死を恐れないということは、止まらないということである。
コルバック公国南方、リガン平原。
この世界には、定期的に起こる大災害がある。
一つは『大移動』───無数の魔物たちが群体を成し、国々や村々を荒らしては何処へと消えて行く。行先は定かではないが、被害こそ甚大な現象。
原因と思しき物に見当はついているが、今と関係のない話なので割愛。
今この平原に起こった『大移動』に、国は大規模防衛戦線を展開。敵の殲滅か撃退か、いずれかの結果に辿り着かなければならない。
だから、惜しみない投資と援助を行ってきた。
その甲斐あってか、此度の『大移動』からも国を守ることは出来ていた。
しかし、敵は限り無く、多種多様。兵は疲弊し、病床も埋まりつつある。
「…このままでは…不味いかもしれない」
───防衛戦線における、部隊長の一人。赤い目と長い黒髪を持つ女傑、ベアトリクス・ローレライはこの事態を憂いている者の一人でもあった。
本日で防衛は8日目。補給は十分。装備も潤沢。だが物量の差は圧倒的な上に、『次の災害』にも備えなければならない。
疲弊も消耗も、可能であるならば抑えたい。
それが彼女をはじめとする部隊長達の総意であり、そしてそれは国や商会も一緒だった。
「兵の疲弊も目立って来ている…どうしたものか」
そう頭を悩ませる彼女の元へ、伝令が来た。
伝令兵の顔は喜色満面? いや戦々恐々? ともかく、喜びと恐怖がぬい混ぜになった顔であり、ベアトリクスは困惑した。
彼女が兵を思いやる言葉を送る前に、兵は弾けた様に語り出す。
「大公より伝令! 兵士のうち複数名が勝手に部隊名〝ぶつ切り〟を名乗り勝手に出陣!! 最前線に突っ込むとのことです!!」
「はぁ!?」
この非常時に、と女騎士は苛立ちに歯を軋ませる。だが、そんな彼女を他所に、伝令兵は更にまくし立てる。
彼等は「この日をずっと待っていた」と
その言葉の真意が何なのか、その部隊を止めることは可能なのか、そもそも大公は何をしていたのか、何とか落ち着いて一つ一つをどうにかしようとした時だ。
───『それ』は、来た。
先ず、地響きと唸り声。
獣の大群かと思われたそれは、その実は人の身から発されたもの。
次に、ギラギラと光る巨大な刃。
騎馬兵を馬ごと切り殺せるのでは、そう思わせるほどの片刃の大剣をその群れは掲げていた。
〝『進軍』せよ!!〟
〝『進軍』せよ!!〟
次第に、唸り声は人の言葉となり始めた。
殺意と歓喜に溢れた声を戦場へ轟かせる。
異様といえば異様な光景。
野蛮極まりない進軍とも言える。
だが、それを見たベアトリクスは───いや、兵達は何とも言えない高揚感を味わった。
〝『根切り』にせよ!!〟
〝『根切り』にせよ!!〟
皆殺しを凱歌のように叫ぶ兵達。
軽装なれど恐れなく、躊躇なく、ただ進軍する。
その先は言わずもがな魔物の大群。
無謀な特攻に見えたそれは、しかし。
先頭に立つ平たい顔立ちの男の叫びにより───
「殺せええええぇぇええええ!!!!!」
───大量の
群体を組めば侮れないゴブリンの首が、大量に飛ぶ。四肢を唸らせる魔獣達の牙や爪が足や腕もろとも飛び散る。乱雑に振るわれた刃が否が応でも戦果を生み出し続ける。
死を恐れない行軍。嵐そのものが戦場を縫うかのように、血風と臓物が平原をグロテスクに侵食していく。まるで地獄の悪鬼が作り出すような光景だ。
兵が
まるで魔物を殺すことこそが、我等の生き甲斐であると示すかのように。切り刻むことこそ本懐と誇るように。
勿論、敵の大群に突っ込んだ以上無事はない。
幾人かの兵は毒矢を喰らい、爪と牙で引き裂かれ、一人また一人と倒れていく。
だが彼等は───その死に様が恐ろしい。
誰一人とて死を恐れていない。
誰一人とて死に絶望していない。
笑って剣を振り下ろして、敵を道連れに逝って行く。味方もまた、それを見ては笑い上げ、更にさらにと武器を奮って屍の山を築く。
未だ先頭に立つ平たい顔立ちの男が叫ぶ。
彼に率いられた兵達が叫ぶ。
高らかに、誇るように、楽しそうに。
ただ、ただ、叫び続ける。
「殺せええええぇぇええええ!!!!!」
魔物よりも魔物らしい、それは。
本来ならば人を襲うもの達を、人を食うもの達を、否が応でも心の底から震撼させた。
自分達を殺すことを喜びとする者達が、
いやさ、死を厭わない群体が己に迫る。
あらゆる工作も、足掻きも、作術も、関係がない。
ただただ殺しに来る『何か』が迫っている。
生物にとって、生きたいと願う者にとって、これほどの恐怖があるだろうか?
いいや、ない。
自身を絶やさんと迫る者に対し、恐怖を抱かないのは、せいぜい生存を諦めた者ぐらいだ。
彼等は『ぶつ切り』部隊。
あらゆるものを名の通り刻む、即興の剣林。
この大地に殺意を刻む、野蛮な群体。
その光景を見ていた、ベアトリクスは言葉を失った。
あまりにもいかれている。
これが人間なのかと、呆然とする。
彼女は今まで、こんな狂気の沙汰を見たことがない。
このような「イカれ」をまとめ上げているのは、一体何者なのか───望遠鏡を借り受け、進軍者達の先頭を見る。
ここで初めて「平たい顔立ちの黒髪の男」を見たベアトリクスは、己の目を疑う。
「……ジゲン…?」
どうやら狂気を束ねる者は、彼女と顔見知りらしかった。