作品違うけどドリル戦艦がありならパイルバンカー重巡もありだよね?
なんていう浪漫が湧いてきたので書いてみました。
第1話
暗い、闇に包まれた世界の中に1人、少女が立っていた。上を見ても道標となる星は見えず、柔らかく世界を包む月光も無いかといって下を見ても、引きずり込まれそうな闇色の海面以外には何も見る事はできない。耳に届くのは、少女の足に触れて跳ねて、飛沫となって散っていく波の音だけ。
そんな世界の中、少女は1人其処に立っていた。
目は、見えない。少女が俯いている為に、顔の上部は藍色の前髪によって隠されてしまっているからだ。しかし、露わになっている口元は何が楽しいのか、笑みの形に歪められている。華奢、とも小柄とも言えるその体を包むのは女学生が着ているようなブレザーだが、鉄紺色の服のあちらこちらに白と赤のフリルやレースがあしらわれている。少々装飾過多な印象を抱かなくもないが、腰まで伸びた髪を首の後ろで束ねているリボンや紺青のスカートにも同じような装飾が見受けられるあたり、これはこれで衣装を纏う本人は気に入っているのかもしれない。
ここまでであれば――海の上に立っているという非常識には目を瞑ったとして――可愛らしい趣味の少女がそこにいるというだけの話であるが、一つ、その少女を少女として見過ごす訳にはいかないものがあった。
それは少女の肩甲骨、腰、そして太腿から伸びる鋼のアーム。その先にある1つ1つが少女の上半身を覆い尽くす程の大きさの六角形の無骨な板であり、右腕の肘から先を覆う巨大で複雑な機械とそこにあるレールのようなものの上にある少女の腕とほぼ同等の長さ、3回りほどは太い巨大な鋼の棒であった。
その鋼は他にもアンテナのようなものであったり衣装に似合わぬ無骨で大きい靴であったりと、様々な形を以て少女の体を彩っており、それらが見たままの鋼鉄製であるのならば細い少女が立っていられる道理はない。
しかし、事実として少女はそのようなモノをその身に纏いながらも、笑みを浮かべて其処にただ立っており――動いた。
少女は左のほっそりとした指で右手首の時計――飾り気のないそれの表面を覆う蓋を開けると、直接長針と短針に触れ、軽く一度頷く。そして今度は首元へと手をやり、スカーフの留め金に見えるものに触れ、口を開いた。
「こちら伊吹。提督、聞こえますか?」
ザ、とノイズが聞こえ、そしてすぐに若くはない、しかし年老いてもいない男の声が聞こえてくる。
「ああ、良好だ。作戦時刻まではまだ少々あるが――どうした?」
少女――伊吹は顔を上げ、目を開く。素早く紺碧の瞳を左右へと走らせ、
「目標……南方棲戦鬼周辺に動きがあります。戦艦ル級1、空母ヲ級2が棲戦鬼から離れました」
そう喋りながらも、鋭い視線は海中へとゆっくりと沈んでいく3つの影を捉えたまま離さない。
「……好機。そう判断するんだな?」
「はい」
伊吹は短く答え、海面を軽く3回、蹴る。
「今までの偵察結果からすると、代わりに出てくるのは……戦艦タ級1重巡リ級2もしくは戦艦ル級1雷巡チ級2か。代わりの奴らが出現するまでの間隔は約30分。やれるのか?」
そう問いかけてくる声は冷たく、感情がこめられていない。
しかし、伊吹は、微笑んだ。
「違うよ、提督」
「む?」
「そんな心配してるって丸分かりの問いかけではなくって、命令を。信頼してるぞって、私に言って」
「…………」
言葉はすぐには返ってこなかったが、伊吹の耳は提督の溜息と頭をかく音をしっかりと捉えていた。
そして、くすくすと笑う女性の声も。
「赤城さん、支援艦隊のみんなの位置は変わらず?」
伊吹は戦闘時には精悍で、しかし日常においては少しのんびりというか柔らかい雰囲気を持つ女性の姿を脳裏に思い浮かべながら、くだけた、普段の口調で問いかける。
「ええ、みんな所定の位置のままよ伊吹さん。いつものように―-いつも通りに」
「ん。じゃあ、私もいつも通りいけるって報告するよ、提督」
明るい口調で言う伊吹。その声に、今度はすぐに返答があった。
「ったく。姫級じゃないにしろ、鬼級だってんのにお前はいつも通り、か」
「例えあれが姫でも、行けと言ってくれるのなら私は行くよ?」
「分かってるよ、それは。よし……改鈴谷型1番艦『伊吹』に命令を下す。支援艦隊の砲撃の後、敵南方棲戦鬼に突撃、これを撃沈せよ。以上!」
伊吹の顔から微笑みが消え、目が細められ、口元が弧に歪む。
「りょうか――」
命令受諾の声を返そうとしたその時、
「きっちり仕留めて無事に帰ってきたら、頭撫でるくらいはしてやるから――ちゃんと帰ってくるんだぞ、伊吹」
提督の声が聞こえて、伊吹は頬を朱に染めた。
同時に聞こえてきた吹き出す赤城の声に、帰ったら絶対にナニカシテヤル、と心の中で固く誓いながら、伊吹は再度海面を数回蹴り、上体を倒し突撃姿勢を取り、
「報告訂正。私はいつも以上にいける。報告終わり!支援砲撃、宜しく!伊吹、走ります!」
頬に感じる熱を誤魔化すかのように、最後は乱暴な口調で言い捨て、海面に一歩を踏み出す。
二歩、三歩と続き、一気に最高速度まで体を持って行った後は――ただ、駆けた。
海面を蹴りつけながら駆ける伊吹は思う。
自分は幸せだ、と。
平和な時代に生きていたはずが、何の因果か『伊吹』に成って。
深海棲艦なんていう良く分からない化け物と戦う羽目になって。
どこかのバカがやらかしたせいで本来の歴史とは違ってしまったこの体には撃つ弾もなければ飛ばす艦載機もなく、戦う手段はただ一つ。
『46cm6連装墳進衝角』なんていう、頭のネジが数本どころじゃないレベルで吹っ飛んでるというか、元からネジなんてなかったんじゃないかってトンデモ兵装のみ。艦娘という人間と変わらない体にダウンサイジングされているから装備できているものの、46口径の九一式徹甲弾が先端にくっついている『パイルバンカー』なんて本当に正気の沙汰じゃない。本来ならこの徹甲弾だけで2m近い代物で、これだけで自分の身長超えちゃってるんだけど、とか軽く遠い目をしながらも。
「うん、私は幸せ」
そう、笑う。
自分のいる場所は、戦場。ならば信頼できる仲間がいて、信頼してくれる上司がいる。
それだけでこれ以上ないってくらいに幸せだと思う。
何故なら自分は艦娘。
居るべき場所にいて、独りではないのならば、それだけで十分に過ぎる、と。
そんな風に笑みを浮かべながら、支援艦隊の砲撃が起こす水柱に紛れながら南方棲戦鬼へと迫っていた伊吹だが、ふと眉を顰め、
「気づかれた……?鬼だけあって勘が良いのかな。ん、防盾展開、前面防御、傾斜設定45度」
声と共に、伊吹の背後に展開していた5本10対のアームが前方へと動き、六角形が辺を合わせる事によって巨大な一枚の盾となり、、更には正面に対して斜めの角度を持つ位置へと移動する。分厚い鋼鉄の盾が正面に展開した為、疾走する伊吹の視界は閉ざされるが伊吹は速度を緩めることなく、更に自身の艤装を展開させていく。
「32号対水上電探展開。6式電算演算開始、道を示して!」
背中にあるアームの接合部から棒が伸び、水上電探――レーダーが敵影をはっきりと伊吹の瞳に映し出す。同時に、電算――コンピュータが敵弾や味方の砲撃、位置を計算して目標までのルートを探る。
伊吹のやる事はその道標に従って駆け続ける事だけ。
左右に体を振りながら、或いは跳び、展開した盾で砲撃を弾き、時には速度が緩まる事を厭わずに前方への宙返りや側転さえも行いながら、自身の艤装の示すもの、すなわち自身の能力を信じて、駆け、
「ワタシノ ホウゲキハ……ホンモノヨ……」
南方棲戦鬼の声を耳で拾える距離にまで到達した。
白い体を取り巻く、明らかに生物にしか見えない醜悪な艤装。
憎悪、或いは狂気がゆらめく赤い瞳と伊吹の紺碧の瞳が合う。
「ふうん。砲撃が本物なら、偽物なのは何なんだろうね」
視線を外さず、退かず、伊吹は微笑む。お互いの距離は数m。それは本来の艦娘と深海棲艦の戦闘であれば、どちらかが玉砕覚悟の特攻でも行わない限りはありえない距離だ。艦載機であれば敵艦に肉薄するとはいえ、それでも数mまで近づく事はありえない。艦船と違い、人間大にまでスケールが変わっているとは言えお互いが装備しているのは拳銃やライフルではなくれっきとした砲だ。数mなどという距離で撃ちあえば確実に当てる事はできるだろうが、爆風などによって撃った方もただではすまないのだから。
もっとも、憎しみや怨念が行動原理とされる深海棲艦側に限って言えば、自身へのダメージなど度外視し、沈む瞬間まで食らいついてくる事は良く見られる光景ではあるのだが、艦娘側もそれは心得ていて、百~数百mの距離を保っての砲雷撃戦を行うのが常識とされている。
「シズメ……シズ メ……」
まるで何十人もが一斉に、しかしバラバラに声を上げているかのような不快な声を上げながら、全ての砲塔を伊吹へと向ける南方棲戦鬼。そこに躊躇いはなく、恐れもない。ただ壊す。ただ、殺す。それが深海棲艦の存在理由であるが故に。
しかし、伊吹の瞳にもまた、恐れの色はなく、声に震えもない。
「だからあなた達は、私たちに勝ちきれないんだ」
右腕を後方に引いて腰を落とし、
「戦術もなく戦略もない。ただ物量で押し潰すだけ。そんなモノに未来は渡せない!」
南方棲戦鬼の全砲門が轟音を響かせ、その場に巨大な水柱が立ち昇る。砲撃の爆風、衝撃によって海面は荒れ狂い、かき乱された大気は圧となってその場に存在するものを許さない。南方棲戦鬼もまた少なくないダメージを受け、艤装から、その体から、重油のような黒い血を流す。
しかし、その身の内を焦がす怒りは、怨念は、壊すべき存在がまだ壊れていない事をはっきりと示し、
「……ァ……」
敵を確認しようと巡らせた視界は鈍い輝きによって両断された。
視界を左右に絶つもの。それが何なのかを知る為に南方棲戦鬼が向けた視線の先で、その鈍い輝きは胸の中央へと吸い込まれていた。そして、背中側の艤装に金属同士がぶつかる音が鳴り響き、南方棲戦鬼は自身の艤装の上に敵が立っている事を知った。
「私はあなたを救わない。でも、忘れない」
眉を下げ、しかし優しい声で微笑んで。
伊吹は、右腕に装着されている兵装のトリガーを――――引いた。