よろしければどうぞ。
九十九化したでんでん太鼓を追って私たちが着いたのは、人里から大分離れた森の中だった。思っていたよりもすばしっこいため、そっちに気を取られて木の枝や根っこにぶつかってしまい、ようやく開けた場所に出れたころには、服や身体のあちこちに引っ掻き傷や擦り傷が出来てしまった。
しかし、それくらいの無茶を取った分の成果はあったようだ。
「…何、あれ」
「焚き火か?」
暗く生い茂る森の中にぽっかりと開けた場所には、パチパチと燃える焚き火があった。森で焚き火すること自体が問題ではあるが、今現在としてはそれは二の次だ。1番の問題は、
「九十九化した器物と狸が、踊ってる?」
そう、数え切れないくらいの九十九かした器物と狸達が、焚き火を囲んで踊っていたのだ。しかも、ただの狸ではなく、妖力を持ち変化して私たち人を騙す、妖怪狸だ。まあよほどの長生きした個体でもない限り、動物から妖怪化したものが強力な力を持つことはないし、その数自体も少ない。それが一般的だ。しかし、私たちの目の前にいる妖怪狸達は、信じられないことに十数匹はおり、しかもその一匹一匹が、普通の妖怪変化よりも高めの妖力を持っていた。
しばらくの間、狸達が踊る様子を見ていた私は、あることに気づく。それは、狸たちの踊りには一定の法則性があること。その動作が、何かの術とそれを実行する陣のような役割を果たしているようだ。それを裏付けるように、踊りが進むごとに妖怪狸達の妖力が徐々にではあるが、練られている。
「なら、この器物たちはその補助の役割となっているのか?」
「…ああ、もう何でもいいわ!とりあえずこいつら全員退治すればそれで解決でしょう!?」
その声の方を向いて、ぎょっとした。完全に我慢の限界を越えてしまった霊夢が、お祓い棒と札を持って突撃しようとする直前だったからだ。
何故か魔理沙と文の姿が見えないが、この際それはどうでもいい。
「れ、霊夢ちょっと待って下さい!まだもう少しだけ様子を見てからでも…」
「無理!」
私が霊夢の両脇に手を差し入れて羽交い締めにして動きを止めようとし、
パキンッ。
「「…あ」」
それを掻い潜って踏み出した霊夢の足が、落ちていた木の枝を踏み折っていた。
ーそれからはあっという間だった。異音に気づいた妖怪狸たちが私たちの姿を見たと思ったら、一瞬の躊躇も見せず森の奥深くまで走り去ってしまった。九十九化していた器物たちは変化が解け、元の器物の姿で地面に転がっていた。
「ああ、せっかく見つけたのに…、ん?誰か近づいている…?」
目の前で事件の重要な手掛かりを逃してしまったことに落ち込んでいた私の聴覚が、新たにこの場に近づく何者かの足音を感知した。
「霊夢、用心してください」
「分かってるわよ」
霊夢がお祓い棒と札、私は身体の周辺に狐火を浮かべ、それぞれ待機して数分経ったころ、聞こえていた足音の持ち主が、この場所に姿を現した。
「おや?てっきり博麗の巫女と黒白魔女かと思ったんじゃが、魔女の代わりに妖怪の賢者の式とは、こりゃ予想外じゃった」
ほんの少し掠れた老婆のような声色を発したのは、身体の半分くらいの大きな狸の尻尾を持つ女性だった。
二ツ岩マミゾウ。最近この幻想郷に入ったばかりの、私と同じく長い年月を生きた妖怪狸の親分の立場となる者だ。
興味深そうにこちらを見るマミゾウの視線が癇に障ったのか、眦を吊り上げて睨みつけていた霊夢が、お祓い棒を突き付けて怒鳴った。
「アンタが、今回の事件の犯人ね!」
「突然人に物騒なモノ突き付けて犯人呼ばわりとは、心外じゃの」
「それなら、貴女は違うと?」
「いや、ここの指示をしたのはワシじゃが」
「「当たってるじゃん」」
何だか余計に疲れた。私も人のことを言えた義理ではないが、長生きをしたものは、人間妖怪問わず言葉の中に遊びを混ぜることが多い。
しかも、恐らくだがマミゾウも私と同じ頭脳労働派タイプ。これ以上相手どるのは良くないだろう。
「アンタ、あんまり博麗の巫女を舐めるんじゃないわよ…?」
むしろ、霊夢の我慢の限界の方が亜音速でぶっちぎっていた。
「どうどう霊夢。二ツ岩殿もあまり煽らないでいただきたいものだが」
「ははは、すまぬのぉ。どうも元気な若者に会うとからかってしまうものでな」
カラカラと笑う様子を見るに、どうやら悪気はなかったらしい。しかし、その程度の謝罪では怒りがおさまらないのか、態度が軟化する様子は見られない。私は霊夢の視線からマミゾウが隠れるように身体を前に進め、本題に入ることにした。
「二ツ岩殿。今回の件についての詳細を教えてはいただけないだろうか。人的被害は出ていないとはいえ、人里では不安の声も少なからず上がっている。原因を追求しなければならないのだ」
「ふむ。まあいいじゃろう。どうせもう用は済んだのだしの」
私の言葉に頷いて、マミゾウは懐から取り出した煙管に火を灯しながら話し出す。霊夢の方はまだ不服そうだが、何とか話を聴く姿勢になってくれたようだ。
「どこから話そうかの。…ワシの部下である妖怪狸たちが、最近周りの妖怪たちに比べて立場が低くなっていての、そのためか怪我をする者も増えてきていたのじゃよ。ワシは一応親分じゃからな。改善策として、大昔から伝わっておる儀式を行うことで、部下の妖力を増強させることを思いついた。場所は森でなくとも、ある程度広い場所があればよかった。…じゃが、一番大事なものが揃わなんだ」
「大事なもの?」
「それはの、数じゃよ」
「数?」
「数いる狸たちの中でも、妖怪化しているものは少ない。この儀式には、少なくとも儀式に参加する者以上の数で、場を整える必要があるんじゃ」
「そこで、九十九を生み出したと」
ようやく話が繋がってきた。そう言えば、この二ツ岩マミゾウという人物。昔は九十九達の百鬼夜行を作っていたこともあると聞く。ならば、今回の九十九を生み出すことも手慣れたものなのだろう。
「…で、もう用は済んだのか?」
「うむ。少し予定は早まってしまったが、思っておったよりも随分と力を付けたようでな、もう十分じゃろう。これ以上ここで儀式をすることはせんよ」
「そうか…」
正直、ほっとしている。何しろ、霊夢がもうこれ以上待ってくれない。妖怪退治の専門家であり、幻想郷で起こる異変を解決する巫女である博麗霊夢が、人間に危険が及ぶ存在である妖怪を放っておくことは出来ない。…というのは建前で、知る人は知っている自堕落な性格を持つ霊夢は、自分からあまり動きたがらないのだ。そんな彼女をこれ以上動かそうとするのはいけない。…むしろ、現在進行形で「あ?そんなことで私を半日以上動かしたっての?」的なことをブツブツと殺気と共に発していて、マジでヤバい。ストレスで自慢の尻尾の艶がなくなっていく。
「では、人里の者にはそのように伝えておこう。…霊夢もそれで良いね?」
「…ちっ、仕方ないわね。私はもう疲れたし、そのへんは全部藍に任せるわ」
「了解したよ」
舌打ちが若干気になるが、了承を得たことで深く考えることは止めよう。そうとなれば直ぐに実行に移そうとした私と、神社に帰ろうとした霊夢を、マミゾウが呼び止めた。
「ちょ、ちょっと待った。それだけなのかの?」
「は?何、退治されたいのアンタ?」
霊夢がちょっと引き気味にマミゾウを見る。しっかりとお祓い棒と札を構えて。
「いやいや違うぞ!?ただ、巫女というのは妖怪に対しては冷酷無比で、容赦なしで退治するというものだとばかり聞いていたのでな」
「はあ!?何よ、人がまるで無慈悲なヤツみたいじゃない!」
「まあ、あながち嘘ではないけれど…。いえ何でもないです」
ギロリ。
つい同意しそうになって、霊夢から睨まれてしまい慌てて誤魔化す。
「ったく。別に、妖怪だからといって直ぐに退治なんてしないわよ。ただ私の生活の邪魔さえしなければどうでもいいわ」
「そ、そうか?疑って悪いのお」
「フン。そう思うなら、今度何かお酒とか持ってきなさい」
ふふ、霊夢らしいな。マミゾウは巫女らしくない台詞と視線にたじろいでいたが、納得はしたようだ。それ以上は何も言ってこなかった。
「よし、では行こうか、霊夢」
「はいはい」
しかし、これで事件解決、かな?
マミゾウに背を向けて、私達は森を出る。これから後始末に追われることになるだろう未来に気落ちしながら、足を進めるのだった。
…うん?そう言えば、何か忘れてるような?
「ふう、遅くなって悪い!いやあ、珍しい植物を見つけたからつい…って、あれ?」
「あややや、まさかこの私が遅れるなんて!ネタ、スクープはいずこー!?」
白黒魔女とゴシップ記者天狗が、霊夢と藍をさがして森中を探していたことを知ったのは、次の日のことだった。
どうも、如月日和です。
なんとかひと段落着きました。
番外編もこれからは載せたいな、と思っております。