今からおよそ半年前の話だ。俺は異世界を破滅の危機から救いこの現代日本に帰ってきた。体感で言えば三年ほど異世界、ファルブランドにいただろうか。
昨今にありがちなライトノベルのように女神からスキルを押し付けられ、魔王を討伐して欲しいと言われて拒否権も無く一方的に送り込まれた。
送り込まれた先はファルブランドでもそこそこ大きな国であるティーリス王国の大広間だった。召喚の儀とやらを行い、そこに女神の使者、即ち勇者である俺が喚ばれたらしい。
その後色々な事があり、三年かかってようやく魔王を討伐したのだが、その三年間がまぁ地獄であった。
まず第一にメシがマズい。料理のほとんどがただ肉を焼いただけ、適当に煮込んだだけ。王宮で出るような料理ならばまだギリギリ香辛料などが使われていたが、街の食堂などの料理はほぼ塩の味しかしない。コショウは超高級品だし、ハーブ等の香辛料もほとんど使われていないので肉の臭みはすごいし味のバリエーションも少ない。食材自体も当然ながら品種改良なんてされているわけもなく、野生のものをそのまま使う。日本の品種改良された食材は先達の努力の結晶なのだ、と嫌という程に思い知らされた。
じゃあ自分で改善すればいいじゃないか、と思いもした。しかし、そんな事やってる暇があればさっさと魔王を討伐して地球に帰った方が圧倒的に早いと思ったのだ。料理に関する知識も大して無かったし、そんな試行錯誤してる暇があれば剣や魔術の鍛錬に充てた方がいいに決まってる。しかも基本的にその辺の事はパーティメンバーがやってくれていたので、急に俺が『ちょっと君が作る料理大味過ぎてアレだから、俺が作ってもいい?』なんて言えるはずもない。少なくとも俺は言えなかった。
そして次にキツかったのが酒だ。ファルブランドでは飲料水というものがそこそこ貴重品だった。水分補給はもっぱら薄めたワインかエールで、水をそのまま飲む文化が無かったのだ。なんでだよ……!こういう展開の時は無駄に色々発展してる中世ヨーロッパ風ファンタジーの世界じゃないのかよ……!変にリアルな中世感出してるんじゃねぇよ……!
他にも色々人間関係やら現地の方々の価値観やら衛生観念やらキツかったところは多々あれど、やはりこの二つが大きかった。飲食という分野において異常な執念を発揮する民族、日本人に生まれてしまったばかりに、酒と飯に対する思いが強すぎたのかもしれない。
と、まぁそんなこんなで精神をガリガリと削られながらも魔王を討伐し、地球の我が家に帰ってきたわけだ。肉体は地球にいた頃のまま、精神だけ帰ってきたようで、異世界で散々に鍛えた身体がリセットされているのを見て少し泣いた。しかし体内の魔力を感じる事はできたので、簡単な魔術くらいなら使えるようだった。もっとも俺が使える魔術はガチめな戦闘用のものしか無いので、平和なこの現代日本の世界では使うことは無いだろうが。
で、帰ってきたからには待望の日本の飯を食いたくなる。しかし時刻は23時。営業してる店といえば近場では牛丼チェーン店くらいなものだった。コンビニ飯と迷ったが、この時間のコンビニは商品の入れ替え前のはずなのでそれならば、と某牛丼チェーン店へ向かったのだった。
「そしてその時に食べた牛丼があまりにも美味すぎて号泣、店員に無事ドン引かれましたとさ」
件の店で仕事帰りに買ってきた牛丼大盛りの蓋を開けながら当時を思い出す。いや本当に感動したね。世の中の人は牛丼をチープな味だ、なんて言うけれどとんでもない。三年ぶりに食った牛丼は俺の中で救いだった。いつ帰れるかわからない異世界での辛い日々を乗り越えたんだ、という実感が湧いたのはその瞬間だった。そりゃあ泣きもするさ。ちゃんとした味のするものを食べた感動と帰還の感動が綯い交ぜになった結果の号泣。仕方ない仕方ない。
「今でも牛丼食べる時に不意に泣きそうになるしな……。もうテイクアウトでしか牛丼食えないわ」
改めて牛丼を眺める。ツヤツヤと光る牛肉と玉ねぎ。テイクアウトしてから時間もさほど経っていないので湯気が立ち上っている。牛丼の中に入っている玉ねぎ、大好きなんだよな。つゆをしっかり吸い込んでトロトロになった玉ねぎは驚くほどご飯とあう。
また、最近では牛丼に様々なトッピングができるが、個人的にはスタンダードな牛丼が一番だと思う。チーズとかキムチ、ネギたま等のトッピングがあるが、牛丼の味ではなくそのトッピングの味になってしまう気がするのだ。いや、それはそれで美味しいのだが。
「紅しょうがを乗せて……と。今日は七味は無しで食うかな」
中盤に紅しょうがで一旦口の中をさっぱりさせる事によって、再び牛丼を美味しく頂けるのだ。ちなみに牛丼が見えなくなるくらい紅しょうがを山盛りにする人もいると思うが、正直どうかと思う。個人的にはね。牛丼における紅しょうがはあくまでも箸休めであって、メインの一品じゃないのでは?というのが持論だ。
割り箸を手に持ち、両手を合わせる。背筋を伸ばし、目を閉じ、軽くおじぎをする。
「……頂きます」
今日も大変美味しゅうございます。