残火の章   作:風梨

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風梨と申します。
よろしくお願いします。






プロローグ

 

 

 

 火花が舞っていた。

 チリチリと空気を焦がすそれも、燃ゆる側から空に儚く掻き消えていく。

 その光景の中で、吐息が口から漏れては白く染まった。

 

 季節は冬。

 辺りは時刻が夕暮れである事とは関係なく(くれない)に染まっている。折り重なった死体から流れ出る、血が発色する鮮烈な赤だった。

 色合いの温度感は寒々しい。空気の冷たさも相まって、深々と伝わってくるようだった。

 

 それらと同じように心も冷めていた。

 戦の興奮など感じておらず、虚しさだけが心の空隙を埋めている。

 いや、それは埋めているとは言えないかもしれない。だから、正確に言うならばただただ欠けているのだろう。

 大切な暦が一部欠けたように。

 あるべきものが失われているかのように。

 

 白息は、止まらない。

 

 ──『残火の章』

 

 

 

 心の冷たさとは裏腹に、男の身体は興奮を保ったように熱かった。

 殺し殺されの戦火の熱を纏ったように異常な熱量を持っていた。

 

 かつて誰かが言っていた。

 感情の渦巻く戦場はこの世の縮図だと。

 もし仮にその言葉が真理であるのなら、この世に救いなどあるだろうか。

 柄にもなく、幼い頃(・・・)のようにそんなことを考えてしまうほどその熱量は異常だった。

 

 戦国時代。

 のちにそう呼ばれる時代の、数多ある戦場の一つに立ちながら、そして。

 まだ名付けられていないはずの、その名称を知る男は握った刀を──血継限界で生み出した刃骨(じんこつ)を握り砕いた。

 刀は骨片となって散って、蓄えた熱を放出しながら火花の一部となって掻き消える。

 そんな武器と共に殺意も納めつつ、男は空を見上げた。

 

 暖かな日の光が地平から空を染め上げている。 

 地面に這う目覚めるような『血の赤』とは程遠い、穏やかな空が広がっていた。

 その光景は、いつか見た前世(・・)の空と変わりない。

 

「……随分と遠くまで来たもんだ」

 

 その距離とは常人には考えられない概念でもあった。

 とどのつまり、前世と今世の違いだった。

 

「生まれ変わって早20余年。忍びの才能があったは良いが、こんな時代に生まれて生き残ったのは奇跡だな」

 

 誰も聞いていない。誰も生きていない戦火の中心で、そう溢した。

 立っているのは戦火の渦中だった場所だ。

 刀や槍、旗が地面に突き刺さり、泥で汚れて地に横たわっている。

 そしてその持ち主であった者たちが、死屍累々と夥しい数の死体と成り果てて地面を埋めている。

 

 その全てが、己で切り捨てたものたちだ。

 『切り札』を使うまでもなく、刃骨と忍術だけで片がついた。

 それらを見て、特徴的な麻呂眉を伏せながら考える。

 

 平和な前世の価値観は既にない。

 殺さなければ殺される。

 実力のない幼い頃からそう教え込まれた身体は、その才能もあって今日まで自分を生き残らせ続けた。

 そうでなければ、今頃自分の死体が土に還っていることだろう。

 いくら才能があっても、そこに意思が伴わなければ生き残れない。

 それほどに今は険しい時代だ。

 

 特殊な血継限界。

 生まれ持った才能。

 肉体的な強さ。

 そして後天的に身につけざるを得なかった忍びとしての価値観。

 それら全てが合わさって、この場の光景を作り出していた。

 

 そしてそれを見ても、何も感じないことに麻呂眉を伏せていた。

 

「『かぐや一族』ねぇ、ほんとに、なんで生まれ変わったんだか」

 

 前世とはまるで異なる身体を動かして、『かぐや一族』の現頭首である『ウヅキ』はその場から去っていった。

 

 

 

 

 

 

「──ウヅキ様、ウヅキ様。起きてください」

 

「んぁ、ヒミコか」

 

「またご依頼ですよ。何でも相手方はあの千手であるとか。頭首のお力が必要ですので起きてください」

 

 ある術の反動で、一月の大半を寝て過ごす。

 ウヅキはそういった状況にあった。

 出来るなら無限に眠っていたいところであるが、頭首としての役目を果たさない訳にはいかない。

 寝ぼけていた頭を瞬時に覚醒させて、風呂に入って飯を食いながら依頼内容を確認する。

 

「何々。『うちは』と『千手』の開戦が間近、か。そこに横槍を入れよということか。……なるほど、『かぐや一族』との繋がりを示唆させて戦略的に優位を取るつもりか」

 

「恐らくは。現在『うちは』『千手』の両当主が率いる二大巨頭に正面から対抗できるのは、ウヅキ様しか居ませんから。『うちは』と『千手』は水と油。手を結ぶ事はありえません。それゆえ、我ら『かぐや一族』を引き入れた方が勝ちます。引く手数多といった現況です」

 

「戦は気が進まんな、我ら一族が残りさえすれば良い。蝙蝠になるつもりはないが、さらに譲歩を引き出すか?」

 

「お辞めになった方がよろしいかと。大名もいささか『新参者』であるこちらの力量を軽視している感がございます。加えて日和見が過ぎると反感を買いましょう。再び柱間と一騎打ちを演じるのが良案かと存じます」

 

 ヒミコの知恵は『かぐや一族』の中でも有数のものだ。

 戦バカが比較的多い一族の中で、非常に頼りになる存在だった。

 そんな彼女の進言を聞き入れないはずもなく、ウヅキは穏やかに頷いた。

 

「ふむ、左様か。……あいわかった。戦支度をしよう」

 

「ご理解、感謝致します」

 

「『鬼火』を使うことになろう。いつも通りだ。戦衆(いくさしゅう)にオレの側へ近寄り過ぎるなと伝達しておけ」

 

「畏まりましてございます」

 

 静々と、着物をはためかせてヒミコが頭を下げた。

 艶やかな黒くて(・・・)長い髪がハラリと垂れる。

 首筋から覗くうなじの白さが際立っていた。

 

 ヒミコという知恵者であり、妹であり、嫁でもある女性の美しさを感じつつ、ウヅキは守らねばならない、という想いを一際強く念じて立ち上がった。

 一族のため。何より愛する家族のため。

 強い立場を得るために、ウヅキは戦場に向かう。

 例えそれが、かつての友と殺し合うことになろうとも。

 

 千手柱間。うちはマダラ。『かぐや一族』のウヅキ。

 かつて互いが領分を超えて協力し合おうとした過去は薄れて久しい。

 あの頃とは違う。

 立場の変わった其々が、成長した分だけ目標を変えつつ戦場であいまみえる。

 

 ウヅキは知らない。

 千手柱間という名を知っていても、うちはマダラという名を知っていても。

 戦国時代という名称を知っていても、隠れ里を作ったのがその二人であるとは知らない。

 偶発的な記憶の欠落が、そしてかつて見た友との『縁』と『夢』が絶たれる光景を見た衝撃が、ウヅキに現状の維持という戦略を選ばせていた。

『千手』と『うちは』の、決して埋まらない溝を直視してしまったが故に。恨み恐れ合う両一族の姿に、手を取り合うことが不可能と感じてしまったが故に。

 何よりも信頼する女性が不可能と断じているが故に、ウヅキは今日も戦場に赴く。

 

 

 軍太鼓が鳴り響いていた。

 この時代の忍びの戦闘は軍事行動に他ならず、一族単位ではあるが、それは軍隊と軍隊の衝突であった。

 

 かぐや一族は軍足など履かない。

 簡素な衣服を身に着けるのみである。

 何せその血継限界・屍骨脈は並の鎧よりも硬く強靭であり、扱える者は女子供を含む一族全てが戦闘民族という際立った強さを誇る。

 ウヅキの方針で女子供はある条件を満たさぬ限り戦場には出て来ないが、それでも驚異的な戦力の軍勢を率いていた。

 

 その中にあって『神子』と呼ばれる精鋭のみが白装束を纏う。

 ウヅキ自らの骨から生成した糸で編まれた装束であり、その強度は尋常ではない。

 そんな白装束の集団の先頭に立ち、同じく白装束を纏ってウヅキは戦場の真っ只中を平然と歩いていた。

 

 『千手一族』もその気配を敏感に感じ取って応じる。

 身に着けた軍足を鳴らしながら声を張り上げて周りに知らせて回る。

 

「残り火が出たぞぉ!!」

 

「鬼火!! 鬼火が出たぞ! 水遁使いを呼べ!!」

 

 有象無象の声には応じない。

 ウヅキは静かに印を組む。

 寅の印と呼ばれるそれは、火遁に属する印であった。

 次いで呟いた。

 

 

「──『残火(ざんか)』」

 

 

 血継限界である屍骨脈。

 その原型である『大筒木かぐや』が用いる『共殺の灰骨』を再現しようと試行して、しかし再現出来なかった失敗作の一つ。

 火の性質変化を屍骨脈に加えた術が『残火』だ。

 

 骨の内部から発せられる高温が表面に滲み出る。

 屍骨脈を熱に強く鍛え上げたため、融解点は非常に高く溶けず、火が斑模様に滲むそれはまるで残り火のようだった。

 ゆえに『残火(ざんか)』と名付けた。

 

 身体が熱せられたように湯気立つ。

 常に睡眠を強いられるほどの術。

 燃え種となる『朽ちぬ灰骨』を維持し、骨を強化する要領で『肉体を骨化』し耐性まで引き上げたウヅキに熱による支障は起こらない。

 

 左肩に、右手の甲を添えて親指の付け根を当てる。

 人差し指から小指に向けて、指の一つ一つを順番に丁寧に折り畳んでいく。

 その動きに合わせて左肩がひとりでに不自然な盛り上がりを見せる。

 

 隆起した肩からは白い骨が見え始め、徐々に赤熱した部分が顔を出す。

 剥き出しの肩から蒸気が吹き出しているにも構わず、折り畳まれた指が肩骨を掴む。

 同時に指が焦げる音が響くが、ウヅキの再生能力と耐性を持ってすれば痛痒はない。

 左肩から威勢良く骨を引き抜けば、五本の指に握られた刃骨が湯気を上げた。

 

 取り出されたのは斑に赤熱した白く美しい刀だった。

 形状は持ち手以外、刀と変わりない。

 抜き出す際に成形したためだ。

 鋭利な刃を赤熱が彩っている。

 

 ウヅキは熱い呼気を吐き、呟いた。

 

「──『残火刃骨(ざんかじんこつ)』」

 

 抜き去った勢いのまま刃骨を振る。

 虚空に火花が散り咲き、それを合図にするかのように双方共が駆け出し激突した。

 

 

 

「湯気を止めるな! 水遁を浴びせ続けろ!!」

 

 『千手一族』の一人の男が大きく叫び指示を出す。

 重い甲冑を物ともせず俊敏に動く様は武士(もののふ)に相応しい姿だった。

 そんな数多の戦歴を重ねる男も、鋭く警戒した眼差しで眼前から迫りくる『かぐや一族』を、ひいてはその先頭に立つ『かぐや一族』頭首を睨め付ける。

 

 度重なる戦乱において、『かぐや一族』は警戒に値する一族ではあったが、この数年でその評価は数段上に激変していた。

 即ち怨敵である『うちは』に匹敵するほどの警戒対象へと、その危険度を著しく引き上げていた。

 その蜂起人であるのが、先頭で全身から湯気を上げる男。

 ウヅキであった。

 

 千手頭首である柱間とも互角に渡り合う力量はとてもではないが、一介の忍びに抑えられるものではない。

 そして柱間がたどり着くまでに何としても避けなければならない事。

 

 それが湯気を止めない事だった。

 

「『鬼火』を出させるな!!」

 

 その理由は明確だ

 初見の際は、その場にいた『千手一族』の8割が死傷するという途轍もない被害を生み出した術。

『鬼火』と呼ばれるそれを防ぐためだった。

 

 ウヅキがその場に佇むだけで味方が倒れてゆく絶望的な状況の再現をさせぬために、男は指揮を取り続けた。

 

 

 

 

 あえて手加減を加えるような戦いの最中。

 とある男の気配を感じ取って、ウヅキは先ほどと異なる術の名を口にした。

 

「──『残火灯骨(ざんかとうこつ)』」

 

 薄い膜状の骨が、皮膚と白装束を突き破って表皮に這い何層もの殻を生み出す。

 層は顔にまで及んで『兎』染みた面を形作った。

 

残火灯骨(ざんかとうこつ)

 赤熱する骨の鎧と仮面を纏う防御用の術だった。

 白い着物装束の上に分厚い骨で作られた鎧を纏い、万全の状態で待ち受ける。

 

 ウヅキは通常の状態であってもかすり傷一つ負う事はない。

 屍骨脈は攻撃にも防御にも発展できる有用な血継限界であるがゆえだ。

 そのウヅキが警戒して防御を固めるほどの相手の襲来。

 

 

『ザンッ』と戦場に降り立つ軽快な音が鳴った。

 

 その男の登場は場の空気を一変させるに十分過ぎる。それに耐えうるだけの存在感と名声、そしてカリスマ性があった。

 顔に仙術の隈取りを浮かべて、凄まじい速さで駆け抜けてきたであろう疲労を滲ませながらも人々を安心させる笑みを絶やさないそんな男。

 

 ──千手柱間の到着だった。

 

 この男がいれば大丈夫。

 そう根拠なく思ってしまうほどの風格を纏っていた。

 

 場に着き、即座に首を左右に振って状況を確認すると、指導者としては致命的なほどに感情を表情に出しながらも、どこか憎めない調子で声を大にして千手の男に向けて言う。

 

「──む、待たせたか! すまん。うちはとの戦線を片付けるのにな! ちと梃子摺った。……よくぞ抑えたぞ! ここからはオレに任せろ」

 

「柱間様! ……お任せ致し申す」

 

 喜ばしい到着。

 その安心感を滲ませて、しかし時間稼ぎしか出来なかった己を責めて、喜びと苦々しさが混じる半々の表情で『千手一族』の男が柱間に場所を譲った。

 柱間が前線に出る。

 その一歩だけで、『かぐや一族』の警戒度は最高潮に至った。

 

 ウヅキはその動揺を右手を軽く上げる事で瞬時に収める。

 己が居る。そう示す仕草に『かぐや一族』の者たちも鎮まり、己の当主の言葉を待った。

 

 

「柱間か。もはや遠慮は無用。ヒミコ、散ってくれ」

 

「はっ! ご武運を」

 

『神子』として側近で仕えていた、嫁であり妹であり知恵者でもあるヒミコが真っ先に応じる。

 この場におけるナンバー2に倣って、『かぐや一族』は総勢が一斉に散開して下がった。

『千手一族』もその動きに呼応して双方共に多勢が下がり、戦いが起こるにしても遠方での小競り合いに留まる。

 

『千手一族』と『かぐや一族』がぶつかり合う時の、よくある光景だった。

 お互いに恨みはある。

 しかし、頭目同士の戦闘規模があまりにも規格外すぎるゆえに援護不可能。

 周囲はほぼ停戦に近い状態となる。

 何せお互いの頭のどちらかが勝てば、それだけで戦の趨勢が決する。

 無用な被害を避けるべく、互いに言葉を交わさずに決めた暗黙の了解だった。

 つまり、それが成り立つほどの、どちらが勝ってもおかしくない激戦が常という事である。

 

 柱間が先に口を開いた。

 

「……ゆくぞ、ウヅキ」

 

「来い、柱間」

 

 初動は同時だった。

 両者共に印の少ない術を主とする。

 ウヅキの屍骨脈に至っては印は不要だが、性質変化を加えるために多少の印を必要とする。

 それゆえ術が発動するのは、初動と同じく同時だった。

 

「──『仙法・真数千手(しんすうせんじゅ)』」

 

「──『鬼火・残火双角(ざんかそうかく)』」

 

『鬼火・残火双角』はウヅキの頭蓋に二つの角が生える。

 さながら『チャクラ』の始祖を彷彿とさせる、先祖返りのごとく伸びる赤く染まるその角が生えた時。

 

 ──周囲の水分が消し飛んだ。

 

 あまりの熱量にウヅキが纏った鎧に罅が入り一回り小さくなり、涙のように仮面がひび割れた。

 握る刃骨は黒く炭のように染まり、刀身の周囲を歪めるほどの熱量を放ちながらも自壊せず、力無き者なら目視するだけで目が焼かれそうな存在感を放った。

 

 そして、ウヅキの湯気は止まった。

 風すら凪いだ無音の空間が生まれる。

 

 空気すら消滅したかのような静寂と共に、かつて戦場に居た『千手一族』の8割を死傷させるという凄惨な爪痕を残した凶悪な忍術が顕現した。

 

 対する柱間は山をも優に超える大きさの、千の手を持った巨大な観音を生み出し、遥かな頭上から小さなウヅキを見下ろす。

 

 柱間の表情に油断はない。

 真剣に口元が結ばれ、その眼光はただ一点ウヅキのみを睨めている。

 幾たびも戦い、過去を含めてとてもよく知る人物。

 その人型に収まった『小さな太陽』とでも表現すべき熱量の塊を相手にして、質量の多寡で優位を取れたなどと思い上がることは出来ない。

 さらには『木遁』とウヅキの『鬼火』は相性が良くない。

 水分を一瞬で蒸発どころか消滅させられてしまい、柱間の『木遁』ですら一瞬しか保たないためだ。

 

 今日こそは決着を着ける、と心に決意を秘めながら柱間は印を結んだ。

 

『極限の熱量』と『無限の質量』のぶつかり合い。

 そう形容すべき戦いの火蓋が落とされた。

 

 

 

 ──『地尽(ちじん)残火一刀(ざんかいっとう)

 

 仕掛けたのはウヅキからであった。

 一振りの黒炭と化した刃骨を両手に握り、熱だけを纏った一刀で『木遁』で作られた観音に切り込んでゆく。

 まるで抵抗なく切り裂いたウヅキは障害などないように樹の根を跳びながら頂上に居座る柱間を目指して樹を登る。

 

 どれほどの物量を押し付けられようと瞬く間すらなく木遁が萎びて溶けて消えてゆく。

 

 炎を纏わない一刀が、その刀身に秘めた熱量だけで周囲の『木遁』から水を奪い、消滅させていた。

 例外は柱間のチャクラが多量に注がれた近寄るだけでは『瞬時に』消滅しない『木遁』のみであり、ウヅキは明確に邪魔になるそれらを切り裂いて突き進む。

 

 いかに柱間と言えども、一度に使えるチャクラに限界はある。

 練り術と化すまでに掛かる時間は瞬きほどで十分。

 しかし、それだけの隙があればウヅキにとって一手分の猶予が得られる。

 その猶予を使い、邪魔な木遁を切り払って進んでゆく様は正しく『鬼』であり、割れて涙を流す『兎』の仮面は『悪鬼』と呼称したくなるほどに恐ろしさを滲ませる。

 

 突き進むウヅキに対して、柱間も負けじとチャクラを練る。

 ウヅキが優勢と言えど、柱間の生み出す的確な『木遁』を瞬時に突破できる程ではない。

 薄紙を破くが如き凄まじい速度での侵攻であるが、柱間にはウヅキが薄紙を破る間の猶予がある。

 

 あまりに僅かしかない時間でも、後の世で『忍の神』とまで呼ばれる柱間にとっては十分すぎるほどの時間だった。

 

「──『木遁・皆布袋(ほてい)の術』『水遁・大瀑布(だいばくふ)』」

 

 凄まじい速度の印で二つの術を完成させる。

『木遁・皆布袋の術』は地中から生じる木人の手で対象を押さえ込む術だ。

 柱間基準での『多め』のチャクラを込められた掌が一斉にウヅキに殺到し包み込む。

 破られるまでの間が1秒にも満たない。

 その間に到達した大量の水がウヅキの頭上、柱間から降り注ぎ、水蒸気すら生じさせず水が掻き消える。

 

 しかし、大量の水でウヅキは視界が遮られ、僅か数歩分遅れる。

 それは一連の中で最も大きなウヅキの隙となった。

 柱間は即座に予定通りの印を組む。

 弟である扉間に助言を求め、新たに作ったこの世で最も火に強いであろう木遁術だった。

 

「──『木遁・雷樹林降誕(らいじゅりんこうたん)』」

 電荷を帯びた木遁が夥しい量で生み出されウヅキに襲いかかる。

 度重なる実験を経て、遥か未来で絶対に気体化しないとまで言われる水を帯びた木遁が、天才扉間の協力の元で生み出されていた。

 しかし、勝算を感じる手札であったその術ですらウヅキに対しては無力。

 

『小さな太陽』という表現が的確すぎるほど馬鹿げた熱量を帯びたウヅキには、扉間が協力して生み出した秘伝の水ですら効果がない。

 半ば予期していたのだろう。

 それを見て柱間はやはりか、とでも言いたげな快活な笑いで受け入れた。

 

「むぅ! これでも持たぬか! 相も変わらず途轍もない熱量ぞ!」

 

 そんな熱量に相対していながらも、柱間が木遁のように消滅することはない。

 柱間細胞と呼ばれる未知の細胞の成果であるのか、柱間は唯一生身でウヅキの鬼火と相対でき得る存在だった。

 あるいは魂の強度とでも呼ぶべきものが理由かもしれない。

 

 柱間は、笑いながらも手は緩めない。

 初めて目にする『木遁』に若干怯んだウヅキの様子を見逃さない。

 決め手は既に生み出している。

 全力のチャクラを込めて、背後に生み出した観音の真数を動かすべく力を込め──

 

「『頂上──」

 

 そして事実。

 怯んだウヅキはそれを逆手にとって切り札を切る。

 虚偽ではないため、柱間には見抜けない。

 試行を重ねて再現された必殺の一撃が射出されようとしていた。

 

「『共殺の──」

 

 両者ともに必殺。

 どちらが勝るか、大きな趨勢を決する局面。

 

 そんな盤面に場外から乱入者が現れる。

『己を忘れるな』とでも言うかのように、ウヅキに生身でなければ相対できる唯一者が、この激戦に参戦するため飛翔していた。

 音速で迫り来る、薄黒く染まった半透明な刃がウヅキを捉える。

 

 ウヅキの持ち味は熱量である。

 素早さではない。

 不意打ちであったこともあって、感覚で気付き体勢を整えるのが限界であったため、『兎』の面の下で表情を歪めながら黒い刃に吹き飛ばされる。

 直線距離で山にまで吹き飛び、衝撃と発する熱量で山の半分が消し飛んだ。

 

 山が崩落する轟音の鳴る中、戦いに乱入してウヅキに一撃を叩き込んだ『最強の一角』は赤い万華鏡の瞳をギラつかせる。

 浮遊する、薄黒い甲冑を纏った『第四形態・須佐能乎』の内部には『うちは』の扇を背に携えた男が両腕を組んで仁王立っていた。

 

「──ふん。未完成ならまだしも、オレの精神体である『須佐能乎』がお前の微熱如きで溶けるか。……そしてウヅキの微熱に押されるなど鍛え方が足りんな、柱間ァ!」

 

「おお、マダラ。お主も来たか! そうは言うが、オレの『木遁』とウヅキの『鬼火』は相性が悪すぎるぞ」

 

 ここに、忍界最強の3人が出揃った。

 そしてこの3人が集えば三竦みとなる。

 

 マダラはウヅキに優勢であり、ウヅキは柱間に優勢であり、柱間はマダラに優勢である。

 有利不利がハッキリと決まっており、それを打開する策はこの時点で誰も保持していない。

 その結果として、またもや三竦みで殴り合って地形を変えるのみに留まって時間切れで3名共が撤退を決める。

 

「ちっ、今日のところはこの辺で勘弁してやる。柱間ァ! 顔を洗って待っていろ。……ウヅキもな」

 

「お前が参戦しなければ、オレは柱間に勝っている。引っ込んでいろ、マダラ」

 

「ふん、このうちはマダラを差し置いて柱間を倒すなど許さん。柱間を倒すのはこのオレしか居らんのだからな。お前が引っ込め、ウヅキ」

 

「はっはっは! 仕方あるまい! 今日はこれにて引き上げようぞ! ……また会おうぞ、ウヅキ、マダラ。そして出来れば、次は戦場でないことを望みたい」

 

 返答は沈黙だった。

 その最後の言葉に対する回答を、両者共に持ち得無い。

 マダラは千手に対する強い恨みを持った一族を休戦に纏めることが出来ず、ウヅキは既に夢を諦めている。

 かつて幼少の3人で語り合った、隠れ里を作るという夢物語。

 

 それが形になるのは、これより5年以上の歳月を要した。

 

 

 

「──イズナ」

 

 閉じ切った和室の中だった。

 

 部屋の主の心境を反映したかのように薄暗い闇が広がっていた。

 燭台の灯は消えており、蝋燭は縮んで蝋の跡が残るだけになっていた。

 

 布団に横たわる弟の右手を、男は両膝を着いて両の手で強く強く握る。

 うちはマダラだった。

 致命傷を負って横たわる最愛の弟イズナの名を呼び、悲痛に染まった声を漏らす。

 

「イズナ、イズナ……! オレを置いて逝くな……!!」

 

 涙は枯れていた。

 長い時間、ひたすらに流し続けたから。

 

 当主に涙は許されない。

 それでも止まらぬ涙を隠すため、マダラはたった一人で最期を迎えようとする弟を看取っていた。

 乾燥し切った瞳が痛みを発する。

 涙が通った後が煩わしいほどに目元を痙攣(ひきつ)らせる。

 

 誰にも見せられない姿だった。

 そして、それほどまでの醜態を晒さざるを得ないほどイズナの状態は悪い。

 今にも死に絶えそうな容体であり、一族の医師も長くないと首を振る状態だった。

 

 望みはない。

 イズナは、ここで死ぬ。

 

「……兄さん」

 

「!? イズナ、ここにいるぞ。兄ちゃんはすぐ側にいる」

 

「……ごめん。扉間に。油断はしていなかったのに」

 

「言うな。あれが卑劣な策を弄したのだろう。お前は悪くない……、そうだ。お前は悪くない……」

 

「……兄さん、お願いがあるんだ」

 

「なんだ? 聞かせてくれ、お前の願いなら何でも叶えよう」

 

「俺の目を、使ってくれよ。せめてそれくらいは残したいんだ……。『うちは』は益々劣勢になると思う……。もう、俺は長くはないけど、一族を守るために、最期のお願いだよ。……俺の目で、俺の代わりに、一族を守って欲しい。兄さんなら、出来るだろ?」

 

「……イズナ」

 

 死期を悟った弟の言葉に、マダラは胸を劈く悲鳴を抑える事に必死だった。

 枯れたはずの涙すら湧いてくる。

 

 ──わかった。

 そう、口にする事は簡単だ。

 しかしそれを口にすればギリギリで維持している最後の気力が、糸が切れてイズナが逝ってしまう事がマダラには手にとるように理解できた。

 それゆえに口をつぐむ。

 

 言ってやりたい。せめて安心させてやるべきではないか? 

 そういう『兄』としての思いと、少しでも長く、1秒でも多くの時間を弟と過ごしたい『マダラ』としての我儘が鬩ぎ合っていた。

 そんな心が削り取られそうな空間に、乱入者が現れる。

 白装束を着たマダラもよく知る男だった。

 

「──失礼する」

 

「……貴様、どうやってここまで入ってきた……?」

 

 美麗な顔立ちに麻呂眉を描いた人物。

 マダラに匹敵するほどの実力者。

 『かぐや一族』のウヅキが、そこに立っていた。

 

 すぐ側に『うちは一族』の医師がおり、こちらを伺うように上目遣いで見てくる姿があった。

 マダラは今の今まで保持していた慟哭を形を変えて表現するように、鬼のような形相と眼力で睨みつけた。

 

「貴様ァ……、何のつもりだ……?」

 

 下手な返答は即座に命を刈り取ると言わんばかりの、せめてもの慈悲として言い分を聞いてから殺すとでも言いたげな言葉に医師は震え上がった。それでも、ここで無様に頭を下げてはウヅキを呼んだ意味がない。勇気を振り絞るように、医師は喉を引き攣らせて甲高い声を上げた。

 

「か、風の噂程度でも治せる手段があるなら行え、という御命令通りにお連れしたまでです!! ……『薬神』として名高いウヅキ殿ならば、あるいはと思い……。お叱りはお受けします。ですが、ですが、どうか!! かの御仁ならイズナ様をお救い出来るかもしれないのです……!!」

 

 その言葉に触れて、マダラは殺気を発しながらウヅキを見る。

 平然とした調子で近づこうとするウヅキを目で制する。

 

「お前にそんな特技があると? 聞いたこともない。虚言の類か?」

 

「虚言を弄して、死に掛けの人間にわざわざ会いに来ると思うか? 助ける気がないならオレは帰るぞ」

 

「……助けられると言うのか? この状態のイズナを?」

 

「本人次第だ。時間がない。マダラ、お前が選べ。オレの治療を受けさせて延命の可能性に賭けるか、このまま看取るか。二つに一つだ」

 

 考えるまでもない選択だ。

 延命の余地があるなら藁にもすがる思いで賭けたい。何に換えてもイズナを救えるのなら惜しくはない。

 だが、ウヅキは善意だけの男ではない。

 長い付き合いでそれは理解している。

 ゆえに、マダラは尋ねた。

 

「望みは何だ?」

 

「……治療が先だ。言っただろう、二つに一つだ。もちろん、治療に成功すればオレの願いは叶えてもらう。嫌なら無理にとは言わん」

 

 もし仮に己の命を求められたとしたら、どうであろうか。

 マダラは即答する。是非もない事だと。

 弟が生き残るのであれば、悪魔にすら魂を売ろう。

 己は何を怯んでいる。うちはマダラ。何に変えても助けると、そう思ったばかりではないか。

 どれほどの代償を払う事になろうとも、弟は助ける。

 マダラが決意を固めて、同意を頷きで示してその場を空けた。

 

 すぐさまウヅキが脇に座り込み、治療を開始する。

 血継限界を使った治療。とだけ聞かされ、目にする事は許容出来ないと部屋を追い出され、待つ事数刻。

 無限にも思える時間の中で、やはり最期を看取るべきだったのではないか、と後悔が占めるように成った頃。

 襖が開き、奥からウヅキが姿を現した。

 

「治療は成功だ。『うちは』の生命力なら、3日もすれば満足に動けるようになるだろう。オレの願いはその頃に叶えてもらう、今日はこのまま帰る事にする。弟についてやれ、マダラ」

 

「ほ、本当に……? 本当に助かったのか!?」

 

 見てみろ、とでも言いたげに首を傾げて奥を示すウヅキの仕草に、マダラは駆け出した。

 (ふすま)を過ぎて横たわるイズナの側に駆け寄れば、規則正しく寝息を立てるイズナの姿があった。

 致命傷であったはずの傷は綺麗に塞がっており、跡形もなく治っている。

 信じられず、写輪眼を発動させた上で傷跡を指でなぞるが、幻術などでは断じてなかった。

 本当に、治療されている。

 イズナのチャクラも安定しており、これなら3日後には動けるようになるという見立ても嘘ではないだろう。

 

「……何という事だ。オレは、夢でも見ているのか……?」

 

 3日後に願いを聞きに来る。

 そんなウヅキの言葉も忘れるほど、マダラはイズナの側にずっと座り続けた。

 

 

 3日後。

 ウヅキの願いを聞いたマダラは苦渋の顔で決断し、それを受け入れた。

 イズナが猛烈に反対したが弟の死際を垣間見たマダラにその意見を取り入れる余裕はない。

 自分の負傷が原因ということで、イズナはウヅキを鋭く恨みを篭った目で睨んでいたが、それすら許容してマダラは決断する。

 それは即ち、3つの一族による同盟の締結だった。

 

 しかし、ウヅキが己と同じように夢を諦めていた事をマダラは語られずとも察していた。

 そんな男の心境の変化に訝しい目を抑えることは出来ない。

 むしろ、腹ワタを見せ合う関係となるのであれば、ここで聞かねばならないことだ。

 そう、語るように仕向けるマダラに対して、ウヅキは眉を顰めながらも告げた。

 

「柱間が、度々提案してきたことではあった。第三勢力である己が仲介すれば同盟が成る、協力してくれ、とな。だが、オレは『うちは』と『千手』の溝を思えば容易に同意することはできなかった」

 

「そうだ。お前が想像するよりもずっとその溝は大きい」

 

「だろうな。だから、オレも世迷言として受け入れなかった。すぐに破綻する同盟など意味がないからな」

 

「そのお前が、変化したキッカケはなんだ?」

 

「……子が、産まれるのだ。我が子だ。──オレは思った。このままこの子が育てば、数年もすれば戦場に出さねばならんだろう。オレの子だからと特別扱いはできん。すると、どうだ?愚かしい事に戦争を止める手段を模索する己に気がついた。手から溢れそうな我が子の命を認識して、ようやく尻に火がついた。この同盟が永続するかどうか、五分ではある。しかし、僅かでも戦争のない時間を作れるのであれば、とそう思いオレは柱間の提案に初めて同意した。理由を語るなら、こんなところだ」

 

 その思いに、マダラはイズナを失いかけた現実を思い出し、僅かな親近感をウヅキに抱いた。

 治療のためとはいえ、敵対する『うちは』の集落に殺される可能性すら考慮して訪れた事に、マダラの中で整合性が取れた。

 不信を向けていた瞳をほんの少し、少しだけ薄れさせてウヅキを見つめる自分に気がついた。

 すると自然に浮かぶのは感謝の念だ。

 

「……ふん」

 

 もちろん、マダラがその言葉を口にすることはなかったが。

 あのマダラが否定の言葉を投げかけないだけで十分。

 確かにそれは心境の変化の兆しだった。

 

 

 

「──これより休戦協定を結ぶ。『かぐや一族』のウヅキが仲添え人を務める。よろしいな?」

 

「『うちは』に否はない」

 

「無論! 『千手』も異存ない」

 

「よろしい。では、双方の当主は前へ。和解の印として握手を。えー、ごほん。──これより病める時、健やかなる時……」

 

「おい、それは祝言か? ふざけた真似をするな」

 

「はっはっは! それだけ喜ばしい事だ! オレは一向に構わんぞ!」

 

「馬鹿馬鹿しい。休戦協定は成った。……柱間、いいからその手を離せ」

 

「何を言う! こういうものはしっかりとだな……」

 

「ええい! 離せ! 男と触れ合う趣味はない!」

 

 その光景を、うちはイズナ、千手扉間。『かぐや一族』のヒミコが見守る中、暖かな日差しが差し込んでいた。

 これからの未来を知らせるような、穏やかな天気の一日だった。

 

 

 

 そこから、隠れ里が作られるまで時間はそう掛からなかった。

 嬉々とした柱間を主導とし、『うちは』『かぐや一族』も協力して急速に戦乱は収まってゆく。

 最強の三つの一族が組んだ同盟に戦争を仕掛ける無謀な一族はおらず、何の邪魔も入らない。

 火の国と手を組み、国と里が同等の立場で組織する枠組みが作られ、ついに隠れ里は成った。

 

 初代火影。

 その立場の者に柱間はマダラを推し、マダラはウヅキを推し、ウヅキは柱間を推した。

 またもや三竦みか、と笑い合いながら詳細を詰めていく3人の姿はかつての幼少の頃を思い出させる光景だった。

 

 柱間はマダラに里の者を兄弟と思って欲しい。

 マダラはイズナを救われた恩をウヅキに感じている。

 ウヅキは夢を忘れず、常に厳しい環境でもブレなかった柱間こそ長に相応しいと思っていた。

 

 そして民意はウヅキと柱間で二分された。

 自身の骨を砕き、治療に用いるウヅキは『薬神』としての異名もあったゆえに支持が多かった。

『うちはイズナ』を救ったのもその薬の効能だった。

 柱間はそのカリスマ性と隠れ里を作った貢献度の高さから屈指の人気を誇った。

 

 ウヅキはその支持を、宗教の自由を認めることと引き換えに降りた。

『かぐや信仰』と呼ばれるものが『かぐや一族』にはあった。

 宗教と国家の癒着にはあまり良い印象のないウヅキは信仰の自由と引き換えに火影の立場を降りる。

 

 そして『木ノ葉』の里の初代火影には『千手柱間』が就任し、一時の平穏を享受する事となった。

 

 そして紆余曲折を経て。

 

 

 

 

 隠れ里が作られた刻限から、マダラとウヅキが相打ちに倒れるまで十数年。

 

 そして『終末の谷』での戦いから60余年の月日が経過した。

 

 

 

 

 暗い。

 仄暗い。

 

 わかるのはただそれだけだった。

 思考する余地すらなく、揺蕩う意識は時間感覚を曖昧にする。

 一瞬であるようにも、永遠であるようにも感じられた。

 

 微睡む意識は覚醒する。

 冷たかった。

 はじめに感じた感覚は冷たさだった。

 雨粒が顔を叩く感覚があった。

 

 背中から、地面に倒れ込んでいる。

 感触から落下による衝撃で背骨が折れ、大小の骨が骨折している事まで感知できた。

 思考はままならない。

 あまりにも鈍かったが、それを許容するだけの状況は用意されていた。

 

 指を動かす。動いた。

 足。動かない。背骨から神経が途切れている。

 何となくで、いつものように屍骨脈を用いて修復する。

 結果はすぐに反映されて足にも感覚が戻り折れていた骨は全て再生された。

 余波で皮膚にもあった傷が治る。

 

 身体を万全に治せば、気になるのは状況だった。

 一息をついて見上げれば、空は曇天で雨が降り注いでいた。

 

 手をついて身体を起こす。

 地面に腰を着いて、記憶を掘り返すが全くわからない。

 確か、『マダラ』と相打ったはず、とぼんやりとだが思い出せた。

 

 しかし、周囲は最後に見た光景とはまるで違う。

『うちは』の二人も、柱間も居ない。

 

 混乱する状況の中で、ふと頭痛がした。

 痛みに慣れているはずのウヅキが顔を顰めるほどの鈍痛で、経験したことのない類の痛みだった。

 それを契機に、自分のものではない記憶が流れ込んでくる。

 

「──ああ、そうか。また転生したか」

 

 ウヅキは、君麻呂と名前を変えて再び生まれ変わっていた。

 降り頻る雨の中で、分厚い雲で覆われた空を見上げながらウヅキ──いや、『君麻呂』は小さな声を溢した。

 

「隠れてないで、出てきたらどうだ?」

 

「……さすがは『かぐや一族』か。今の落下で死なぬとは、驚きだ」

 

「その気配。雲隠れの忍びか。木ノ葉に戦争でも仕掛けに来たか」

 

「……何のことかわからんな」

 

「隠さなくてもいい。その雷遁の気配はよく覚えている」

 

「……世迷言を。大人しく着いてきてもらおうか」

 

「状況はよくわからんが、まぁ貴様らなら構わないだろう。……殺しても、な」

 

 君麻呂は印を結ぶ。

 肉体の持ち主は知り得ない寅の印。

 ウヅキの記憶を持ち、必須の性質変化を持ち、『かぐや一族』の血継限界があれば可能な術。

 

 「──『残火』」

 

 『木ノ葉』に再び『残り火』が芽吹いた。

 

 

 





『かぐや一族』を題材にした二次創作が読みたくて書きました。
メインの小説の息抜きに書いていましたら、こちらも書きたくなってしまって(当初は短編予定が・・・)連載で載せました。
次の更新はかなり遅くなると思いますが、メインの方が中々苦戦しているのでどうなることか・・・。

どちらにせよ、楽しみながらがんばりますのでよろしくお願いします。


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