高度育成高等学校での学園生活が始まってから2度目の週末。
オレは休日に入学時に渡されたパンフレットに掲載されていた図書館に足を運んでいた。
特別今読みたかった本があるわけではないのだが、
学園の名所として紹介されていたので一度覗いてみようと思ったのだ。
眺めてみれば開放感のある天井に、日の光が差し込む図書館はなるほど芸術的で、
一体建設にどれだけの費用が掛けられたのかも想像がつかないほど凝っている。
(なるほど面白い造りをしている…一般開放もされているようで学生じゃない人もチラホラいるな)
休日であるからか、人の姿もそこそこ多いように見受けられる。
ゆっくりと読書で一人の時間を楽しんでいる奴もいれば、
黙々と机に向かい勉強をしている奴もいた。
座るスペースを取り囲むようにして陳列されている蔵書を見た感じ、
洋書から実用書、学習用の参考書から文芸書まで様々な書籍が置かれているようだ。
これだけ本があれば卒業まで退屈する心配もないだろう。
とりあえずなにか面白い本はないか、一通り図書館を散策をしてみることにした。
(へー、本当にいろんなジャンルの本が纏めて置かれているんだな。あっちは…特選のミステリー小説コーナーみたいだ。…ん? あいつは確か)
特設スペースである本棚の前で、一人でうんうんと唸っている女子生徒を発見した。
あいつの名前はそう、…同じクラスの椎名ひよりだ。
彼女はどうやら背が低いせいか目当ての本に手が届かないようで、
つま先立ちになりながら本棚と格闘している。
(初日の自己紹介で読書が趣味とか言ってたな。ミステリー小説が好きなんだろうか…)
ここで見て見ぬ振りをして後で恨まれたくはないので、
オレは彼女の後ろからそっと近づき、その手の先にあった本を取ってやった。
「ほら、これが読みたいんだろ?」
突然話しかけられ驚いたのか、
手を伸ばした状態のまま椎名は目と口をあんぐりと開けてこちらを振り返った。
「えっ! あっ、ありがとうございます……あれ、綾小路君?」
「あぁ、同じクラスの綾小路だ。こんな所で会うとは奇遇だな、椎名」
彼女は本当にビックリしたようで本を受け取った状態でしばらく固まってしまった。
まさか同じクラスの生徒がここにいるとは思わなかった、という顔をしている。
「なんだ? オレが図書館にいるのがそんなに不思議か?」
「え、そ…そうですね……不思議です」
「…そこは普通、『不思議じゃない』って返すもんじゃないか?」
「……――フフッ、そうですね。失礼しました」
なにかツボに入ったのか、椎名はオレを見て可笑しそうにクスクスと笑う。
「白状するとCクラスの方たちはあまり本を読まれないようでしたので、お休みの日に図書館では会わないと思っていました。ですが、――綾小路君なら納得です。綾小路君はどこか他の人とは違った空気を持たれていましたので……」
「…そうなのか?」
なるべく世間一般の普通の学生らしい行動を心掛けているのだが、
椎名から見てオレは特異な存在に映るらしい。
頭をポリポリと書きながら虚空へと視線を逸らす。
違った空気ということは、Cクラスで浮いてしまっているということだろう。
「あ、別に変な意味ではないので、あまり気にされないでくださいね。初日のあの状況で冷静にポイントを気にされていた綾小路君は凄い人なんだなぁと、個人的に思っていただけですので」
「……いや、それは過大評価なので否定させてくれ。昔から…疑り深いだけなんだ。実際には大した奴じゃない」
「いえいえ。あらゆる可能性をしっかりと考える事は、間違いなく長所だと思います。あの時お話されていた綾小路君はまるで――……ところで綾小路君。突然つかぬことをお伺いするんですが、ミステリー小説って好きですか?」
「は? ミステリー小説?」
いきなりの話題転換に面食らってしまった。
若干彼女の鼻息が荒くなったのが気になるが、まぁ答えてもいいだろう。
「あーそうだな……嫌いじゃあない。ただどちらかという本は雑食だから、興味を持ったものなら何でも読むといった感じだな」
「そうなんですね! ……コホン、いえ、嫌いじゃないなら良かったです。――実は私、ミステリー小説が大好きなので一緒にお話が出来るお友達がずっと欲しかったんです…。綾小路君、もし良かったらで良いんですが、私と――お、お友達になってくれませんかっ?」
そこまで言い切ると、椎名は不安そうな笑顔を浮かべながらこちらの表情を伺ってくる。
どうやら内向的な彼女なりに勇気を振り絞ってくれたようだ。
断る理由もないので二つ返事でOKと答えてやる。
突然の申し出に驚きはしたが、オレとしてもCクラスの友人が増えるのは悪いことではない。
返答を聞いた椎名は胸を撫でおろし笑顔を浮かべた。
あまり感情を表に出すタイプだと思っていなかったが、認識を改める必要がありそうだ。
「良かった…嬉しいです。実は恥ずかしい話なんですけど私クラスでまだお友達が出来ていなかったもので、綾小路君が友達の第一号になるんです。ありがとうございます」
「お礼を言われることじゃあない。それに…友達がまだいないのも全然恥ずかしいことじゃないだろ。オレだってまだアルベルトしかまともに会話するクラスメイトはいないし、似たようなもんだ。これからゆっくり増やしていければいい」
「そう言って頂けるとありがたいですね。――どうぞ、これからよろしくお願いします」
「あぁ、よろしく。椎名」
ニコリと満面の笑顔を浮かべた椎名は『ところでこの後時間はありますか?』と尋ねて来た。
特に予定は特に埋まっていなかったのであると答えると、
近くの喫茶店へ場所を移そうと提案された。
どうやら読書好きの友達が出来たらお薦めしたい本が沢山あるそうだ。
腰を据えて話をするには図書館だと怒られるので、場所を移したいということらしい。
「ポイントの無駄遣いは情報の確認が出来るまでまだ避けるべきですが、休日のお茶くらいであれば問題ないでしょう? 私からだけじゃなく、綾小路君が今まで面白いと思った本があったら教えて欲しいですし、…この学校で初めてのお友達なので、良い機会なのでもっとお話がしたいです」
「いいぞ、じゃあ外に併設されてたカフェに行くか」
「あ、ちょっとだけ待ってくださいね。この本だけ受付で貸出申請を行ってきますので…」
椎名はそう告げるとバタバタと急いで受付カウンターへと走っていった。
そんなに慌てなくてもいいのだが……、友人が出来てテンションが上がっているんだろうか。
案の定カウンター前で受付の人に注意されていた。
すいませんすいませんと、顔を赤くして平謝りしている椎名の方へ歩きながらオレは考える。
『椎名ひより』
Cクラスでは目立たないながらも教師からの受け答えはしっかりとしており、
ある程度の学力の高さは予想される。
生徒へと配布されるポイントが学力や普段の行動に直結するであれば、
彼女は毎月多くのポイントを獲得する成績優秀者の一人となるだろう。
オレとしては正直ポイントは最低限あれば
何か入用になった時は彼女に融通して貰える関係を作るとするのも良いかもしれない。
まだポイントシステムの全貌はまだ見えていないが、
恐らくこの学校の根幹を成す仕組みであることは間違いないのだ。
(せいぜい良い関係を築いておくことにしよう。3年間過ごすことになる学校だ……掛けられる保険は、――あればあるほど良い)
本を借りた椎名を連れて、
その後オレたちはカフェテリアでコーヒーを飲みながら歓談を楽しんだ。
まさかの3時間以上にも渡り拘束されてしまうこととなり、
途中で少し後悔してしまったことは――オレだけの秘密である。
氏名 龍園翔
クラス 1年D組
学力 D
知性 B
判断力 A
身体能力 B
協調性 E-
学校の評価
中学生時代より数多くの問題行動を起こしたとされながらも、確実な証拠はなく疑いの余地ある程度である。学力に関しては並以下だが、真剣に取り組んでいる様子はなく実力を発揮していないと思われる。特異なカリスマ性を持ってはいるが、協調性が全くない点を考慮すると『Dクラス』への配属が妥当だと判断。長所、短所の両面から改善を望む
龍園翔は失望していた。
このクラスのレベルの低さ、危機管理能力のなさに。
入学してきた時から、胡散臭い学校だと思ってはいた。
進学率100%と聞いていたが、その割には入学した生徒の学力はバラバラ。
クラス替えを三年間行わないシステムというのも変だ。
学校の教師たちは学生の関係性を考慮しながらクラスを割り振るものだと、
中学時代に教師が話していたのを覚えている。
俺みたいな学校の問題児として目をつけられていたやつには特にそれが顕著だ。
扱いづらい生徒はクラス替えの度に引き離されるようになっていた。
それだけではない、まだおかしな点はある。
生徒に配布されたポイント『10万ポイント』は毎月学生に配るにはさすがにやりすぎだ。
寮での生活にかかる光熱費や家賃が引かれるというならまだ分かるが、
全く引かれないというのだから意味が分からない。
(たかが一介の高校生に、国がそこまで金をかける訳がねぇ。馬鹿どもは気づいていねぇが、あの女教師、ポイントについてもぼかした言い方してやがった。教室にもなんでか知らねぇが監視カメラが設置されてやがる。サボりや居眠りもちゃんと見てますよってことか?)
2週間に渡りこの学校を調べてみてわかったことがある。
この学校には教室だけではなく、町の中までいたるところに監視カメラが仕掛けられている。
それこそ、カメラに映っていない場所など存在しないほどに。
つまり、ここは学園とは名ばかりの牢獄である。
俺たち学生は四六時中、学校から監視がされている状態ということだ。
(ま、それでもさすがに死角はあるみてーだがな)
入学式から2週間が経過した週末の午後。
俺は特別棟の一角で先ほど殴って屈服させた赤髪を見下ろしていた。
短絡的で粗暴な性格のコイツみたいなやつは、
最初に分からせてやった方が色々と動き易いのは経験上知っている。
赤髪の男――須藤は先ほど殴られた顔を抑えながら、こちらを反抗的な目で睨んできた。
あれだけ殴ってやったのに、どうやらまだ教育が足りないらしい。
俺は赤髪の胸倉を掴み上げ、頬骨目掛けて容赦なく拳を振り下ろす。
反抗する意思がなくなるまで、徹底的にやる。
振り下ろす。
振り下ろす。
振り下ろす。
何度も繰り返してやると次第に須藤の目に諦めの色が浮かぶ。
いくら喧嘩慣れした奴であろうと、一方的な暴力に対していつまでも反抗することが出来る奴はそういない。
「っ、ぐっ……ぅぁっ、や、やめてくれ……」
「――いい顔になったじゃねえか。ようやく自分の立場ってやつが分かってきたか」
俺を恐れる目。
勝てないと悟り、絶望し、俺に許しを請う須藤は遂に敗者になった。
「いいか、これに懲りたら俺に逆らうんじゃねぇぞ。お前は今日から俺の舎弟だ。俺がやれって言ったらなんでもやれ。逆らいやがったらそうだな、…お前、確かバスケのプロ目指してんだったか?」
「……ぁ゛、あぁ…」
「その夢、――まるごと潰してやるよ。知ってるか須藤、骨が折れたら部活に復帰するのに2カ月はかかるだろうな。お前プロ目指してるんだったら、2カ月練習できないことがどんだけ重いかわかんだろ? それが嫌なら――俺に従え、須藤」
脅しとして骨を折ると告げると須藤は先ほどより明らかに動揺を見せた。
やっぱりこいつの弱点はバスケだったようだ。
今後、須藤はもう俺を裏切ることはできない。
嫌だと思っても今日の経験を思い出し、どんな理不尽にも従ってくれることだろう。
怯えた表情でコクコクと頷く須藤を放してやる。
――これで手駒が増えた。
「いいか須藤。この学校は、お前が考えているよりも甘くない。入学してからDクラスを見ていて良く分かった。どいつもこいつも――頭の足りない、クズばかりだってことがな」
「ゲホッゴホッ、……が、学校が甘くないって、どういうことだよ?」
「Dクラスの奴らは誰も気づいちゃいないが、俺の予想だと毎月貰えるポイントは10万から
「んなっ!? ――ま、まじかよそれ…?」
「あぁ、嘘じゃねぇ。上級生のクラスで、明らかに人数が少ないところがあった。つまりそういうことだ。まだこの学校の仕組みの全貌は分かっちゃいないが、――とにかくあのクラスは最悪だ。このままいけばそうだな、来月ポイントが0になっててもおかしくない」
来月のポイントが0になると聞き須藤は固まった。
与えられたポイントで散財を繰り返していたのだろう。
聞いてみたら部活で使用するバスケ用品などで既に8割は消費してしまっているらしい。
まだ入学して二週間だというのに使いすぎだ。
「俺はこれからDクラスの他の奴にも脅しをかけて従わせるつもりだ。俺が呼んだらそれに付き合え」
「は、はぁ!? な、なんでそんなことしなきゃならねーんだよ!」
「クク、決まってんだろ――俺がDクラスの王になるからだ」
そう、俺はこれからDクラスの王になる。
これから学園生活を3年間同じクラスで過ごしていく上で、
自分が動かせる手駒は多ければ多いほど良い。
その為には暴力が一番手っ取り早い。
一つ一つ芽をつぶしていく必要があるが、喧嘩自慢らしいこいつを抑えておけばクラスの制圧にそう時間はかからないだろう。
「まずは一人。次はそうだな……――あいつがいいか」
「あいつ?」
「初日に自己紹介とか言い出してた仕切り屋がいただろ。サッカー部のあいつ……確か名前は――平田だったな」
クラスメイトの仲の良い女子に勉強を教えていた所も見た事がある。
そこから考えると平均以上の学力と運動能力を保有しているのだろう。
男女隔てなく接する協調性の高さからも、
他の奴らへの影響力から考えると手駒にするには申し分ない。
ああいう優等生タイプを手下にしてしまえば、
クラスの中で反抗するやつも纏めて抑えることが出来る。
「平田かよ…、あいつは気に食わねぇから別にいいけどよ」
「余計なこと考えんじゃねぇ。相手が誰だとかはお前には関係のない話だ。お前はただ機械のように俺の指示に従うだけでいいんだ、履き違えんじゃねぇぞ」
「――チッ、…わーったよ」
話も終わったので承諾した須藤を一瞥しその場を去る。
想定より少し時間が掛かってしまったが許容範囲だろう。
来月まで残り2週間。
ここからあのクラスを纏めると来月の配布ポイントはどうなるだろうか?
配布されるポイントが個人であればまだ良かったのだが、
上級生を見るにどうやらこの学校はクラス単位でポイントを配布している可能性が高い。
「ハハハ、面白いじゃねぇか」
そこまで考えて龍園は笑う。
こんなものはピンチでもなんでもない。
そもそも非日常を求めて龍園翔はここにやってきたのだ。
前の学校は退屈で嫌気がさしていた。
それに比べればこの学校の、なんと刺激の多いことだろうか。
「せいぜい俺を退屈させんなよ、――高度育成高等学校さんよぉ」
かくして、Dクラスの暴君は動き出す。
他クラスから何歩も出遅れた形で。
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