IS ~蒼穹を舞う願いの翼~    作:バニラアイス

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あえて言わせてもらおう。タイトルは手抜きであると。(ハム風)

※なお、独り言である模様。


第4話 人間距離は大切に

 長い年月を経て、再会した幼馴染は見違えるほど男らしく成長していた。小学生の頃は同じぐらいだった身長も、今では見上げなければならないほど伸び、肩幅も広くなっている。

 五年という年月はここまで人を変えるのか。大人びた一夏を見て、改めて時の流れを思い知らされた。同時に、それだけの長い月日を共に過ごせなかった事を悔やんだ。

 

 ──一夏は私の事を覚えていてくれただろうか? 

 

 不安と期待を秘めて声を掛ければ、一夏は私が幼馴染だと一発で言い当ててくれた。これほど嬉しい思いがあふれ出たのは何時ぶりだろう。自分が惚れている相手から言われたなら尚更(なおさら)だ。私自身でも急速に頬へ熱が灯っていくのが分かる。

 

 一刻も早く一夏と話をしたくて、無礼を承知で先に話していた者に一夏を借りる断りを入れる。すると彼はびっくりするほど快く承諾してくれた。

 一夏を教室から連れ出し、屋上で二人っきりの会話を楽しむ。たった数分の談笑はとても有意義で、楽しかった。一夏と話す、たったそれだけの事なのに、心の奥底で渇き飢えていた何かが満たされていくのを私は確かに感じとった。

 

 やがて時間は去って昼休み。一夏と共に昼食を摂りに食堂へ赴く。私たちが頼んだのは日替わり定食。ちなみに今日の献立は焼きサバをメインにしたものだった。

 

「一夏、向こうのテーブルが空いてるぞ」

 

「お、ほんとだ。行こうぜ」

 

 二人そろって同じ席に着いて、同じ食事を摂る。私たちがまだ別れていなかった頃、剣術道場の帰りに私とその両親、そして一夏と千冬さんの五人で食事を共にしていた。それは血が繋がっていない他人とはいえ、本当の家族のように団欒とした暖かいものだったのを覚えている。

 

 それからは別れていた間の時間を互いに埋めるように、過ごしてきた日々の話に花を咲かせた。私が転校してから入れ替えるようにして入って来た転入生の事や、中学校の事。どういった経緯でIS学園に入学するに至ったかなど。

 正直話の内容なんて、どうでも良かった。離れ離れだった一夏が隣にいる。それだけで胸が一杯で幸福に感じるのだ。

 

「ん? あれ?」

 

 一夏が中学時代に仲の良かったという三人組の事を話している時、不意に遠くへ視線を放った。確かめるように目を細めると席を立つ。一体何かと一夏の後を目で追うと、そこには一夏に負けず劣らずの有名人がいた。

 その者と何か話し、満足げな表情で一夏が帰ってくる。

 

「どうしたのだ?」

 

「んんや、ちょっとな」

 

 そうは言うものの、一夏はそわそわして落ち着きがない。きゅうりの浅漬けを箸で突っついては待ち遠しいように遠くへ視線を向ける。

 

「場所が分からないのか? おーい、こっちだぞー!」

 

 此処が多くの生徒が使用している食堂だろうがお構いなしに一夏は叫んで大きく手を振る。すると程なくして一夏待望の人物が姿を現した。

 

 一夏に次いで発見された二人目の男性IS適合者、蒼羽白音。

 一言でそいつを言い表すなら、謎多き人物だろうか。病的なまでに色素の薄い肌、名前に反して日本人離れした毛色の髪。線の細い身体は事前に男だと申し出が無ければ分からない程だ。

 さらにそこへ存在を秘匿(ひとく)したまま学園に入学した、などという情報が加わるのだから、ますます謎が深まるばかりだ。

 

「……し、篠ノ之箒だ。よろしく頼む」

 

「うん。知ってると思うけど俺は蒼羽白音。よろしく()()()さん」

 

「──っ」

 

 その呼び名に、反射的に目を鋭くしてしまう。彼にとっては何気ない呼び方だったのだろう。むしろ初対面の相手を苗字で呼ぶのは至って一般的だ。……そうとわかっていても身に沁みついたその名に対する嫌悪感は拭いきれるものではなかった。

 

 相手は何も悪くないというのに私は勝手に怒りを抱いてしまっている。どろりとした自己嫌悪が胸から湧き出て、自分がひどく醜い人間に感じてしまう。

 それが申し訳なくて、私は無意識に顔を俯けてしまった。

 

「すまんが、その……私の事は名前で呼んではくれないだろうか。私は自分の苗字があまり好きではないんだ」

 

 辛うじて閉じた口を開いて告げる。

 ──篠ノ之。その名前を聞けば大抵の人間は一人の天才を思い浮かべるだろう。

 世界を変えたISの生みの親にして稀代の大天災と称される、篠ノ之束。その天災と同じ姓の人間が居れば、容易に関係者だと感付かれる。

 

 それが私は大嫌いだった。何処へ行っても姉の事をしつこく訊かれ、『天災の血縁者なら君も天才なのでは?』などと根拠の無い期待を勝手に被せられる。大人は言わずもがな、子供だって後ろにいる大人が『あの子には優しくしなさい、仲良くなったらきっと良いことがあるから』などと言いくるめて間接的に寄ってくるのだ。

 

 欲に(まみ)れた大人も、笑顔を張り付けて寄ってくる同年代の子も。全員が全員私なんかじゃなくその先にいる姉にばかり目を向けている気がしてならない。

 何をしようが姉の存在が纏わり付いて、誰も私を一人の人間として見てくれないのだ……

 

「あぁ、そうなんだ。ごめんね、そんな事とは知らずに名前を呼んで。よろしく箒さん」

 

 だから。私の姓に詮索しなかった彼に我ながら驚いた。私の姓が篠ノ之と知った輩は漏れなく姉について言及してきたからだ。きっと彼もそうしてくると身構えていた私は肩透かしを食らった気分になる。

 でも、それと同時に嬉しかった。私の姓に対して何も興味を抱かないその対応が、染み入るように嬉しかった。

 

「……こちらこそすまなかった。それと、さんは付けずに箒でいい。改めてよろしく頼む」

 

「じゃあ俺の事も好きなように呼んでくれていいよ」

 

「あぁ、そうさせてもらう」

 

 白音に不快な思いをさせてしまった。その事を少しでも詫びようと必死になって笑みを浮かべる。

 ──私は上手く笑えているだろうか? 

 楽しい、嬉しい時に出る笑みではなく、相手に感謝や好意を示すための笑み。

 その顔を長い間作っていなかったせいで、どうやったら自然に見えるのかイマイチ良く分からなかった。

 

「まぁ、とりあえず座れよ。ずっと立っているのもあれだろうから」

 

 一夏が催促(さいそく)し、白音を椅子に座らせる。分かっていた事だが一夏は白音と共に食事をしたかったらしい。女子しかいない学園で同性同士と仲良くなろうと考えるの自然な事だ。

 しかし白音は一夏と会話する様子を見せなかった。もしかしたら一夏と何を話していいのか、分からないのかもしれない。

 

 気不味い沈黙が嫌だった私は適当な話を一夏に投げかけた。中身は長期間私に会っていなかったのに良く覚えていた、というもの。ちなみにこの話は既に一夏と二人っきりの時にしている。それでも訊いたのは、単に私の欲を満たすためだ。

 

 長い間互いに会っていなかったのだ。私が一夏だと分かったのは、テレビで一夏の事を報道していた時、学生服を着ていた一夏の写真が画面に載せられていたからだ。そうでない一夏は私の事を知らない、と言った可能性もゼロではないだろう。

 

 だが一夏は私の事を覚えてくれていた。本人曰く『昔の私と同じ髪型で、幼少期の面影がある。この条件で私だと分からなければ幼馴染は語れない』という事らしい。

 

 頬が緩み口角が上がる。何気に髪型を変えなかったのは一夏に気付いてもらえるよう願掛けじみた思いがあった私にとって、その言葉を聞くだけで天にも昇る心地になる。

 

「二人はどのくらいの間離れてたんだ?」

 

 不意に、ずっと黙っていた白音の口が開いた。私たちの関係を良く知らない白音にとってはあたりまえの問いだろう。

 

「んー、そうだな、六年ぐらい、か?」

 

 自信なさげに答えた一夏に対して私は即座に否定する。

 

「五年弱だぞ、一夏」

 

 正確には五年と一五日だ。別れた日から日数を数え続けてきた私に抜かりはない。

 それでもはっきりと伝えず、妙に言葉を濁したのはその行為に我ながら気持ち悪さを抱いていたからだ。重たい女(メンヘラ)……と思われたくなかったというのが一番近い気がする。

 

「五年弱ね。その間一度も会ったりはしなかったのか?」

 

「そうだな。会おうと思って会えるほど箒は近くに引っ越した訳じゃないしな」

 

「あぁ、会いたいとは思っていたのだが……複雑な事情が絡んでな。私と一夏はその間一度たりとも会っていない」

 

 複雑な事情というのは姉が開発したISの発表に伴って発足された“重要人物保護プログラム”というものが関係している。

 それは政府主導で行われたプログラムで、姉に近しい人物──両親と妹である私は保護という名目の元、各地を転々とさせられたのだ。転入と転学。その繰り返し。

 最初は共にいた両親も私が中学校に入学する頃には『自立出来る』と政府の役人が判断し、独りぼっちの生活を余儀なくされた。

 

 一度人恋しくなって一夏へ手紙を出そうとした事もあったが『居場所が第三者に明るみになる危険性があるので認められない』と言われ許可されなかった。外界との係わりを私は徹底的に制限されていたのだ。

 

 高校へ進学する際もそれは変わらず、政府側からIS学園への入学を強制された。だから、一夏と再会出来たのは本当に意図しない偶然だった。そう、それはまるで──

 

「なんか、運命みたいだな」

 

 白音が発した小さな呟きに思わず私は反応してしまった。だって、その言葉は今まさに私が思っていた事だったから。ご飯を摘まんでいた箸を止め、呼吸すら忘れて白音を見やる。

 

 一夏との再会は運命的だと、内心私もそう思っていた。けれど、自分で思うのと他人から思われるのとでは言葉の重みが違ってくる。第三者から見ても“運命的な関係”に映った事に私は妙な喜ばしさを感じた。

 

「……ふふっ、白音もなかなか良い事を言うではないか」

 

 自然と頬が緩む。けれど頑張ってにやける顔を引き締める。一夏と白音にはしたない女だと思われたくなかった私は気を紛らわせようと定食を口に運ぶ。同じようにして白音もサンドイッチをもきゅもきゅ食べていた。必死に口に詰め込むさまは、何となくリスを思い起こさせる。

 

 何やらどんな話をしていたか気になっている一夏だったが、私が適当に受け流す様子に答える気が無いと諦めたのだろう。やがて会話は再来週に行われるクラス代表戦の話へ移っていった。

 

「そういや箒、俺に色々教えてくれないか? このままじゃ何も出来ずに負けちまいそうだ」

 

「安い挑発に乗るからこうなるのだ。一夏はもっと先を考えろ」

 

「ぐっ……そ、そこを何とか! なっ!」

 

 一夏に頼られるのは素直に嬉しかった。それに応えたいという気持ちも当然ある。けれど私はISの知識が他の者に比べて乏しい自覚があった。

 

 そもそもこの学園に政府の(つて)で入った私は、自分の力で在学を勝ち取った者たちと違い不正をして入学したようなもの。流石に一夏よりは詳しいだろうが教えられるだけの知恵を習得している訳ではない。

 

「なぁ、頼む箒! この通りだ!」

 

「……う、うむ。そこまで言うなら仕方あるまい」

 

 両手をパンッと合わせて拝むように頼み込む一夏。後に引けないのは分かっているが、意中の相手が困っているのだ。手助けをしなければ女が(すた)るというもの。私は悩んだ末に一夏へ教える事を決めた。

 

「良かった! これで少しはどうにかなりそうだ。ほんとありがとな!」

 

「気にするな。幼馴染のよしみ、というヤツだ」

 

「そう言ってくれると助かる……ってそうだ。なぁ、シオンも一緒にどうだ?」

 

「……俺も?」

 

 ひらめいたように一夏が白音を特訓に誘う。

 

「あぁ。俺たちはISについてよく分かってないだろ? だから勝負に向けて一緒に勉強会しないか?」

 

 一夏の提案に白音は悩む素振りを見せる。承諾の言葉を待つ一夏に対して、私は内心少し、本当に少しだけ断ってくれるのを期待してしまっていた。

 

 別に私は白音の事が嫌いな訳では無い。むしろ良き交友関係を築きたいと思っている。しかし、長い間抑圧されていた一夏への独占欲がその思いを邪魔している。

 

 ──あぁ……まただ。

 

 悪い事だと自覚しておきながら、醜い欲望に私は弱いと勝手に理由をつけて、都合のいいよう流されようとしている。これでは自分が嫌っていたあの大人たちと同じではないか。

 

 一度は枯れた嫌悪感が再び溢れてくる。醜い泥に染まっていく顔を僅かに歪めたそんな時、ふと白音は私に視線を向けた。ほんの一瞬、蒼天を彷彿とさせる瞳と合う。その刹那、私は全てを見透かされたような不思議な錯覚を感じた。

 

「……提案は嬉しいけど、俺は遠慮させてもらうよ」

 

 そして、白音は私が望んだ答えを返した。

 

「はぁ!? なんでだよ! 白音は試合に勝ちたくないってのかよ!!」

 

 一夏が白音の返答に納得出来ないと言わんばかりにガタンと立ち上がり、声を荒げた。不平等に扱われる女尊男卑を嫌う一夏だ。きっと白音の回答も、『女にはどうせ負けるから、頑張るだけ無駄だ』と事前屈服したと解釈したのかもしれない。

 

 食堂という人が集まる場所で声を上げれば、必然的に視線が集まる事になる。世界初の男性IS適合者ともなれば尚更だろう。

 

『何、喧嘩?』

 

『あれ? あの子って織斑君じゃん!! 世界初の男性適合者の! 千冬様の弟の!!』

 

『相手は……誰? っていうかあの制服、織斑君が着てるのと同じ……って事は二人目?』

 

『え、じゃあ何、織斑君と二人目が喧嘩してるって事?』

 

 周りに良くないざわめきが広がっていく。中には白音を(けな)すような声もちらほらと聞こえてきた。一夏は熱くなりやすく、またそうなると周りが見えなくなる特徴がある。きっと周囲の声は聞こえていないのだろう。しかし白音は違う。自分を悪者のように(うそぶ)く声は相当堪えるものだろう……なのに、白音は焦ったりする様子もなく一旦席に座るよう一夏を促し、極めて冷静に口を開いた。

 

「落ち着けって。織斑、今回の試合について覚えているか?」

 

「は? なんだよ、急に……」

 

「いいから。それで、覚えてる?」

 

「あぁ、もちろん」

 

「うん。じゃあ確認するけど、模擬戦予定日は一週間後の月曜、選手は織斑とオルコットと……何故か含まれている俺の三人。模擬戦形式は総当たり制で間違いない?」

 

「あぁ、違いない」

 

「なら、それらを踏まえてもう一度聞くけど……織斑の言う勉強会っていうのは、()()()()()()()()()()()()()()()()って認識でいい?」

 

「っ!?」

 

 息を呑む気配。そこまで言って一夏は気付いたのだろう。白音は同じ男で、同じ境遇を背負った仲間で、それと同時にクラス代表争奪戦では同じ土俵で競い争う相手であるという事を。

 

「織斑はさっきクラスで『同じIS乗りの戦い、条件は五分で』ってオルコットに言っていたけど……」

 

 口を閉ざし、その先の言葉を白音は言わなかった。しかし、視線で伝える。そうしなくても分かる。一夏のしようとしている事は敵に塩を送る行為であり、果たしてそれは五分といえるのか、と。

 

「そう、だよな。先に俺が言っといてそれはイーブンじゃないよな、悪い。……けどいいのか? 俺は箒に教えてもらうけど、シオンはそういう相手が居るのか?」

 

「居ないな。でも、勝負ってのは常に時の運が絡んでくるものだし、織斑には箒っていう仲の良い知り合いが居て、俺には居なかった。それだけだよ」

 

 肩をすくめながらそう言うと白音はすっと席を立ちあがる。手には昼食のサンドイッチが乗せられていた白い皿が。中身は既に無くなっていた。

 

「え、もう行くのか? まだ時間はあるけど」

 

「うん。食べ終わったし、これから少し寄ろうと思っていた場所があるから。それに必要以上に戦う相手と一緒に居るのも、公平を害するって見られるかもしれないでしょ? まぁ、だから織斑はクラス戦の時まで箒にみっちり教えてもらうといいよ」

 

 じゃあ、と軽く手を挙げて白音は背を向けた。その背中を見て思う。白音は本当に私の心を覗いたのではないだろうかと。

 私が一方的にそう感じているだけので真実かどうかは定かではない。それでもあの優しい瞳の奥にある彼の意志は、私の隠れた本音を見抜き、醜く汚いと知ったうえでなおその意思を尊重し、気兼ねなく一夏の方へ歩み寄れるよう配慮してくれたのではないだろうか。

 

「それじゃあ改めて箒、よろしくな!」

 

 一夏の声が私を現実に引き戻す。何はともあれ、一週間後のクラス戦の時まで私と一夏が共に過ごす時間が増えた。

 

「あぁ、任せておけ」

 

 一夏の言葉に力強く頷く。一夏と一緒に強くなるために時間を費やす。それは前までは至極当たり前だった私たちの日常だ。途切れたはずの過去が長い月日を得て、たった今繋がったような気がした。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 食器を返却し、食堂を出る。少し歩けばおのずと食堂から放たれる喧騒が遠くなっていく。それとなく周りを確認し、人が少ない事を確認すると大きく空気を吸い、それ以上の何かを含んだ息を吐いた。

 

 箒が好意を抱いている(と思われる)織斑との会食を無難に抜け出せたのは、自分でも良く出来たと思う。長い間けなげに思い続けていた(と思われる)相手との時間なのだ。二人っきり……とは決して言い難い状況ではあったものの、邪魔するという方が無粋というもの。

 

 勉強会に誘われた時、一瞬目が合った箒も何か含みのある視線をしていたし、一緒にいれる二人の時間を俺の介入によって害される事を内心忌避していたのかもしれない。勝手に相手の方から去ってくれた方が箒にとっては都合が良いだろう。

 

 ──なんて。善人風を取り繕っているが、二人から離れられて嬉しいというのが一糸纏わぬ本音だ。下手に近づきすぎるとボロが出るのが俺の気質な以上、親密になるのは得をしない。自分も織斑たちも。

 

 何にせよ織斑の提案を断って一時的に二人との距離を開ける事が出来たのは御の字に違いない。素直に自分を褒めようと思う。

 

「っと、そうだった」

 

 何とかあの場を抜け出せた安心感で忘れていたが、昼食を摂り終わったら寄ろうと考えていた場所があったのを思い出す。行先は教職員室、目的は織斑先生に会う事だ。内容は言わずもがな、ISについて。

 

 聞くところによると、女性であればISについて学ぶのが数年前から半ば義務化されているらしく、平均的に中学あたりから教育課程の一環としてIS基礎学を受けるらしい。まともな教育機関と縁が無かった俺には知りえなかった一般常識だ。

 

 驚きなのがこれが最低ラインという事。此処IS学園に入学するにはこのライン──要は教育機関から教えられる範囲だけでは到底足りず、ほぼ全員がISについて独学なり専門塾に行くなりして知識を会得するらしい。それも遅くて中学入学あたりから手を付けなければIS学園入学など夢のまた夢と称される程に。

 

 ちなみに、これらの情報を提供してくれたのはオルコットだ。提供というより彼女の勝手な独白に近いものだったがそれは気にしない方向性で。

 オルコットの独白によれば、彼女がISについて深く学び始めたのは小学校高等部、大体三年ほど前だという。

 

 まぁ、とりあえずオルコットの云々は置いておくとして、自分が置かれた状況を客観的に捉えると。

 

 一週間という短い猶予期間(タイムリミット)を経て行われる代表戦。回避する事は実質不可能で、ISに関してこちらが初心者なのに対し相手は知識・経験共に数倍から数十倍の実力者(エリート)……

 

「うっわ……」

 

 考えただけで吐き気がしてくる。なんなんだこの条件不利をありったけぶち込んで()()り回して最後に圧力鍋でじっくりこコトコト煮詰めましたみたいなオンパレードは。しかも絶対参加が確定しているのが余計に(たち)悪い。路上で偶然血肉に飢えた連続殺人者(シリアルキラー)と遭遇する方がまだマシな気がする。

 

「はぁ……」

 

 さっきとは比較にならない程重いため息。ため息は幸せが逃げていくとか言う癖に、単語一つ追加された不幸は出ていかないなんて融通の利かないヤツだ。そう嘆きたくなったのは今回に限った事じゃない。どうにもならない事は逆に吹っ切れた方がいいと教えてくれたのは亡き養親だった気がする。

 

「よしっ」

 

 だから教えに従って吹っ切れた。吹っ切れたうえでどうするか考える。ほぼ負け戦に挑むようなものなのだから、こちらも相応の準備を整わせる必要があるだろう。

 

 とは言うものの、相応の準備なんて御大層に言ったところで曲りなりに打てる手を全て打って(あらが)う、この一択しかない。結局のところやる事はいつもと同じ、最善を尽くすに限る。

 ならば今出来る最善とは何か。防弾性能を兼ね備えた分厚い教本の知識を頭へ叩き込み、教員に知識・体技、その他もろもろの教えを乞う事だろう。

 

 そうと決まれば早速教員室に行かねばなるまい。手始めに第一目標(ファーストミッション)はあちこちの壁に掛けられた学園の案内表記板を見つける事。広大で複雑な迷宮(たてもの)には等間隔で案内板が設置されるのがセオリーのはず。さっきみたいに“迷ったけど偶然食堂に辿り着きました”みたいなミラクルは起きないと考えた方がいい。

 

「案内板って言うと階段の踊り場あたりが無難だよね」

 

 まずは案内板を見つけて現在位置を確認、その後その位置から目的地までのルートを逆算する。

 今後の予定を立てた俺は廊下を突き進んだ。ちなみに結局迷って、偶然通りかかった山田先生のお世話になるのはほんの数分後だったりする。

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