IS ~蒼穹を舞う願いの翼~ 作:バニラアイス
この物語におけるIS学園男子制服は原作のような学ラン系ではなく、ジャケットタイプのブレザー制服です。
この仕様変更は物語に強く影響を与えないので、普通に読んでいても問題ないと思います。安心してください。
ですがもし一部、原作のIS学園制服ガチ勢の方がおりましたら、即ブラウザバックして構いません。
この仕様は完全に作者個人の勝手な都合です。制服フェチ作者としてはジャケットタイプが好ましいのです。
それではどうぞ。
白い下地に赤のラインが特徴的な学園指定の制服に身を包んだ俺は、以前と同じブラックスーツの女教師──織斑先生の後ろをただ無言で歩いていた。何も口から発されないためか、ひたすらに静かな廊下は決して大きくはないヒールが奏でる甲高い音を響かせている。
「……どうした、先ほどから無言だが」
『不安か?』と、足を止める事なく、目の前を歩く織斑先生は俺に問う。部屋を出てからずっと無言でいたのが緊張や不安によるものだと推測したらしい。
確かに、一週間の慣れないホテル生活(お国のお偉いさん方御用達の高級ホテル&特別ルームサービスで24時間の監視付き)には感じるものがあったが(主に苦しいって意味で)。
「いえ、不安はありません。ただ話す内容が思いつかなかったので」
「そうか。下手に緊張しすぎるよりはるかに良い。そうだな、気持ちに余裕があるなら自己紹介の内容でも考えていろ。これからお前が世話になる連中に嫌な印象は持たれたくはないだろう?」
世話になる連中というのは、生活の大部分を共にするクラスメイトの事だろう。話によれば、一度決まったクラスは一年間変わる事はないという。つまり早い段階でいざこざなど軋轢が生じてしまえば残りの生活は窮屈なものになるという事だ。
正直なところ、自分が普通な面をあまり持ち合わせていない事は自覚している。好印象は持てずとも隔意は持たれない程度の紹介はしておくべきだろう。
「まぁ、嫌われないように気を付けます」
「せいぜいそうしておく事だな……っと。見えてきたぞ、あそこがお前のクラスだ」
見えてきたのは1-1と表示された教室。電子ディスプレイでクラス番号が投映されている。高額な電子系機器をふんだんに使用しているのは、最新の技術を詰め込んだ環境を整えているという事の裏付けだろうか。
「此処で待っていろ。私が呼んだら教室に入ってこい。いいな?」
「了解です」
答えると、織斑先生は教室に入っていく。それを見届けた俺は着たての制服に視線を投げた。白を基調とした学園の制服は、ワイシャツはともかく上着のブレザーは意外に柔らかい。
「薄手のわりに結構あったかいな。最新の素材か? なんとまぁ御大層な事で……でも白かぁ……コーヒー溢したらめんどくさい事に──」
なんて、考えていた時だった。
──スパァンッ!!
乾いた破裂音が教室から響いてきた。
「……なに?」
思わず首をかしげた。それほどまでにこの音はこの空間に不釣り合いな音だった。
それから一拍置いてもう一度鳴る
「え、本当になに? 誰か拳銃でも撃ってる?」
実際に言ってみて、脳内にスーツを着こなした織斑先生が拳銃を持って標的を狙う映像が映し出される。織斑先生はプロポーションが良いだけあって脳内映像は意外と様になっていた。
いや、でもあの人なら拳銃は使わないだろう。最初に会ったとき、織斑先生の持つ底知れぬパワーは身をもって思い知らされている。
織斑先生ならば拳銃なんて飛び道具に頼らなくても大抵の事は自分の力でどうにかなるのではないだろうか。
個人的に似合うと思うのは拳銃よりも長い得物。剣──というよりヤクザが使うような日本刀といった具合。
「……って、何を考えてるんだ俺は?」
馬鹿げた事を考えて、その考えを払うように頭を振れば、今度は『きゃあぁぁぁぁっ』と甲高い悲鳴のような声が響いてきた。
耳を澄ませば女子生徒と思しき声が耳に入る。
うら若き少女たちが口にしたと思しき内容は『叱って』『罵って』『つけあがらない様に躾して』etc……
「……うわぁ」
破裂音の次は悲鳴、その後は過激な発言の乱射というのがこの学校ではナチュラルなのだろうか?
世間に疎いあたり最近の学校事情は分からない。願わくばこのクレイジーさはこの学校だけの特色と思いたい。もっと欲を言えば今のは全て自分の幻聴だったと思いたい。そうしたい。
「──ん?」
突然。うるさいほどの歓声が静まり返り、これまでの騒がしさが嘘のようにしんとなる。
──ひょっとして本当に幻聴だった?
この一週間は24時間の監視体制のおかげで常に寝不足気味だったし、ストレスも過剰に受けていた。故に幻聴の一つや二つ聞こえてもなんらおかしくはない。
異常なのは自分の身体であって学校は普通なのかもしれない。そんな小さな希望が差し込んできたと思ったら、静かになった廊下にプシュッと空気の抜ける音が聞こえてくる。音の方を向けばセンサー感知で開くハイテクな扉が開いていて、そこから織斑先生がこちらを見ていた。
「蒼羽、入っていいぞ」
「……はい」
言われて、現実に戻った俺は挨拶を考えていない事に気付く。
やってしまった。けれどもう遅い。イチから挨拶を考えている暇などないし、そもそもそんな時間は織斑先生が許してくれないだろう。
こうなったら最低限当たり障りのない挨拶程度でいい。得はないが損もない。それぐらいが俺には合っている。そう考えながら教室の扉をくぐった。
「失礼します」
その瞬間、濃密なまでの好奇を含んだ空気を感じ取る。小さな動作一つ一つにも注意するような視線は新種の生命体を見つけたかのようだった。
奇怪な視線にさらされながら壇の中心に辿り着き、クラスメイトの方へ身体を向ける。もし視線が弾丸に変わっていたのなら、俺はただの肉片となるぐらいには蜂の巣になっているだろう。実際胃には既に穴が空いているかもしれない。
「自己紹介をしろ、蒼羽」
「……了解です」
織斑先生から促されて、俺は口を開いた。
「蒼羽白音です。いろいろと訳があってこの学園に入学する事となりました。女みたいな名前で女みたいな姿ですが、一応これでも男です。よろしくお願いします」
最後にお辞儀。完璧には程遠いが非難されるほどではないと思う。
だが、それは俺個人の見解であって、この場合において大事なのは他人がどう思うかだ。
頭を上げた俺を歓迎したのは沈黙と先ほどより濃さを増した視線だった。そこから察するに、俺は何かしてはいけない失敗をしてしまったかのかもしれない。面には出さないが内心ちょっと焦る。
それからどのくらい時間が経ったのだろうか。一分かもしれないし、もっと長いかもしれない。またその逆もしかり。
とにかく、体感的に長い沈黙の末に最前列の席に座る女子生徒が手を上げた。恐る恐るといった声音で言った内容は『俺が二人目なのか』という事。その質問に対して織斑先生は
「そうだ。此処にいる蒼羽白音は、そこにいる織斑一夏と同じく男性のIS適合者だ」
顎をしゃくって織斑先生がある席を示した。そこは手を上げた女子生徒のちょうど隣の席。周りの女子とはデザインが少し異なる──男子用の制服に身を包んだ生徒が居た。
「……」
目が合った。爽やかに整った顔立ちには何処となく織斑先生の面影が残っている。特に目元が
その瞳の内は色々な感情が混ざり合っていた。疲労。困惑。
「蒼羽は訳あって今まで存在が秘匿されていた。そして、その状態はこれからも続く。蒼羽の存在が世間に知れれば世界規模での大混乱を招く事になるだろう。故に、諸君らには蒼羽の情報を友人、親族を含む外部への口外を一切禁ずる。情報が漏洩した場合、身柄拘束の後、委員会による裁判と政府の厳重な監視が何年も付けられる事になる。分かったか?」
織斑先生の言葉に教室内は鈍重な空気が漂った。一応俺の身を保全するためと分かっているけど、いくら何でもそこまで釘を刺すような真似をしなくてもいいと思う。まぁ保護される対象が何を言っているんだと言われるから口にも顔にも意見は出さないが。
そうこうしている内に終了を告げる鐘の音が鳴った。
「もう時間か。蒼羽、お前の席は窓側の最後列だ。早くいけ」
「分かりました」
織斑先生に軽く会釈して俺は指定された席へと向かう。そこは最後列というのもあってクラス全体が見渡す事が出来る席だ。椅子を引いて静かに座る。慣れない自己紹介で少し体温が上がったが、すぐ近くの窓は開いており、潮を含んだ春の風が静かに教室へ吹き込んでいた。直接あたる俺にはその風が心地良い。
「さて、これでショートホームルームは終わりだ。次からは授業だ。諸君らにはISの基礎知識をみっちり覚えてもらう。授業が始まる前に教材を準備しておけ。いいな?」
そう告げて、織斑先生は一旦教室を出て行った。
◆ ◆ ◆
一時間目のISの基礎理論の授業が終了し、休憩時間に突入する。その瞬間、周囲の女子たち訓練された集団行動が如く一斉に席を立った。そのまま適当な場所に集まって世間話に興じるでもなくコソコソと互いに耳打ちしながら一定の距離を保って俺を観察するように見ている。
その視線には当初に含まれていた興味という色は薄れて、警戒色が浮かんでいた。それは廊下に
ほとんど全員初対面だろうにこの短時間の間に女子たちはそれぞれ友好関係を築いているらしい。けれど、それは何処となく『初対面でどう対処すればいいか分からないけど、一人じゃ心細いからとにかく誰かの近くにいよう』という算段にも感じ取れる。
俺はいつから感染症を引き起こす病原菌になったのかと思うところはあるが、幸いな事にどうやらその扱いは俺一人だけに適応される、という事ではないらしい。
目を向ければ教卓の前に座っているもう一人の男、織斑一夏も似たような状況に陥っていた。もっともそっちは警戒色なんて刺々しいものは浮かんでおらず、純粋な好奇の視線だけが向けられているのだが。
「……ん?」
そんな時、織斑がおもむろに後ろを見て俺と目が合う。すると辛そうな表情が一転、ぱぁっと笑顔をになって席を立った。すたすたと歩いてくる織斑の目はずっと俺の目を見つめていた。やがて俺の席へたどり着けば──
「俺は織斑一夏っ、よろしくな!」
爽やかな、それでいて唐突な自己紹介。眼前に突き出された右手。どういった意味なのかはすぐに理解出来た。
「あぁ、俺は蒼羽白音。こちらこそ──」
『よろしく』と言いかけて。差し出された手を取ろうと腕を伸ばせば、先に織斑の手が動き俺の手をつかみ取った。そのままぶんぶんと上下に揺さぶる。
「いやぁ良かった! 俺以外の男でIS動かせるヤツがいるなんて! ずっと男一人の状態でこの学園生活を送るのかって思って、不安でしょうがなかったんだ!」
「あぁ、うん……」
ぶんぶん振れられる右手。それを握る彼の圧力からどれほど緊迫していた精神状態だったのかが伝わってくる。けれど察してほしい。こうして話している俺ら二人を見てくる多くの視線を。ぶんぶん振られる事で擦り減っていく手首のコンドロイチンを。
「あの、織斑? 気持ちは分かったからそろそろ手を──」
「なんだよ~、二人だけの男同士仲良くしようぜ? 俺の事は下の名前で一夏って呼んで良いからさ!」
話を聞かない──というより思考より先に感情が走ってしまっている織斑にどうしたもんかと頭を悩ませていれば、こちらに歩み寄ってくる女子がいる事に気付く。背を向けた形の織斑はその存在に気付いていない。
長い黒髪をポニーテールにしたその少女は俺の列の最前に座っている子で、授業中ちらちらと自分の席から織斑の事を窺っているのを後ろから俺は見ていた。
「……ちょっといいか?」
「え?」
織斑は突然話しかけた少女の方へ振り向き、驚いたように硬直。その後何か気付いたように目を見開いた。
「……箒? 箒なのか!?」
「っ……あぁ、久しぶりだな一夏」
互いに顔見知りなのか、二人の間に初対面独特の初々しさはない。“久しぶり”というあたり二人は長い間会っていなかったのだろう。揃って嬉しそうな表情を浮かべている。
それにしても、箒と呼ばれた彼女の頬が赤みがかっているように見えるのは、単に嬉しいだけだからなのだろうか?
そんな事を考えていれば、不意に少女が一夏へ向けていた視線をこちらに向ける。
「蒼羽と言ったか。一夏と話がしたいのだが、借りてもいいだろうか?」
「うん、どうぞ」
長い間会っていなかったのだ。互いに積もる話もあるだろうし、こちらとしてもそれを妨害してまで織斑と談笑していたい訳でもない。
「そうか、助かる。という事だ、行くぞ一夏」
「うおぅっ、引っ張るなって箒っ。そんなんしなくても行くから。おーいシオン、また後でなっ!」
承諾の意を伝えれば彼女は時間が惜しいように一夏の手を引きながら教室を出て行った。
「……はぁ」
二人が教室を出て行ったのを見終えると、大きなため息が出る。織斑が出て行った事でその分視線の対象が俺一人に集中してしまっているのだから教室内の視線は先より余計に苦しい。元から人が多い場所が苦手な事もあって限界は近づきつつあった。精神的にも──
俺は時計を見てまだ時間がある事を確認すると、頬杖をついて周囲の視線から逃れるべく目を閉じた。眼球が目蓋に覆われて視界が真っ暗になる。何とか視線から逃れる事が出来たが、視覚の遮断に伴ってそれ以外の感覚が敏感になる。
今度はそれらから逃れるべく機械のように一定のリズムで奏でられる心音に意識を集中した。
◆ ◆ ◆
世界で二人目の男性IS適合者。その事実はわたくしに強烈なインパクトを与えてくれました。あまりにも現実味がなさ過ぎて実感がわきません。
それはきっと彼がパッと見て女性のような容姿をしている事も影響しているのでしょう。情報がなければわたくしとて男性だなんて微塵も思いはしない。
けれど、あの織斑先生が直々に男性だとおっしゃるのであればそれは疑いようのない事実。“真実は小説よりも奇なり”とはよく言ったものです。
そう、男性。その事実がわたくしの中にある苛立ちに火を点けた。
この学園は世界でもトップクラスでレベルが高いエリート学校です。入試の難易度は非常に高く、この学園に入学しただけでその人物は周りの人たちの何倍も勉学に励んできたという事を示しています。かく言うわたくしも猛勉強して今期入学生の主席の座を勝ち取りました。
……IS学園に入学するために勉強したかと問われれば少し違うのですが、だとしても皆ただならぬ努力の末に此処に居るのは確かなはずです。
それなのに“男性でISを使えるから”というだけでこの学園に在籍する事を許されるのは内心納得出来ないところがありました。
視線を左にずらして憎き生徒を見てみれば、彼は頬杖をついた姿勢のまま身体を固定し、目を閉じている。まるで自分が此処に居るのは当然だと主張するように。
彼は男なのだ。男とは情けなく、女性に媚びを売って機嫌を取る事しか出来ない軟弱な生き物。身内にそんな男が居たから、手に取るように分かる。
無表情を貫いているが、その内側では“俺はあんたらたちとは違う特別な人間なんだ”とでも思って優越感に浸っているのだと。
周りなんて眼中にないようなその態度が余計にわたくしの苛立ちを加速させていきます。
気が付けばわたくしは彼に歩み寄っていました。周りがざわざわと騒めくのを無視して一歩、また一歩と近づいていきます。そして彼の机の隣に立ちました。
「ちょっと、よろしくて?」
わたくしの問いかけに彼は全く反応を示しませんでした。この距離で聞こえていない訳ではないでしょうに。
彼の態度に頬が引きつる。けれど寛大なわたくしは深呼吸を一度挟んで、再び彼に言葉を投げかけました。
「ちょっとッ、よろしくって?」
先ほどよりも大きな音量でわたくしは言葉をかけました。ですが、それでも彼は微動だにしません。絶対に聞こえているはずですのに。直前まで一人目の男性IS適合者と話していたし、寝ているという線は薄い。
……間違いない。彼はわたくしと話をするのを明らかに拒否している。
『お前のような奴と口を交わす義理はない』
直接言ってきた訳ではないけれど、そんなふうに言われている気がして。
気付けば、わたくしは理性より先に身体が動いていました。
バンッと彼の机を両手で叩いていたのです。
「ちょっとあなた! このわたくしがわざわざ声をかけているのに無視するとは何事ですか!!」
怒りに駆られたわたくしは淑女らしからぬ怒号を上げて思いの限りを彼にぶつけました。周りの空気が張りつめていくのが分かります。
感情に任せて荒れた行動をしてしまった事に我ながら自省する。けれど名家であるオルコット家の家訓に反した行動を起こした対価はありました。彼が閉じていた目蓋を開けたのです。
「……ん、ぁれ?」
「ようやく気が付きましたのね。まったく、これだから野蛮な男というのは……」
額に手を当てれば重いため息が出る。知らないうちにわたくしは疲れていたようです。
この男は容姿は整っている方だけれど、肝心の中身が無作法極まりない。現に今も首に手を当てながらきょろきょろと周りを見ている。まるで何が起こったのか分からないとでもいう様に。
分からないはずがない。だとしたら今この男が周囲を見渡しているのは自分を正当化するための理由付けだ。
自分は今まで寝ていたから何が起こったのか分からない、と。だからわたくしの話を聞いていなかったのは不可抗力だったと、周りにアピールしている。
虚勢を張って、無理に強がって、それが通用しないと分かるや否や保身のための行動に出る。
世界で二人しかいない男性IS適合者だから多少知的なのかと期待してみれば、その実態はこのご時世何処にでも居るような普通の男────お父様と同じ、軟弱な男。
「訊いていますの? お返事は?」
「え? あぁ、悪い。すまなかった」
「すまなかった? 非礼を詫びるのであればもっと適切な態度というものがあると思うのですが。……まぁいいでしょう。いいですか、無知なあなたに教えてあげます。本来であればわたくしのようなイギリスの代表候補生にして、今期入試主席を務めた真のエリートたるこのセシリア・オルコットと同じクラスになる事すら名誉であるというのに、あなたという人は──」
彼が弱いと分かるや否やわたくしの中にあった期待は
それは
「あら、もうこんな時間になってしまったのですのね。ふふっ、今回はここまでにしておいてあげます」
一方的に話し終えたわたくしの気分は上機嫌になっていた。自分が特別だと誤認して虚勢を張っていた男を口で黙らせる事は、正直に言えばとても気持ちの良いものだった。
わたくしが言う事に対して一切歯向かわなかったのは、それが偽りようのない事実だったという裏返しなのだろう。
そう考えながら、わたくしは毎日手入れを欠かさずに整えた自慢の金髪を掻き上げてスカートを翻すと自分の席に向かいます。その途中で一つ言い忘れたのを思い出して、わたくしは彼に振り返ります。
「そうでした。同じクラスになったよしみとして一つ。わたくしは優秀ですから、あなたのような
「……そっか」
それだけ言うとわたくしは席に着きます。前の授業で彼があまり集中出来ていなかったのは、こっそり様子を窺っていたわたくしは知っている。
男はISについて深く学ばないのが世の常識だ。彼は授業中、うなじに手を当てながら顔を歪めていた。恐らく初めて耳にする専門用語が多すぎて理解が追い付けなかったのだろう。あの調子ではこの先どうなるのかは簡単に予想がつきます。
もう一人の方はと言えば──ちょうど今教室に入ってきたようで、授業開始に少し遅れて織斑先生に叩かれている。こちらもこの先どうなるかは予想がつく。
ISに関わろうがそうでなかろうが関係ない。やはり男はどうしようもない生き物なのだと、そう再認識した。
◆ ◆ ◆
俺は一体この地獄からいつになったら解放されるのだろうか?
そもそも何故こうなった。誰だ、誰なんだ。俺にこんな苦行を強いている犯人は。
織斑先生、あなたですか? それとも優しい笑顔を絶やさない山田先生、あなたですか?
切実に願う。教えてくれ、本当に誰なんだ。
────シャツの襟をこんなにもバキバキにしてくれやがった犯人は。
昨晩制服と共に渡されたこのワイシャツは明らかに洗濯のりを多用しすぎな気がする。確かにパリッとしたシャツは清潔感あるものだが、これはその限度を越して、とっくにバギッまで
授業中といったら教室前面に設置された電子ディスプレイと、それに表示されたISについての内容をノートに書き写すたびに頭を動かすものだから襟が首に擦れて不快ったらありゃしない。
硬い襟は
心地良かったのは最初だけで後は全然心地良くなかった。変に裏切られた感じがして気分が落胆する。おかげで前の授業は集中しづらくて大変だった。
別に痛いのが嫌という訳じゃない。実際これは痛いのに比べれば全然軽いもの。でもそれが=マシな事とも限らない。
個人的に痛いのは我慢出来る。子供の頃は怪我なんて呼吸するみたいにしょっちゅうしていたし、痛いのはもう慣れた。でも、かゆいとか、そういう“痛い”未満の類はどうも苦手なのだ。
だから俺は休憩時間にある秘策を講じた。それは昔俺が習得した技能の応用で、ぼーっとする、あるいは現実逃避とも言い換えていい。
要は自分に入ってくる情報を全て意味のない不要なものとして考え、切り捨てるのだ。あまり好ましい理由で覚えた訳ではないので、こうして役に立つと内心複雑な気持ちになる。
目を閉じてひたすら心音に集中すれば、あらゆる情報が無意味なものへと成り下がる。昔は心音ではなかったが、
これは嫌な事から時間場所関係なく逃れる事が出来る素晴らしいスキルだが、いくつか欠点がある。一つは揺さぶられたり叩かれたりと大きい物理的情報は無意味な情報に変換出来ない事。もう一つは
まぁ、要するに──
「ちょ……! この……いる……か!!」
外側から干渉されて意識を浮上させる際、直前までの出来事が全く分からないのだ。
「……ん、ぁれ?」
肘を置いた机から伝わる衝撃が呼び水となって俺は意識を深い底から浮かび上がらせた。最初に飛び込んできたのは整った顔立ちの少女。濃青の瞳で長く美しい金髪が毛先にいくに連れてくるくるとロールを巻いている。透き通るように白い素肌は日本ではあまり見ないものだ。
「ようやく気が付きましたのね。まったく、これだから野蛮な男というのは……」
恐らく外国人なのだろうと推測。明らかに美少女と言い切れる女子生徒だが、問題はその顔が何故こうも怒りに染まっているのかだ。
擦れた首に手を当てて
だが、肝心の彼女が怒っている理由が分からない。
「訊いていますの? お返事は?」
「え? あぁ、悪い。すまなかった」
「すまなかった? 非礼を詫びるのであればもっと適切な態度というものがあると思うのですが。……まぁいいでしょう。いいですか、無知なあなたに教えてあげます。本来であればわたくしのような──」
何にせよ自分が原因で彼女が怒っている事に変わりはない。素直に頭を下げれば彼女は俺を
一方的にしゃべってきてくれるので、特に口を開く事なく耳を傾けていれば、どうやら彼女の名前はセシリア・オルコットというらしい。予想通り外国人のようでイギリス国籍、付け加えれば国の代表候補生という。
代表候補生というのは各国が1人選出する国家代表IS操縦者、その候補生にあたる者たちの事だ。端的に言えば将来国家代表の名を担うかもしれない一握りの選ばれた者達という事。聞けば今期の入試主席を勝ち取っているらしいのでその実力は言うまでもない。
それともう一つ。これは彼女が言っていた訳ではなく、あくまで個人的な私見なのだが恐らく彼女は女尊男卑主義者だ。当然のように男という人種を貶し、いかに
既存の兵器を屑鉄同然になりさげたISという存在は社会に多大な影響を与えた。
現在ISは国家の軍事力──即ち有事の際の防衛力を根底から支えるもの。その国にどれほどの卓越した操縦者が居るのかがその国の力に直結する。
国力向上の重要なファクターたるISは女性にしか扱えない。結果、女性は価値は爆発的に上がり、反比例するように男性の価値は大きく下がった。これまで肩身が狭い環境に置かれていたせいもあってか、現在では男性を蔑む女性は非常に多い。
けれどセシリア・オルコットという名の彼女は、そんな世間の女性とは少し違うように思える。具体的には分からないけど、高圧的な態度、人を見下す姿勢は同じなのにその裏にあるモノが他者と大きく異なっている、そんな感覚。
話を聞きながらその正体を探っていれば授業開始の鐘が鳴る。
「あら、もうこんな時間になってしまったのですのね」
時間が思ったより経っていた事が意外だったのか、オルコットは目を丸くして教室のスピーカーに目を向けていた。それから髪を掻き上げてドレスのようなスカートを翻し自身の席へと歩き出した──のだが、その途中でこちらに振り返る。
言ってきた内容を要訳すれば、泣き付いて頼みこめばISについて教えても構わないと。
分からないなら織斑先生や山田先生あたりに聞けば良いと思わなくもないが、先生たちも何時でも答えられる保証はない。その点オルコットは学生である程度自由は効くだろう。なにより入試主席と言っていたし、教えを乞うのであればこれ以上ない相手と言える。まぁ、一番はそんな事にならないよう努力する事だが。
「……よし」
気合を入れなおす。授業はややこしく、弾丸を受け止めれそうなくらい分厚い教材は正直ぶん投げたくなるが、自分が空を飛ぶとき役立つと思えばある程度辛さは緩和される。気持ちを切り替えて机に向かえば『その調子!』と告げるようにもう一度教室に