艦これ 重巡伊吹の突撃日記   作:桜 友紀

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演習本番です。

結局長くなりました……


第7話

 

「さぁて、みんな準備はいいかなーっと」

 鈴谷はヘッドセットから口元に伸びるマイクを掴んで、そこへ声を送る。

「こちら島風。とっくに配置についてるよ、指示はまだ?」

「木曾だ。いつでもいけるぜ」

「北上だよー。いつでも出れるよー」

「はい綾波です。大丈夫ですよ」

「夕立、いつもでいけます!」

「こちら伊吹。いつでも走れます」

 6人の声が次々に返ってくる。

 いずれも戦意に満ちたいい声だ。

「よし、じゃ確認ねー。あちらさんは教則通りの緩い輪形陣を取ってくれてる。旗艦を中心に置いた四角形の各頂点に1隻ずつと旗艦前方に1隻って配置ね」

 言葉を切り、唇を舐めた。

「対してこちらはそれを包囲してる。まーとっくにバレてるだろうけど、これは演習だから待ってくれてるってわけだねー」

 再度言葉を切るが、誰も口を挟まない。

 ただ鈴谷の言葉を待っている。

「行動は理解してると思うけど、今回は初回だから指示を待ってから動くようにね。演習パターンのベースにできるような綺麗な戦闘が目標だからね?」

 あちらさんも分かってると思うし、と呟いてから一息、

「さてさて、お待たせ、突撃いたしましょう!伊吹艦隊作戦行動を開始!」

「了解!」

 6人の声は綺麗に1つにまとまっていた。

 

 

「連中動き出したみてぇだが、動かないのか?長門」

 天龍はそう長門に問いかけるが、自身は腕組みをして立っており、動こうという気配はない。

「ああ、構わない。きちんと他の艦娘を引っ張ってきたようだからな、私たちは目標となる木偶でいい」

 長門もまた腕組みをしたまま、笑みを浮かべた。

「お手並み拝見というわけだね。うん、なんかボクちょっとワクワクしてきたよ」

 最上が笑い、

「理想通りに戦場が展開するなど万に一。しかしその理想さえも伊吹にはなかったからのう。面白いではないか。恐らく伊吹が引っ掻き回す展開になるのであろうが、見届けてやろうではないか」

 利根もまた、笑みを浮かべる。

「でも……私たちが気付かなかったり無視して全力で戦っていたらどうしたのかしらね?」

 不幸な事になるんじゃない?と微笑みを浮かべる扶桑。

「その時はその時で何か考えていたんじゃないか?そういう顔をしていたよ、あいつ」

 静かに伊勢が答え、視線を上げた。

 洋上を自分へと向かって疾走する影を捉え、

「来るぞ」

 口元を笑みに歪めた。

 

 

「良かったぁー」

 電探からの情報が表示されているディスプレイを見ながら、鈴谷は深く息をついた。

 こちらの思惑に乗ってくれなかったらどうしよう、と思いながらディスプレイに映る敵味方を示すマーカーを確認していた鈴谷。

 相手がマジだったらその時はその時で考えている策は当然あるのだが、それは伊吹に大きな負担を強いるもので、それでは今までとあまり変わらず、意味がない。

 やっぱ、伊吹ちゃん愛されてるねー、と笑みを零し、設定していた地点――各艦娘が初期目標とする相手との距離が300に達した時――に重なった瞬間、

「伊吹を除く全艦砲撃!目標敵前衛航空戦艦!」

 叫ぶように指示を出した。

 

「そうくるか。なかなかいい砲撃だな」

 伊勢は時間差で次々と周囲に着弾して水柱を上げる砲撃に怯んだ様子もなく、感心していた。

「初弾から夾叉多数。良く鍛えられて――これは……綾波か。さすがソロモン海の鬼神と呼ばれただけの事はある」

 当たった砲撃、模擬弾によって赤く染まった胸の部分へと視線を落とし、軽く肩を竦めた。 

 模擬弾とは言え、艤装の装甲がない場所に当たれば多少なりとも痛みを感じるはずなのだが、耐えているような素振りはない。

「ではゆっくり見物させてもらうとしよう」

 そして海面へと胡坐をかいて座り、

「伊吹、頑張れよ」

 と優しい笑みを浮かべた。

 

「敵前衛航空戦艦撃破、続いていくよ!島風、木曾、綾波、夕立の各艦、初期目標の右舷方向にいる敵艦に対して前進しつつ砲撃、北上は位置そのまま、両舷魚雷全門斉射!」

 矢継ぎ早に指示を出し、小さく口の中で5からカウントを数える鈴谷。

 そしてそのカウントが0になった瞬間、

「伊吹、進路そのまま機関最大出力、敵旗艦に突撃!」

 最初の打ち合わせ通り、返事は返ってこない。

 しかし伊吹を示すマーカーの速度が目に見えて上がり、指示を忠実に守っている事を鈴谷に示す。

 

 長門達の組む輪形陣の陣容は中央に長門、その前方に伊勢。左前方に最上、右前方に扶桑、そして後方の左右は利根と天龍という配置となっていた。

 対して伊吹達は伊勢正面に島風、その後方に伊吹。最上には木曾、利根には綾波、天龍には夕立、そして扶桑には北上が相対する形であったが、鈴谷の指示によって進行方向はほぼ直角に近い角度で

右へと捻じ曲がり、最上に島風、利根に木曾、天龍に綾波、扶桑に夕立がそれぞれ横方向から砲撃をしかけつつ接近している形となっている。

 実際の船と違い艦娘には舵が効きはじめるまでの時間、などというものはなく、即座の方向転換を容易に行う事ができるが故の機動である。

 もっとも、体に負担がないわけでもない為、緊急時やこの演習のように予め知らされていた場合以外にはあまり行う事がないのが普通である。

 

 そして、北上から発射された左右計40門の魚雷は扶桑、最上、天龍をその射界に収めている。

 伊勢が轟沈判定を受けた為、方陣となっているのだが北上の角度からは扶桑、長門、利根が同一線上にいる為だ。

 

「上から砲撃、下からは雷撃、同じ位置には伊吹ちゃん、ね。けれど不幸なのはこれが私を拘束する為って事かしらねえ」

 あらあら、と扶桑は眉を下げた。

 扇状に放たれた魚雷、その中でも真っ直ぐに扶桑へと向かってくるものは、扶桑がそれを避ければ長門、長門も避ければ利根へと向かう事を瞬時に理解する。

 しかし扶桑は笑みを絶やさない。

「どの娘でもいいのだけれど、やっぱり勝利目標を優先するべきかしらね」

 砲撃から、そして魚雷からも視線を外し、ゆっくりと伊吹へと艤装ごと体を向けた。

 

「動かない……狙いは伊吹ってわけね。北上、伊吹の前方距離50に砲撃!」

 

 扶桑の砲塔が旋回し、速度から予想できる未来位置へと照準を取る。

 

「伊吹!装甲左4番5番展開、傾斜下方20度!」

 

 そして、砲撃を行おうとするが、自身の右側を風切り音と共に砲弾が通り過ぎていき――伊吹に着弾するのを見て動きを止めた。

「成程ね。装甲板できっちり受け止めてるから、北上さんの砲撃じゃ伊吹ちゃんには問題ないって事。動いていれば……いえ、進行方向から狙いを察せられて詰みね」

 及第点。鈴谷さんには不幸ポイントを進呈しましょう、と微笑みながら扶桑は魚雷を受け、轟沈判定となった。

 

 

「へえ。面白い事するねえ」

 最上もまた、自身へ向かって飛んでくる砲撃も迫る魚雷も気にも留めず、北上から受けた砲撃を装甲板で防ぎ、その衝撃で空へと舞い、自身との距離を詰めた伊吹を眺めていた。

 着水の衝撃を装甲板で体を覆って転がる事で逃がし、勢いを殆ど減じる事なく最上へと駆ける伊吹。

「ピンボールみたいって言ったら伊吹ちゃん怒っちゃうかな」

 しかし、最上は動かない。

 砲塔を伊吹に向ける事すらせず、ただニコニコと伊吹を見ているだけだ。

「鈴谷も伊吹ちゃんも、優秀な妹をもててボクは幸せだ。でも、本気でやる時には妹たちにはまだまだ負けないって事を教えてあげるからさ、覚悟しときなよ?」

 そう笑って、最上は横に真っ直ぐ、伊吹へと手のひらを向け、右手を伸ばす。

 そして伊吹は最上の左半身が赤く染まっている事に気付き、わずかに速度を落とすと、

「いってきます、最上お姉ちゃん」

 最上の手に自身の手を打ちつけ、横を通り過ぎていった。

「うん、いってらっしゃい」

 そして最上は駆けていく伊吹の背中へと優しい声を送った。

 

 

「ふむ、島風をあの位置に置いたのはこの為であったか。しかしちと改良が必要なようじゃな。島風であればという信頼であろうが、島風以外、特に重巡以上の艦娘にはちときつかろう」

 視線の先で、自慢の速度を緩めて魚雷の回避行動を取る島風の姿を眺めながら利根は言った。

 木曾は既に長門と利根を結ぶライン上にまで移動してしている為、回避の必要はない。

 そして綾波と夕立も扇の外に出ている為、関係がない。

「安全策を取るなら……北上の位置に空母を置いての航空攻撃かのう。む?当たりか?」

 などと戦場を無視して思考に沈んでいる利根だったが、風切り音から砲撃が自身の至近に着弾する事を察すると振り向き、軽く手を振った。

 そして掴んだ砲弾を気にも留めずに投げ捨て、

「むむ。つい取ってしもうたが……これ当たった事になる……ようじゃなあ」

 送られてきた、右手側の兵装命中判定によりロック、使用不可です、との連絡に溜息をついて肩を落とした。

「ま、仕方あるまい。おうい、木曾!」

 振り返り、苦虫を噛み潰しているかのような表情をしている木曾へと向かってひらひらと手を振った。

 木曾は暫し迷っていたが、利根が手を振り続けるのを見て、はあ、と溜息をついた。

「何だよ?利根さんまだ轟沈判定受けてないってのに」

「構わんから適当に触るがよい。どうせこの後は残存艦の牽制じゃろ?なら吾輩に付き合え」

 胸を張り、さあ触れ、と腕を組む利根の姿に再び木曾は溜息をつき、軽く肩に触れた。

 そして轟沈判定とのアナウンスを受けてから、利根は白いチョークで自身の艤装の左側にある艦載機の為の甲板にこの演習の陣形図を描き始めた。

「おい、利根さん」

「何じゃ?」

「妖精が膝ついて泣いてるがいいのか?」

 木曾の視線が向かう先へと利根も視線を送る。

 そこでは飛行甲板に描かれた陣形図を指差し、膝をついて泣いている妖精と、その妖精の肩を叩いて弱々しく首を振る妖精がいた。

「…………」

「…………」

「あー……後にしようかの」

 利根は慌てて甲板を海水で洗って綺麗にし、海面に座り込んだ。

 そしてちょいちょい、と指を動かして木曾を呼び、自身の隣へと座らせる。

「では観戦するとしようぞ。ほれ、なかなか面白そうな組み合わせじゃろ?」

 視線を向けた先、そこを確認して木曾も笑みを浮かべた。

「成程、こりゃ面白そうだ。今回の演習で一番かもしれないな」 

「1番?伊吹と長門には興味を感じんのか?」

「そんなの決まってる。ガチじゃない長門が伊吹に勝てるわけがない。遠目でもニヤニヤしてるのが丸分かりだって」

 半目で手を左右に振る木曾と、それに溜息をつきながらも頷く利根。

「ま、今回は伊吹が単騎でなく艦隊としての動きを感じる為の演習じゃろ?ならあれはあれで構わん」

「まーな。で、今のところどうだ?」

「吾輩としては長門とどう戦うかまで見てから判断したい所じゃが、面白いと言っておこうかの。同士討ちが戦術の1つになるんじゃから、乱戦になればなるほど強くなるであろうよ」

 それも錬度次第じゃがの、と言って利根は戦場へと視線を戻した。

「そっか。伊吹艦隊、本当にできるかもな」

 木曾もまた視線を戻す。

 同じ場所を見つめる両者の顔には、笑顔が浮かんでいた。

 

 

「おいおいどうした綾波。鬼神の名前が泣いてんぞ」

「そんな事、言われましても!」

 砲撃をしながら天龍の周囲を駆ける綾波。

 互いの距離は10m程という距離でありながら、天龍は自身に放たれる砲弾の全てを刀で斬り捨てて不敵に笑っていた。

 私の役目は牽制ですからこれでいいんです、と言い返す綾波は涙目だ。

「牽制?おいおいこの程度でオレが牽制されてると思ってんじゃねえだろうな?」

「はい?」

「分かんねえか?オレが今使ってんのは刀だ。その気になりゃ、伊吹に向けて撃つくれえ難しい事じゃねえんだぜ?」

 実際に艤装に据え付けられている砲塔を背後、伊吹がいる方へと向けて言う。

「そんな、狙わずに撃っても……」

 思わず足を止めて言う綾波だが、天龍は、

「んなもん長門に話を通しちまえば済む話じゃねえか。オレが撃って長門が誘い込む。それで仕舞いだ」

 綾波を細めた目で見つめながら言った。

 そして綾波は大きい溜息を1つ。

 本当、食券1枚では割に合いません、などと呟き、

「知ってます?天龍さん」

 にっこりと笑った。

 天龍はその質問には答えず、刀の柄を強く握り締めた。

「私ってピンチになると、すごく頑張るんです」

 そう言い終えた瞬間、とん、と水面を軽く蹴って綾波は体を横へ流し、砲撃を行っていた。

 牽制する為に放っていたものとは違う、仕留めるという意志の込められたそれを斬り、天龍は声を上げた。

「上等!」

 綾波は着水と同時にしゃがみ、魚雷を放つ。

 5条の軌跡が天龍へと向かうのを確認しつつ立ち上がり、天龍へと向かって駆ける。右手に持った12.7cm連装砲は使用せず、25mm三連装機銃で機銃弾をばらまきながら。

「へっ、豆鉄砲でも当たれば勝ちなルールだもんな。けどまだ甘ぇ」

 艤装を動かして自身の目の前に砲撃、水の壁を作り出して天龍は銃撃と雷撃の双方を防ぐ。

 まだまだ余裕、という笑みを見せる天龍だが、その目の前に水壁から砲塔が突き出されてきた事に気付き、瞬時に体を伏せさせ、

「まだですっ!」

 その砲塔から躊躇いなく砲弾が放たれたのを確認し、姿勢を変える事なく刀を跳ね上げる。

 固い金属音が響き、砲塔が空を舞う。

 そして低くなりつつある水壁をぶち破るような勢いで、低い前傾姿勢の綾波がその姿を現した。

 両手に何も持たず、天龍へと駆ける綾波。対する天龍は口を弧に歪め、

「はっ」

 短い呼気と共に刀の柄を両手で握り、綾波へと袈裟懸けに振り下ろす。

 しかし、綾波は空を舞う。

 前方の空へと身を躍らせ斬撃を避け、勢いのままに宙で回転、踵を落とす。

 だが天龍は綾波が斬撃を避けたその時には既に刀から手を離しており、空いた手で海面を殴りつける事で横方向へ移動する事でその踵から逃れている。

「まだ、そう、まだです。まだまだですっ!」

 右前脚を前に伸ばした姿勢、右踵と左足という不安定な状態で支えられているその体を、綾波は回転させる。

 右大腿部に装着されている魚雷発射管、そこから魚雷を後方に発射する事で前へと進む力を得て、海面ぎりぎりに蹴撃を走らせ天龍へと送り込む。

 

 そんな、どう見ても艦娘の戦いじゃないだろう、と突っ込まれるのが間違いない戦闘を繰り広げながら、綾波は自身の胸の奥に燻っていたモノが熱を持つのを感じていた。

 

 あの時、暗いソロモンの海で私はやれるだけの事はやった、と満足して沈んだ。

 敵駆逐艦2隻を沈め、重巡1隻を大破に追い込み、そして自身を愛してくれた戦友達の殆どを逃す事に成功して。

 しかし、艦娘として再び生を受けてその後を調べてみれば、自身が逃した相手に霧島が沈められていた。

 

 許せなかった。

 そして悔しかった。

 

 勘違いしていた戦果については特に思う所はなかった。 

 そんな事よりも自分がいた戦場で逃した獲物が味方を、それも戦艦を喰らったという事実の方が堪らなかった。

 

 『もし』はない。

 それを分かっていても、綾波は思わずにはいられない。最初から重巡ではなく戦艦だと分かっていれば。砲撃ではなく雷撃ならば。

 今ならば分かる、と綾波は自然と頬が緩むのを止める事はできなかった。

 最初に史実を知った時のもやもやした気持ち。

 

 それは、端的に言ってしまえば――空腹感、だったのだと。

 

 あれでは足りない。 

 全てを喰わなければいけなかった。

 自分が喰い残しさえしなかったら、霧島が沈められる事などなかっただろう。

 そう、自分は。

 私は。

 

 仲間の為に敵を喰らう、ただの鬼でいい。

 

 そう笑う綾波の顔を伝うものがある。

 それは天龍に砕かせた魚雷の破片を避け損なってついた傷から流れる、自身の血だった。

 自分の武器の破片だからノーカンです、と呟き、ぐい、と親指でその血を拭い取り、  

「伊吹さんの為にも、この戦いは譲れません。だから」

 相変わらず笑みを浮かべている天龍へと駆けた。

「綾波が、守ります!」

 

 綾波は気付いていないというより、自覚がない。

 綾波の言葉は、他の鎮守府のどの綾波にも顔を真っ青にして否定される事が間違いに事に。

 そもそもいくら雷撃があるとはいえ、駆逐艦が戦艦を『逃した獲物』などと称する事がおかしいという事に。

 この鎮守府には戦闘狂ばっかりです、と思っているそこに自分もしっかり入っていて、だからこそ天龍にこうして気に入られ、可愛がられている事に。

 そして何より『単騎駆けでの大物喰い』が信条の伊吹と仲が良い方であるという時点で既に手遅れだという事に。

 

「……届かな……」

 海面に仰向けで倒れている綾波。

 空中での左右両門の魚雷全弾発射、一部を自身で砕いての目くらまし、機関を外してぶん投げてからの爆破、へし折ったマストで殴り掛かるフリを見せてからの下方からの主砲による砲撃。

 攻撃を全て回避していながら、艤装全損、轟沈目前という有様。

 相手をした天龍をしてこいつ自分が艦娘って忘れてねえか?と言わしめた攻撃の果て。

「いや?届いてたぜ?」

 最後の砲撃が天龍の顔を掠め、眼帯の紐を断ち切っていた。

 露わになる、眼帯に隠されていた天龍の左目。

 それは、

「……その目、見えてますよね?」

 右目と変わる事のない金に近い色の瞳。

 そこに傷はなく、異常は見られない。

「ん?ああ、見えてるに決まってんじゃねえか」

 綾波の質問に一体何を言ってるんだ?と返す天龍。

「あの、じゃあどうして眼帯をされているんですか?必要ないですよね?」

 重ねられた問いに天龍は笑う。

 そんなの決まってんじゃねえか、と腕を組み、

「普段から死角作っといて修行とかしてたら、眼帯取って死角がなくなった時にすげえ強くなれそうだからだ」 

 この人はダメな人です、と綾波は優しい眼差しを天龍へと向け、

「すいません、引っ張って貰えますか?どうも浮いてる事しかできそうにありませんから」

「しゃあねえな。ま、あれだけっつーかあそこまでやれりゃ上出来だ。次は眼帯外して相手してやるよ」

 その言葉を聞いた瞬間、ぶわっと汗と涙を溢れださせる綾波。

 大丈夫だって手加減してやっから、という天龍の笑い声は綾波には届かず、修理ドックに帰るまで綾波は天龍の背中を汚し続けた。

 

 

「天龍と利根は木曾と綾波が押さえてる。決めなよ、伊吹!」

 鈴谷の弾んだ声が伊吹の耳に届く。

 前方では見事な機動で長門の前後を駆け抜けていく島風と夕立の姿が見える。

 そして左には伊吹に向かって親指を立てている北上がいる。

「はいっ!全力!走りますっ!」

 島風と夕立が駆けながら投下していた爆雷が浅深度で爆発し、巨大な水の柱を幾本も長門の周囲に作る。

 水の柱に挟まれるような形になった長門だが、動きはない。

 そして伊吹は、

「防盾展開、前面球状防御!」

 自身の前方に装甲板を展開、ボウルのような形に配置した後、海面を蹴って跳んだ。

 空中で姿勢を制御し、装甲板が海面に相対するような角度となり、そして海面が盛り上がった。

「さすが北上さん。ばっちり!」

 魚雷の自壊による爆発。

 20発の酸素魚雷の一斉起爆により生じた爆圧は海面を大きく半円状に盛り上げた後、水柱へと変じた。

 島風と夕立の起こしたものに倍する高さの水柱。

 そこに立っているのは伊吹だ。

 伊吹の視線が向く先は長門。

 爆発で生じた波が大時化の時のように海を荒れ狂わせているにも関わらず、平然と立ち続けるその姿を見続ける。

「長門、お姉ちゃんっ!」

 その凛々しい立ち姿に満面の笑顔を浮かべ、伊吹はその名を呼んだ。

「うむ、見事だ伊吹」

 体を上空の伊吹へと向け、両腕を広げる長門。

 1人ではなく仲間の力を借りて自身へと到達した伊吹を存分に褒めてやろう、と笑みを浮かべる。

 こちらが意図を理解していて動かなかったからこその結果でもあるが、実際に何も知らずにあの艦隊機動を行われれば目標とすべき艦すら定められずに翻弄されて沈められるだろうと長門は考えていた。

 当然、まだまだ改善すべき点はある。

 しかし、1発も撃っていない伊吹を思うと面白い、と感じる。

 高速機動の囮艦、或いは味方との連携を取れていない穴。

 そう判断してもおかしくはない動きをする艦が、この中で最強の牙を持っているとは初見では分かるまい、と。

 そして戦場では初見で対応できなければ次は無いのだから。

「伊吹艦隊、提督に進言してみるとしようか」

 そう呟くと長門は余裕をもって――伊吹の体を抱きとめた。

 

 

 演習結果

 伊吹艦隊:伊吹小破、綾波大破

 長門艦隊:轟沈6

 

 

 演習の報告書ではあるが、伊吹艦隊の名が公式記録に載せられたのはこの時が初めてとなる。




伊吹回だと思った?
残念、綾波回でし――やめて、石を投げry



・呼び名
 恐らく木曾と利根の会話にちょっと違和感を覚えた方がいるかと思います。
 この鎮守府は戦闘バカが多い為、若干体育会系のノリが含まれています。
 なので、雷巡の木曾が自分の上の艦種、重巡の利根を呼ぶのに「さん」付けで呼んでいます。口調まで変わるとやりすぎかと思ったので、口調はそのままです。
 まあ、実際にゲームで艦娘が他の艦娘を呼ぶ機会ってなかなか無いので、どう呼んでいるのかは不明なのですが、この話ではこの設定です。

・天龍の眼帯
 他に似たような事を言ってるキャラクターがいるかもしれませんが、自分の記憶では、修羅の刻の柳生十兵衛と陸奥天斗がやってました。本当に強くなれるのかどうかは知りません。
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