも、アングロアラブも、「ウマ娘」として、共に走り、競い合い、ゴールを目指してゆくことが出来るだろう。
つまり、アングロアラブは「ウマ娘」となったのである。
ときに数奇で、輝かしい運命を辿ると言われているウマ娘…
そんな彼女たちのレースの結果は…
まだ、誰にも分からない。
fin.