そういえば前話にて後書きを忘れていたという失態。
なので那珂ちゃんのファンやめます。
2話
「んー……気持ちいいー」
ふぅ、と吐息をつきながら伊吹は空を見上げた。水平線上には太陽が顔を出しつつあり、夜と朝の混じった紫色の空は見ている間に色を変えていく。ぷかぷか、という擬音が似合いそうな様子で、伊吹は仰向けに海面に浮かんでいる。
艦娘にとって海はあるべき場所であり、ただ沈みゆく場所ではない。
轟沈に至る程の損傷を受けていない伊吹にとって、海に寝転がっているのは、芝生の上に寝転がっているのと変わるものではない。
艦娘を映像、或いは写真などの媒体でしか知りえない一般人には良く勘違いされている事なのだが、艦娘は足で立つ以外の方法でも海面上に存在し続ける事が可能だ。身を包む艤装は、あくまで使用上の都合等で配置されているに過ぎず、海面で座ったり寝転がったまま沈まないでいる事が不可能な訳ではないのだ。舵は大抵の場合靴にある為、海上を進む時に進行方向を変える為には足が海面にある必要こそあるが、その気になれば逆立ちのまま海面を進む事だってできる。まあ、進むという目的に対して非効率極まりないそれをする艦娘など、何らかの罰であるとか賭け事に負けただとか、そんな一部の例外を除いてはいないのではあるが。
特に何をするわけでもなく、ただ寝転び続けていた伊吹だったが、太陽がその姿を完全に水平線上に現す頃になってようやく、立ち上がった。
そして振り返り、
「伊吹っち!大丈夫だった!?」
白いセーラー服、しかし臍出しという大胆な衣服み身を包んだ艦娘――北上の体当たりをくらった。
「ちょ、ちょっと北上さん、私濡れてる!濡れてるから!」
「海のど真ん中で濡れるの気にしたって仕方ないって。それよりも!」
抱きついたまま、体のあちこちをまさぐってくる北上から逃れようともがく伊吹だが、北上の強い口調に動きを止める。北上の両手はいつの間にか伊吹の両肩に置かれていた。
「やっぱり……無事じゃ、ないじゃない……」
北上の右手が伊吹の肩から離れ、ゆっくりと上がっていく。頬に軽く触れ、沿わせながらも上昇は止まず、前髪を包み、そこに隠されていた傷跡を露わにする。流血こそ止まっており、浅い傷であるものの、それはこめかみから側頭部に向かって長く尾をひいていた。
「ん……まあ、強かったから、仕方ないよ。私のできる戦い方って、これしかないわけだし?」
そう言って微笑んで見せる伊吹だったが、伊吹をじっと見つめる北上の唇は閉じられたままで、瞳は微かに揺れている。そんな、泣きそうな表情に伊吹は眉を下げ、
「北上さん、手」
「え?」
「手を、出して?」
伊吹の言葉に戸惑う北上だが、少しだけ伊吹から体を離し、ゆっくりと手を出す。そして伊吹はその手を取り、
「離さないでね?」
満面の笑顔でそう告げた。
そして伊吹は今、展開した防盾の上に座ったままで海面を移動していた。防盾からは2本の太い鋼のロープが伸びており、その先は前方をスケートのように移動する2人――北上と木曾の背中へと伸びている。視線を巡らせてみれば、やや斜め前方には右側に伊勢、左側には扶桑の姿を捉える事ができ、振り返ると右側に大井、左側には飛龍といった次第で、要は伊吹を中心にした輪形陣が組まれているわけで、
「今更私も自分で、って言ってもダメ……だよねえ」
視線が合った大井に手を振りながら、伊吹は呟いた。
握手の後、北上は顔を赤くして取り乱すわそれを見た大井の瞳から光が消えるわ伊勢は腹を抱えて笑っているわ扶桑は空を仰いで何か呟いてるわ飛龍は艦載機を飛ばして周囲を警戒しているわで大混乱だったのだが、ついでにこのまま鎮守府まで曳航してくれないかな、等と余計な事を口走ってしまったせいで、北上が今度は顔を青くして取り乱し、他の艦娘達までは自力で帰れないほどの傷か!?などと心配し始める始末でご覧の有様というわけだ。
そんなこんなで若干乾いた笑いを浮かべていた伊吹に近づいてくる影があった。
大井だ。
「どうかしました?」
伊吹が手を振ったからだろう、航行しながら傍に来た大井だが、その表情には心配の色が見える。
「いえ、その……引っ張ってもらうのはいいんですが、この陣形はどうなんだろう、とか考えていただけで」
苦笑を浮かべながら答える伊吹に大井も苦笑し、
「ああなった北上さんを止めるのは私でも苦労しますから。それに南方第三海域に居座っていた大物を討ったんですから、そのおまけと思って帰るまでゆっくりと体を休めてください。軽傷、ですむほど浅くはないんでしょう?」
眉を下げて、労わるような声色で言う。
「……大破一歩手前っていうのが正直な所です。後百五十って所で気づかれましたし、最後なんて防盾を展開して砲撃の爆発に乗って跳びましたけど、結局4枚。根元から持っていかれちゃいましたしねえ。支援砲撃で護衛要塞が落ちていなければって考えると冷や汗ものかな?」
そのせいで背中が痛いです、と苦笑のままに伊吹は答え――ちらちらとこちらに振り返っている北上の視線に気づいて手を振り、慌てて大井に視線を移した。
恐る恐ると言った感じに大井の様子、特に表情を伺う伊吹に対して大井は、
「分かってます。分かってますからそんなに気にしないでください」
軽く肩をすくめた。
「伊吹さんにそういう気がない事も、北上さんが伊吹さんを気にする……気にせざるを得ない理由も。ちゃんと分かっていますから」
「…………うん」
小さく答えて肩を落とす伊吹に対し大井は、
「それにいちいち反応していたら、その気になっちゃいました?なんて思って宣戦布告と勘違いしてしまうかもしれないわ」
「んー……ごめん」
「はい」
頬をかきながら笑みを浮かべて謝る伊吹に、笑顔で答える大井。少しだけ淀んだ空気を一掃する柔らかな雰囲気の中、
「それでは配置に戻ります。今度の戦いでのMVP……そうです。MVP、なんですから本当に気にせずゆっくりと休んでくださいね」
そう告げて大井は伊吹から離れていった。
そして伊吹は、
「伝わってないんだ……まあ、当たり前かあ。帰るの……気が重いなあ……」
周囲の誰にも聞こえない、小さな声で呟いていた。
伊吹の気が重い理由、それは今回の出撃戦果は第二艦隊のものになるという事。現在自分の周囲にいる6人――伊勢を旗艦とする航空戦艦2、空母1、重雷装巡洋艦3で編成されている艦隊が伊吹の所属する鎮守府の第二艦隊であり、先に帰投した支援艦隊は第三艦隊、そして伊吹は第四艦隊という配置であるからだ。
南方第三海域に集結しつつあった深海棲艦、その核となる旗艦を討つのが今回の目的であり、その為に艦隊を3つ投入してこの任務にあたり、鎮守府には万一の襲来に備えて赤城、加賀の一航戦を軸とする第一艦隊が残る。ここまではいい。
問題となるのは公式には第四艦隊はこの作戦には参加しておらず、第二艦隊と支援を行った第三艦隊の2艦隊のみがこの作戦には参加したとなる事で、それがどんな事態を鎮守府に引き起こすのか、容易く想像できてしまうが故に、伊吹は気が重い。
1つは支援艦隊であるから、実質1艦隊で任務を遂行させた。鎮守府も第二艦隊の面々も、そして提督の評価も上がる。良い事だ。
任務を達するに犠牲無し。轟沈などなく、小破さえなく任務を遂行させた。錬度だとか指揮能力だとかの評価が上がる。良い事だ。
今回は複数の鎮守府がそれぞれ自分の担当する場所で任務にあたっているのだが、大まかに4つに区分されたこの南方海域の中、第1第2そして第4海域を担当する鎮守府は錬度不足或いは指揮能力不足、何らかの理由で優勢こそ保っているものの泥沼のような消耗戦を繰り広げており、轟沈する艦娘も出始めているとの噂を聞いた。そんな中、この第3海域を受け持つ鎮守府勢の中で自分たちの鎮守府は見事任務を果たし、特に第3海域は南方海域のど真ん中である為、ここの解放は挟撃という選択肢を得た事によって燻っている他海域への大きな支援となり、南方海域解放作戦の成否を左右したとまで評されるかもしれない成果である事は間違いない。とても良い事だ。
でも。でもなあ、と伊吹は思う。
手柄を譲られた、と仲間たちが激怒するかもしれない……とは思わない。
伊吹が評価されないなんて間違っている、と涙を流すかもしれない……などとも思わない。
仲間と伊吹が信じる皆と提督との絆はこの程度で揺るぎはしないと理解している。
けれど。
またか、と肩を落として。
唇を噛み締めて。
振り上げられない拳に爪を食い込ませる。
そんな皆の姿は見たくないのに、と気が沈んでいく。
こんな時、伊吹は自分が普通の艦娘でさえあったらなあ、と思ってしまう。
普通の艦娘でさえあったなら、皆を苦しませる事も、悲しませる事もなかったのにな、と。
正直な話、というか他の皆には今回と同じような事――戦果の公式記録からの抹消――がある度に言っているのだが、伊吹は自身の評価が満足にされない事に対して、何とも思っていない。
皆の役に立てたのなら、提督の力となれたのなら、ただそれだけでいい。
それが嘘偽りのない正直な気持ちだった。1つ、たった1つだけ不満と呼べるものがあるとすれば、公式記録上は戦果と呼べるものがない為に、南方棲戦鬼相手に近接戦闘で勝利するだけの錬度がありながら、鎮守府において公の考課表は目を覆わんばかりの有様と成り果てており、それが理由で自身を改造する許可が下りない事だ。しかしまあ、その『伊吹改』に成りたい理由が『改』となる事で墳進衝角の数が1本から3本に増えて今よりももっと楽に大物を仕留めて役に立てる、という自身の事を欠片も顧みない理由であるあたりある意味どうしようもない。
そしてそんな自分の言を疑わないからこそ、どうにかしたいと思って苦しんでくれる仲間たち。
そして、そんな仲間たちだからこそ、力になりたい。
役に立ちたい。
それだけで。ただそれだけでいいと笑う伊吹。
決して噛み合う事はない、鎮守府という機構の中、離れた位置で回り続ける歯車。
それが伊吹と皆との立ち位置だった。
しかし、だからこそこんな時には伊吹は強く思う。本来の史実通りの重巡洋艦、進水こそしていたんだからいけるはず、なんて考えてみたり、8割程度まで完成していたのだから残りの2割は何かどうにかして、空母で、なんて思ってみたりするのだが、或いは未完成という扱いでもまだその方良かったのかもしれないとも思う。
何故なら、
「んー……私って頭に『特攻兵器』なんてついてしまう重巡洋艦、だから……」
そう呟いて、眉を下げ――苦笑する。
自分の帰るべき場所はまだ、遠い。
今回は忘れなかったので那珂ちゃんのファン続けます。
後書きでは小ネタやら何やらちょっとした解説じみたものを挟んでいこうと思います。
・伊吹の服装
鈴谷とか熊野の色違い+ゴスロリっぽい改造 がイメージ。
何で装飾過多?って理由は後々。
・パイルバンカーの形状
先の話でちゃんとした解説予定。
・6式電算
ただのコンピュータ。
命名規則的に1946年(昭和21年)→皇紀2606年、で6式。
1946年は伊吹が解体開始された年。