『人の金で食う飯はウマい』、という言葉がある。
……あるか? いや無くてもいいか。とにかく人の金で食う飯はウマいのだ。そしてその飯がちょっと高級なもの、例えばブランド牛の鉄板焼きのお店とかだったりすると尚のこと良い。
「つまりはそういう事なんですよ。ほら灰谷さん、そこに雑誌とかにもちょいちょい載るお高めの店ありますよ。ほらほら」
「志賀くん、遠慮とかそういう言葉どこに忘れてきたの?」
半年くらい前、異世界に忘れてきたと思う。
「冗談は置いといて、そろそろ店決めましょうよ。こちとらもうかなり前から腹がペコちゃんですよ」
「うーん、確かに私もお腹空いてきたわね」
という事で現在俺は上司の灰谷さんに連れられて、職場の最寄り駅にほど近い繁華街に来ていた。ちょっと大きな仕事を達成したので、奢るから打ち上げにでも行こうかと誘っていただいたのだ。
時刻は現在夜の19時。俺の腹が減っているのもあるが、今日がド平日な事もありそろそろ店を決めないと明日に響く。
「あ、そこの焼肉屋。お値段そこそこで食べ放題やっててウマいらしいですよ。この間友人から聞きました。デートで行ったら大当たりだったって惚気られてクッソムカついたの覚えてます」
「ムカついた事はわざわざ報告しなくていいんだけど?」
総司と悠里ちゃん、基本的に良い奴らなんだけど、時々過剰な惚気が俺を襲うから油断ならない。別に俺が独り身だからとかではない。断じてない。ないったらない。
「うーん、でもスーツで焼肉屋ってのもちょっとねぇ? 燻製にならない?」
「焼肉屋の煙浴びる事を燻製って表現する人初めて見ましたね……。それはともかくとして、デートで使われるくらいなんで、その辺は大丈夫らしいですよ。無煙ロースター使ってて煙はあんまり出ないみたいですし」
「そうなの? じゃあ決まりね。行きましょうか」
人の金で焼肉が食えるなんて、これだけでも異世界から帰ってきた甲斐があるってもんだな!
と、いうことで意気揚々と焼肉屋に入る。ピークタイムなので待ち時間があるかとも思ったが、ド平日という事もありスムーズに席に案内された。
「コースはどうします? 灰谷さんの奢りなんで一番高いコースにこのプレミアム飲み放題付けます?」
「だから遠慮! 遠慮拾ってきて! 今すぐ!」
遠慮くんは今異世界にいるので無理かなって。
「無難にこの真ん中くらいのコースでいいんじゃないですかね。飲み放題は、明日も仕事ですしソフトドリンクの飲み放題だけ付ける感じでどうです?」
「あぁ、うん。それでいいわよもう。なんでご飯食べる前にちょっと疲れてるのかしらね」
「……? 仕事終わりだからでは?」
「そうでしょうねぇ!」
楽しい焼肉の始まりだァ!
焼肉のファーストオーダーと言えばやはりタン塩だろう。最初にカルビやハラミなどタレにつける肉類を食べてしまうと、その次にタン塩を食べても味がボヤけてしまうためだと個人的には思っている。あとすぐ焼けるからかもしれない。
「という事でタン塩からはじまりカルビ、ロース等の脂多めのものと野菜を一緒に頂き、次いでホルモン、最後に冷麺やクッパ等のご飯ものへと進むわけですよ」
「焼肉にそんな綿密な計画いるかしら? そしてその計画通りにいくことってあるのかしら?」
「無いですね。大抵タン塩以降は食べたいもの頼みますね。何だったら謎の欲求に駆られて初手冷麺とかやってしまう事もありますね」
「初手で躓くのは大分考え無しが過ぎるんじゃない?」
そういう時は大体冷麺食べたくて焼肉屋来てるまであるので仕方ない。
「で、まぁ今日もその例に漏れず石焼きビビンバが目の前にあるわけですが」
「そうね。ドリンクと同時に真っ先に頼んでたものね」
「いえ、その……隣の卓からくる石焼きビビンバのごま油の香りで我慢できずについ……」
という事で目の前には石焼ビビンバ様がご鎮座在している。熱々の石鍋の底にはご飯。その上にご飯が隠れる程に豆もやし、ほうれん草、ニンジンのナムルにキムチとカルビが乗っかっていて、中央には卵黄とコチュジャンが店内の照明を受けて光り輝いている。まだ器が高温なため、器に触れているご飯におこげができはじめている。一方灰谷さんは烏龍茶を飲みながら真っ当にタン塩を焼いていた。
「まぁ焼肉に限らず食事は好きなものを好きなように食う、これが一番なんですよ。いざとなったら烏龍茶ガブ飲みして口の中リセットしますし」
「ま、そうね。仕事終わった後のご飯くらい何も考えずにいきたいわよね」
器とおっぱいがデケェ先輩で助かった。と、内心で失礼な事を考えながら石焼ビビンバをかき混ぜる。ご飯がおこげと卵黄、コチュジャンがいい具合になってきた。
「そろそろかな、と……。よし、頂きます」
いつもの様に両手を合わせ目を閉じ、しっかり感謝を込めてからゆっくりと目を開く。まずは一口。鍋肌のおこげをこそげ取る。やはり石焼ビビンバはここが一番美味いと思うのだ。
「……くぅ! ウマい!」
コチュジャンの甘辛さ、おこげの香ばしさ、ごま油の香り、卵黄のまろやかさ。全てが渾然一体となって口の中を駆け巡る。各種ナムルの食感はアクセントとなって飽きさせることが無いように引き立てている。そして少し小さめに切られたカルビもそれらを邪魔することなく、濃い味付けながらも互いに主張しつつもその味を高めあっている。
「いつも思うんだけど、志賀くんってご飯美味しそうに食べるわよね。なんか見てるこっちもビビンバ食べたくてなってきたわ」
「そうですかね? まぁウマいものはウマいと素直に言うようにはしてるんで。あとこのビビンバめっちゃウマいんで少しでも気になったら食べた方がいいですよ?」
「ダメなのよ……! 私、焼肉の時はタレをたっぷりつけた肉で白飯をかきこみたい派の人間なのよ……!」
「焼肉屋入る前に煙を気にしてた人の発言ですか、それ」
「それはそれ、これはこれよ」
「でもまぁ、わかりますよ。ちょっとお下品ですけど、肉をご飯の上でワンバンさせて、タレの染み込んだご飯をかきこむの最高ですからね」
「お下品なんてとんでもないわね。本当ならご飯に直接タレをぶちまけたいところを我慢してるんだから、むしろお上品まであるわよ」
「おっと、予想以上に過激派だぞこの人」
「なんかテンション上がってきたわね。ちょっとお酒も飲んじゃおうかしら。一杯くらいなら明日にも響かないでしょうし、やっちゃう?」
手をクイッと動かす灰谷さんに、俺は満面の笑みで答える。
「そうですね! 一杯だけならノーカウントみたいなもんですよね!」
もちろんその後時間いっぱいまで酒を飲んで、勢いに乗って2軒目まで行ってしまい、俺は翌朝死んだ顔で出社した。俺の二倍近くの酒を飲んでいた灰谷さんはケロッとしていた。世の中は不公平である。