残火の章   作:風梨

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必殺

 

 

 熱風の吹き荒れた一室。

 場所は君麻呂(ウヅキ)が突如として立ち上がり、疾風(はやて)の如く駆け抜けていった後の室内であった。

 家具は吹き飛び、熱によって発火した箇所は多数ある。

 木造の建築であることもあって放置すれば全焼しかねない。

 

 一瞬の炎嵐が過ぎ去って、室内──火影と、かぐや一族の現当主であるヒヨリが始動したのは同時だった。

 

「水遁・水鉄砲」

 

「水遁・湿散回転(しさんかいてん)

 

 水遁が部屋を湿らせ、強い炎には水が掛けられて沈下する。

 数秒で部屋は火事の恐れから脱して、2人の思考は本来の驚きへと戻る。

 つまり、急に現れた『ウヅキ』であろう人物に思考の焦点が移った。

 

 

 火影──猿飛ヒルゼンは軽く見渡して怪我人が居ないことを確認する。

 その場には、ヒヨリ、火影の他にも其々(それぞれ)の護衛などが居たが皆が一様に怪我などはない。

 

 そのことに一抹の安堵を抱きつつも些か不可解という感想が胸中に溢れた。

 ウヅキであったのなら、『残火』と言えどもこの程度の被害に収まったのは僥倖という他ないだろう。

 だが、彼はウヅキだ。容姿もさることながら、あの異質なチャクラを見間違えようもない。

 

 であるならば、考えられる理由は一つ。

 

(全盛期の十分の一・・・。いや、それ以下やもしれぬ)

 

 ウヅキがこれ以上ないほどに弱っているという事実だった。

 

 ヒルゼンは怪我人がいない理由をそう結論づけた。

 しかし、そうなると疑問がもたげてくる。

 

 報告では『かぐや一族の子供が『残火刃骨』を用いて他里上忍含める複数名を殺傷した』というものだった。

 ウヅキが蘇った、という報告ではない。

 

 思考を高速で回しながら『プロフェッサー』と呼ばれるほどの『忍』である火影はウヅキが去ってからすぐさま感知範囲を大きく広げていた。

 そしてウヅキが向かっているであろう場所にいる人物を把握し、困惑を深める。

『志村ダンゾウ』がそこには居た。

 本来いるはずもない人物。

 推測としては火影であるヒルゼンを追いかけてきたのであろうとは思うが、何故という思いが捨てきれない。

『残火』の件は口外禁止にしており、ダンゾウには教えて居ないからだ。

 

 まさか、とダンゾウが今回の一連の騒動に関わっているのかと思いヒヨリに目を向けるが、同じことを考えて居たであろうヒヨリが静かに、けれどしっかりとした仕草で首を横に振る。懸念が杞憂であった事を察し僅か安堵するが、依然として問題は解決しない。

 

 理由は不明であるが、ダンゾウがこの場に参加しようとして居た事は疑いようがなく。

 結論として情報が漏洩していることになるが、そんなことよりも、何よりウヅキであろう人物の行動理由がわからない。

 

 まさか尋常でない感知精度で『写輪眼』に感づいたなどとは想像すらしておらず、ヒルゼンの思考は混迷を極めた。

 故により詳しく知っているであろう者に、新たな情報を求める事も必然だった。

 

「……詳しく聞かせてもらおう」

 

 『かぐや一族』現当主であり、『かぐや信仰』最高位祭司。

 ウヅキの孫であり、今回大戦にて『百公(びゃくこう)』との名を知らしめた怪物。

 白髪しかいない『かぐや一族』の中にあって、かつてのウヅキの嫁であるヒミコの面影を色濃く残す黒髪美女。

 ヒヨリに対して目を向ける。

 

 火影笠の下には、先ほどまで懇願していた人物とは思えない鋭い眼光をした老人がいた。

 覇気が漲っていた。

 三代目火影。

 『プロフェッサー』と呼ばれ、全ての忍術を扱うとされる『忍』

 その名は伊達では無い。

 平和のため、己の頭を下げる時とは異なり、明確に里の危険を認識したヒルゼンの発する気配に対してはヒヨリも今までの拒絶姿勢を改めざるを得ない。

 ヒヨリは背筋を伸ばし火影と視線で干戈を交える。

 凛とした調子で『かぐや一族』の当主として恥ずかしく無い姿だった。

 

「お答えしたいところですが、残念ながら私からも語れることはありません。私も、君麻呂がウヅキ様であったなど想像すらしていませんでした」

 

「あの姿とチャクラ。そして『残火の術』。ここまで出揃えば他人と思うのが難しい。……ヒヨリよ。本当に偽りはないのじゃな? あの方が『眠りから覚めていた』などという大事。お主が気がつかぬはずがあるまい」

 

「当主としての名に懸けて、嘘偽りはございません。御堂に行きましょう、確かめねばなりません。どちらが(・・・・)本物のウヅキ様であるのか、あるいは、『どちらも本物』なのか」

 

「……お主としても想定外、ということか。仕方あるまい。急ぐぞ」

 

 情報が不足している。

 何よりも優先すべきは『里を守る』こと。

 ダンゾウの存在に後ろ髪を引かれながら、ヒルゼンは即座に最速で駆け抜けた。

 

 

 

 

 

 ウヅキの腑は燃えていた。

 憤怒の念が渦巻き、腑が煮え繰り返る程の情念を持っているのも勿論だが、比喩ではなく、物理的に熱で溶けてもいた。

 

 誰も実践にて使えるレベルでの習得が出来なかった術。

 その理由がそこに合った。

 

 『熱量』を抱え込むとはつまり、超高温に常に晒される事と同意義だ。

 

 その際に必須となるのが、その苦しみに耐える事が可能な精神力。

 屍骨脈の才能。

 肉体の強靭さ。

 強い再生能力。

 性質変化。

 これら全てを併せ持つ必要がある。

 

 そしてその準備とは一朝一夕で成り立つ簡単な物ではない。

 ウヅキですら制御するのに2年の月日を要した程である。

 

 ましてや、今まで『残火』を使ったことのない子供が使えばどうなるか、など。

 戦国時代において、ウヅキが一月の大半を床に着いて居た事を思えば容易に想像がつく。

 即ち、内臓は溶けて爛れ落ち、身体から水分が蒸発して危険域に突入し、骨は熱に耐えきれず朽ちる。

 

 それでも。

 ウヅキは止まらなかった。

 

 内臓は爛れる度に再生。

 失った水分は水遁を応用して補充し保湿。

 骨は朽ちる度に作り直した。

 

 破壊と再生を繰り返す全身を苛む激痛は想像を絶する程である。

 

 

 それすら軽視していた。

 尋常でなく激怒している自分を客観視しつつ、ウヅキは駆けた。

 冷静になるつもりはない。

 意味もない。

 ただこの度し難い激情をぶつける事しか願っていない。

 どれほどの激痛を引き換えにしようと、ウヅキは己が信念のため駆け抜けた。

 

 

 呼気は熱を帯び、慣れていない身体が悲鳴を上げる。

 

 前途した理由も無論あるが、無理な成長も祟って居た。

 成長の原理は遺伝子情報の読み取りである。

 君麻呂の体内にあったウヅキの遺伝子を読み取る事で急激に成長させた。

 

 それはウヅキの容貌に恐ろしいほど似通うという結果となって返ってきたが、それ以上に消耗が激しかった。

 加えて『朽ちぬ灰骨』の生成にまで手を回したものだから、文字通りウヅキの体内は『火の車』だった。

 そこまでの負担を抱えた肉体が、思うように動かせるわけもない。

 

 

 脳は静かに滑らかな思考をする。

 

 柱間やマダラと互角以上に渡り合っていた全盛期と比較すれば、当時の『50分の1』も火力を発揮できないだろう。

 是非もない事だった。

 一瞬で終わらせるつもりはないのだから、加減を間違える恐れがない事が有難いとすら思った。

 

 全盛期の肉体でこれほどの激情に駆られて加減を間違えたのなら、それはもはや『木ノ葉の里』が消滅しかねない。

 弱くなった事で思うがままに感情を吐き出せる事をメリットにすら感じながらウヅキは刃骨を握る。

 

 

 本来の50分の1。

 片腕を失っている。

 肉体が思うように動かせない。

 強制成長させた負荷がある。

 熱によって継続的にダメージを負っている。

 

 しかし、それでも負ける要素は皆無であった。

 まさしく格が違う。

 たかが複数の枷が付き、実力が50分の1になっているだけだ。

 『戦国最強』の一角の名はその程度で陰るものではない。

 

 久方ぶりに『屍骨脈』で戦う事になりそうだ、と。

 ウヅキの思考は冷徹に判断した。

 

 

 

 その頃。

 ダンゾウは控室から報告を受けてその足を廊下へと進めたところだった。

 上位の者が生活する区画は程々に遠い位置に作られているため、ウヅキの気配との距離はまだ十分にあった。

 それゆえ慌てることもなく冷静に見定める。

 感知タイプではないため勘頼りではある。

 しかし、ダンゾウは己に向かってくる気配に心当たりがなく、困惑しながらも控えさせていた感知担当の『根の者』に確認する。

 

「これは、何者だ?」

 

「申し訳ございません。情報がないため私も定かではなく……」

 

「ふむ、立った場所からして『かぐや一族』の本家の者か? これ程の禍々しい戦力を隠していたのなら、問い詰めねばなるまいな」

 

 新たな交渉のカードを手に入れた。

 その程度の軽い気持ちで待ち受けたダンゾウではあったが、距離が狭まり該当の人物が視界に映った瞬間にその余裕は崩れ去った。

 

 身体の表面に滲み出る赤熱した斑模様。

『骨の鎧』を纏い、『兎』の面に覆われた姿。

 その左腕はなく隻腕で、右手には左腕が変形したであろう『残火刃骨』を握っている。

 差異はある。

 腕の失せた姿は初めて見る。

 しかし、その特徴的な全体像は半世紀近く前に戦場で見た覚えがあった。

 

「──ウヅキ様……?」

 

 幻術。

 本来の姿に幻術を被せてこちらの動揺を誘っている。

 真っ先に浮かんだその可能性を潰すため、ダンゾウは即座に隠していた右目を露わにした。

 その瞳は『写輪眼』

 3つ巴を刻む代物だった。

 それはつまり、本来の持ち主が至るまで瞳力を強める経緯があった事に他ならず、その瞳はかつての同僚であった『うちはカガミ』から奪ったものであった。

 

 見た結果は白。

 幻術ではなく本物であった。

 動揺して然るべき事実を前に、ダンゾウは迅速だった。

 即座に右腕の封を破って、木製の『拘束具』が地に落ちる。

 包帯が解ける。

 その下からは無数の『写輪眼』が白日の元に晒された。

 

 それにも構わず両手で印を組み『根の者』に前に出るよう指示を出して自らは後ろに下がる。

 

 今回ダンゾウが連れている者は2名。

 『山中一族』の者と『風魔一族』の者だった。

 山中一族は感知と『秘伝忍術』に優れる。

 風魔一族は『写輪眼』こそ持って居ないが『うちは』の遠縁の一族に当たり、その中でも優秀な男だった。

 それぞれ得意忍術で迎え撃つ。

 

 ダンゾウが風遁。

 風魔が火遁。

 山中は秘伝忍術・心転身を。

 

 息をするかのような自然なコンビネーションで完璧なタイミングで放つ。

 

「火遁・豪火球の術」

 

「風遁・大突破」

 

「──心転身」

 

 ダンゾウたちから忍術が放たれる一瞬前。

 ウヅキは右手に握る唯一の武器である『残火刃骨』をクナイのように放った。

 飛翔速度は遅い(・・)

 

 クナイが着弾するよりも先にダンゾウ達の忍術が完成し、まず生み出された火遁が放たれ、すぐ後ろから風遁が押し出す。

 性質を合わせ、大火力となった火遁が勢いを増し、緩慢な動作で避ける仕草を見せるウヅキに着弾した。

 着弾し爆炎が上がるのとほぼ同時。

 煙を切り裂くように鋭く飛んできていた『残火刃骨』をダンゾウは半歩下がる事で避け、横目で刃が背後に通り過ぎ地面に突き刺さった事を確認する。

 ──骨のクナイには仕掛けがあった。

 『写輪眼』を持っているにも関わらず、ダンゾウはその仕掛けを見逃した。

 

(……お粗末な攻撃だ。ウヅキ様ではないのか? いや、油断はならん。念のため印を結んでおくか)

 

 卯・亥・未。

 順に結ぶ印は、辛うじて間に合った。

 

 放った忍術の着弾を確認し、『山中一族』の『心転身』が追撃に入る。

 その場に居れば、当たればウヅキですら抗えない術だ。

 この程度か、と拍子抜けするダンゾウ。

 

 

 

 その気の抜けた胸が。

 ──背後から突き破られた。

 

 

 胸から飛び出る左腕(ひだりうで)が、ダンゾウの心臓を鷲掴み外気に晒していた。

 飛び散る鮮血の中央で生々しく脈打つ心臓が本物である事を主張し続ける。

 

「……ぐふッ、何……?」

 

『写輪眼』で見れば、その腕も心臓も本物である。

 急ぎ火遁の着弾点を見れば、そこには抜け殻であろう『骨』が残っていた。

 主人を失った骨が焼ける匂いすら漂う。

 変則的な身代わりの術であることが分かった。

 

 つまり、一瞬で背後に瞬間移動された事となる。

 

(……バカな! 扉間様考案の『飛雷神』をも超える時空間忍術だと? 発動時間。印。マーキングもない! ありえぬ、どういうカラクリだ?!)

 

 その答えはダンゾウの背後にあった。

 地面に突き刺さった『腕を模した刃骨』から、ウヅキが生えて(・・・)いる。

 ちょうど『ズルズル』とその身体を生成し終えて五体満足(・・・・)で、二本の足で地面を踏みしめた。失せていた片腕すらも再生されている。

 

 話は簡単だった。

 投げられた『残火刃骨』は避けやすいように速度を落として放たれていた。

 狙った着弾点に刺されば、ダンゾウの裏が取れるように。

 

「──『写輪眼』を持ちながら、刃骨内部のチャクラすら見切れぬか。豚に真珠だな」

 

 新たな左腕でダンゾウの心臓を握りながらウヅキは静かにそう告げた。

 

 ウヅキが戦国最強の一角であったのは『鬼火』だけが理由ではない。

 

 ありとあらゆる『技術』や『才能』そして『肉体』が歴代最高水準を遥かに超えていた故だった。

 でなければ『鬼火』を覚えて居ない時に、若干13歳で戦闘民族『かぐや一族』の当主にはなれない。

 

 そう。

『鬼火』を作り上げたのは対柱間を目的としたものであり、ウヅキ本来の実力は更に幅広い。

 第一『残火』は『共殺の灰骨』を修めるための失敗作の一つでしかなく、ウヅキは生来全ての『性質変化』を備えている。

 つまりそれは最低でも(・・・・)後4つの『屍骨脈の性質変化』を保持していることに他ならない。

『残火』は失敗作の中でも有用であったために最も発展させた『性質変化』であることは間違いないが、ウヅキをそれだけの男と侮るのは些か愚か過ぎる。

 

 そんな事実をダンゾウは知り得ない。

 彼が知るウヅキは戦場を焦土と化す怪物染みた姿だけだった。

 皮肉にも『全盛期の怪物』を知るからこその『熱量』以外に対する油断があった。

 

「……『かぐや一族』は生み出した骨の内部を移動できたはず。その術の応用と言う訳か……!」

 

「さて、種明かしをする気はない。──同胞の『写輪眼』を返してもらうぞ」

 

 確実に命を握っている。

 自らの骨を砕き延命させることも可能。

 その判断の中でも油断せず情報を開示しないウヅキに対して、ダンゾウは笑った。

 

「『木ノ葉の里を守る』。その大義のための犠牲よ。『うちは一族』も初代様も、死してなお『木ノ葉』のため使われる事を喜んでいよう。……そしてまだ終わりではない」

 

 ダンゾウが幻術であったかのように薄れ、消えた。

 握っていた心臓の感触も夢幻であったかのように失せた。

 その現実を前に無言を貫くウヅキを、ダンゾウは少し離れた家屋(かおく)の上から見下ろす。

 

 ダンゾウは、鋭く油断なくその男を睨めた。

 

(……姿形はウヅキ様。話し方も、話す内容もウヅキ様に近いように思える。が、『マダラ』と相打ち亡くなったはずだ。ワシですら墓所を暴く事を出来なんだが、遺体は『かぐや一族』の御堂に祀られているはず。どうして生きてここに居る?)

 

 終末の谷での戦い。

 表向きは柱間がマダラと戦い単独で勝利した事になっているが、真実は違う。

 

『かぐや一族』のウヅキと『うちはマダラ』の激闘こそが真実。

 その事実は『木ノ葉』の中でも一部の者だけが知っている情報だが、ダンゾウはそのことを知っていた。

 

(命を失う技と引き換えにマダラを打ち倒したと聞いておる。語られた内容が偽りであったか……? いや、考えにくいな。そもそも生きていたのであれば、何故このタイミングで表に出てくる? 終戦も間近であるというのに、他里を刺激するだけだ。戦を嫌うウヅキ様の性格を思えば度し難い。ワシを狙う理由もわからぬ)

 

「……情報が足りぬ」

 

 つまるところ、思考はそこに集約される。

 ダンゾウは情報集積のため、何より生存のため。

 右腕の『写輪眼』を使い切る事すら考慮に入れる。

 

 時間を置けば騒ぎに気がついた『かぐや一族』はもちろん、事前に非公式会談を行っている火影も合流する事だろう。

 そこまで生き残れば、如何様にも言い逃れできる。

 

 この腕の『写輪眼』とて、実際がどうであれ(・・・・・・・・)戦場で同意を得て集めたと言い張れば『根』を支配する自分を追求できぬとダンゾウは確信していた。

『根』の重要性を理解する火影ならば、死体から採取したならばギリギリ許容できる、と判断するだろう。

 その証拠となる根回しも既に終えている。

 火影の甘さは誰よりもダンゾウが知っていたから、その確信にブレはない。

 

 思考を一瞬で纏め上げて余裕を取り戻したダンゾウの眼下で、ウヅキが、心臓を握っていた左掌を開閉する。

 その、現実が幻となった感触を確かめるように。

 

「──イザナギか。・・・もう十分だ。つくづくオレの神経を逆撫でする男よ。瞳の光は『うちは』にとって自尊心の結晶のようなもの。それを失うイザナギを使う際、『うちは』の者がどれほどの悲痛と引き換えに発動させていた事か。……それを消耗品のように扱うなど、万死に値する」

 

 ──もう、貴様は終われ。

 

 そんな声と共にウヅキが爆発した。

 比喩ではなく、肉体が弾け飛んだ。

 自爆かと思えばそうではない。

 

 ダンゾウは即座に『写輪眼』を使って『膨張しながら飛んでくる骨片』を見切り回避に専念する。

 桁違いの面攻撃だった。

 爆心地から鋭い骨片が撒き散らされ、数千にまで砕けた骨片が意思を持ったように膨張する。

 欠片が槍となり砲弾となり、周囲に次々と襲い掛かる。

『写輪眼』を持ってしても回避が限界。

 その結果にまでは推測が至らなかった。

 

 骨片という()は爆発の勢いで周囲に広がり、一帯が瞬く間に『枯れ木』を模した骨で埋め尽くされた。

 

 その中央。

 最も大きな『骨の巨木』の上で両腕を組みながらウヅキ(・・・)が睥睨していた。

 疑いようもない。

 こんなデタラメな術を編み出す人物など、疑り深いダンゾウですら断言する。

 あの戦国を生き抜いた英傑の一人で間違いない、と。

 

 

「──『枯枝(かれえだ)の舞』。いや、『骨樹林降誕(こつじゅりんこうたん)』といったところか? 柱間の二番煎じでしかないが、まぁ良かろう」

 

 二番煎じ。

 その言葉はオリジナルに劣るから言うのだ。

 瞬く間に広がる『枯れ木』の密林は柱間の『木遁・樹海降誕』とほぼ同等。

 

 論理的な思考は必要ない。

 ダンゾウの感覚は間違いなく目の前の人物がウヅキであると告げていた。

 

 襲われた理由は察する他ないが、ダンゾウは容易に正解にたどり着く。『写輪眼』に対しての言及されたことを思い返し、恐らくは腕の『写輪眼』に感づかれたのだろう、と察する。

 

(些か拙い、か)

 

 ウヅキが激怒し襲ってきた理由が『写輪眼』であるならこの場での言い訳は無意味でも、法的な保護があれば、根回しが功を奏して確実に生き残れるだろう。

 だが、目の前の感情的な相手に対して『法』が効力を持つか疑問だ。

 故にダンゾウが選んだのは『法』が効果を発揮する相手を待つ一手。

 

 つまり、時間稼ぎだ。

 

「ウヅキ様、でしたか。何故(なにゆえ)現代に蘇られたのです? もしも遣り残された事があるなら、このダンゾウが叶えましょうぞ」

 

 意味のない質問も『生き残る』ための一手だった。

 それは会話をして時間を稼ぐ意図しか存在せず、ウヅキに答える義理はない。

 

「ならば望もう。今すぐ、その命をオレに差し出せ。ただでは殺さぬ。惨たらしく殺してやろう」

 

 しかし、ウヅキはあっさりと答えた。

 何故なら時間稼ぎは無意味であるから。

 

 どのような状況。

 どのような理由。

 どのような過去。

 どのような障害。

 どのような信念があれども、必ず殺す。

 

 つまり、『必殺』である。

 

『一族の守護』

 

 ただそれだけに『人生』を懸けた圧倒的な自負心と使命から滲み出る覚悟を前に、時間稼ぎによる延命、『法』による制裁逃れなど無意味である。

 仮に『初代火影』が蘇り立ち塞がったとしても、一切陰りなく殺意を燃やすであろう。

 かつての戦国と同じように。

 

 そのようなウヅキを前に策謀で生き残ろうとするダンゾウはもはや、ただの『道化』でしかない。

 

「ほぉ、それは飲めぬご提案ですな。平和を愛するウヅキ様ともあろうお方が、そのように凄惨な事を仰るとは思いませなんだ。先ほどの提案は忘れて頂きたい」

 

「耳障りな声だ。して、そうこう話している内に貴様の部下は捕らえたが。時間稼ぎはもう終わりだ」

 

「……そうですな、再開と行きますかな。胸をお借りしましょうぞ」

 

「喋るな下郎が」

 

 始まる戦い。しかしそれは、秒数を経るごとにウヅキ有利に傾いてゆく、あまりにも特殊な戦いだった。

 当初50分の1と判断していた肉体も適応を続ける事で戦闘の中で急激に力を取り戻す。

 

 簡単には殺さぬ、とウヅキは思い、ダンゾウは時間が稼げればそれで良かった。

 双方の思惑が一致し、ダンゾウは何度も死に至りながらイザナギによって生存を続けた。

 ダンゾウの腕に埋め込まれた8個目の『写輪眼』が閉じた時。

 ウヅキの実力は肉体上限である、本来の10分の1にまで戻っていた。

 

 戦闘開始時と比較して単純に5倍である。

 ただでさえ存在しなかったダンゾウの勝率はもはや考える価値もない。

 

 そこにダンゾウが待望する乱入者が現れる。

 急ぎ駆け抜けたためか、火影の笠はない。

 黒い戦装束を身に纏い、如意棒を構える姿は臨戦体制であった。

 少し遅れてヒヨリも地に足をつけた。

 

「双方そこまで!! この場は火影たるワシが預かる。これ以上の余計な真似は許さん。……例えウヅキ様であっても、許しませぬ」

 

 鋭く断言する火影。

 その笠はなくとも気迫漲る言葉を前に──。

 

「無理だな。お前にオレは止められん」

 

 ──ウヅキは容易に拒絶した。

 

「この弱体化したオレですら、貴様の命を燃やしても届かぬ。そのことは理解していよう?」

 

「命に変えても止めましょう。もう戦国の世ではないのです。『法』による統治をなくせば『力』は容易く自らを滅ぼしますぞ」

 

「であろうな。だが、許さん。そこの男は、オレが殺す」

 

 漲る殺意は、一切陰らない。

 共に来たヒヨリを目にしても一瞥のみ。

 絶対的な覇者。つまりは暴君の気配を滲ませるウヅキに、火影は口泡を飛ばしながら続ける。

 

「それが暴君への道であると何故理解できぬのですか!」

 

「阿呆。理解しておるわ、その上で突き進む。我が戦国はそうであった」

 

「ですから、それが時代遅れだと申しておるのです……!」

 

「ならば、力を示せ。それが全てとは言わぬが、それを言うだけの『資格』は持っているのだろうな? 力なき言葉ほど滑稽なものはないぞ、猿飛」

 

「……覚えておいででしたか」

 

「随分と歳を取ったな。気づくのが遅れたわ。……では、ゆくぞ?」

 

「何故、何故わかってくださらぬのです・・・!!」

 

 ウヅキにとって火影とは千手柱間であった。

『里』とは弱き者を守るための、子供や孫を守るための『枠組み』であった。

 今の火影が『うちは』の犠牲を受け入れるというのであれば、それはもはや『友』と目指した『里』ではない。

 

 犠牲は必要である。

 だが、それは『こんな形』にされる同胞を許容する事ではない。

 『木ノ葉』を潰し、同胞と『かぐや一族』を率いて守る。

 場合によってはその選択肢を考慮に入れるほど『夢を穢された』と感じるウヅキの感情は昂った。

 

 一触即発。

 その事態に介入したのはこの場で唯一のウヅキの身内だった。

 静かで、しかし拒絶の出来ぬ芯のある声だった。

 

「お爺さま」

 

 声と共に一歩だけ前に出る。

 それは参戦するとも受け取れるものであり、さすがのウヅキも僅かな躊躇が生まれた。

 ヒヨリを視線で見遣り、言い聞かせるように続ける。

 

「……ヒヨリ、下がっておれ。子供の出る幕ではない」

 

「ほほ、この歳で子供扱いされるのは嬉しいのですが、残念ながらもう子供ではありませぬ」

 

「……何をいうか。子や孫は幾つになっても子供に見えるものよ」

 

「ありがたきお言葉ですが、いまは『かぐや一族』を預かる者として、当主としてお話ししております。聞いていただけませぬか?」

 

 その真剣でありながら相手を思う瞳は、かつての嫁であるヒミコを彷彿とさせる。

 ウヅキが感情的になった際に、宥めるように言い聞かせてきたあの瞳だった。

 だが、その瞳に見つめられても今回ばかりは心中の憤怒が収まる事を知らなかった。

 

 溢れ返る赫怒を、止める事は難しい。

 改めて殺害の意思を固めたウヅキは一度目を閉じる。

 そして、再び開いたウヅキの眼下から発せられた『熱量』は怒りを示すかのように兎面にヒビを入れた。

 

「……ならぬ。此奴は『写輪眼』を身体に埋め込んでおった。加えて柱間の気配もする。外道の類よ、ここで殺さねばならぬ」

 

 ウヅキの発言を聞き、火影とヒヨリは庇ったような形となっている、背後のダンゾウに視線を向けた。

 そこには無言で立ち、右目と右腕の『写輪眼』をギラつかせるダンゾウが居た。

 冤罪ではない。

 それは火影に大きな衝撃を齎したが、しかし、思想はどうあれ『木ノ葉』を守るために動くダンゾウを裏の事情を考慮し殺す事はできないと考える火影。

 

 それに対してヒヨリはただ一つ頷き、発言しようとするダンゾウを目で制する。

 味方と思って居たヒヨリに火影は『ぎょっ』と目を向ける。

 

「無論でございます。此奴は殺すべきでしょう。ウヅキ様が手を汚さずとも、一族総出でも殺しましょう。しかし、殺し方というものがございますれば、ご相談できればと存じます」

 

 静々と、美しい立居姿で着物をはためかせてヒヨリ(・・・)が頭を下げた。

 艶やかな黒くて(・・・)長い髪がハラリと垂れる。

 首筋から覗くうなじの白さが際立っていた。

 

 その姿に、ウヅキはかつての『最愛の嫁』を幻視した。

 一瞬だけ思考が飛躍する。

 

 ヒミコは、最愛の家族はもう居ない(逝去している)だろう。

『かぐや一族』としては欠陥を抱える女だった。

 戦闘能力が高く寿命が長いとされる『かぐや一族』ではあったが、その傾向がある者は皆髪が白い。

 ヒミコは黒髪で、ウヅキの父親が戯れに一族以外から生ませた子供だった。

 そんな妹は迫害されて育っていた。

 『前世の価値観』を捨てきれぬ時分の己が、そんな『ヒミコ』を救うために『夢』を抱き破れ、それでも当主となって守った過去を追憶し。

 

『兎面』の下で、一滴の涙だけを零した。

 

 

 ここに来てウヅキは冷徹な思考を取り戻す。

『感情任せに動いてはなりませぬ、ウヅキ様は旗となり、策謀は私にお任せを』そう言って笑っていた嫁と相談する際は理解力が何よりも求められたから。

 感情的なままでは思考が回せぬという判断であった。

 

 殺すことはやめない。

 

 だが、話を聞くくらいなら、殺し方を決めるくらいならば良いだろう。

 自らの中で折り合いを付けたウヅキが頷いた。

 

「……あいわかった。猿飛、オレが引いたとは思わぬ事だ」

 

「わかっております。ご温情に感謝を」

 

「話を聞こう。……猿飛、貴様は喋るな」

 

 真っ先に口を開こうとした火影の機先を制し、ウヅキはヒヨリに視線を向けた。

 頷き察したようにヒヨリが口を開く。

 つまり、ウヅキを止めた立役者であり、この場における話し合いのキッカケを作った者が仕切るべき。

 そういう類の視線だった。

 

「では、私が。まず確認したいのですが、ウヅキ様でお間違いないのですね? 最期のご記憶はございますか?」

 

「あぁ、オレは生前ウヅキと名乗っておった。恐らくお主らが思う人物であろう。最期の記憶は、マダラと相打った場面までだな。いや、その後に柱間と話した後、か」

 

 そこからヒヨリによる説明と質問が続いた。

 纏めると、三代目火影は『志村ダンゾウ』の悪行は知らず、しかしダンゾウは悪行ではなく秘密裏に譲り受けたものであり、証拠も存在すると述べた。

 故に黙って居た事は謝罪するが、断じて『法』に触れてもおらず、『暗部』として『木ノ葉』を守るためにしか使用して居ないと堂々と言った。

 それがまた、ウヅキの静かな火線に触れた。

 

「ほぉ、居座る『獅子身中の虫』とは貴様のことよ」

 

「お待ちくだされ、此奴の言う事が確かなら『法』に触れておりませぬ。また『暗部』を取りまとめて来た功績もある。とくれば、減罪の余地はあるかと」

 

 ダンゾウの予想した通り、ヒルゼンは保守的であるが故にダンゾウを庇った。

 状況に変化を加えたくない一念。

 戦争を終結に導くためには必須であった故に考え直す事が出来なかった。

 しかしそれは、席について居たウヅキを再び立ち上がらせるのに十分な理由となった。

 

「ならん。もう一度だけ言おう。この男は、オレ手ずから殺す」

 

「お爺さま。ご提案がございますれば、何卒」

 

「……聞こう」

 

 どうにもお爺さまと呼ばれると機先を削がれる。

 僅かにむず痒いが、思考に影響はない。

 

「私としても皆様としても、『木ノ葉』の存続に否はないかと思われます。もちろん、例外(・・)もありますが基本的には」

 

 視線で火影とダンゾウを見遣り、まるで『かぐや一族』の離反を匂わせる発言で牽制を行う。

 こちらが納得せねば最悪がありえると、認識させるためだ。

 会話の主導権をたったそれだけで握ったヒヨリは続ける。

 

「故にこそ、ダンゾウを処理した後の話を致しましょう。ヒルゼン様が懸念されているのは、ダンゾウ亡き後の『根』や裏側の管理に関してかと思われますが、お爺さまであれば問題ないでしょう?」

 

「……む?」

 

 はて。何のことだ? 

 ウヅキの疑問にも考慮せず、立て板に水のようにツラツラとヒヨリは続けた。

 

「罪を犯した者を『法』を介さず処断する。お爺さまであれば、この影響がどれほどのものかご理解頂けているかと思います。まさかここまで聞いた後に『後の事も思慮の外』だなんて何も考えておられないはずもございませぬ」

 

「……もちろんだ」

 

 ダラダラと背中に冷汗が流れるのは気のせいか。

 つい先ほど『後の事も思慮の外』だなんて考えていたとは言えるわけもない。

 

「である故に、お爺さまはダンゾウ処断後に起きる問題に対する責任を取る覚悟は十分にあるかと思われます。つまり、『戦国』の価値観を持つ者。裏の者としては十分な頭目と成り得るかと」

 

「む?」

 

 気がつけば言質を取られ。

 予想外のことを言われたウヅキは反応が遅れた。

 そんなウヅキに構わずヒヨリは言葉を続ける。

 

「ヒルゼン様。ご懸念の大半はこの一手で解消されるのでは? お爺さまの名声を知らぬ者はおりませぬし、反発は少ないかと思われます」

 

 その言葉にヒルゼンは沈黙する。

 つまり、ダンゾウを処断する代わりとしてウヅキが根の頭目として座るということだ。人選としては申し分がない。

 だが、ヒルゼンは首を横に振った。

 

「……いや、確かにそれであれば、一時的に裏側の問題は解決するじゃろう。しかし、ウヅキ様では逆に名声が高すぎる。次期火影に推す声は遮れまい。特に『火の国』からの圧力は間違いなく掛かるじゃろう。そうなれば裏はまたガタガタに崩れかねん」

 

 その反対意見を聞き、嬉しげにヒヨリは微笑んだ。

 

「でしょう。『裏の頭領』として一部の者に開示するとしても、あるいは『ウヅキ様』ではないと偽って頭領に座ったとしても、お爺さまを隠蔽をするのは困難です。あまりに存在感がありますから、十中八九そうなるでしょう」

 

 『コロコロ』と笑うヒヨリは火影のその返答すら予想していた。

 淀みなく続ける。

 

「では、『仮の頭』を立てると考えましょう。今回であれば、その適任がおります」

 

「……まさかお主。いや、それは扉間様ですら」

 

「問題ないでしょう、彼らの不満は『疎外感』に他なりません。拗ねた子供のような方達ですから、誠意を持って心を砕けば理解してくださいます。特に今回は『ウヅキ様』がいますから、彼らの壁に楔を入れるには十分過ぎます」

 

 扉間ですら懸念を覚えて避けた事。

 つまり、うちは一族を政治の中枢に据えるということ。

 感情的になりやすい『うちは』を可能な限り中枢から遠ざけるという木ノ葉の暗黙の了解を真っ向から破るかのような意見。

 それは根の管理をうちは一族に一任するという、常識から外れた提案だった。

 

 驚きを表情に見せながら、しかし思考は止めずにヒルゼンは考える。

 

 確かに『うちは一族』に対する配慮として、ダンゾウを処断し謝罪と今後の防止策として『うちは一族』が裏側の頭目に付く事は考慮に入れても良いかもしれない。

 だが、火影として里全体の利益を見る必要があるヒルゼンには選べない選択肢だ。

 現在『木ノ葉の里』の治安部隊は『うちは一族』が担っている。

 それに加えて裏をも任せるとなれば、権力があまりに増大しすぎる。何よりも共通認識があるからこそ、暗黙の了解となっていたのだ。

 うちは一族は憎しみの感情が強すぎる、と。

 

 ヒルゼンは周囲と違い、それが深い愛ゆえであると知っている。

 だが、だからと言って憎しみの感情が強いという周囲の意見が間違っているとは思っていない。むしろ深い愛ゆえに憎しみを抱くのだろう、という納得すら抱いているのだから。

 

 その偏見とも言うべき考えが、ヒルゼンの瞳を曇らせる。

 

「……『うちは一族』に権力が集中しすぎますな。加えて『うちは一族』と『かぐや一族』。この両一族が直接的に繋がるとなれば、必ず妨害工作が行われ、想定している実現は不可能に近いでしょう」

 

『戦国三強の一族』

 そのうち二つが結びつく事は独裁政権の成立すら危ぶまれる。

『かぐや一族』が政治不干渉を貫いているとはいえ、それは『過去の偉人』が決めた事だ。

 現在もそうであると盲信する者は少ないだろう。

 

 もちろん『かぐや一族』を政治的に批判する事はその名声も相まって困難を極める。

 それ故に割りを食うのは『うちは一族』だ。

 下手をすれば目の前で油揚げを攫われる事に成りかねず、そうなれば『うちは一族』の爆発も危ぶまれた。

 

 そういったヒルゼンの懸念にもヒヨリは『ケロリ』とした表情のまま続けた。

 

「でしょうね。加えて私も『かぐや一族』悲願であるウヅキ様を他所にくれてやる……おっと。お渡しするつもりもございません」

 

「……」

 

 ちょっと身の置き場がなくなってきたウヅキが身動ぎした。

 ヒルゼンはその言葉に頷いた。

 

「なるほど、『かぐや一族』の当主として迎える訳ですか」

 

「そうです。そうすればウヅキ様の前例が最大限に生きます」

 

 二人は同時に告げた。

 

「「政治不干渉」」

 

「『里』を作った際の、あまりにも有名な話です。一族の結びつきによる権力の増大に対する懸念は最小限にまで抑えられるでしょう。『うちは一族』に裏側の頭目を実質的に任せ、ウヅキ様は名前だけを貸す。加えて『政治不干渉』を改めて宣言していただき、『かぐや一族』当主となって頂く。これにて表立った批判は難しく成り、妨害工作も対処可能な範囲になるでしょう。……ウヅキ様が我が一族(・・・・)の当主となるためであれば、『かぐや一族』も全力を尽くしますから」

 

『かぐや一族』に実質的な権力はない。

 だが、『かぐや信仰』の影響力は非常に強い。

『ニコリ』とした笑みには、表と裏を併せ持つ、一族を率いてきた凄みが滲んでいた。

 

 

 

 ヒヨリの提案はヒルゼンの懸念を十分に解消するものだった。

 しかし、終戦に関しても譲る事はできない。

 

 そも『雲隠れの忍』が『木ノ葉』に進入できたのも『感知部隊』の存在を踏まえれば不可解に極まる。

 登録されて居ないチャクラを感知する結界。

 これを潜る事は五影と言えど不可能だ。

 つまり、許可した者がおり、それは誰であろうヒルゼンその人だった。

 

 終戦の仮条約を結んだその足で里の者を攫おうとしたのだ。その結果が君麻呂を狙い返り討ちに合うという何ともお粗末な結果である。

 忍びらしい一手と言えるが、褒められる行為ではない。

 失敗に終わっている以上『雲隠れ』に対して譲歩を促す事は可能になるだろう。

 交渉は難航するであろうが、ヒルゼンはこの戦争を一刻も早く収めたかった。

『黄色い閃光』という新たな火影候補が生まれた今だからこそ、自分がこの『戦争の責任』を背負って退陣する事が可能であるから。

 

 深く考える。

『他里』が行うであろう、様々な交渉。考慮。提案。取引。利害関係。力関係。火の国の意向。

 全てを踏まえて。

 それでも『ウヅキ』一人で引っ繰り返って好転する事実に苦笑いした。

 

『木ノ葉の里』では英雄とされるウヅキであるが、他里から見れば違った視点となる。

 かつての大戦で刻んだ爪痕。

 つまり、『単騎で雷土風水の4国順番に宣戦布告し勝利した事実』を前には、あらゆる交渉は無意味だ。

 無論、それは終戦を見据えて世間への影響を抑えるため秘密裏に行われたが、その際についた異名。

 

『灼道』『城門砕き』

 果てには『大陸崩し』とまで云われ恐れられた影響力は尋常ではない。

 

 つまり、ウヅキが『かぐや一族』当主となった時点で『他里』は戦力的にも戦略的にも詰みである。

 たった一人の戦力が四カ国を、いや。

 五大国の戦力を上回る。

 それはもはや『神』とでも呼ぶしかないが、当人であるウヅキは唐突に孫から当主の座を奪いそうな状況に困惑の気配を滲ませて居るが、やはり、どことなく身の置き場がなさそうにしていた。

 

 

 ダンゾウはその会話を静かに聞いて居た。

 釈明も、言い訳も、主張も、全ては無意味とばかりに無言を貫いた。

 聞きながら、理に叶うとは思っていた。

 だが、『根』の管理を、裏側を支配し続けた己以上の適役があの『うちは一族』にいるとは到底思えない。

 裏側を飲み下すというのは、並大抵の意思で為せる事ではないからだ。

 己こそが真に『木ノ葉の里』を守ってきたという自負を抱いているダンゾウを、その程度の理で納得させるなど不可能である。

 

 だが、ダンゾウは何も言わない。

 

 場はヒヨリに支配されている。

 今何を告げても不利としかならず、かつ唯一の命綱であった火影は頼りにならない。

 結論として、己はここで死ぬ。

 そこまで理解しながら、ダンゾウは動かない。

 

 ダンゾウは聡い。

 聡いからこそ裏側の重要性を理解し、硬軟を巧みに使い分け、これまで生きてきた。

 外道な真似をしても言い逃れ続けてきた。

 

 ウヅキという『鬼札』には己が指摘する今回の欠陥を全て無効化されてしまうこともあっさりと理解した。

 無駄は好まない。

 だからこそ、死際にこそ遺す言葉があると沈黙を続けていた。

 その『言葉の価値』を高めるためだけに。

 

 ──だがそれは、あまりにも目論見外れだった。

 

「……よろしいですかな? では、この老いぼれの腹を捌いて見せましょうぞ」

 

「……ダンゾウ」

 

「言うな、ヒルゼン。『根』にワシ以上の適任はおるまい、これから貴様が苦労すればいいだけよ」

 

「……お主のやり方が正しかったとは言えん。だが、『木ノ葉の里』を守る理念だけは共有しておると思っておった。ワシはお前のことが嫌いではなかった。その信念だけは、認めているつもりだ」

 

 今生の別れという喜劇を繰り広げる両名を見てウヅキが鼻で笑う。

 

 信念。

 それは、そう言えば全てが正当化される都合の良い言葉ではない。

 ブレず、曲がらず、己が道を貫いた者にこそ相応しく、ダンゾウには到底似つかわしくない言葉だ。

 外道。

 ダンゾウに着せるべき言葉はただこの一言のみである。

 卑劣ですらない。

 眉をしかめるほど悪臭を放つ所業を積み重ねた上にある外道。

 同胞を『道具』とすら化し利用して貫いた意思など、外道と呼ぶ他ない。

 あまりに道理を履き違えている。

 

「天晴れだと? 外道に堕ちた時点で無価値よ。どれほどの美酒であれ糞が混ざれば価値など皆無。百害あって一理なく、棄てるしかあるまい。腹など切らせぬ。お前は先刻告げたように、オレ自らが殺してやる」

 

 無造作に近づき、ウヅキはダンゾウの『写輪眼』の埋め込まれた右腕を切断する。

 千切れ飛んだ腕をヒヨリに放り投げて、切断面に指を差し込んだ。

 歯を食いしばるダンゾウはそれでも語らない。

 だが。

 

 ──最期の言葉をまとも(・・・)に遺せると思うなど、ウヅキを舐めすぎている。

 

「オレが『薬神』と呼ばれていた事は知っているな。治す事ができると言う事は、壊すことも可能と言う事だ。……つまり、今からお前を内側から壊す。全身の細胞が崩壊する感覚を、想像を絶する痛みを余す事なく感じさせてやる。意識すら途絶えさせぬ」

 

 言い放って、ウヅキはチャクラを練った。

 治療のためには相手の遺伝情報を手に入れる必要がある。

 傷口から溢れる血液で今回は事足りた。

 練り上げられた『ナノマシン』にも似た骨片がダンゾウの体内に侵入する。

 

 治す事ではなく、壊す事を目的として。

 

 感じられる中で最大級の激痛がダンゾウの脳内に響き渡った。

 もはや意識を保つことすら不可能であり、精神は一瞬で崩壊する。そのレベルの激痛。

 しかしその限界ギリギリを見極められ、ダンゾウは自意識を保ちながら、十分に激痛を堪能する事が可能だった。

 

 全身から汁と言う汁が滲み出る。

 耳からは脳が溶けたように白い液体すら溢れた。

 血涙を流し、血管は裂け、体内は精密かつ暴力的に破壊される。

 

 身体は痙攣し震え、意味ある言葉を語ることすら不可能。

 ウヅキの支えなしに座ることすらできない。

 まさしく生き地獄の中であっても、いや、であるからこそダンゾウはその言葉を遺した。

 意図していなかった、言葉を。

 

「『ヒル』……このは……『ゼン』…………『に』…………『勝』……マモ……マ『ち』…………『た』……『かった』」

 

『木ノ葉の里』を守る。

 その一言をダンゾウは残すつもりだった。

 それは引いては火影となること。

 そして、何よりもダンゾウの本音は別にあった。

 

 ──猿飛ヒルゼンに勝ちたかった。

 昔から事あるごとに突っかかった。

 歳が近かったのもある。

 常に自分の先を行く姿を見るたびに負けてたまるかと奮起した。

 苛立った。悔しかった。

 何より羨ましかった。妬ましかった。

 己よりも先に進む、その姿が。

 死際になって、ようやく自覚したその根幹。

 剥き出しの精神を見て、ウヅキは呟いた。

 

「阿呆が。気づくのが遅すぎるわ」

 

 ウヅキは、右手に握る『残火刃骨』を深々と差し込んだ。

 背中を刃が突き抜ける。

 赤熱が解放され、ダンゾウの遺体は業火に焼ける。

 殺害の証拠として切断された頭部が『ゴロリ』と零れ落ち、ウヅキはそれを左手で掬い上げた。

 

「犯した罪を贖う事は出来ぬ。外道に堕ちたのなら、それ以上の罪を重ねぬ内に引導を渡す。地獄に落ちるがいい。志村ダンゾウ」

 

 ウヅキが語りかける頭部は、壮絶な死顔(しにがお)を浮かべていた。

 その契機を最期にダンゾウの身体は事切れた。

 

 

 

 

 ウヅキから預かったダンゾウの頭部と右腕をヒルゼンに預けて、ヒヨリは続けた。

 

「無視しても宜しいのに。ウヅキ様はほんにお優しい」

 

「ヒヨリ、黙っておれ」

 

「ふふ、はい。畏まりましてございます」

 

 では、と告げたヒヨリは惚れ惚れするような艶を滲ませて微笑んだ。

 まるで夢を見る少女のような雰囲気で、ほわほわと。

 

「──あなた様の『お役目』と『お名前』を伺っても?」

 

 このタイミングでの言い回し。

 何を言わせたいのか理解して、ウヅキは仕方がないとばかりに一息ついた。

 陰って居た『残火』を再熱させる。

 滲み出る熱量はボロボロと鎧を剥がし、内側にあるウヅキを顕にした。

 自らの骨で編んだ白装束を身に着け、両腕を組み、威風堂々とした美麗な麻呂眉の面立ちで告げた。

 

「──『かぐや一族』当主。ウヅキである」

 

 そう。

 厳かに断言した。

 

 

 




私こと風梨。
現在病院に入院しております。3回ほど呼吸出来ませんでしたが元気です。
看護師さん5人掛かりで助けてくださいました。感謝します。
更新できてよかった。

今まで全ての感想に返信を心がけていたのですが、更新速度上げたいので控えようと思っております。
楽しいのですがお休みを丸一日使っちゃうのです。
感想嬉し過ぎるので返せないの申し訳ないです。
なので、感想送りたいけど、更新速度下がるのやだなぁと思ってらっしゃった方が居ましたら心配せずどしどし下さい。
風梨の燃料にさせていただくので、更新速度上がります。

では。

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