残火の章   作:風梨

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大祭

 

 

『かぐや大祭』

 

 それは3日間に渡って行われる行事である。

 初日は始まりを告げる鐘を鳴らし、大通りを神輿を担いだ『かぐや一族』と一緒に参加希望者が練り歩く。

 各々が思い思いの格好で参加するため混沌としているが、それもまた醍醐味である。

 

『かぐや神社』から神輿が担がれて『木ノ葉の里』を一周すればお祭りの開始だ。

 

『かぐや神社』の前にある『かぐや広場』に篝火が焚かれて、盛大な炎が立ち上る。

 神輿は広場の高見台に設置され、炎に照らされた神輿を誰でも見る事ができる。

 

 出店が立ち並び、初日は比較的穏やかに過ぎていく。

 区画によって営業時間が異なるが、移動さえすれば何時でも出店を練り歩く事が出来る。

『かぐや広場』は常に炎が灯っているから、夜でも昼でも神輿の周囲は明るく見る事が可能だ。

 

 しかし、祭りらしいイベントが行われるのは主に夜である。

 理由はウヅキがそう決めたからである。

 本人曰く『夜の方が映えるだろう?』とのことではあるが、それがいまだに引き継がれている理由は先人の言葉というだけではなく、確かに炎を背にした舞台の方が見栄えが良いからだろう。

 

 そして1日目は前夜祭の位置付けである。

 夜に舞や舞台などは行われず、簡単なキャンプファイヤー会場として広場が開放されている。

 一般市民などが思い思いに好き勝手に踊れる時間は防犯上限られてはいるが、それでも十分楽しめるだけの時間が開放されていた。

 

 つまり、初日には芸事はなく、『芸』という意味での『祭り本番』は2日目からとなる。

 

 

 

 2日目の夜。

 花火が打ち上げられて舞台の幕が上がる。

 無数の星が浮かんだ夜空に、赤青緑と色とりどりの花火が上がった。

 舞台からも多色の火花が吹き出して幕が上がってゆく。

 

 

 一族の中で最も技量に優れると認められた者だけがこの場で最初に踊る事を許される。

 幕が上がり切れば、その舞台に立つのはたった一人だった。

 華美な装飾の施されたウサギの面を身につけた神子服の女が緩やかに、そして艶やかな一礼を披露して、ついに舞台が始まった。

『かぐや舞踊』と呼ばれる舞が披露され、笛と弦楽器の音色の響き渡る中、火の粉に照らされながら楽しげに舞い踊る『兎面の女性(ヒヨリ)』を眺めて、民たちは思い思いにその舞を楽しむ。

 

 一生に一度は必ず見る価値がある、と云われる舞。

『かぐや一族』の伝統的で超人的で軽やかな舞と音楽を楽しんだ後は、簡単な歌が披露される。

 

『かぐや歌』と呼ばれるそれは、太古の昔に存在した『(うさぎ)の女神』のことを伝える唄だった。

 

 

かつて女神生まれけり

大地の争いを収め、神の如き力で争いを生む軍勢を退けり

安寧を齎した女神を、民は崇めけり

長き安寧の中で、印を授かる唯一の一族生まれけり

名を、かぐや一族と申す

 

 

 その(くだり)から始まる歌。

 

 内容は、善政を敷いていた女神が『鬼』となり、眠りについたところで終わる。

 締め括りは、いつか蘇る女神のため、かぐや一族は脈々と力を受け継いでいる、となっている。

 そして、総括として。

 そのような過去から学びを得て、かぐや一族は驕らずにこれからも繁栄を目指してゆく、と。

 

 長老や当主のみが引き継いでいる、真相の秘められた『裏番』もあるがそれはこの場では歌われない。

 

 朗々と祝いの席に相応しい歌のみが詠われ、そして改めて花火が天高くに打ち上げられた。

 

 

 

 本来なら複数名での『かぐや舞踊』や寸劇、演劇が行われるタイミングではあるが、今回は『うちは一族』と『かぐや一族』の協賛での、アクション演劇が披露された。

 

 

 事前に通達されていたとはいえ、例年と違うスケジュールは会場にどよめきを生んだ。

兎面の女(ヒヨリ)』が緩やかな一礼で舞台を去った後。

 その穴を埋めるように、次々と舞台上に狐面を顔側面に着けた『うちは一族』の中でも顔の良い者たちが立ち並んだ。

 

 その中心人物として、『うちはシスイ』が人好きのする笑顔を浮かべて、舞台上からこれからの予定を端的に伝えて、民衆の喝采の中で舞台が始まった。

 シスイが宙に放り投げた複数の『煙玉』と『閃光玉』(効果を抑えて花火っぽく調整済み)に対して、火遁・鳳仙花で火を灯して、落ちてくる玉がシスイを覆い隠すようなタイミングで、シスイは満面の笑みで開演を高らかに宣言した。

 

 ボフンと煙玉がはじけて、閃光玉が色とりどりの光を放って、シスイが瞬身でその場を去る。

 民衆からすれば一瞬で消えたようにしか見えず、しかしそんな動揺をする前に、煙玉を払って別の『うちは一族』の者が新たな忍術を放ってゆく。

 

 

 舞台の始まりだった。

 

 お客を楽しませられるように、簡単なストーリー説明から始まる。

 今から始まるのはとある男たちの生き様を描いた物語である、と。

 

 立体的な音響を用いて──もちろん全て肉声だが──圧倒的な肺活量で朗々とストーリーが語られる中でも忍術による芸は続く。

 昔々あるところに、幾つもの『忍の集落』があった。

 そんな文言から始まる作られたストーリーもあって、観客は舞台に集中した。

 

 まずは争い合う者たち。

 ただ戦争後ということもあるので、かなりオブラートに包んだ芸を意識していた。

 

 火遁を用いた芸としては、大規模な火遁・豪火球を複数名で天に打ち上げ、着弾点で待機した忍が火球を割って出てきたように演出する。

 鳳仙花の術で花びらの形に形態変化させて周囲を舞わせたり、打ち上げたり。

 動物を模した炎が辺りを駆け回り、龍を模した超巨大な炎と戦う演出なども行った。

 披露されるド派手な忍術(芸用に調整済み)は観衆の関心を集めて、事あるごとに歓声や感嘆の声、驚きの声などが上がった。

 

 身体能力を生かした芸も披露された。

 信じられないような速度と立体的な軌道で──本人達からすれば非常に緩やかな速度だが──舞台上のオブジェクトを駆け抜けて、時には天井などに吸着して、アクロバットな動きで超高度で高速の新体操染みた芸や体術などを披露した。

 あえてハラハラさせるような、そんな挙動を意識した事もあって飽きられる事もなく舞台の熱は高まるばかりだった。

 

 体術だけでなく、忍術を使った応酬もあった。

 魅せるために手加減だったり、演出だったりを加えた術を披露した。

 

 特に向かい合った双方が放った、割と本気の火遁・豪火球が舞台の中央で相殺された際などは、悲鳴にも近い歓声が響き渡ったほどに盛況を迎えた。

 

 そして、規模は小さいが大盛況を迎えた演目として、弱冠4歳の『うちはイタチ』と『君麻呂』の武舞(ぶぶ)が挙げられた。

 ストーリー枠としては、若いウヅキと若いマダラを意識していた。

 若かりし時の対立する二人の当主、という設定だ。

 

 周囲では小競り合いに見せる大人たちの交錯や、忍術を用いた演出で出来る限り派手に工夫していたこともあるし、また己よりも小さな子供が、圧倒的な速度で戦い合う姿は観衆を感心させ、そして忍の凄さと重要性を再認識させた。

 

 幸いな事に子供が戦い合う凄惨さは感じさせなかった。

 それは何よりも、二人が楽しそうに競い合っていたからであり、武器はあえて木で作られた物で行ったからでもあった。

 チャンバラごっこの延長線にある遊戯。

 そういった印象を与えた事で、舞台の雰囲気は見守るといったような空気感が漂っていたのだった。

 

 二人が精一杯の汗を流した後、客席に一礼する時などは拍手万雷が送られて。

 イタチも君麻呂も、二人とも少し照れ臭そうに笑っていた。

 

 そして本日のメインイベントが始まりを告げる。

『かぐや一族』当主であり、創始者の一人でもある『ウヅキ』と、『うちは一族』を率いる現在のうちは当主。『うちはフガク』の武舞(ぶぶ)開演である。

 演目としては最終決戦。

 先ほど出てきた若い二人の成長した姿である、というストーリーだ。

 

 戦いは壮絶を極めた。

 今までの戦いはあえて力量を抑えていた事もあって、二人はある程度本気で戦った。

 そうすることで、やはり当主は凄い、という印象を与えるためだった。

 目にも止まらぬ速度の応酬。

 何合もの打ち合いを行い、二人が離れて距離を取った時など、大歓声が客席から溢れたほどだった。

 デモンストレーションの一環としてウヅキは『残火』を。

 フガクは『写輪眼』を使って応酬する。

 

 戦いの流れの中で、ウヅキがわざと落とした刃骨をフガクが拾い、お互いに刃骨を激しく打ち合わせる。

 何合もの打ち合わせの中で、ウヅキが視線で合図する。

 フガクも視線で頷きを返す。

 

 そのタイミングで刃骨が双方ともに砕けた。

 徒手に切り替えて、殴打が応酬される。

 

 殴り合い、蹴り合い、しばらくの応酬を続けた後にお互いの蹴りが宙で激突する。

 衝撃波すら伴って舞台を揺らした後の静寂。

 

 音響での状況説明が行われ、お互いの力を認め合った二人は共に一族を盛り立ててゆく、という流れで和解の印を組む。

 民衆はその印を知らないが、場内に響く音声の説明でそれを理解して、平和を長らく望んでいた民衆から、これからの明るい未来に対する展望もあって大歓声が上がった。

 

 その後はお互いにゆったりと姿勢を正して、客席に向けて一礼した。

 

 再び沸き上がる歓声。

 舞台を揺らすような歓声の中で、フガクとウヅキは外向きの笑顔ではあったが、満足げに微笑んでいた。

 

 そこからは余興として──ウヅキにとっては本命であるが──ウヅキ発案の普通っぽいサーカス芸が披露された。

 玉乗りであるとか、綱渡りであるとか、壁走りであるとか、わざわざ水遁で水を張った後の水上芸であるとか、様々である。

 そういった芸も観衆には目新しいものとして映っており、大盛況の内に『うちは一族』と『かぐや一族』の協賛で行われた舞台は幕を閉じた。

 

 

 

 

 そして。

 祭りを終えた『うちは』の集落の中には穏やかな時間が流れていた。

 酒盛りをしながら、笑い声は絶えない。

『かぐや一族』も加わって、戦時中では考えられないほどの盛大な宴を行なっていた。

 久々に訪れた安寧の時を享受(きょうじゅ)するように、参加する者みんなが笑顔を見せていた。

 

 祭りは終わった。

 3日間にも渡る祭りは大成功の内に収束していた。

 後片付けの時間もそこそこに終わらせ、いわゆる『打ち上げ』として今度は『うちは一族』の住む境内(けいだい)で、二人の男が騒ぐ一族の者たちを眺めながら美味い酒を酌み交わしていた。

 

 

 

「──どうだ、フガク。気は晴れたか」

 

 その声の主はウヅキだった。

 (さかずき)を片手に胡座を組みながら、縁側に座っている。

 空に出ている月を見ながらの月見酒でもあって、美味げに酒を口に運んでいた。

 

 ウヅキが声を掛けたのはその横に座る、黒髪の男だった。

 同じように縁側に腰掛けて胡座を組み、また同じように(さかずき)を傾けていた。

 

 黒髪の男──フガクは1週間ほど前に提案された、ウヅキの言葉を思い返す。

 

『息抜きも兼ねて『かぐや大祭』に参加しては如何か?』

 

 そういえば、そういう名目であったとウヅキを見ながら、目を『パチクリ』させた後にフガクが忍び笑いを漏らした。

『くっくっく』と心底面白げて、自分はそんなお題目を忘れるほど必死に取り組んでいたのかと思えば可笑しくもあった。

 

 初めは困惑ばかりだった。

 当主であるフガクも強制参加させられ、日夜ウヅキに扱かれる日々。

 1週間という短い間であったがその経験はフガクとしても得難い、そして久しい経験だった。

 

 和気藹々と。

 殺す事を目的とせず、戦場の事が頭に一切過ぎらない、平和な訓練であったから。

 とはいえ、過酷な訓練ではあったから、そういった意味での死線は何度か乗り越えたが、その程度なら許容範囲である。

 思い返せばいい経験だったと笑えるくらいだ。

 

 過去を思い返した後、ふと『返答をせねば』と我に返ったフガクの脳裏によぎったのは、少し悪戯を含んだ言葉だった。

 心なしか口角を上げながら、意味ありげに視線を向けてから口を開いた。

 その口調は心境と同じように(かろ)やかだった。

 

「ええ、そうですね。あの過酷な訓練から解放されると思えば、心が羽のように(かろ)やかですとも」

 

「ほほう、言うではないか。うちは一族でも厳しかったか?」

 

「ははは、そうですね。あの程度なら厳しくない、と言い張るには少し無理のある姿を一族の(みな)が晒しましたから。この私も含めてね」

 

「そうか、そうだな。そんな姿もよーく覚えておる」

 

 腕を組みながら『しみじみ』と言うウヅキに対して、フガクは酒を飲みながら楽しげに笑った。

 

「ははは、それは出来れば忘れていただきたいですね。何せあまりにもお恥ずかしい醜態ですから」

 

 そんなフガクに向かって、ウヅキが悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 忘れてないぞ、と表情で語るような子供っぽい顔だった。

 

「──ああ、シスイ共々シゴいてやった後に大の字で息荒く倒れておったからな」

 

 具体的に、恥ずかしい時の姿を暴露されてフガクは思わず苦笑いを浮かべた。

 気恥ずかしい様子で、指摘されても仕方がないと思っているような、緩い雰囲気だった。

 

「……初日のあれは、我が身の未熟さを痛感しました。──しかし今思えば『芸』とは関係なかったような気もするのですが、何故(なにゆえ)でしょう?」

 

「何を言う。実力を正確に見極めるには実践が一番である事は、お前も同意見だろう? つまりはそういうことだ」

 

「……なるほど、合点がいきました。だから私たち二人だけ、やたらめったら厳しかったのですね」

 

 内心では会話を楽しみながら。

 形だけの渋面(じゅうめん)を見せるフガクに、ウヅキは微笑んだ。

 

「実力に応じての手加減は心得ておる。さすがは『うちは当主』と『うちは』に瞬身ありと謳われたシスイだな。オレも少しばかり本気になったわ」

 

「ご冗談を。あなたが本気になれば、私たちは消炭しか残りませんよ」

 

「うーむ、『残火』以外では、本当に少しばかり本気を出したのだぞ? 自信を持って良い、オレが保証しよう」

 

「そこまで言われてしまえば、素直に喜んでおきましょう」

 

「うむ。そうするのが良い」

 

 そのまま二人で笑い合い、話題は一人の子供へと移った。

 

 

「ところで、お前の息子だが、イタチと言ったか。……あれは逸材だ。マダラに勝るとも劣らぬかもしれん」

 

「……それほどですか」

 

 少し真剣にそう言ったウヅキに、少し不安げな色を見せたフガク。

 ふと察して『いやいや』とウヅキが首を振った。

 

「ああ。……いや、懸念を抱いているのではないぞ? オレが知るのはもう少し成長した後のマダラではあるが、性格こそ違えどその資質は類稀なものを感じる。良い息子を持ったな」

 

 ウヅキのその言葉に含みがないと理解したのだろう。

 フガクはその表情を緩めて、思い出すように視線を宙に漂わせて、その後にウヅキに向かって微笑んだ。

 

「……有り難く、お言葉頂戴します。愚息も喜ぶでしょう。ウヅキ様のことを尊敬しておりましたから」

 

「そうか? ……ふむ、そう言われると悪い気はせんな」

 

 僅かに頬を緩めるウヅキ。

 話題が息子のこととなったので、フガクも以前から気になっていた事に関しても確認しておく。

 もし可能なら、良きライバルとなって欲しいという願いだった。

 

「ところで。ウヅキ様の曽孫である、あの『君麻呂』と言いましたか。あの子も凄まじい技量ですね。イタチとあの子が切磋琢磨すれば、より高みへと近づけるでしょう」

 

「そう思うか。実はな、オレもそう思うておったのだ。あの二人がいずれ『木ノ葉』を担う時が来るやもしれん」

 

 未来の想像をして、嬉しげに笑うウヅキに対して。

 ウヅキもまんざらではなさそうだと知って、息子の未来に少しばかり安堵しながら。

 

 けれど、フガクの気持ち全ては晴れない。

 フガクは少し声を潜めながら別の懸念を伝えた。

 これが叶わねば、また悲劇が訪れるであろうから。

 

「……戦争は、終結しそうですか」

 

 そんなフガクの懸念にウヅキが端的な言葉で答えた。

 強く。明確な言葉で。

 

止める。──このオレの名に懸けてもな」

 

 (さかずき)を持ちながらも腕を組み、毅然(きぜん)と間髪すら入れずに答えるウヅキの回答に、フガクは安堵するように笑みを浮かべた。

 

「であれば、安心してお待ちできますね。……どうか、供をするシスイをよろしくお願いします。あれは優秀な男ですが、まだ若い。至らぬところもあるかと思いますから」

 

「あいわかった。目を離さぬようにしよう。……ところでな、『うちは一族』の当主であるフガクには改めて伝えねばならぬことがある」

 

 安堵してすぐということもあって、その緊張感をフガクは強く感じ取った。

 ウヅキの雰囲気が変わった事を見取って、フガクは佇まいを正して、僅かに身体をウヅキに向ける。

 表情は僅かに怪訝な色が混じりながら、真剣な声音でフガクは聞いた。

 

「何でしょう?」

 

 フガクの、重要な話題であるという判断は正しかった。

 しかし、それはフガクが『既知の事実』でもあった。

 鎮痛な面持ちでウヅキが続けた。

 そして、ウヅキは語りながらその表情を能面とした。

 

「……マダラを殺したのは、いや。惨殺したのは、柱間ではない。このオレだ。……己を抑え切れぬ故に、須佐能乎ごとその胸を貫き殺した。まず生きてはおらんだろう」

 

『うちは一族』の頭領を殺したのが自分である、と告白するウヅキの表情は『能面』であった。

 とある事実を深く思い返した故に。

 

 ウヅキが己を失う程の激怒を顕にした、そのキッカケはマダラが作ったもので間違いない。

 それが到底許せぬ行為だったのも、間違いない。

 

 しかしそれでも、一族を預かる者として私怨に支配された事が肯定される訳ではない。

 ウヅキは一人の親の前に、『かぐや一族』全員の命を預かる者であるのだから。

 

 そんなウヅキを気遣うように、静かにフガクが答える。

 ウヅキにとっては予想外のその答えを。

 

「──そのことですが。存じております」

 

「……ぬ?」

 

 自らの盃に向けていた視線をフガクへと移し、少し『きょとん』とした表情を見せるウヅキにそのままフガクは説明を続けた。

 

「先代から、真実を口伝で引き継いでおります。……うちは最強の兄弟が『木ノ葉』に対して反旗を翻し、マダラはウヅキ様が。イズナは柱間様が殺した、と」

 

「……そうか。あの後にイズナも逝ったか」

 

「そう聞いております」

 

「……そうか」

 

 哀愁を漂わせる横顔で、ウヅキが静かに杯を傾けた。

 喉を酒が通り過ぎる嚥下の音が鳴る。

 

 マダラは優しい男だった。

 そんな男が何故、あんなにも変質してしまったのか、今となっては真相は闇の中である。

 

 あの事件は思い出すだけでも、胸が張り裂けるほどの痛みを感じる。

 だが、戦国はそれが常だった。

 もう、ウヅキはそんな痛みに慣れすぎていた。

 故にこそ、かつての友を殺した責任を取らねばならないと、痛みを理解して受け入れながらも、その思考は私情に寄っていた。

 友を手にかけた罪悪感を、少しでも軽くするために。

 何よりもそれ以上に走る『大切な息子』を失くした胸の痛みを、義務感で上書きするように。

 

 一呼吸を置いたウヅキは前提として言わねばならなかった事を言い終えたことで、本来言いたかった事を、口に出した。

 

「言いたかったのは、マダラを殺した責任を負うつもりがあると言う事だ。『かぐや一族』のみならず『うちは一族』もオレが守ろう」

 

「……」

 

 ウヅキの提案。

 それは誇りなき者であれば、諸手を上げて歓迎する提案だろう。

 だが、フガクは若年ながら一族を守って来た自負がある。

『うちは一族』を守ってきた、率いてきたという強烈な自負だ。

 それは一族に対しての誇りを持つフガクも当然のように持っていたから、その提案は容易に頷けるものではない。

 

 加えてもう一つ、不安があった。

 

 フガクは一旦沈黙で答えて、勢いよく盃を呷った。

 空にした後に、しばらく盃の底を眺める。

 白い陶磁器の輝きが、僅かにフガクの顔を映し出して揺らいでいた。

 

 それは迷いだった。

 

 聞くべきか、聞かざるべきか。

 フガクは口に出そうともするが、『君子危うきに近寄らず』と言う諺を思い出し、辛うじてその衝動を堪えた。

 

 聞きたかったことは『うちは一族』に対して、ウヅキは本当に含むところがないのかという疑問だった。

 何故なら、終末の谷での戦いにて、死者にはもう一人の重要な人物が含まれる。

 

 その者は、他でもない。

『ウヅキの一人息子』であったから。

 

天泣灰燼(てんきゅうかいじん)』と呼ばれる、光が大陸全てを覆ったとも怖れられた、未曾有の天変地異が起きたキッカケである。

 口伝では『うちはマダラ』が、かの御仁(ウヅキ)の一人息子を拐い、目の前で殺した、と伝わっている。

 

 もし自分であれば。

 想像してしまえば到底許せない。

 思い浮かべるだけで腹の底からグツグツとした怒りが込み上げる程。

 そんな経験を経たウヅキが、果たして『うちは一族』に対して何の含みもないと言い切れるだろうか?

 

 フガクは目を瞑って思考に没入した。

 

 これまでのウヅキの言動。仕草。余すことなく全てを思い返す。

 

 一族に対する含みがあるのなら、必ず害意が現れる。

 しかし、微かな害意も感じられなかった、この1週間を。

 

 そして、空の盃をウヅキに差し出す。

 注いでくれとでも言いたげな仕草に、少し困惑しつつもウヅキは酒瓶を手に取って、注ぐそぶりを見せるが、その酒が杯に注がれる前に。

 フガクが力強い視線で言葉を告げた。

 

 それはウヅキを『信じる』という覚悟のこもった言葉だったが、内容はフガクの誇りを反映した故に。

 

 断固たる覚悟で、ウヅキの提案を『断った』。

 

「お気持ちだけ、受け取っておきます。『うちは一族』の当主はこの私、うちはフガクです。一族を守るのはこの私の役目。お任せ頂きたい」

 

「……いや、失礼をした。……オレとしたことが、傲慢にも幾らか目を曇らせたようだ。……任せるとも。『うちは一族』当主たるフガクに全てを任せよう」

 

 フガクは断りながらも、ウヅキに対する含みはない事を伝えるように盃を差し出したままだった。

 それを見てウヅキが薄く笑う。

 察した故の笑みでもあり、フガクの誇りを勘案に入れていなかった己に対する自嘲気味な笑みでもあった。

 己が全てを守れば良いなどと、ただの傲慢でしかなかったと過去の自分を戒めるように。

 

 ウヅキはゆっくりと丁寧に、フガクの盃に酒を注いだ。

『トクトク』と美酒が盃に注がれる音が静寂の中で鳴った。

 

 注がれたそれを、フガクは一気に呷った。

 喉を焼く酒精を感じ、腹に落ちたその熱を感じ、腹に決めた覚悟を刻み込むように、熱を身体に残しながら息を吐いた。

 

 フガクは覚悟を決める。

 もし仮にウヅキが『うちは一族』を陥れようとするなら、この先の道を少しズラすだけで容易に叶うだろう。

 何故なら、フガクの懸念である裏側を采配することでのデメリットを膨らませるだけで、『うちは一族』は窮地に陥りかねないからだ。

 

 だが、フガクはウヅキを、ひいては『かぐや一族』。

 そして『木ノ葉の里』と『火影』を信じた。

 

 信じる心とは、強さの表れである。

 そしてフガクは強い心の持ち主だった。

『本来の』未来で、死ぬ寸前『うちはイタチ』にサスケを託した時のように。

 

 心に決めた男は、飲み干した盃をそのままに、視線をウヅキに向けた。

 力強くも爛々と輝き、男の目をしたフガクが、男臭く微笑を浮かべながら、かつての提案に対しての『回答』を示した。

 

「……そして、この『木ノ葉』の大樹。その裏側を守るという大役。承りました。正式にはまた会談にてお話ししますが、まずは私の覚悟を、あなたに知っておいて貰いたい。……ウヅキ様。『うちは一族』の当主として、あなたと火影様の提案を信じて、私は一族を率いましょう」

 

 ウヅキはその覚悟を確かに受け取った。

 多くの言葉は必要ない。

 信じるに足る、男を見せた新たなる『うちは当主』に対して言葉少なにウヅキは答えた。

 内心の信頼をその声音に深く滲ませて。

 

「……『木ノ葉』を任せるぞ、フガク」

 

「はっ、必ずやご期待に応えてみせましょう。『うちは』の家紋に懸けて」

 

「よろしく頼む」

 

 二人の男は野太い笑みを浮かべ合って頷いた。

 

 ウヅキの中に、『うちは一族』に対する含みはない。

 何故なら、それが戦国の常であったから。

 清濁を合わせ飲む当主とは、身に降りかかる『悲劇』も許容せねばならぬ立場に置かれる。

 むしろ当時激昂した自分を抑えねばならないところであったが、深い愛故にそれは叶わなかった。

 

 痛みを知り、それを乗り越え、ウヅキは生きる。

 戦国の世を超えて。

 

 

 

 

 

 そんな夜が明けて次の日。

 ウヅキの元に急報が飛び込んできた。

 

「──申し上げます!! 自来也様が、ご危篤!! 至急病棟までお越しいただきたいと綱手様より御通達です!!」

 

 食っていた、膳にある沢庵を箸で持ち上げた姿で、思わず静止してしまうほどのあまりにも急すぎる凶報であった。

 すぐさま再起動したウヅキが横で膳を共にしていたヒヨリに対しても視線と言葉を向ける。

 

「──あいわかった。ヒヨリ、お前も来い」

 

「畏まりましてございます」

 

 詳しい事情を聞く手間すら惜しいとすぐさまウヅキは駆け出し、感知域を最大にまで拡大させた。

 生前に近い実力を。

 いや、それすらも超えている。

 取り込んだ生前の身体は、死ぬ前。

 あまりの赫怒によってより深く『先祖返り』していた故に。

 

 昔以上の感覚を取り戻したウヅキの感知範囲は音の届く範囲全てである。

 つまり、約半径10km圏内は精度に差があれども全て感知できる。

 その怪物染みた能力がすぐさま自来也と綱手を捉えて、自来也が非常に危険な状態であることを察した。

 

 一瞬だけ最速たる『切り札』の一つを使う事すら考慮するが、リスクを考えて自重する。

 加えて今の状態でも全力で駆け抜ければ5分足らずで辿り着ける。

 それなら十分に間に合うと判断。

 

 里の建造物を跳び移りながら、計算通りの速度で現場に到着したウヅキを迎えたのは、全身に毒々しい紫色の斑点を浮かべて苦悶の表情を浮かべる自来也の姿だった。

 幸いにして五体満足であるが、身体中に大小様々な傷が残っている。

 重症に違いなく、場合によっては命すら危うい。

 何より毒を食らってから時間が経ち過ぎている。

 

 一瞬でそこまでの判断を下すが、現時点で自来也の治療を続ける綱手の姿を見て、より詳しい状況確認を求めて声を掛けた。

 

「──綱手」

 

 その一言で察した綱手が医療忍術で自来也の治療を続けながらも流れるように説明した。

 

「──状況はよくない。死ぬ可能性すらある……! 多種多様な毒で元凶を複雑化されて、一つを解毒した場合に他の毒が身体中に回る! 迂闊に解毒も出来ないように作られている。毒と毒を何とか割合を合わせて抵抗させているが、予断が許されん。私の医療忍術だと、自来也の免疫を引き上げる事しか出来ず、自来也自身の力で毒に耐えられたとしても予断を許さぬ状況が3日3晩は掛かる。加えて出血も多い状態だ。このままでは、自来也の体力次第では本当に死ぬ……!! ……この、明らかに私を意識した毒の構成成分。あのクソ野郎……。本気で殺すつもりか!」

 

「状況は判った。代われ、里の有事に繋がる怖れがある故にオレがやる」

 

「……任せて、いいのか?」

 

 緊急事態。

 それ故の敬語をかなぐり捨てた綱手の、刺すような力強い視線にもウヅキが動じることはない。

『しっかり』と頷きで答える。

 

「70、80年近く前に開発した術である故、まぁ信じられんのはわかるが、任せておけ。死んでないなら何とかなる」

 

 そう言われれば信じるしかない。

 綱手はウヅキに場所を譲って、そして驚愕を表情に浮かべることになった。

 

 ウヅキの治療は尋常ではない精度のチャクラコントロールを用いた力技での治療であった。

 まず自来也の遺伝情報を読み取った骨細胞を作り出して拒絶反応を予防する。

 その後に粉状にして体内に摂取させて、内外から治療を開始する。

 これにより外部からでは手が届かない箇所に対しても効果的に治療を開始できる。

 

 体内で確認できた毒の元凶は6種。

 全てを同時に解毒していくことはウヅキでも不可能であるため、排出に切り替える。

 体内を回る血管に乗って、ウヅキの骨細胞が自来也の全身を巡る。

 

 元凶の位置を正確に捕捉した後は、常識外れの作業が始まる。

 異常を引き起こす成分を骨細胞が取り込み、起こった異常に対しても、抜けた穴を埋めるように骨細胞が次々に自来也の細胞へと変化して身体の状態を元の状態へと引き戻す。

 

 それを繰り返せば、残るのは自来也の健康な肉体のみである。

 

 集め切った毒素はそれらを取り込んだ骨細胞を針状に形態変化させて、血管から皮膚を突き破らせて体外に排出する。

 幾つもある針の全てを回収して、その後に傷を塞いでしまえば治療完了である。

 

 ウヅキにしか出来ぬ、前人未到の治療。

 それを目にした綱手は『ぽかん』と口を開けて見守るしかなかった。

 尋常ではない精度の感知、チャクラコントロール、遠隔操作技術、粉末状の骨を操作する技量、生体に関する知識、治療センス、そして特殊な血継限界。

 そのどれが欠けても成し得ない世界最高峰の治療である。

 

 それを僅か30分足らずで終えて、ウヅキは一息を吐いた。

 

「よし、後は置いておけばよかろう。……詳しい話を聞かせて貰うぞ?」

 

 血で汚れた手を布で拭きながら、ウヅキは冷徹な視線を、下手人に心当たりのある様子の綱手に向けた。

 その瞳は自分に対しての『冷たさ』ではないと理解しながらも、綱手が思わず身構えてしまうほどの零度感を伴っていた。

 しかし、綱手はその程度で固まるほど柔な女ではない。

 表では平然としながら、己の推測をウヅキに告げた。

 

「……大蛇丸。私が思うに、奴の仕業としか考えられん」

 

「確か、お主ら2人と同じく三忍と称された者の内の一人だったか」

 

 記憶を探るように視線を漂わせるウヅキに、綱手が一度頷いた。

 

「その通りだ。……あー、です」

 

 今更ながら、敬語が外れていた事に気が付いて『はっ』としてそう続けた綱手に、ウヅキは首を傾げて何という事もないように続けた。

 

「敬語はいらんぞ? まぁ公式会談なら別だがな」

 

「あー、そう言ってもらえると助かる。どーも昔から畏ったのが苦手でな。ええっと、そう。その大蛇丸だ」

 

「根拠は、先ほどボヤいていたが毒か」

 

「そうだ。──明らかに私を意識した毒だった。私なら、どんな毒だろうが即座に解析して特効薬を作り出せる。だが、解毒した結果として悪化するような毒に対しては患者の抵抗力に頼るしかなくなる。そして、そんな特殊な毒は一朝一夕で作り出せるような、簡単な代物ではない。長年研究する時間があり、なおかつ私に対しての切り札にもなり得るような毒を生成する者……。思いつく限りは奴だけだ」

 

「一理ある。ならば、その線で捜査するか……、この時期に仕掛けてくるとは馬鹿な男だ。オレが動くとは考えなかったか?」

 

「ウヅキ様でも、奴を捉えるのは困難だろう。アイツのしぶとさはゴキブリ以上だ。……あと、もちろん、自来也に確認を取る必要もある。捜査に動くのは、自来也が目を覚ましてからでも遅くはないだろう。恐らく目覚めるのに時間はそんなに──」

 

 

 綱手がそう続けるのを遮るように、身を横たえていた白髪の男が起き上がった。

 無理やりに笑顔を浮かべてはいたが、後遺症故かその頬は引きつっている。

 

「──その必要はないのぉ」

 

「……自来也!」

 

「あいや、すまんな綱手……。ウヅキ様も、お手を煩わせましたかな。たはは、ワシとした事がまんまと一杯食わされました」

 

「良い、必要な事だ。だが、お前ほどの男の身に起きた事。何があった?」

 

「……その前に、一つご提案が。この場に猿飛先生を呼んでも構いませんか? ワシとしても、火影に最優先に報告すべきと考えておりますからのぉ」

 

「……一理ある。仕方あるまい。では、ヒルゼンが来るまでオレはここで待つ」

 

 控えていた忍を走らせて、ヒルゼンが来る前の時間。

 少し猶予があると思ったのだろう。

 そして、ある意図を含ませて。

 ヒヨリが着物の袖で口元を隠して『ニコニコ』と笑いながら、綱手に話しかけていた。

 

「ところで、綱手姫。先日の祭りは如何でしたか? 私としては大盛況であったと胸を撫で下ろしているところでございますが、姫にも楽しんで頂けましたでしょうか?」

 

 そんな普段と何も変わらない調子のヒヨリに呆れたような表情を見せながら綱手が答えた。

 

「お前は、相変わらずマイペースというか、なんというか。いつも通りだな……」

 

「ええ、ええ。こんな時だからこそ、普段通りを保たねば。ですからウヅキ様、そのようにお顔を顰めては、周囲に要らぬ詮索をさせますよ?」

 

 ヒヨリの意図は少しばかり気の立ったウヅキを宥める事だった。

 以前のダンゾウのようにいきなり殺す、とはならないだろうが、それでも念の為に声を掛けた。

 あと、大好きなお爺ちゃんに構いたいという意図もあったが。

 

「……む。そんなに顰めていたか?」

 

「怖いお顔をされておりました。ほら、リラックスしてくださいまし。……そうだ、肩をお揉みしましょう」

 

 相変わらずの『ニコニコ』と心底楽しそうな笑顔を浮かべるヒヨリに肩を揉まれながら、少し気恥ずかしげに、でも嬉しそうに頬を緩めるウヅキの姿を見て、綱手と自来也はなんだかなーと思った。

 その姿は孫にデレデレするお爺ちゃんにしか見えない。

『灼道』の異名を持つ偉人であるとは、その姿からは到底連想できず。

 

 家族仲が良いと思えば良いのだろうか、と二人が結論づけた辺りで──綱手はお爺ちゃん(柱間)を思い出し──急ぎ駆けつけた火影──ヒルゼンが病室のドアを潜った。

 その面持ちは『キリリ』と鋭さを滲ませて、火影らしい風格を漂わせていた。

 

「──火急であると聞いた。……あの、えー。ウヅキ様?」

 

 そんな火影が目にしたのが、孫に肩を揉まれて、溶けたように表情を緩ませるウヅキであったから、混乱もひとしおだった。

 然もありなん、と自来也と綱手が頷き、ヒヨリは肩揉みを続けながら『ニコニコ』と笑った。

 ウヅキは相変わらずの表情だった。

 

 

 

 

 

「──なるほど。では、大蛇丸で間違いないのじゃな?」

 

 その後に気を取り直して自来也からの聴取が始まった。

 内容をまとめれば『自来也は独自に大蛇丸を追いかけて、祭りに際して里に忍び込んだ大蛇丸と遭遇して一騎討ちするが敗北してこの状態に陥った』というものだった。

 他国からも人を受け入れた関係上、警備が緩むのは致し方ない部分もある。

 加えてあの大蛇丸が相手であれば、侵入を防げなかったのも道理だった。

 

 綱手が、真っ先に不明点の指摘をした。

 

「だが、何が目的だ? 里抜けしてまだそれほど経っていないはずだ。……この短期間で変わった事といえば、ウヅキ様が蘇ったことくらいだと、私は思っているが、もしやそれが目的か?」

 

「十分に考えられるのぉ、何せ奴と遭遇したのは『かぐや一族』の住む区域からかなり近い。奴が痕跡を残しているとも思えんから、ここからは憶測になるが……、御堂に用があった、とは考えられんかのう? 普段は強固すぎて近づけない御堂にも、祭りが終わって緩んだ際であれば近づけると踏んだのやもしれんからのう」

 

「ヒヨリ、結界は破られていたのか?」

 

「……いえ。しかし、あれは生体認証のようなものですから、然るべき人物であれば何の反応もなく通過は可能です。そして、普段であれば警備の者を常駐させていますが、あの昨夜は人員が不足したために、普段と比べてかなり力量の劣る者を配置しました。……そして、その者と昨夜から連絡が途絶えております」

 

「その線が濃厚か」

 

「現時点では最も可能性が高いと推測致します」

 

「あー、つかぬことを聞くが、あの御堂には何がある? 奴が目をつけるくらいだ、何か重要な物が保存されてたりするとは思うのだがのう?」

 

「オレの死体だ」

 

「「……ぬぇ?」」

 

「……あの、ウヅキ様。それは極秘です」

 

「……そういえば、そうだったか」

 

「はい」

 

 微妙な空気が広がったが、『ゴホン』と火影が気を取り直して続けた。

 

「……えー、まぁ中身はそう。ウヅキ様の死体じゃった。そうですな?」

 

「ああ、2週間前まではな。今はオレの骨分身を死体に模した意識のない亡骸が入っているが、影分身とは違って本体には情報が反映されんからな……。どうなっているかオレもわからん」

 

「……ウヅキ様の『あのご遺体』でなくてよかった、と思うべきでしょうな」

 

「まぁそうだな。アレはさすがに余人には見せられん」

 

「ほほほ、私はアレもアレで好きですが」

 

「……お前はそう言うじゃろうな」

 

 三人でワイワイと意見を交わし合うのを見て、少し除け者にされた自来也と綱手が詳しい話を聞きたそうに見るが、火影は首を横に振った。

 

「すまんが、こればっかりはお主らにも伝えられぬ。理由はわかっているな?」

 

 知る者が増えれば、それだけ情報漏洩の恐れが増える。

 加えて、此度の件は様々な憶測を生みかねないために秘匿しなければならない。

 それ故のヒルゼンの言葉に、理屈では納得した二人が平然と頷いた。

 

 詳しくは聞かない。

 それを守れぬようでは『忍』足り得ない。

 本来なら二人も知りたいとすら表情に出さなかったが、今回は事が事であることと、ヒルゼンがいるからこその多少の甘えが表に出た結果だった。

 

 知りたい欲をすぐさま消した二人に対して、ヒルゼンは頷きを返して今後の方針を告げた。

 

「──大蛇丸の狙いがわからぬ以上、これより里の警備を最大にまで引き上げる。しばし窮屈な思いをするが、五影会談も控えている以上は警戒すべきである。追手を差し向ける事もせぬ。それが他里に影響を及ぼす可能性も否定できぬし、何より会談中は重要な任務を控えるのが暗黙の了解。邪推をされたくはない。不信を抱かれる心配事は排除すべきである」

 

 火影の言である。

 ウヅキも含めて、全員がその言葉を清聴する。

 

「故に、ここからは『五影会談』に参加内定者の外部への移動を全て禁ずる。今までは控えるように、という程度であったが、事ここに到れば致し方あるまい。──良いな?」

 

 その言葉は自来也に対して強く向けられていた。

 苦々しい顔をしながらも、自来也は頷いて同意を示した。

 己の短慮が今回の事態を招いたと理解しているが故の頷きだった。

 少なくとも一人ではなくツーマンセル以上で動くべきであったのに、大蛇丸は己が止めなければいけないという思いに駆られての行動は『忍』として恥ずべきことである。

 それがたとえ、友を想っての行動であったとしても。

 

 ヒルゼンも弟子である大蛇丸に思うところはある。

 自来也の心境に理解も示す。

 それ故にそれ以上の問い詰める言葉は続けず、話を先に進めた。

 

「──では、『五影会談』に向けての話し合いもこの場で持とう。ある程度は暫定した。会場は『(あま)の国』──『雨隠れの里』で行うことが決まった」

 

 その決定に、自来也はかつての弟子達を思い出して『あんぐり』と大口を開けて唖然とした。

 

 

 






活動報告に、NARUTO時系列について、載せております。
まだ空論でしかありませんが、今後作るかもしれません。


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