星々の孤独によせて   作:依瑠iru

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第11話

 今年のクリスマスは平和に過ごせるだろう。アルタイルは淡い期待を抱いていた。母のヒステリーは相変わらず続いていたが、今年はベラトリックスがいない。嫁ぎ先のレストレンジ家で過ごすのだという。優しいアンドロメダとナルシッサしか来ないのだから、猛獣に狙われた草食動物のような気分は味わなくてすむ。

 アルタイルは浮き浮き気分でリビングのクリスマスツリーを飾りつけた。キッチンからはクリーチャーがジンジャークッキーを焼くいい香りがしている。

 

「ねえ、アルタイルって好きな子いないの?」

 

 暖炉の前で寛いでいたアンドロメダが唐突に言った。届いたクリスマスカードを読み終わって暇を持て余したようだ。それを聞いたナルシッサも読んでいたファッション誌を閉じた。

 

「私も興味あるわ」

「ええ……」

 

 アルタイルは露骨に嫌そうな声を出したが、年上の従姉たちはお構いなしだ。アンドロメダはソファの肘掛けから軽く身を乗り出した。

 

「いないの? あの子は? ローズ・オブライエン、仲良いでしょう?」

「ローズとはそういう仲じゃ――」

「純血でしょ、問題ないわ」

 

 ナルシッサが言い切った。そして本人そっちのけで姉妹であの子がいいあの子はダメだと盛り上がりだした。もう勝手にしてくれ、とアルタイルはベラトリックスといる時とは違う疲労感に襲われていた。

 レギュラスが焼きたてのクッキーを運んできた。いくつかアイシングが不恰好なものがあるのは、レギュラスが手伝ったものだからだろう。久しぶりにクリーチャーと一緒に過ごせたからか表情は晴れ晴れとしていて機嫌が良さそうだ。

 

「よかったら食べて」

 

 アンドロメダとナルシッサはにっこりと極上の笑顔を浮かべた。

 

「レギュラスは好きな子いないの?」

「い、いないよ! 急に何!?」

「あら、真っ赤になって。可愛いわね」

 

 レギュラスの初々しい反応は格好の餌食だった。

 

「レギュラスをいじめないでよ」

「いじめてなんかいないわ。人聞きの悪い」

 

 ナルシッサがじろりとアルタイルを睨んだ。些細なことでも聞き逃さずに言い返すのが彼女の性格である。

 

「ねえシシー、今年の一年生ってどんな子が入ったの?」

 

 アンドロメダはレギュラスと入れ違いにホグワーツを卒業している。ナルシッサは「そうねぇ……」と視線を宙に漂わせた。

 

「あ、あのっ、まだ焼いていないクッキーがあるから!」

 

 今が逃げるチャンスと思ったか、耳まで真っ赤に染めたレギュラスがキッチンに走り去った。アルタイルも一緒についていきたいところだが、「私たちから逃げるなんてひどいわ」と嫌味が飛んできそうなので断念した。

 

「そんなの屋敷しもべ妖精に任せておけばいいのに。クリーチャー離れはまだまだしそうにないわね」

 

 ナルシッサがつまらなそうに言った。

 屋敷しもべ妖精は無賃で家事をこなし、魔法契約で縛られているため主人を裏切ることはない。人間を雇うより遥かに経済的で信頼がおける便利な存在だ。奴隷のようにこき使う魔法使いも多い中、レギュラスは家族のように大切にしていた。幼い頃からクリーチャーが面倒を見ていたからかもしれない。乳母の魔女もいたが、三人の子供を一人で見るのは大変で――特にシリウスはやんちゃだった――クリーチャーもよく手伝っていた。

 一年間箱の中にしまわれていた球体のオーナメントは待ちきれない様子でアルタイルの手の上に飛び乗った。暖炉の明かりが当たって綺麗に輝ける場所に飾りつける。銀色の滑らかな表面にアンドロメダの姿が朧に映った。

 

「アルタイルはレギュラスの好きな子知ってる?」

「知らない」

「話を終わらせようと嘘ついてない?」

「本当に知らないんだ。そんな話、したこともないんだから」

「うーん、まだ女の子に興味が出てくる年頃じゃないのかしら」

 

 アンドロメダこそどうなんだ、と訊き返すことも考えたが自ら話題に加わったらいよいよ逃げ場がなくなるのでアルタイルは黙ってツリーの飾りつけに集中した。

 

 

 

 その夜、アルタイルは寝巻が汗で肌に張りつく感触で目が覚めた。連日、母の愚痴に付き合っていたせいか家に帰ってきてから眠りが浅かった。シリウスへの不満をくり返し聞かされたが、それは期待の裏返しだと思う。本当に失望したのなら、母はシリウスの存在をなかったことにして一顧だにしないはずだ。

 窓ガラス一枚隔てた向こう側はマグルの街だが、防音魔法がマグルの生活音を全て遮断している。静かな夜闇の中でじっとしていると、耳の奥で母様の声が甦った。

 

『アルタイルは決してシリウスのようになってはいけないわ。あなたはブラック家を背負う立場なのだから』

 

 家を継ぐ立場も期待もむしろ望んだものだというのに、その言葉はどうしてか重い鎖のように肩にのしかかった。母の愚痴に加えて、自由に外に出れない生活に気が滅入っているのかもしれない。昨年この家でずっと一人だったレギュラスが不憫だった。

 壁に張られた天体図の星の位置が三時を告げている。カーテンを開けると雪明りでランプがいらないほど明るかった。アルタイルは喉の渇きを潤すためにベッドから降りた。この時間はクリーチャーも寝ている。起こして水を持ってきてもらうのはダメだ。クリーチャーをこきつかうとレギュラスに怒られてしまう。

 階段を降りる途中、玄関に人影があるのに気がついた。

 

「アンドロメダ……?」

 

 囁くような小さな声だったが、夜の静寂の中では確かに相手に届いた。

 扉に手をかけていたアンドロメダが振り返る。外套を着て大きなトランクを持つ姿は今にも旅行に出かけるかのようだった。

 

「騒がないで」

 

 張りつめた表情でドアノブから手を離し杖を抜いた。ここは安全な家の中だというのに、身を守るかのように。

 アルタイルはとっさに自分の杖を探して腰の辺りを探ったが、寝室のサイドテーブルに置いてきていた。

 

「どこへ行くんだ?」

「このまま家にいるとあなたと結婚することになるわ」

 

 純血を保つためにいとこと婚姻を結ぶことは珍しくなかった。親たちがアルタイルとアンドロメダを結婚させる可能性は大きい。

 昼間の話題が頭をよぎり、アンドロメダを突き動かす理由に察しがついた。

 

「駆け落ちか」

「クリスマスは好きな人と過ごしたいの」

 

 アンドロメダの瞳は揺るぎなく、あの日汽車でグリフィンドールに入ると言ったシリウスと同じ決意をたたえていた。

 アルタイルは手を握りしめた。杖がない今、圧倒的に不利な立場だった。

 

「相手は?」

「テッド・トンクス」

 

 その名前には覚えがある。アンドロメダの同級生でハッフルパフの監督生だった男だ。

 

「はっ、あんな穢れた血を選ぶなんてどうかしてる!」

「黙りなさい」

 

 アンドロメダはアルタイルに杖をつきつけた。

 

「次にその言葉を言ってみなさい。決して許さないわ」

 

 アンドロメダは本気だ。幼い頃から一緒にいたからわかる。次は躊躇いなく魔法を放つだろう。スリザリンの監督生になったほど優秀な魔女だ。声高にマグル生まれを貶すことはなかったが、でも、まさか、こんなかたちで家を出るとは――そんな度胸がアンドロメダにあるとは思っていなかった。

 アルタイルは裏切られた気分で従姉を睨みつけた。

 

「出ていけ。二度とこの家に帰ってくるな」

「ええ、そうさせてもらうわ」

 

 冬の夜の空気と同じくらい冴え冴えとアンドロメダは言った。家に未練はないのだと言葉と態度の両方で告げている。

 アンドロメダは重厚な扉を押し開けた。しんしん降る雪がロンドンを白く染め、雷気・・とかいうマグルが発明した力で輝く街灯が辺りを照らしている。アンドロメダは振り返ることなくマグルの街へ歩き出した。

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