前章とは空気が違いますが、これ、もしくはこれ以上にゆるい空気が平常運転です。
第4話
提督が指揮する事となる艦娘、その艦娘達のホームとなる鎮守府。
その鎮守府には規則に基づく様々なルールがあり、基本的にどこの鎮守府でもあっても、外見上の違いこそ顕著であっても内実はそう変わらない。
深海棲艦との戦いが始まった初期こそ、巨大な軍港を鎮守府と定めて運用し、複数の提督がそこに指揮する艦娘と共に勤務する形を取っていたが、現在では海に面した土地に小学校程度――生徒総数が500人程度の規模――の広さを確保し、必要な施設を作り、そこに1人の提督が着任し管理下に置くことが主流となっている。
これは神出鬼没の深海棲艦が相手では大規模な鎮守府を主要都市に建設した巨大な軍港に置いているのでは対応しきれないというのが一つ、人間と同じ姿であり、艤装を含めても精々3人程度、実際の船のように数百から数千の人員が必要な訳ではない以上、建造修理解体などの施設や艦娘達の住居、食堂、訓練施設、提督の執務室、事務に関わる場所、警備の人員の施設等々、諸々の必要なものを含めても大した広さにはならなかったというのも理由だ。
それらの施設に対するコストは膨大なものになってはいるが、実際の所、敵に対抗する手段が他にない以上は必要なものとして認められている。
通常兵器が全く役に立たない事で実質海上自衛隊は大きくその勢力を拡大させたものの、空と陸に関しては反応する御霊が未だに呼べていない為にかなり肩身の狭い思いをしているのが現状だった。
陸は陸でトラックに海水を満たした小型のプールを据え付け、そのプールに入った艦娘が砲撃する事で疑似戦車にしよう!などという怪しげな物体を大真面目に研究していたり、空は空で艦載機であれば自由に操る事のできる空母の艦娘の協力をとりつけて空の警戒網を構築しようとしていたりするのだが、空母、特に正規空母クラスの巨大な御霊となるとそれを降ろせる巫女もなかなか揃わず、戦場に優先して配備される為、なかなか思うようにはいっていない。
その点で言えば、海も海で大戦時の艦がこれだけ強力ならば、現代の艦船が御霊を得て艦娘として来てくれれば!と一部の者が残っている貴重なイージス艦に鳥居を据え付けようとしたり勾玉やら札やら水晶玉やら髪の伸びる人形やら仏像やらで艦内を埋め尽くそうとして処罰された等という話もある辺り、似たようなものなのではあるが。
そして自衛隊、であるが、艦娘が配備されるようになり世間にも軍という呼称の復活には容認する空気が出来上がっていたのだが、政府は深海棲艦は敵であり、その敵から自衛しているのだとしてその呼称を変更する事を容認しなかった。
そこには様々な政治的思惑が絡んでいるにせよ、艦娘は分霊である為同じ艦であっても複数存在できる。配備するだけであるなら、基本となる1艦隊6人全員大和などという事もできる。
実際には巫女はそれぞれ違う人間である為、微妙に少しずつ違う同じ存在が6人に限らず複数同じ場所にいる時点で彼女らの意識が混乱を起こして作戦行動どころか酷い場合には自己否定を始めかねないという理由で行われる事はないのだが。
それ故に、ダウンサイジングされている為に元の艦船と同じ能力があるという訳ではないのだが、万の艦を保有する国家、などというものが世界にどう思われるだろうか、という懸念が名称の変更を認めなかった最大の理由とされている。
もっとも、艦娘達は大戦時の記憶がある為、軍という呼称を特に躊躇せず使用するし、世間でも海軍という呼称は普通に使用されており、政府もそれを禁止する事はしていない。
そして鎮守府内においても軍の呼称は非公式ながら認められており、これは艦娘の混乱を防ぐ為、というのが一番の理由であり、ここにも様々な思惑があるにせよ、少なくとも公式な場と提出すべき書類以外では日本海軍の呼称が飛び交っているのが現状である。
ここにある鎮守府もそのような経緯で生まれたが、初期に建設された鎮守府であるが、建物自体は新規ではなく改装されて鎮守府となった為、壁の所々に小さなヒビがあったり、蔦が壁面を覆い隠している場所があったりとそれなりの歴史を感じさせる建物となっている。
上空から見ると、海に面した場所にはグラウンド、建物は大きいHの形をしたものが1つと、長方形の建物が2つ、敷地の外周が分厚いコンクリートで囲まれている部分を除けばそう遠くない場所にある小学校と大して変わりはない作りになっていた。
そして、そのHの形をした部分、4階建てであるその建物の渡り廊下を1人の少女――艤装を外した赤城が歩いていた。
「こんな時間に執務室に集合、とは一体何の用事でしょうか?」
疑問を呟きながらも、歩みは早い。窓から見えるのは夜景と星空で、夕食後に入浴し、もう少ししたら寝ようか、という時に呼び出しがかかった。
大した距離があるわけでもない為直ぐに渡り廊下を渡り切り、目的の執務室前へと着き、ノックを3回。返事を待って、
「赤城、入ります」
扉を開けたその先は、まるで戦場のような空気に満ちていた。
思わず一歩引いた赤城だが、
「来たか――どうした?早く入れ。お前で最後だ」
周囲にいる艦娘達から形容し難い視線を向けられているにも関わらず、平然と声をかけてくる提督の言葉に
「…………はい」
少し肩を落としながらもその魔境へと足を踏み入れた。
「それで、どうされたんです?」
そう問いかけながらも赤城は室内に視線を巡らせ、自身が呼ばれた理由にあたりをつける。
「ここにいる皆さんを見る限り――伊吹さんの事なのでしょうか?」
来客用のソファに座り腕を組み、提督を見つめ――というより睨んでいるのは長門。その隣に座っている吹雪は真っ直ぐな、しかし力強い視線を提督に向けている。鳳翔は太腿に両手を置いて微笑んでいるが、背後に何か黒いものが見えるような気がする。そして壁際に立つ面々……利根、天龍、最上、イク。利根が腕組みして仁王立ちなのはいつもの通りとして、他の3人も半目だったり眉を顰めていたりと少し怖い。
そして、執務机に腰掛け、足をぶらぶらさせてやる気なさそうにしているが、この中で一番苛々とした気を放っているのは北上だ。
「そうだ……っていうかな、お前らいい加減殺気立つのはやめろ。空気が悪いぞ」
提督はそう言って手を軽く振る。
「提督が何も話してくださらないからだと思うのですが?」
微笑みを崩さないまま、鳳翔が言い、他の艦娘が頷く。
しかし、
「全員揃ったら話すって先に言っただろうが。面子が増える度に無言になっていきやがって。見ろ。赤城が困ってんじゃねえか」
「は?え、ちょっ、何で私に振るんですか!?」
全員から視線を受け、慌てて赤城は言う。
「もう……私も来たんですから、その話というのを早くしてください。伊吹さんの事でこの面子じゃ洒落で済まないんですから」
軽い溜息をつき、意地の悪い笑みを浮かべている提督から視線を外し、赤城は入口近くにある机――秘書艦用のものだ――そこにある椅子を引き出して向きを変え、座った。
若干空気が和らいだ室内。提督は一度周囲の艦娘に視線を巡らせた後、おもむろに引出から煙草を取り出し、火をつけた。
それを見て艦娘達の表情が固いものへと変わる。幾人かは身構えて提督の言葉を待ち――
「明日、新しい艦娘が赴任してくる」
その言葉で肩を落とした。
「煙草を吸い始めるからどんな面倒事かと思えば……そんな事でこんな時間に私達を呼び出したのか?朝礼で済む話だろう」
組んでいた腕を解き、呆れた調子で言うのは長門。
うんうん、頷いて同調するのは利根だ。
「いつも通りでいいじゃろ。最初は会わせないにようにして、ここに十分慣らしておいてから対面させれば良かろうに」
しかし、提督は深く一息煙草を吸い、大きく煙と共に息を吐いて、
「鈴谷」
眉をしかめながら呟くように言った。
「は?」
「鈴谷だ。重巡洋艦鈴谷。それが明日来る艦娘の名前だ」
はっきりとその名前を聞いて艦娘達の表情が強張った。
何人かの視線は最上へと向けられているが、その最上の表情もまた固い。
「えーと、提督?その鈴谷ってボクの妹の鈴谷の事……だよね?やっぱり」
「そうだな。最上型3番艦、または改最上型、鈴谷型1番艦の重巡洋艦の鈴谷だ。改鈴谷型1番艦とも最上型5番艦ともいう、うちの伊吹の姉でもあるわな」
型が多すぎんだろ統一しろよ面倒くせえ、と最後に付け足して提督は言った。
「あー……そいつ、帰した方が良くねえか?ただの面倒事なら構わねえけどよ、姉妹ってんなら伊吹、気にすんだろ」
「天龍さんに賛成なの。鈴谷さんの方が大問題なの」
伊吹を傷つけるかもしれない、とイクは言い、同意して頷く艦娘達。
しかし提督は半目になって天井を見上げ、
「その鈴谷な、報酬っつーかご褒美なんだわ。南方第3海域を解放したおまけってやつでな。分かんだろ?」
「海域の敵旗艦を倒した戦果に対する報酬、ですか。それは……確かに断れませんね。だから司令官は私達を呼んだ、と」
吹雪が眉を下げて言い、沈黙が執務室に満ちる。
そんな中、鳳翔が黙ったままで険しい表情をしたままの北上に声をかけた。
「ねえ北上さん?」
ん?と不機嫌そのものな表情のまま鳳翔へと顔を向ける北上だが、
「魚雷による地上戦、興味ありません?……赤い煉瓦の立派な建物が目標ですけれど」
その言葉に顔を引きつらせた。
当たれば爆発するんですから人や建物も同じですよね?と微笑む鳳翔。
「当たれば同じ、なら砲撃も同じだな」
と立ち上がる長門。
「動かない建物なら目を瞑っていても余裕です」
にっこりと笑う赤城。
他の面々も物騒な事を言いながら不敵な笑みを浮かべる。
そして北上は、
「仕方ないなあ、スーパー北上さまは地面の上でもできる女だって所をバッチシ見せ――」
「見せんな阿呆」
座っていた机から反動をつけて降り、拳を握った所で後頭部に提督の手刀をくらった。
「だってさー絶対嫌がらせだよこれ。あいつらは伊吹っちがボスやったって知ってるんだからさー、その報酬に鈴谷とか舐めてない?って」
後頭部をさすりながら、少し涙目になって頬を膨らませる北上。
その言葉に頷く艦娘達。
「それだけならお前らを揃って呼ぶわけねえだろうが。鳳翔もあまり煽るな。あいつらの事は許さねえが今さらだ。約束したろ?」
奴らが伊吹を認めずその功績を無かった事にするのなら、代わりにその功績でもって奴らの上に行き、奴らの存在を無かった事にしてやる。
今よりも無茶をしかねない為に伊吹には知らされていないが、それが提督が自身の鎮守府に所属する艦娘達と約束した事だった。
目を逸らしたものすべての重みに挽き潰されろ。そう言葉にはせず、心の中だけで思いながら、
「その鈴谷な、どうやら志願したらしい。伊吹がいると知った上でこの鎮守府への赴任を希望したって話だ」
そう提督が言った瞬間、艦娘達の表情が何とも言えないものへと変わった。
「えーっと、つまり、その鈴谷って……」
周囲に視線を巡らせ、ことごとく視線を逸らされた吹雪が半笑いで手を上げ言いかけ、
「おめでとさん。この鎮守府にまた1人戦闘バカが増えるってこった」
提督はそう言い、まだ半分ほど残っている煙草を乱暴に灰皿へと押し付けて深い溜息をついた。
「せ、戦力が増えるのはいい事じゃないか。そういう艦娘なら実力もあるのだろう?頼もしいじゃないか!」
「だよなあ!強いヤツが増えるってのはいい事じゃねえか。だろ?提督」
「……長門、天龍。俺の目を見てもう1回言ってみろ」
低い声で言う提督。
両者共に即座に視線を逸らしたのだが、天龍は視線を逸らした上に調子はずれの口笛を吹いていた。
「……伊吹に偏見持ってねえ奴らばっかなのは俺も嬉しいと思う。けどな、何でうちの鎮守府にはこんな戦闘バカ、いやお前らなんか戦闘キチでいい!そんな連中ばっか集まってくんだよ!?」
叫ぶ提督に、やはり視線を逸らしながら、
「仕方ないの。この管区でうちの戦歴も戦果も群を抜いてるし……外から見れば憧れてもおかしくないの」
「でも普通の艦娘は伊吹ちゃんがいるからってすぐに転属するかそもそも来ないんだよね」
イクが言い、しみじみと最上が続く。
「みんな、伊吹ちゃんが可愛くって仕方ないんですよ、提督」
ぽん、と手を胸の前で合わせていう鳳翔。
「そうそう、伊吹っちを守る為にーってみーんな連日出撃。大物が出るって分かったら伊吹っち呼んで、やっていいよ!だもんねー」
「な、何他人事みたいに言ってるんですか!北上さんだってあっという間に重雷装巡洋艦になって伊吹さん連れまわして敵倒しまくってるじゃないですか!私、前に演習で他の鎮守府の提督から
北上を働かせるコツを教えてもらえないだろうか?なんて頭下げられたんですよ!?」
赤城が北上の肩を掴んでゆすりながら言うが、北上はへらーっと笑って、
「仕方ないじゃん?私ら散歩してるだけだっていうのに、突っかかってくるのが悪いー」
「散歩は、鎮守府海域まで!沖ノ島まで行くのは散歩じゃありません!」
休みの時に行ってるんだからいーじゃん、などという北上の言葉にさらにヒートアップする赤城。それを見て大笑いしている他の艦娘だが、
「お前らも他人事じゃねえぞ……?休日ってのは休む日なんだ。休日だから好きな海域行ってきますじゃねえんだよ!」
「ふむ、しかし一応資源もちゃんと持って帰ってきておろう?他の任務や鎮守府の備蓄に問題があるという事はないはずじゃが」
「だから問題がないからって休日にやるこっちゃねえんだって……ったくどうしてこうなったんだ」
頭を抱える提督の姿に、他の艦娘は顔を見合わせ、
「しかしな提督。大物を喰った時の伊吹は本当に嬉しそうにするんだ。凄く可愛いんだ」
「そうそう、あ、でもさー伊吹っちってたまに幼い感じ?になる時あるよねー」
「あるある。お菓子とか食べてる時って良くそうならない?間宮さんの所でさ、ボクのも食べる?とか言ってあげたら目とか輝かせるんだ」
「そういう所は年相応っていうかさ、龍田がギャップがどうこう言ってたけどよ……やっぱそういうのも心配じゃねえか」
「心のバランスがちゃんと取れているのかどうか不安という事ですよね。戦う時と普段とで意識を切り替えているのならいいのですけど、どうも違うようですし」
「だからやっぱり、休日でもちゃんと見ててあげないといけないと思うんです。司令官からも休みの日に面倒見て欲しいって頼まれていますし」
「そういえばそうでしたね。あ、何だ。提督が悪いんじゃないですか」
赤城がそう締め、艦娘全員が笑顔で頷く。
「確かに言ったけどよ……休みの度に出かけてなかなか戻ってこねえから街とかどっか遊びに連れていってるもんだと思ってたのに、まさか日帰りで行ける海域に敵探しに行ってたなんて思うわけねえだろ……」
机に上半身を倒し、呻くように提督は答えた。
それから手を伸ばして軽く振り、
「あーもういいや。各隊の頭であるお前らに話ってのは、もういいな?他に話すべき事もねえし、隊の連中に伝えた後は勝手に寝ろ」
まるで覇気の感じられない声で告げた。
ここでいう隊、とはこの鎮守府内で提督が定めたもので、駆逐艦、軽巡洋艦、戦艦などの各艦種ごとにリーダーとなるべき艦娘を任命している事による。そして現在この執務室にいるのは各隊のリーダーとなっている艦娘達で、他の艦娘の面倒を見たり提督からの伝達を伝えたりするのが大きな仕事である。しかし規則によって縛られている役目という訳でもない為、本来は軽巡隊であるはずの北上が雷巡隊などと言い張ってこの集まりに参加していたりもする。
そして、其々に挨拶をして退室していった艦娘達を全員見送った後、提督は苦笑を浮かべ、
「ま、これなら明日来る奴も何とかなりそうか。伊吹も構い倒されるかもしれねえが、嫌われたり遠ざけられたりするよりはいいだろうさ」
視線を落とした先、鈴谷の写真が映っている書類に記されている転属希望の理由欄。
そこには豪快な――お前女の子だろうと突っ込みたくなるような――字で、
『パイルバンカーは浪漫』
と書き殴られていた。
そんなわけでバレバレだったと思いますが鈴谷が来ます。
過去イベントの南方海域強襲偵察、その第3海域「敵集結地を強襲せよ!」のクリア報酬が鈴谷だったのでそれに合わせました。
次話では伊吹と鈴谷が活躍?です。
・自衛隊について
早い話が、深海棲艦が急に現れて襲ってきてって大混乱な状況の中で、海上自衛隊から海軍に組織変更とかやってたら更に大混乱で勝てるものも勝てないだろと思った為自衛隊の下部組織として鎮守府を設定、そのままなし崩しに。という設定にしています。
艦娘に軍の呼称を改めさせなかった理由については、馴染んでいるというのも理由ですし、自衛隊やそれに関わる歴史を学習させる時間を取るくらいなら1回でも多く出撃させようというのも理由です。
そのうち艦娘になる為の学校やらきちんとした制度なんかができて、組織的にも変わるとは思いますが、この話ではまだそこまでいっていないという設定です。