酒というものは偉大である。
味が良いことはもちろん、飲んだ時の酩酊感は程よい量であれば気持ちがよく、料理の調味料などにも使える。味も様々で苦み、甘み、渋みと種類によって数多の顔を見せてくれる。また、料理やつまみ等との相性がいいものもあれば、塩を舐めながらでも飲めるものもある。繰り返して言うが酒は偉大である。そしてそんな偉大な酒が目の前にある。
キンキンに冷えたジョッキに黄金色が揺れる。その黄金を透明な宝石を思わせる気泡が駆け上がる。そしてジョッキの上部にはキメ細やかな泡。
そう、ビールである。いやさ、おビール様である。
「……頂きます」
酒を発明した人に。酒を今も作っている人に。酒の原料となるものを作っている人に。酒を美味しく提供してくれる店に。そしてなにより酒そのものに。酒に関わる全てに感謝を込め、手を合わせる。
それは単なる食事前の挨拶としての所作であったが、あまりに真に迫った様子であったので、周囲からは敬虔な信者の祈祷のように見えたことだろう。
合わせた手を離し、流水の如き無駄の無い動きでジョッキを手に取る。ここからはスピードが命だ。カラカラに乾いた喉におビール様を流し込む。キメ細やかな泡がまず口内を満たし、間髪を容れず黄金の液体がそれを蹂躙し、口内から喉へ、喉から食道、食道から胃へ一気に駆け巡る。その行軍は一口では終わらず、ジョッキの半分程まで減らした辺りでようやく止まった。
「ップはァ! やっぱうめぇなぁ!」
「相変わらず美味そうに飲むねぇ、ヒーローは」
対面に座る中性的な顔立ちをした男性はしみじみと零した。彼は大学からの友人で、社会人となった今でも定期的に飲みに行くくらいには仲が良い。名前は
「美味いものは美味そうに飲み、食う。当然の事じゃないか。それとヒーローって呼ぶのいい加減やめてくれよ。もう今年で24になるんだぞ? 恥ずかしいったらないっての」
「いいじゃない、ヒーロー。
会う度にこのやり取りをしているが、一向に呼び方を変える気配が無いので最近は半ば諦めつつある。
「漫画の主人公みたいなツラしてる奴に言われても嫌味にしか聞こえないんだよなぁ……。まぁそんなつもりで言ってないのは知ってるけど」
「ほらほら、そんな事言ってる間にもうグラスが空いてるじゃないか。そろそろ頼んだ料理も来る頃合だろうし、ササッと次の飲み物頼んじゃいなよ」
会話の隙間にちょくちょくジョッキを傾けていたため、気付けば確かにジョッキが空になっていた。やはり最初の一杯はこうなってしまう運命にあるのだろう。
「次もおビール様だな。今日は暑かったし、水分補給をあまりしていないから喉がカラッカラなんだ。今日はとことんおビール様で攻める日と決めている」
「いや、 ビールで水分補給できないからね? 利尿作用で全部体外に出ていくからね? ちゃんと水飲んでよ?」
「馬鹿にするな! しこたまビール飲んだ後にちゃんと水も飲むわ! ルールを守って楽しく
「相変わらず沸点どこにあるかわからないね、ヒーローは」
「お待たせしましたー! 串盛り2人前、山盛りポテト、焼き枝豆でーす!」
元気のいい店員が俺と総司のテーブルに料理をならべていく。最初に頼んでおいたおビール様と相性の良い3品だ。本来なら唐揚げ系も追加すべきだが、今回は山盛りポテトという芋の山脈をチョイスしたためにお休みしてもらった。
「ありがとうございます。あ、あと生ひとつお願いします」
「生一丁いただきましたー! それではごゆっくりどうぞー!」
さて、NEXTおビール様がいらっしゃる間に料理をしっかりと観察しておこう。
まずは串盛りからだ。定番のもも串から始まり、ネギま串、皮串ときてつくねとヤゲン軟骨という変化球で攻め、レバーと獅子唐で玄人も満足させるラインナップだ。この中で注目するべきはやはり獅子唐だろう。串盛りの中盤に獅子唐を挟むことによって味に緩急をつけることができる。もちろん獅子唐単体でみてもその仄かな甘みがまたビールにあう。串盛り界の助演男優賞といったところだ。
お次は山盛りポテト。居酒屋の定番メニューでもあるフライドポテトだが、この店では某ハンバーガーチェーン店と同じシューストリングタイプのようだ。細長くカットされていて、カリッとした食感が楽しめる。個人的には少しシナっとした部分も嫌いではないのだが。そんなシューストリングタイプのポテトが楕円形の器にドッサリと盛り付けられている。文字通り山脈を思わせるその見た目には心躍らざるを得ないだろう。また、塩味に飽きた時のためにマヨネーズとケチャップが別皿で添えられているのもありがたい。
そして最後に登場、焼き枝豆だ。通常よく見かけるのは茹で枝豆だが、昨今SNS等でも少しずつ見かけるようになってきた気がするのがこの焼き枝豆だ。茹でずに焼くことによって旨みの流出を抑え、凝縮された旨みによって枝豆自体の味が濃くなる。デメリットとして焼く際にごま油を使っていたりする事があるために、手が汚れてしまうという点だろうか。まぁそういう物だと割り切れば特別問題にもならないだろう。
「生一丁お待たせしました!」
「ありがとうございます」
丁度料理の観察を終えたところでおビール様がやってきた。この店、駅前によくあるチェーン展開してる居酒屋ながら料理のラインナップは俺好みだし、酒の提供は早いし当たりだったな。
「前から思ってたけど、ヒーローって店員にやたら丁寧に接するよね。いや、僕も敬語くらいは使うけどさ。ヒーローのそれはなんかこう、ちょっと過剰というか」
「当たり前だろ。俺は飲食という業界に最大限の敬意を払っているんだ。どれだけ丁寧に接したところで過剰になる事なんてあるもんかよ」
「うーん、でも昔はそこまででも無かったよね?」
「あー、まぁちょっと最近思うところがあってな。食の大切さというか、日本の食文化の偉大さを痛感したんだよ」
「ふぅん、それって聞いても大丈夫なやつ?」
「そんな大しは話じゃねぇよ。ただちょっとしばらくの間雑な味付けの料理と薄くて雑味の強い酒しか飲み食いできなかった時期があっただけだ」
長編小説が1シリーズは書けそうなそこそこ大きい事件があったのだが、それに関しては今はどうでもいいだろう。実際もう終わった話だ。そして今はそんな事よりおビール様だ。
「へぇ……あ、この焼き枝豆美味しいね」
「お前自分から聞いといて…… って確かに美味い。こりゃビールがすすむな」
程よく塩加減が効いていて枝豆自身の凝縮された旨みをよく引き立てている。仄かに香るごま油の香りがまた良い。
「話は変わるけど、ヒーローは最近職場ではどうなの?」
「なんだその自立した娘との距離感を測りかねてる父親みたいな質問は」
「いやほら、ちょっと前に飲んだ時に配置転換で新しい部署にいくって言ってたしさ」
「順調だよ順調。仕事はやり甲斐もあるし、そんな残業も無いし。直属の上司もたまに飯奢ってくれる良い人だし」
「へぇ。どうりで今日は仕事の愚痴が無いわけだ。良かったじゃないか」
「そういう総司はどうなんだよ。相変わらず社内でモテにモテてるんだろ?」
「いや本当に勘弁して欲しいよ……。もう彼女いますよって公言してるのにさぁ……」
セリフだけ聞くととても嫌味ったらしい印象を受けるが、ゲッソリとした顔でポテトをヤケ食いする様を見るに、本当に困っているらしい。ツラの良い奴にしかわからない苦労というものがあるのだろう。生憎と俺は平々凡々な顔をしているのでそんな苦労は知ったこっちゃ無い。
「ま、悠里ちゃん泣かさないようにな」
もも串に齧りつき、総司を揶揄うと恨みがましい目線で俺を睨む。ちなみに悠里というのは総司の彼女の名前だ。
「泣かすような事はしないよ。それだけは無い」
総司という男はこういうところが格好いいのだ。溢れ出る主人公オーラとツラの良さに世の女性達はやられてしまうのだろう。
「総司、お前そういうとこだぞ」
「どういうとこ!?」
獅子唐を齧りながら総司の辛さを想像してみたが、理解できたのはこの獅子唐が稀にある唐辛子のような辛さを持っているものだったという事だけだった。とっても辛いな。