機動戦士ガンダム NEWTYPE   作:橘ミコト

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二人だけの艦隊

 「さぁ、ライム。そろそろその神様って奴と通信をつないでくれないか?」

 『は、はいっ。今画面を切り換えますね』

 

 アムロに促されて正面モニターが通信用に切り換えられる。一瞬だけノイズが走り、画面には白衣を纏った一人の女性が映し出された。

 その女性の腰まで届きそうな髪は燃えるように赤く、頭の右側で軽くリボンで束ねられただけのまとめ方は乱雑だったが、よく手入れされているのか画面越しでもその艶が見て取れた。また彼女が身につけているゆったりとした白衣の上からでも察せられるほどの凹凸から、並外れたプロポーションの持ち主であることも察せられたが、本来「いい女」とでも表すべきその全てを、顔を覆う不気味な笑顔の仮面がぶち壊しにしている。一言で言うなら、胡散臭かった。

 

 「お前が、その自称神とやらか?」

 「あら、随分とご挨拶じゃない? あなたの世界には挨拶とか自己紹介とかって文化はなかったのかしらね?」

 「あぁ、そうだな。人様をいきなり拉致監禁するような人間にまで礼を尽くさねばならないというしきたりは、少なくともなかったさ」

 「うふふふふふふ、あなた、結構面白いことを言うのね」

 「ははははははは、お前も中々言うじゃないか」

 

 ・・・・・・ブライトがすごく黒い笑みを浮かべながら女性と話しているのを見て、正直少し引いた。側面の画面をちらりと見やると、ライムもやはりひきつった笑いを浮かべている。

 

 「まぁ、いいわ。そっちのはともかくあなたが私に敵意を抱くのは仕方のないことでしょう。埒があかないから今回は私が折れてあげる。感謝なさい」

 

 そっちのとはご挨拶だな。

 

 「誰がお前なぞに感謝など。さっさと用件だけ話せ」

 「私、あなたみたいなの嫌いじゃないわ。それくらい骨がある方が、見ていて楽しいもの」

 

 自称神はくすくす笑いながら、まず簡単に神様システムの解説をすると、次に年表のようなものを表示して年代順にこの世界の出来事とその影響とを説明しはじめた。どことなくいけすかない雰囲気の女ではあったが、その説明は要所要所が分かりやすく噛み砕かれたもので、すんなりと頭に入っていく。

 

 「あぁ、そうそう、私、お前なんて呼ばれるのは好みじゃないのよ。私は、そうね、この世界を管理する神、英語で言うならGODよ。敬語で話せとまでは言わないから、せめて呼び名くらいもう少しまともになさい。

 それで、何か質問はあるかしら?」

 「その前に自己紹介をしよう。俺もいつまでも”そっちの”なんて呼ばれるのは癪だからな。俺はアムロ・レイだ」

 「ふん、神を名乗るくせに拉致した人間の名前も知らないとは、随分とお粗末な神もいたものだな。仕方がないから名乗ってやる、ブライト・ノアだ」

 「はいはい、アムロ君にブライト君ね、覚えたわ」

 「気安く名を呼ぶな。君付けも気に食わん」

 

 いつになくブライトがとがっている。妻子から限りなく遠い場所へ連れ去られ、その元凶を名乗る人物を前にすれば仕方がないのかもしれないが、どうにもらしくない。違和感が凄まじい。

 こういった交渉事はアムロの得意とするところではない。少なくとも、(冷や飯ぐらいも長いとはいえ)ブライトの方がまだましだろう。そう思って黙って見ているのだが、これはもしかして(もしかしなくても)俺が仲介した方がマシなんじゃないかとアムロが思い始めた頃、ようやっと話が本題に戻ってきた。

 

 「ここでもめても時間の無駄だ、さっさと本題に戻るぞ神(自称)」

 「あら残念。もう少し遊びたかったのだけれど、仕方がないわね、ブライト君。それで? 何か質問が?」

 「お前がくる前にライムの言っていた、神様システムなるものについてもう少し具体的な説明を寄越せ。神様ポイントとやらが必要なことは分かったが、何にどの程度のポイントが必要なのか、どのタイミングで補給が受けられるのか、あれではその辺りのことが全く分からん。艦隊指令として、そんな不安定なものに頼るわけにはいかない」

 

 画面の中の自称神はブライトの質問を聞くと、髪の毛を指にくるくる巻き付けながら、どことなく慎重に、言葉を発した。

 

 「そうねぇ、そんなものは私の匙加減としか答えられないわ。私のその日の気分次第、かしらね」

 「・・・・・・お前、正気か? 俺達軍人がそんな不確定なものに補給を頼るわけにはいかないことくらい分かるだろう? せめて目安の数値でも聞かなければ納得できない」

 「だから、イヤよ。そんなことをしてもつまらないじゃない。ゲームというのは手探りでやるからこそ楽しいのよ? まして私達は今回見て楽しむわけだもの、攻略本片手にやられたら見ていて面白くないわ」

 「そんな馬鹿げた話があるか!」

 「あるのよ! あなたの世界がどうだったかは知らないけれど、ここでは私がルール。私が法よ。あなた方が何と言おうとそれは揺るがないわ」

 「貴様、言わせておけばーー」

 「よせよ、ブライト。ここは一旦仕切り直しと行こう。回線だっていつでも開ける訳じゃないんだ、質問の内容だって考えなきゃならない。

 そちらの神様とやらも分かるだろう。お互い頭に血が上ったままでは進む議論も進まない。お互い頭を冷やす時間が必要だとは思わないか。こちらもいっぱいいっぱいなんだ、時間がほしい」

 

 突然の介入にブライトが噛みつこうとしてきたが、それを目で押しとどめた。当然、ここまでこけにされてアムロだって頭に来てはいるのだ。しかし、今ここで爆発すれば貴重な情報を入手する機会が失われてしまう。それに今までじっと二人の会話を眺めていて気付いたこともあった。

 

 「・・・・・・いいでしょう。どのくらい時間が欲しいの?」

 「・・・・・・二日だ。二日後の正午、もう一度回線を開く」

 「随分長いけれど、まぁ、いいわ。精々頭をひねることね。それじゃまた二日後にーー」

 「待ってくれ。期日に関してはそれで文句はない。だがまだ用意して欲しいものがある」

 「・・・・・・言ってみなさい」

 「情報だ。そちらの持っているできる限りの情報が欲しい。最低でもこの世界の基本情報と軍事情報、この2つは絶対条件だ。今後の見通しを立てるに当たっても、これがなくては話にならない」

 「へぇ、中々考えたじゃないの。軍事データベースに関しては現行の最新版がその艦に入っているわ。それ以外情報に関しても送ってあげなくはないけど、どの程度のものかにもよるわね」

 「この世界の歴史が含まれていれば文句はない」

 「いや、国際情勢についても寄越せ。各国の特色も含め詳細な奴だ。それとさっきの話にあったコーディネーターについてもだ」

 「いいわよ、その程度ならお安いご用だわ。それで? 要求はもう終わりなのかしら?」

 「・・・・・・いや、最後に1つだけ聞かせろ。俺達は、帰れるのか?」

 「そうね、無駄な希望を持たせるのもかわいそうだし教えてあげましょう。答えはもちろん、NO。貴方達が帰還することは、少なくとも私の知る限りではどんな手段を用いても不可能よ。素直に諦めることね。他にはもうないかしら?」

 「・・・・・・あぁ、これで終わりだ。手間をかけたな」

 「そう、それじゃこれでお別れね。また二日後にお話ししましょう。楽しみにしてるわ」

 

 女はそう言うと画面から消えた。ブライトの表情を窺うと、やはり不機嫌そうに顔をしかめている。思わずため息をつきそうになったがなんとか堪え、大きく息を吸ってから声をかけた。

 

 「ブライト、あと二日あるとはいえ、あと二日しかない。早く話し合いたいとも思うが、実際今日は色々なことが起きすぎた。明日の昼までは各自で休息をとりつつ資料を読み込む時間ということにして、お互い頭を冷やして考えをまとめるべきじゃないかと思う。俺も少し考えたいことがあるし、何より今のブライトは頭に血が上りすぎだ。らしくない」

 「・・・・・・済まん」

 「・・・・・・帰れないという話は、とりあえず置いておこう。あの女も私の知る限りでは、と言っていたしな。まずはとにかく、状況を整理しよう」

 「・・・・・・お前に気をつかわれるとはな」

 「気にするな、お互い様だ」

 

 ブライトは顔を強ばらせたまま、もう一度『すまん』と呟いて艦長室へと去っていった。それを見送って、思わずライムと顔を見合わせ、ため息をついた。

 

 「ふぇぇ、ぶ、ブライトさん怖かったです。お役に立てず、本当に申し訳ありません・・・・・・」

 「いや、ライムのせいじゃないよ。気に病まない方がいい。ブライトは今、すごく気が立ってるんだ。ライムの言っていた様に元の世界にもブライトがいるのだとすれば、たとえ帰還の道があったとしても、ブライトは事実上帰る場所を失ったことになる。ある意味俺のようにMIA扱いにされていたのなら、もう少し気は楽だったのかもしれないな。それに、あいつには俺と違って家族がいる。きっと俺以上に重いはずだ」

 「・・・・・・」

 

 目に涙を湛えて黙り込んでしまったライムを見つつ、俺もこっそりため息をついた。

 俺には家族はいない。その分ブライトよりは気が楽なんだろう、とは思う。だが頭ではそう思ってはいても、俺にも知人はいたし、友人もいたし、恋人もいた。ある意味で、家族がいない分彼らに依存していた部分もあるだろう。簡単に割り切ることは出来なかった。

 しかし。しかしだ。俺と同じかそれ以上に辛いのだろうブライトがいるのだ。一人泣き喚くことは出来ないと思う。そしてここでまた俺がふてくされれば、きっとブライトは自分の辛いのを押し隠して一年戦争のあの時の様に俺を叱りに来るに違いない。

 ならば、割り切るしかあるまい。元々宇宙の塵となっていたに違いないこの身が運良く助かったのだと思えば、多少の理不尽も何と言うことはない。今度はあの頃とは立場が逆だ。もしもブライトが取り乱したりしたなら、俺があいつの目をさましてやろう。もちろん、倍返しの法則に則り拳は4回ふりあげることになるだろう。

 

 「ほら、気にするなと言っているだろう。これはあいつの問題だ。周りが気に病んでも仕方がないことなんだよ。あいつが自分なりに折り合いを付けるまで、俺たちには見守ってやることしかできないんだ」

 「・・・・・・アムロさんは、いいんですか?」

 「もちろんいいわけはない、ないんだが・・・・・・ブライトほどこたえてはいないかな。現実味がないせいか、あるいは単純にあの時自分は死んだんだ、って思っているからかもしれない。何にせよ悩んでも仕方ないことだからなぁ。今はやるべきことをやっていくしかないんだよ、出来る奴がね」

 「今やるべきこと、ですか?」

 「そうだ。ライムには、俺を手伝ってほしい。寝る前に明日の話し合いのためにも資料に目を通そうと思っているんだが、分からないことも多いと思うから隣で見ていてくれないか」

 「はい、それくらいなら、私でもできそうです」

 

 ようやっとライムの顔に笑みが戻った。それを見てこちらも笑い返し、そしてある1つのお願いをした。

 

 「それと、ブライトの部屋にーー」


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