残火の章   作:風梨

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多くの感想、高評価に感謝します。

約8000文字。


心火

 

 

 

「──火影様、報告は以上です」

 

 『木ノ葉の里』にある、最も高い位置にある部屋。

 その一室で報告を受けながら、煙を吹かせる年老いた男が悩ましげに顎を触る。

 男は『火影』と描かれた朱色の笠を被っており、決めかねるように沈黙を続けていた。

 

 報告のため部屋を訪れていた『忍』はそれを黙って見守る。

 『忍』自身としても、到底信じられないような気持ちであったから、それを直接目にしたことのある火影が思案に()けるのも無理からぬ事とわかっていた。

 

 静かに。

 静かに時間だけが過ぎる。

 

 秒針の針だけが、経過する1秒を刻んでいた。

 

 

 唐突に、火影──猿飛ヒルゼンは眼前の『忍』に問うた。

 未だ信じられぬという想いの滲んだ声音だった。

 

「ミナト。間違いないのじゃな? 間違いなく、ウヅキ様の『残火』であると?」

 

 火影のその問いに『忍』──波風ミナトは力強く頷いて答えた。

 

「はい。『かぐや一族』の者に確認してもらいましたから、間違いありません」

 

「そうか。……そうか、あの術が蘇るか」

 

 唸りを上げる。

 含まれる声音に、喜びはない。

 代わりに開けてはならぬ箱を開けてしまった女が如き慚愧の念が籠っていた。

 

 『残火の術』

 それは『かぐや一族』の中でも極一部の者しか使う事が出来ない超高等忍術だ。

 ただ『使える』と一口で言ってもそれは実戦レベルではなく、火の耐性を上げる、体温を上げる、骨や身体から火を出す、など『忍者』としては常識的な範囲に留まり、『残火』ですらウヅキのように扱うことは出来ない。

 言わずもがな、発展系である『鬼火』は修得者0名である。

 

 そして『かぐや一族』はウヅキに対する信仰の念から、『残火』とはその低レベルの術を意味しない。

 ウヅキと同等に使いこなせた場合のみ『残火』と呼ぶ。

 だからこそ、『残火』の名を担う若人は今まで現れなかった。

 

 しかしその話は過去のモノとなった。

 報告を聞けば、実戦レベルで『残火』を使い熟す者が現れたことは疑いようもない。

 火影はそこまで正確に理解していた。

 

 その上で。

 ──深い深い唸り声を上げていた。

 

 

 ミナトは怪訝に思う。

 現在戦争中であるから、その子供が戦場に駆り出されてしまう心配はあるだろう。

 もしそうなってしまう事があれば大人として止めねばならないとも強く思う。

 

 しかし、状況としては『戦国三英傑』の内一人が現代に蘇ったようなものだ。

 歓迎こそすれ忌避するモノとは考えられない。

 火影の様子から重大な問題があると察する事は出来たが、その理由までは思い当らなかった。

 

 さらに数瞬考えるが思いつかない。

 ミナトは素直に力不足を認め、直接言葉で確認することとした。

 

「何かご懸念があるのでしょうか?」

 

 その言葉で火影──ヒルゼンはミナトを置いて一人考え込んだ事を察した。

 当時。

 つまり、『戦国時代』を知らないミナトには推測出来ない結論に自分だけが到達している。

 前提情報が不足しているのだ。

 そこまで思い至って口を開いた。

 

「うむ……。あの術に関してどこまで知っておる?」

 

「そう、ですね。全盛期は『山を溶かし、地を焦がし、天を泣かせた』と云われた、とかでしょうか」

 

 言いながら、ミナトはあまりに物を知らない自分に苦笑いした。

 何せこの内容は『お伽話』だ。

 正確性に欠けているし、何より里の子供でも知っている事を言ってしまった。

 

 もっと他にあるだろう、と。

 いつものように『ため息』を吐かれながら言われるかと思えば、まるで違った。

 火影は一つだけ頷いた。

 ミナトのその反応を予期していたように。

 

「うむ、やはりそうか。……そうじゃな、ミナト。次期火影たるお主も知っておくべきか。それはな、誇張のない事実よ。いや、実際にはもっと凄まじい。荒唐無稽に語られてはおるが、全て真実だ。ワシもこの目で見た事がある」

 

「……そんな、まさか」

 

 驚きを露わにするミナトに、さらに重要な真実を伝えるか迷う。

 この情報を知るものは『かぐや一族』と火影のみ。

 ダンゾウすら知らぬ、特大の秘匿情報。

 かの『戦国三英傑』その内の一人が、まだ生きている(・・・・・)真実を。

 一瞬だけ逡巡し、そしてまだ早いと心の内に仕舞い込んだ。

 

「真だ。そして、その『お伽話』が事実である事を知る者はワシだけではない。ゆえに懸念は一つよ。……他里の警戒を誘わねばよいのだが」

 

 懸念を恐れるように、ヒルゼンは厳しい顔で続けた。

 

「……まぁ少なくとも岩隠れのオオノキ。砂隠れのチヨ婆は過剰に反応するか」

 

「土影と砂の相談役ですか。確か両名共にかなりのご高齢だとか」

 

「当事者はあの方の恐ろしさを。いや、あの術の凄まじさをよく知っておる。甘く見てもらう事は期待できん。若葉を摘む事に抵抗もなかろう。岩と砂。秘匿できねば死に物狂いで残り火が『鬼火』となる前に潰しに来かねん」

 

「……秘匿できますか?」

 

「難しいやもしれん。が、やらねばなるまい。露見すれば最悪、五大国の里が余さず敵に回るじゃろう。忍界大戦の終わりが見えたこの時世。全てが引っ繰り返る恐れすらある」

 

「それほど、ですか」

 

「敵も味方も、期待や恐れで早まった判断をする可能性は否定できん。……もう一度言うぞ。『山を溶かし、地を焦がし、天を泣かせた』逸話。これ全て誇張のない事実。その認識で考えよ。良いな?」

 

「……わかりました。肝に銘じます」

 

「実際に可能であるかどうかは重要ではない。……『ウヅキ様の再来』。その可能性がある、それだけで他里が警戒するには十分よ」

 

「そう、ですね。未熟な『残火の術』だからこそ警戒を持たれてしまう、と」

 

「左様。今のうちに潰してしまえ、とな。……ふ、ありえぬ話ではあるが、もしあのお方が本当に起きて(・・・)くださるなら。他里は手出し出来ぬ。手を出せば国ごと滅びると知っておる。……あの方が刻んだ爪痕はあまりにも大きい。だからこそ他里の警戒も、な」

 

 して、その子の名は何と言ったか。

 火影がそう続けミナトはゆっくりと答えた。

 

 君麻呂くん、です。

 

 

 

 

 

 

 やってしまった。

 

 随分と『古風』な畳が敷かれて障子が貼られた和が溢れる一室。

 いわゆるお屋敷の中でもかなり上位の者が使う部屋。

 そんな広々とした部屋の一角には敷布団が敷かれており、その上で横になりながら、噂される張本人である君麻呂──ウヅキは『寝たフリ』をしながら、後悔の念に苛まれていた。

 

 意識が戦闘に寄りすぎていた。

 今になって思えばそう冷静に判断できる。

 意識の連続性としては、あの『マダラ』と戦った直後なのだ。

 多少昂っていてもしょうがない事だったと自分に言い訳をしながら、けれど『イイ歳』のおっさんが調子に乗った事実は変わらないために、気を取り直しては凹み続けるという器用なことを繰り返していた。

 

 殺した感覚と従えていた人数からして、あの『雲隠れの忍』は柱間の制度でいうところの上忍程度の実力者であろう。

 上忍は意外と少ない。

 かなり前時代の感覚なので誤りがあるかもしれないが、戦場の十や二十を重ねなければ成れない。

 希少な人材だ。

 絞り出せる情報を思えば殺すのが惜しいほどに。

 

 もしも扉間やヒミコが生きていれば、情報を引き出す前に殺すとは何事か、とクドクドと説教されること間違いなしの失態だ。

『残火』を使ったのは百歩譲って許されたとしても、少なくとも殺さず、生け捕りにすべきだった。

 その類の後悔だ。

 

 ただまぁ殺し殺されは日常的だった。

 なので、次があったら殺さず捕らえるように。

 最終的にはそういう結論に纏まるだろうと思っていたが、どうやら想定があまりに甘かったらしい。

 事態は斜め上に展開した。

 

 具体的に言えば、まず『かぐや一族』が激怒した。

 

 君麻呂(一族の子供)が襲われたのだから当たり前、とは言えない。

 何せ戦時だ。

 悲しい事実ではあるが、戦時ともなれば子供の命一つに付き合っていられないのが現実だ。

『かぐや一族』の上層部が、そんな『戦国時代』なら出来て当然だったはずの非情な判断すら出来ないのかと少し怪訝を覚えたが、激怒した理由を聞けばウヅキも納得した。

 

 ウヅキ──この場合は君麻呂といった方が正しいかもしれないが、『かぐや一族の子供』が雲隠れの忍を『残火』で一蹴したことが重要だった。

 『戦国時代』に残した逸話には事欠かない事もあってか、『かぐや一族』のウヅキに対する印象は非常に脚色されていた。

 ヒミコも面白がって色々と手を回していたのも理由であろうが、『ウヅキの再来』という言葉はこの上ない称賛の言葉になるわけだ。

 

 

 そうなった結果、今回残ったのは『未来の当主』を他里に狙われて危うく失うところであったという事実だ。

 

 それは『かぐや一族』の命運を、未来を奪おうとした罪に等しい。

 ここで黙って引き下がれば『かぐや一族』の面子が丸潰れである。

 ウヅキの影響で多少気性が穏やかになったと言えど、あの(・・)『戦国時代』において戦闘民族とまで云われた『かぐや一族』である。

 再来の噂はあっという間に広まって、事件を知って上層部どころか一族全体が激怒した。

 

 つまり、今まで政争から距離を置いて中立派を保っていた『かぐや一族』の総力を挙げての参戦秒読みである。

 そうなれば戦線拡大は不可避だ。

 

 そこに待ったを掛けたのが今代の火影であった。

『ウヅキの再来』と認めてはならない、と言い出したのである。

 

 敷布団に横たわって『寝たフリ』を続けるウヅキの前では、カンカンに怒った『神子服』の女性が『ウヅキ様再来うんぬん』と火影の笠を被った老人に対して捲し立てていた。

 報復を、であるとか。

 賠償を、であるとか。

 舐め腐りやがって目に物見せてやる、であるとか随分お冠だ。

 

 だが、火影の言い分を聞けば納得できない話でもない。

 現況としては戦争が終結する寸前であるらしい。であれば、余計な火種は歓迎できない気持ちも、あの時代を知る身として理解できる。

 ウヅキが大戦中に刻んだ爪痕を思えば、火影が懸念する他里が『将来の芽(君麻呂)』を摘もうとする判断に誤りはないとウヅキも思う。

 

 しかし、あの卑劣漢。

 扉間ならば、即断でこう言うだろう。

 

 いいだろう。『かぐや一族』の護衛を山ほど付けて戦場に放り込め、と。

 

 かつてのウヅキが率いた白装束の軍団。

 『白鬼(はくき)』を幻視させる事を目的として。

 

 その際に実際の実力は重要ではない。

 幻視させ恐れさせ、トラウマを刺激してやれば良い具合に踊ってくれるだろう、と言いながら完璧にヘイト管理をして見せるだろう。

 扉間は用量、用法を守りさえすれば、どんな劇薬も特効薬に変えてしまう程の才覚の持ち主だった。

 他里の『骨の髄まで刻まれたトラウマ』を刺激する事に躊躇を覚えるような生半可な男ではないし、加減を誤ることも想像しにくい。

 効果的と判断すれば敵の死体すら活用する男である。

 

 柱間ならば『ウヅキの再来』を大歓迎した上で、苦戦はするであろうが持ち前のカリスマ性で『かぐや一族』を鎮静化させ、場合によっては納得させただろう。

 報復に関しても否とは言わない。

 柱間は勘違いされやすいが、理想論だけの男ではない。

 現実を直視しながらも理想論を捨てない稀有な男であり、報復に正当性があれば何らかの形で渋々認めるだろう。

 

 そして『かぐや一族』も形を変えて報復ができるのであれば、戦争に拘る事はない。

 もちろん、報復が十全に機能して溜飲を下げることが出来たならば、の話ではあるが。

 

 それと比べてしまうと、どうしても『新たな影』からの提案は頼りない。

 あるいは論外と言わざるを得ないものだった。

 鎮痛な面持ちで火影の笠を脇に置き、老爺(ろうや)は頭を下げた。

 

「わかってくれ。もしここでウヅキ様の再来が知れれば、必ず他里を刺激する。それは木ノ葉を預かる者として許容できんことなのだ」

 

 ──交渉の基本はメリットとデメリットを釣り合わせる事だ。

 天秤がどちらに傾いても今後に支障が出る。

 

 交渉相手にメリットを生み出しすぎれば舐められる。

 デメリットを生み出せば恨まれる。

 その利害を調整する能力こそ、長にとって最も重要とされる能力の一つであり、腕の見せ所であるのだから当然だ。

 

 だのに、火影の話を聞いていれば、具体的な報復はしたくない。自分にできる事ならなんでもする。という提案しかしておらず、それはもはや交渉ですらなく懇願だ。

 

(戦争終結。努力しているのだろう、気持ちはわかる。オレもかつては願った事だ。だが、これでは内部に新たな火種を抱えるであろうに。まぁオレも人様の事をどういう言えるほどの交渉上手ではないのだが。全てヒミコ頼りであったし)

 

 人徳はあるのだろうと、話を聞いている分には感じる。

 誠実に接する人柄を好ましくも思う。

 だからこそ、惜しい。

 裏を見て管理する人材との信頼関係さえ築けていれば、先代を超える事も十分可能であっただろうに。

 とある気配(・・)を感じながら、ウヅキはそう思った。

 

 ウヅキは戦闘を熟すが感知タイプでもあった。

 骨伝道を応用して行う特殊な感知。

 そこに加えてチャクラの質も変える通常の感知を合わせる。

 

 忍ぶことを忘れたような『マダラ』と『柱間』の相手をする戦闘中は滅多に使う事がなかったが、並の感知タイプを優に超える精度と範囲を保持していた。

 君麻呂の身体となったことで著しく精度、範囲が落ちていたがそれでもその気配(・・・・)を感知する事は容易かった。

 じっとりとした粘り気のある視線。

 息を殺し慣れた忍びの気配だ。

 

(恐らくは裏側の手の者。その者はこの会話を盗み聴かなければならない程の立場に追い込まれている、か。効率厨の扉間が知ればあまりの非効率さに嘆くであろうな)

 

 ウヅキは感覚的にではあるが、正確に状況を把握しつつあった。

 戦場で培った勘働き。

 ヒミコとの会話により得た知恵者の見識。

 多少であれ里の運営に関わった経験。

 特に、扉間に政治面でズタボロに『駄目出し』されたほろ苦い経験(扉間への悪口が捗る一因)が奇跡的に噛み合って推測は正確さを増した。

 

 ウヅキが推測を重ねる中でも、火影は言葉を続けていた。

 

「──すまん。里のためを思って、この条件を飲んでくれ」

 

「有り得ません。君麻呂はまだ4歳です。そんな小さな子を他里から隠すためだけに僻地に追いやるなんて! ましてや、この子は『ウヅキ様の再来』です! 待望の才児を得た『かぐや一族』にそんな扱いをしてあなたが無事でいられるとでも? ウヅキ様に倣って政治に不干渉を貫いていると言えど、我々も黙っていませんよ」

 

「僻地であることは認めよう。しかし、保護の体制を整え不便もさせん。わしに出来る事であれば全て飲もう。……頼む。この通りだ」

 

「あなたの下げる頭に、それほどの価値があるとお思いで……? あなたが人格者であることは認めましょう。隠すことをせぬ、その誠実さも。しかし、『かぐや一族』の代表として、ましてやウヅキ様の『直系の孫』として。そして君麻呂の叔母としても。そのようなことは許容出来ません。ですから、もうあなたとお話しすることはございません。お引き取りを」

 

 毅然とした態度には一族を率いる自負が満ちている。

 一族は良い当主に恵まれたようだが、ウヅキとしては少し気になる言葉があった。

 

(孫・・・だと・・・?)

 

 言われて探れば、確かに遠い昔に見た『ヒヨリ』の面影があった。

 初見で察せなかったことに恥いる気持ちもあったが、何よりも気持ちは温かい。

 

(立派になったものだ。当主とはかく在らねばならぬ)

 

 心情としてはかぐや一族寄りのウヅキではあるが……、今代の火影に対する同情もない訳ではない。

 終戦したい気持ちは痛いほどに理解できるからだ。

 

 つまり、政治的に考えればこれ以上の損失を避けるため損切りを行い終戦したい『厭戦(えんせん):火影派閥』

 ウヅキが宣言した宗教を理由に政治不干渉を貫く『中立:かぐや派閥』

 そして、最大限の譲歩を引き出し戦勝国となりたい『好戦:裏の者派閥』におおまかに別れているのだろう。

 

 落ち着きを取り戻して、状況の大凡を把握できたウヅキの感知が新たな人物の来訪を察知する。

 『寝たフリ』を続けたまま、タイミングのあまり良さにウヅキはやはりと確信を深くする。

 

(裏の者で間違いなかろう、交渉の決裂をあえて待ったか。中々悪質な性格をしているが、それでこそよ。どれ、顔を拝んでやるか)

 

 ウヅキは、先も述べたように感知タイプでもある。

 それも通常の方法ではなく、血継限界・屍骨脈を用いたウヅキ特有の術だ。

 骨伝導で諸々わかるという謎感覚がイマイチ理解が得られなかった事もあって引き継がれずに失伝していた。

 

 ゆえに『裏の者』は対策が万全ではなかった。

 まさか振動だけで動きや数だけではなく、その他も察知する者が居るなど想像すらしていなかった。

 その、腕にはめ込まれた『写輪眼』を、察知されることなど思慮外。

 青天の霹靂と言わざるを得ない。

 

 『裏の者』──志村ダンゾウは『写輪眼』を察知された事に気がつかず、交渉のなんたるかを『火影』に見せつけるために悠々と歩みを進める。

 その交渉を目にしたウヅキが『裏の者』の評価をさらに高める未来も、もしかしたら存在したかもしれない。

 しかし、それは叶うことのない未来だった。

 

 

 ウヅキは『裏』の重要性を理解している。

 彼自身、非情な面を持っているし、その手を汚したことも一度や二度では足りない。

 汚れ仕事の必要性も理解している。

 避けたいとは思うが、躊躇するほどの善性も持ち合わせていない。

 戦乱の時代に、この世は単純な実力や綺麗事だけでは回らない事実を嫌と言うほど知っているから。

 

 だが、ウヅキは知っていた。

 

 かつて休戦協定を結んだ後の、争いがなくなった事を喜ぶ『うちは一族』のことを。

 

 其の隠しながらも喜び、僅かに涙に濡れた瞳と(こぼ)れた水滴を。

 

 とても。

 

 とてもよく知っていた。

 

 その休戦協定を仲介した時の懐かしい瞳が。

 

 平和への想いを共有した瞳が。

 

 ──感知した『写輪眼』と重なった。

 

 

 

 一瞬の出来事であった。

 

 君麻呂がゆらりと立ち上がる。

 『ゴキゴキ』と異音を立てながら成長し、20前後の姿で成長を止め──。

 周囲は思考が追いつかず、無音で一拍の間を置いた。

 

 次の瞬間、(おぞ)しいと感じるまでに研ぎ澄まされたチャクラが溢れ出る。

 理解できない事態に、その場に居た全ての者が恐怖と止め処ない不安に駆られる。

 

 しかし、ヒヨリだけは目を開き、両手で口を覆いながら心中に喜びを溢れさせた。

 その姿が『お婆様』から語られるがままの姿を体現していたから。脳裏に言葉が蘇る。

 

 その裸体(らたい)は『骨の鎧』で覆われていた。

 

 その相貌(そうぼう)は『兎』の面で隠されていた。

 

「──『残火刃骨(ざんか)』」

 

 ──其の身体(からだ)は『朽ちぬ灰骨』で出来ている。

 

 膨大な熱量が突如として出現し。

 右手で、左腕を握って文字通り肩ごと引き抜いて(・・・・・)刃骨と成し、隻腕となった君麻呂から底冷える凄まじい殺気の篭った『呼び声』が響いた。

 

「────」

 

 それは確かに声だった。

 しかし、その場の誰にも届かぬ声だった。

 

 ただの無言。

 鼓膜を振るわせる『音声』としては、何も語っていない。

 しかし、その場の者は確かに聞いた。

 『無音の呼び声』を。

 そこに込められた殺意はあまりにも深く深く、飲み込むような深みがあった。

 

 本物の殺意とは言葉ではない。

 行動で示される。

 

 君麻呂は──いや、ウヅキは。

 無言で御し難い程の激情を糧として、震える魂の赴くまま熱い息を吐いた。

 見据えるは、同胞の敵。

 後の事も思慮の外。

 ウヅキはただ全力で地面を踏み砕き駆け、一室に余波で熱風が吹き荒れた。

 

 

 




多くの感想、高評価に感謝します。
想像以上の応援があったため、皆様の想定よりも早く書き上げました。褒めてください。お願いします。
では。



ダンゾウ!死なないで!あなたの願いは、里を守る決意はこんな序盤で果ててしまうの!?


次回:ダンゾウ死す。

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