IS ~蒼穹を舞う願いの翼~    作:バニラアイス

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誤字報告受けました。ご指摘ありがとうございます。

ただハーメルン原始人なもので修正できているか不安なこの頃。機械って難しいですね!


というか最新話投稿から1ヵ月。時間見つけて打ち込んでいたのにこんなに時間が掛かるなんて。小説書くのって大変なんですね……


第3話 猛り(怒りが)爆ぜるオルコット

 三時間目の授業は『実践における各種装備の特性』という、いかにもややこしそうな単元だった。余程濃い内容なのか教壇に立っているのは織斑先生で、一、二時間と授業を行っていた山田先生もノート片手に真剣な表情を浮かべている。

 ざっくりとどんな内容なのかを説明し、本格的に授業へと移ろうとした、そんな時だった。

 

「そういえば、再来週の対抗戦に出るクラス代表者を決めねばならんな」

 

 不意に、そんな事を告げた。クラス対抗戦という単語に首をかしげる。俺だけ知らないのかと思ったら周りも知らないようで、唯一山田先生だけは『そういえばそうでしたね』と織斑先生に相槌を打っていた。

 

「クラス代表者というのはそのままの意味だ。対抗戦だけでなく生徒会が開く議会への参加も請け負ってもらう。まぁクラスの委員長のようなものだと考えてもらっていい」

 

 教室が色めき立つ。織斑先生も多少の相談は必要な事と判断しているのか、ざわつく教室を静かにさせようとする気配はない。

 先生曰く、クラス対抗戦とは各クラスが代表者一名を選出し、クラスごとISを用いた試合で実力を競わせるものらしい。学年別で開催され、入学時点の実力指標とクラス交流のきっかけ作り、加えて競争する事で各自の向上心を育むのが目的だとか。

 

「クラス代表は一度決まれば一年間変更はないのでそのつもりでいろ。自薦他薦は問わない。誰かいるか?」

 

「「「はいっ!」」」

 

 織斑先生の言葉に多くのクラスメイトが一斉に挙手した。

 

「私は織斑君を推薦します!」

 

「私もそれが良いと思います!」

 

「さんせー!」

 

 先に当てられた生徒が織斑が良いと口にすると、それを皮切りに便乗する形で全員がその意見に賛同する。どうやら全員織斑に対する他薦らしい。クラスのほとんどの考えが一致したのだ。何か織斑を推薦するそれ相応の理由があると思うのだが、その理由というのが──

 

「だって世界で二人だけの男の子だもんねっ、ここはクラス全体で盛り上げないと!!」

 

 ──と、いう事らしい。

 確かに世界で二人しかいない男がクラスの代表を担えば、そのネームバリューは計り知れないだろう。……その点、一応俺もその対象のはずだが、何故か名前が上がらない。まぁ、代表になる気は元から無いのでこの状況は地味に好ましかったりする。出来ればこのまま事が過ぎ去ってくれると良いのだけど。

 

「では、候補者は織斑一夏と」

 

「えちょ、お、俺!?」

 

「織斑はこのクラスにお前しか居ないだろう? それより邪魔だ、席に着け。先も言ったが自薦他薦は問わない。ほかにはいないのか? いないなら無投票当選で織斑が代表になるが」

 

「いや、ちょっと待ってってちふ──織斑先生! 俺はそんなのやらな──」

 

「うるさい。推薦された者に拒否権はない。任された以上責任を持て」

 

 机から乗り出した勢いで抗議する織斑に先生は冷たく告げた。結構ドライな対応だが、それでも織斑は引き下がろうとしない。必死に頭を捻ってこの状況を打破する手段を模索している。

 そして、何か名案を思い付いたのか。ぐぬぬ、と頭を抱えて悩んでいた織斑の動きが一瞬ぴくりと止まる。やがてのろのろと顔を上げた。

 

「……織斑先生、自薦他薦は問わないんですよね?」

 

「ん、あぁ、構わんが」

 

「っ! ──だったら、俺はシオンを推薦しますっ!」

 

「……へ?」

 

 後ろに振り返り、自信たっぷりな表情で織斑がこちらに向かって指を突き付ければ、それに従いクラス中の視線が角に座る俺へと集中砲火する。空気になって高みの見物をしていた俺としては予想外の出来事だ。思わず出た声が裏返る。

 

『……えぇっ、蒼羽くんがクラス代表?』

 

『駄目、とまでは言わないけど、なんだかなぁ──』

 

『わたしはさんせー』

 

 恐らく同性同士という気安さから起こした行動だろう。それに軽度であるが互いに挨拶を交わし合ったのだ。出会って数時間程度の間柄でしかないが、無関係と言い切る事も出来ない。

 微妙とも絶妙とも言える空隙を突いてきた。織斑の顔を見ているだけなのに“道連れ”という単語が出てくるのは、この状況が正しくその言葉通りの状態だからなのだろうか? 

 

 織斑先生は指名されれば拒否権はないと言っていたし、あの人の性格を考えれば撤回の可能性はゼロに等しい。どう足掻いても俺がクラスの代表候補に入ってしまうのは時間の問題だろう。完全なとばっちり。織斑にとっては危機を脱する素晴らしい名案だったのかもしれないが、巻き込まれたこちらとしてはただの迷案だ。

 

 ……けれど。織斑の起こした行動は仕方ない事だと腑に落ちる面もあった。大体、急に集団の代表なんて重責を、能力の有無問わず珍しいというだけの理由で白羽の矢が立ったのならば、誰かに縋りたくなる気持ちも生まれてきて当然というものだ。……だとしても織斑の方が絶対クラス代表に向いていると断言出来るけど。

 

 クラス代表は無論御免だが、個人の感情どうこうで意思を曲げるほどこのクラスの担任は甘くない。不服と諦めが半々になった気持ちで了解の意を唱えようとした、その時──

 

「お待ちください! そのような選出は認められませんわ!!」

 

 甲高い声がそれを遮った。ガタリと椅子を鳴らして盛大に立ち上がったのは、俺の席から右斜め前に座る女子──セシリア・オルコットだった。

 

「クラスの代表に男を選ぶなど納得出来るものではありません! いいですか!? クラスの代表とはクラスの顔! なれば実力トップのわたくしがなるのが必然というものです! それをこのような男に任せるなどいい恥晒しですわ!」

 

 興奮というエンジンが唸り続けるオルコットは憤激冷めやらぬままに言葉の暴風を吹き荒らす。彼女が女尊男卑の傾向があるのは先の会話で知っていたが、なにもこんな大衆の場でも男を悪し様に語るとは思わなかった。

 

「大体、わたくしとしてはあらゆる分野で後進的なこの国で、ISを学ぶために少なくとも三年過ごさなければならないのです! それすら耐え難い苦痛だというのに──」

 

 彼女の怒りを示す水温計は最大値をとうに振り切り、もはや昇天し掛かっている。男を毛嫌いする女性はこのご時世別段珍しい訳じゃない(というかむしろ多い)が、それを加味してもオルコットの激昂は異常と見て取れた。そこまでの強い男嫌いには過去に何かそう成るに至るきっかけがあったのだろうか? 

 

 男からの裏切り? 暴力? あるいは……略奪? いや、考えても範囲が広すぎて絞り込めない。

 オルコットの激昂スピーチを俯瞰しつつそんな事を考えていると、アクセルベタ踏みの彼女に真正面から立ち向かう猛者が現れた。

 

「なんだよ、イギリスだって大したお国自慢ないだろ。世界一まっずい料理作っておいて何様気取りだ」

 

「なっ!?」

 

 目を細めて、怒りと呆れが織り交ぜられた視線を向けて織斑がそう告げた。オルコットが驚愕に目を剝いたがそれも一瞬の事。拳を固く握りしめたオルコットは織斑の席へ足を進めて彼を睥睨し、お互い怒りで染まった顔で睨み合う。

 

「あなたっ、わたくしの祖国を侮辱しますの!?」

 

「先に侮辱してきたのはそっちだろ」

 

「わたくしは真実を言ったまでですわ!」

 

「んなら俺だってそうだ。大体そんなに日本の事が嫌いなら学園に来なければ良かったじゃないか」

 

「それは──!」

 

 まさに一触即発。止めなければとは思うものの、中途半端な気持ちで二人の頭を冷やそうとすれば、それは熱した油に水を注ぐのと同義。弾ける炎が周囲に被弾するのは免れないだろう。

 

 二人の言い争いは続く。その光景をクラス全体が緊張の空気で見守っていた。俺も皆に紛れて二人のやり取りに視線を向ける。もっともそれに緊張や心配の色は無く、都合よくこのままの勢いで俺が代表になる事を忘れてしまってくれないかな、という若干の期待を込めた不真面目な視線だけど。

 

「っっっ……!! いいですわ、そちらがその気ならわたくしにも考えがあります」

 

 そう告げて、ずっと睨み合っていたオルコットが腕を大きく振りかぶり、そのまま勢いよく振り下げて織斑に指を突き付けた。

 

「決闘ですわっ!」

 

「ISでか? いいぜ。四の五の言うよりよっぽどわかりやすい」

 

 唐突に突き付けられた決闘の申し出に織斑が快諾する。負ければ奴隷というオルコットの追加条件に対しても迷う素振りすら見せず首肯した。……織斑は負ける事を一切想定していないのだろうか……? 

 

 少なくとも代表候補生であるオルコットとの実力差は雲泥の差だと俺は思う。織斑がどれほどの実力を持っているのかは定かではないが、俺みたいに先日までISと全く関係ない人間だったとすれば、正面からやり合って彼女に勝つ可能性は奇跡に等しい。

 

「で、ハンデはどのくらいつける?」

 

「あら? さっそくお願いでして? わたくしならいくらでも付けて構いません事よ?」

 

「いや、俺がどのくらいハンデを付ければいいのかなーと」

 

 織斑がとんでも爆弾を投下する。刹那の沈黙後それは一瞬で爆発し、その余波は笑いの波となってクラス全体に染み渡った。

 

「お、織斑君、それ本気で言ってるの?」

 

「男が女より強かったのなんて大昔の事だよ?」

 

「ねぇねぇ、今からでも遅くないからハンデつけてもらいなよー」

 

 クラスの女子がこぞって言い寄る。言葉自体は柔らかく、聞き様によっては織斑の身を案じての提案とも受け取れる。でも、それに乗っている感情は失笑と嘲りだ。それらをクラス中から向けられた織斑はたまったものではないだろう。けれど──

 

「……じゃあ、ハンデはいい」

 

「えぇ、そうでしょう。むしろ一方的な戦いにならぬようわたくしがハンデを差し上げても──」

 

「それもいい。同じIS乗り同士の戦いだ。俺と君、条件は五分だろ?」

 

 情けは不要と織斑は言い切った。圧倒的実力差があるにも関わらず、しかし、その言葉に意地や強がりのような虚勢の震えは無い。織斑の席から離れている俺にも分かるほど、彼の声音からはただならぬ熱を感じ取れた。

 

「さて、話はまとまったな。では勝負は一週間後の月曜、その放課後に第三アリーナで執り行う。形式は織斑、オルコット、蒼羽、以上三名による総当たり戦とする。それぞれ出来うる限りの準備をして試合に臨むように」

 

 織斑先生が静かに告げる。そうしてこの喧嘩のようなやり取りは決闘という形へ昇華される事となった。

 

「これで正々堂々と戦えますわね。あなたのような自分の実力も理解していない愚かな男など、イギリスの代表候補生にして専用機を持つこのセシリア・オルコットが叩き潰してさしあげますわ!」

 

「いいぜ、かかって来いよ。悪いがこっちだってやるからには全力で勝ちに行かせてもらうからな!」

 

 織斑、オルコット両者が意気こみ、熱を帯びた視線を互いに交し合う。二人の間には大気が歪むほどの闘志が焔の如く燃え盛っていた。それはまるで漫画の主人公と対を成すライバルを彷彿とさせ、横槍は許さんと両者の圧が訴えかけている。

 だから、一応言っておきたい。それも声を大にして。

 

 ……うん。このクラス戦に俺が参加する必要ないよね? 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 授業が一段落ついて昼休み。広すぎる校内を迷いながら辿り着いた食堂はとんでもない程にぎわってた。その光景に“座れるかな”なんて不安が頭をよぎったが、学園の食堂は全校生徒が使用する事を始めから想定して作られているため席が不足しているから立って食べるという事はないだろう。

 

 最も、あくまで“全校生徒が座れるだけの余裕”があるのであって、全員が全員好きな席に座れる保証は無い。実際何処を見渡しても一人ゆったりと座れるような場所は無く、必然的に適当なグループに入るような相席を取る形になってしまう。

 

 拒絶される事は無いかもしれないが、初対面の相手と距離を近くして食事を摂るのは避けたいというのが本音だ。一時的という制限が付くものの勉学の重荷から解放されるせっかくの時間。出来れば有意義に活用したいと思うのが俺という人間の性だ。

 

『ねぇ、ちょっとあれ……』

 

『何? 噂の二人目?』

 

『うわ髪なっが。てか白っ、えっ染めてるの?』

 

 お財布に優しいリーズナブルな価格で発行出来る食券を握りしめて列に並べば、不思議と列は俺の直線上を中心線として綺麗に二つに割れていく。さながらジッパーを下げたファスナーのよう。

 

「えぇっと……」

 

 目の前で行われた集団行動に困惑する。何か意味があるのかと待ってみたものの列が動く気配は無い。割り込みようになってしまうが、ここは順番を譲ってくれたと無理やり解釈して進むのが得策だろう。

 

 列の間を進んで食券を担当のおばちゃんに手渡す。『あいよー』という軽い言葉と共に俺の昼食は比較的迅速に提供された。

 というのも俺が頼んだ昼食というのがサンドイッチなのだ。主食や副菜などバランスが取れた定食と違ってこれなら席に着いて食べる必要性は薄い。おばちゃんに頼んでラップなどで包んでくれたりすれば、屋上なんかで食べる事も出来るだろう。

 

 出来の悪い頭を動かして、相席を逃れるべく導き出したこのサンドイッチ作戦。ちなみに上手くいくかはおばちゃんの返答次第である。

 

「あの、すいません。お手数をおかけしますが、このサンドイッチをラップで包んでいただく事は可能ですか?」

 

「ん? そりゃあ構わないけど……どうしてだい?」

 

「いえ、良い天気だったので屋上で食べるのもいいかなぁと」

 

「ふう~ん」

 

 おばちゃんは訝しげに俺の顔を見た後、視線を僅かに下げた。白い制服を彩る青いネクタイを確認して、少しだけ眉根を寄せる。

 

「あんた新入生だろう? 一人で食べるのかい?」

 

「えぇ」

 

「駄目じゃないか、入学早々一人でお昼を食べようなんて。せっかく入学したんだ。ご飯を食べる時ぐらい誰かと一緒に居ないと、お友達出来ないぞ?」

 

『ほれ』と言いながらおばちゃん皿に乗ったサンドイッチを差し出した。受け取れという意味だろう。それはつまりサンドイッチ作戦は失敗したという事を示唆していた。

 

「……」

 

 おばちゃんが言っている事は正論だ。離島に建てられたこの学園では友人という立ち位置の存在は大きいのは理解出来る。理解出来るが──それでも負の感情を感じない訳ではない。それでも食い下がるような真似はしない。そんな事をしても何も生まない事は分かっているのだから。

 なるべく不満の感情が面に出さないよう注意して苦笑いをすると昼食が乗ったトレイを受け取る。するとおばちゃんは、にかっと笑った。

 

「ほら、ご飯貰ったら早く行きな。後ろでお友達も待ってくれてる事だしね」

 

「ありがとうございま……す?」

 

 訳の分からないおばちゃんの言葉に間抜けな声を出しつつ首をかしげる。とりあえず後ろを振り向いてみると、そこには爽やか笑顔のイケメンが手を振りながら歩み寄ってくるのが見えた。

 

「……織斑?」

 

「おーいシオン! 今からメシか?」

 

「うん、そうだけど……」

 

「そうか! だったら一緒に食べようぜ!」

 

 爽やかさに太陽が如き明るさを加えた笑顔で織斑が言ってくる。あまりの眩しさ(幻覚)に思わず目を眇めた。

 強制相席になるであろうこの空間において織斑の提案は魅力的なものではある。しかし──

 

「……」

 

 少し、ほんの少しの心配事が顔を出す。粘っこいそれが引っ付いたように喉から離れなくて、承諾の言葉が出てこない。

 

 分かっているのだ。優しさを享受するのが悪手だという事が。たとえ微量だと高を括って楽観視すればそれはいずれ自分の肉を抉る牙となって襲いかかって来る。経験者として、俺は嫌という程それを知っている。

 

「……織斑、悪いけど」

 

 このまま織斑の提案を断ろう、と考えた時だった。

 

「なに黙ってるんだい。ほれ、あんなハンサムな男が誘ってくれてるんだ。()()()()()もさっさと行った行った」

 

「えっ?」

 

「じゃあ俺は先にテーブルに行ってるから! 絶対に来いよな!!」

 

「え?」

 

 おばちゃんが背中を押すように告げて、織斑は席を案内するため一足早くその場を発った。あれよあれよと事が進んであっという間に織斑と昼食を共にする事に。

 

「いいねぇ、かっこいい男から誘われるなんて、お嬢ちゃんも女冥利に尽きるってもんじゃないか。待たせないうちに行っておやり」

 

 呆然と立ち尽くしているとおばちゃんがそんな事を言ってくる。手をシッシと蠅を払うようなしぐさをしているのは早く行けという事だろう。

 釈然としない頭のままトレイを持って渋々織斑が座る席に向かう──と、その前におばちゃんに向き直る。

 

「おばちゃん、最後に一つだけ言いたい事があります」 

 

「ん? なんだい?」

 

「……自分は“お嬢ちゃん”じゃありません」

 

「???」

 

 目を点にしておばちゃんが首をかしげる。目の前にいる生徒が男だという事が分からなかったのだろう。どういう事か訊こうと口を開こうとした時、遠くから声が響いてきた。

 見れば大きく手を振りながら織斑が叫んでいる。あれは──うん。出来れば早急にやめていただきたい。

 

「……では、俺はここで失礼します」

 

 ほんのり“俺”を強調して俺は織斑の席へ向かった。その道中やたら注目されたけど、それは織斑が叫んでいたからだろう。そうだ、そうに違いない。

 

「……ん?」

 

「む?」

 

 織斑が座っていた席へ着くと、そこには先客がいた。綺麗な黒髪をポニーテールにした、切れ目の女子。凛とした雰囲気の彼女は休憩時間の時に織斑と親しくしていた子だ。

 

「あぁ、そういえばシオンは初めてだったよな。こいつは篠ノ之箒。俺の幼馴染だ」

 

「い、一夏! 自己紹介ぐらい自分で──!!」

 

 話すきっかけがないと察したのか、互いに初対面同士どう接していいか頭を悩ませていると織斑が本人より先に彼女の紹介をしてくる。その事に篠ノ之は弾かれるように織斑へ顔を向けたが、第三者がいる事に気付いたのだろう。気不味そうに顔を歪めてこちらに向き直る。

 

「……し、篠ノ之箒だ。よろしく頼む」

 

「うん。知ってると思うけど、俺は蒼羽白音。よろしく、篠ノ之さん」

 

「──っ」

 

 ファーストコンタクト。初めての相手に失礼の無いよう苗字呼びで挨拶をしたつもりだったのだが、何処か至らない点があったのだろうか。俺が挨拶をした後、篠ノ之の目つきが鋭いものへと変わった。その瞳には暗い影が灯っている。酷く冷たい視線。だがその影が姿を見せたのは一瞬の事で、すぐに申し訳なさそうに顔を俯けた。

 

「すまんが、その……私の事は名前で呼んではくれないだろうか。私は自分の苗字があまり好きではないんだ」

 

「あぁ、そうなんだ」

 

 名前にコンプレックスを抱く人間というのは別に珍しい事じゃない。かく言う俺も昔は自分の名前が嫌いだった。自身を現す単語だからこそ、そこに嫌悪感を抱くと長い間逃げ場のない苦痛を味わってしまう。

 

 そういう場合は相手が望むよう応えるのが最適解だ。この時なるべく相手を詮索する真似はせず、即座に答えればなお良い。デリケートな悩みだからこそソフトかつ迅速な対応がものを言う。

 

「ごめんね、そんな事とは知らずに名前を呼んで。よろしく箒さん」

 

「ッ……こちらもすまなかった。それと、さんは付けずに箒でいい。改めてよろしく頼む」

 

「じゃあ俺の事も好きに呼んでくれて良いよ」

 

「あぁ、そうさせてもらう」

 

 俺の対応が功を奏したのか、箒はぎこちなくも笑みを浮かべてくれた。許してくれた、と考えていいのだろうか? 

 

「まぁ、とりあえず座れよ。ずっと立ってるのもあれだろうから」

 

「分かった。織斑の言うように座らせてもらうよ」

 

 言われたとおりに席に座る。最終的に相席となってしまった訳だが、結果から見れば良かった部類に入っているように思える。

 相席になった以上何か話さないと落ち着かないと思ったが、その心配は杞憂に終わった。というのも織斑と箒が仲良く話しているからだ。そのため俺は会話の聞き手に徹するだけで済んでいる。

 

「──にしても、長い間会っていなかったというのによく私だと分かったものだ」

 

「またその話かよ。言っただろ? 幼馴染の顔なんて忘れるはずないって」

 

「そうだとしても長い年月は人を変えるものだ。私だって最後に会ったあの日と全く同じではない」

 

「そうかもな。でもほら、箒らしい面影もあったし、髪型も前と同じだろ? それでわからなきゃ幼馴染は語れねえよ」

 

「ふふっ、そうかっ」

 

 その言葉に箒は心底嬉しそうな微笑みを浮かべる。整ったルックスから放たれたその笑みは、同年代とは思えない程の魅力を秘めていた。

 

「二人はどのくらいの間離れてたんだ?」

 

 ふと気になって、そんな事を口にしていた。

 

「ん? んー、そうだな。六年ぐらい、か?」

 

「五年弱だぞ、一夏」

 

「あれ、そうだっけ?」

 

「そうだ」

 

 俺が訊いた質問に二人の意見は分かれた。五年か六年か、うろ覚えな織斑に対して自信たっぷりで答えた箒。信憑性は箒の方が上だろう。

 

「五年弱ね。その間一度も会ったりしなかったのか?」

 

「そうだな。会おうと思って会えるほど箒は近くに引っ越した訳じゃないしな」

 

「あぁ、会いたいとは思っていたのだが……複雑な事情が絡んでな。私と一夏はその間一度たりとも会っていない」

 

 もきゅもきゅサンドイッチを食べながら考える。幼い時に分かれた二人が時を経て学園で出会う。それだけなら割と現実味がある話だが、女子高等学校という特殊な場所で男女が出会うとなれば稀有な話だ。

 

 一見すれば誰かが裏で仕組んだと考えられなくはないが、あまりに手が込みすぎているし、そうする意味が見いだせないあたりその可能性は薄い。一体どれほど歯車が上手く嚙み合えばこんな結果になるのだろう。

 

「なんか、運命みたいだな」

 

 ぽつりと呟く。実際それは再会した二人に対する率直な感想だった。

 大抵人生っていうのは上手くいかない事の方が多い。まだまだ経験が乏しく、人生を語るには幼すぎる俺ではあるが世の中良い事ばかりではないのは分かっているつもりだ。

 

 でも、世界の全部が自分の味方になったみたいに事が進む時が稀にある。

 例えば、ずっと欲しかったものがたまたま手に入った時。

 例えば、思いを寄せている相手と両想いだった事が発覚した時。

 例えば──ずっと願い続けていた存在と思いがけず出会った時。

 それらを仮に運命と呼ぶのなら、今の二人は運命に引き合わされたのだと思う。

 

「……ふふっ、白音もなかなか良い事を言うではないか」

 

 不意に箒が微笑みを浮かべながらそんな事を言ってくる。俺が放った小さな呟きはちゃんと箒の耳に入っていたらしい。運命なんてオトメチックな単語を口にした事に、今更ながら俺は恥ずかしさを覚えた。

 ただ、不幸中の幸いと言っていいのか、とりあえず呑気に定食のサバを口にしていた織斑の耳には届いていないようだった。

 

「ん? なんだ、シオンが何か言ったのか?」

 

「いや、なんでもない。別段気にする事じゃないから織斑は安心していいよ」

 

「そ、そうだぞ一夏。特に気にする内容ではない。というか、耳にしなかったお前が悪い」

 

「ちょ、二人ともずるいぞ! 揃って俺をのけ者にして!」

 

 ギャーギャー反抗する織斑を尻目に再びサンドイッチをもきゅもきゅ食べる。チラリと箒の方に視線を向ければ、彼女は何処か嬉しそうに定食を口へ運んでいた。朱色に染まった頬を必死に取り繕う仕草が妙に引っかかった。

 

 そこで俺は一つの可能性に思い至る。それは篠ノ之箒は織斑一夏に“ホの字”ではないかというもの。

 短絡的かもしれないが、教室で織斑と箒が会った時、彼女の顔色はやけに朱くなっていた。意中の相手と再会したともなれば、なるほど、過剰な頬の赤らみは高揚によるものだと納得出来る。

 

 二人が最後に会ったのは約五年前。つまりはそれだけの年月の間、箒は一人の異性に思い馳せていた事になる。当時は小学生の少女が、だ。分かれていた期間を問うた時、箒は即かつ的確に回答を口にした。毎日別れてからの年月を数え続けていた裏付けと考えれば、その思いも本物だ。

 

「……」

 

 そこまで考えて、俺は今の状況がどれだけ不味い事をしでかしているのかを知った。長い間別れていた意中の相手との二人きりの食事中、突如乱入してきた部外者というのが現在進行形の俺の立場だ。

 この圧倒的アウェイ感。確定では無いものの、箒の気持ちを知ってしまっては罪悪感を感じざるをえない。

 ここは大人しく引くのが吉。まずは両手に持ったサンドイッチを早く片付けようと、俺はリスのように頬を膨らませてパンを貪った。







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