騎士団の雑用係   作:技巧ナイフ。

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はい、ジン回です。
ちなみに初めて当たった星5キャラだったりします。


後輩で上司の彼女とピザを食む

「改めてルールの確認をしておこうか」

 

 訓練用に何振りも置いてある片手剣サイズの木剣を持った代理団長がよく通る声で告げてくる。

 場所は騎士団本部に併設された訓練場。普段通り仕事着の代理団長に反して、俺は肩当てや胸当てなど動きを妨げないよう最低限の防具を身に付けて訓練用の槍片手に対峙していた。

 

 事の発端は、数日前まで遡る。

 

 

 

「代理団長が何だって?」

 

 バカ、アホ、ボケ共がボンバーした焦げ臭い反省室を修繕している俺のところに、リサちゃんとバーバラちゃんが一緒にやってきた。

 ちなみにバーバラちゃんはまだ小さい頃、リサちゃんが面倒を見ていた時期があったので、この2人が並んでいるのは珍しいことであっても不思議じゃない。俺も何度か図書館でその様子見たことあるし。

 

「過労で倒れたの」

「そっか。まぁ、いつかそうなるとは思ってたけど」

「ノアさん、気付いてたの…?」

 

 非難するような視線を送ってくるバーバラちゃんに、俺は誤解だよと手のひらを前にして制する。

 

「騎士団にいたら誰だって分かるさ。むしろ今まで倒れなかったのが不思議なくらいだよ」

「それなら……!」

「はいそこまでよ、バーバラ。今日はノアを責め立てにきたわけではないでしょう?」

「う、うん……」

「その様子だと、原因は分かってるのか?」

 

 あれでも代理団長としての責務を全うするため、体調管理は怠っていなかった筈だ。それが今になってというのは、確かに気になるな。

 

「原因はあなたよ」

「……俺? なんで?」

「あなた、ノエルに結婚申し込んだでしょう?」

「やっぱりあの噂本当だったんだ……」

「そしてノエルの熱心なファンはノアを亡き者にしようと躍起になってるわね」

「知ってるよ。あれから何度シードル湖に落とされたことか…。ひどい話だよまったく」

「そうね。シードル湖はゴミ捨て場じゃないのに。水が汚れたらどうするのよ」

「今サラッと俺のことゴミ扱いしなかった? ねぇ?」

「わたくし、思ったのよ。騎士団の面倒事って大体あなたが原因だな…って」

「それは申し訳ないと思ってるけどさぁ」

「だからこれも良い機会かな、って」

 

 面倒事を排除する為なら手段を選ばないところ、流石っす。

 

「まぁ、とりあえず用心するよ。それで、俺がノエルちゃんにプロポーズしたことと代理団長の過労に何の関係があるんだ?」

「ノエルにとって、ジンとあなたはワンセットみたいな考え方をしていたみたいなのよ。だからジンとのコミュニュケーションもなんだかギクシャクしちゃって仕事が回らないのよ」

「……それって俺が悪いの?」

「どちらかと言うと、あなたを悪者にすれば丸く収まるってことね」

「聞いたかいバーバラちゃん? これが大人の世界だよ」

 

 誰かを悪者にしなければ物事の終止符を打てないとは。いつから人はこんなにも愚かしい存在になってしまったのか。

 俺は人類の足跡を嘆きながら傍らの酒を呷る。この状況で酒を飲む俺にバーバラちゃんはドン引きしているが、反省室の修繕なんて飲まなきゃやってられんのよ。

 

「で、でね? ここからが本題なんだけど、一応ジンを触診してみたらその……お尻の筋肉が固まっててね。最近はデスクワークばかりだったんじゃないかって思ったの」

「ふむ……最近デスクワークが増える出来事なんてあったっけ?」

「反省室半焼事件。清泉町の海乱鬼と宝盗団大量捕縛。あとは騎士団の1人が無意味に時間外労働するせいで発生した特別手当の書類。それと……」

 

 意地悪くリサちゃんが指折り数えて挙げる事件って、全部俺が関わってるやつじゃん。

 

「わ、わかった、わかったよ。つまりデスクワークを手伝えっていうお願いだな?」

「そんなことしたら余計に仕事が増えるでしょう。そっちの仕事は不本意ながらわたくしが引き継ぐから、あなたはあなたの出来ることをやりなさい」

 

 俺に出来ること……? 

 デスクワークで疲れた代理団長。お尻の筋肉が固まった可哀想な代理団長。そんな彼女に対して俺が出来ること……あぁ、なるほどね。

 

「つまり———代理団長のケツを揉めと?」

「なんでそうなるの⁉︎」

「ケツのマッサージしろってことだろ? 指圧マッサージは璃月で一通り学んだから安心していいよ。代理団長のケツは俺に任せろ」

「お姉ッ……ジンのケツを触るのはいくらノアさんでもダメだよ!」

「おいおいバーバラちゃん。仮にもアイドルが『ケツ』とか言うのはまずいだろ」

「〜〜〜っ!」

 

 白い頬を真っ赤にさせてパクパクする我らがモンドのアイドル。

 まぁ、この子も年頃だもんな。『ケツ』って言いたい時くらいあるよね。アイドルだってケツくらい言うさ。だって人類皆ケツあるんだし。

 

「んで、具体的に俺は何すればいいんだ? 出来るだけ分かりやすく、解釈の違いが一切出ないように教えてくれると助かる」

「デスクワークを控えさせる為の運動の相手、と言えばいいかしら」

「夜の?」

「昼の」

「あっそ」

 

 リサちゃんと俺のやりとりを聞いていたバーバラちゃんの顔がさらに真っ赤になる。さてはバーバラちゃん、むっつりだな? 

 

「了解了解。まぁ、一緒にランニングしたりストレッチしたりすればいいわけね」

「そういうこと。内容は任せるわ。ジンが乗り気になるものなら何でもOKよ」

 

 じゃあそういうことで〜と、伝えることだけ伝えたリサちゃんはさっさと焦げくさい反省室を出て行った。

 慌てて追いかけようとするバーバラちゃんも、一度俺に振り返って頭をペコリ。

 

「えっと、私からもお願いします。なんだかんだで、こういう事ってノアさんにしか頼めないから!」

 

 パタパタと出て行くバーバラちゃんを見送ってから、ふと俺は思考する。

 何故、バーバラちゃんがこんな事を頼んできたのか。……答えはすぐに出た。

 

「あ、これクレームじゃん」

 

 倒れれば西風教会に担ぎ込まれるし、その世話をするのはバーバラちゃん達だ。

 だけど代理団長———というか騎士団は言ってしまえば教会の上役。その代表に直接クレームを言うのは難しいから、それとなく俺から伝えてほしいってことか。

 まぁいいか。なんだかんだで原因は俺みたいだし、上司のケツのケアくらいやってやるさ。

 

 

 

「———どんな結末になっても恨みっこなしだ……って、ちゃんと聞いていたか?」

「ん? あぁ、聞いてたよ。えっと…ケツがなんだっけ?」

「そんな話はしていない!」

 

 キレる代理団長。どうやら相当ストレスが溜まってるみたいだな。

 

 彼女と話し合った結果、俺との運動は模擬戦となった。

 しかし、普通にやっても面白くない……てか普通にやったらただの私刑になるので合議の結果、色々と代理団長には縛りを付けることにした。

 

「まず、元素力は無し。単純な技術のみでの勝負とする。それを3回やって、私が3勝したらお前からジュース一本。お前が私に1勝でもできたら夕食を奢ること……この説明、もう3回目なのだが?」

「あぁ、そうだったな。すまない。じゃあ本気でいきますよっと」

「そのセリフも3回目だな」

 

 なんで同じやり取りを何度も繰り返しているのかというと、既に俺は2回負けているからだ。

 最初は剣で立ち向かったが、案の定ボロ負け。そもそも騎士団の代理団長にこの勝負は無謀だった。だって剣技が優れてるから代理団長にまで上り詰めてるわけだし。

 ならばと、2戦目は剣に加えて奇襲気味に拳法も織り交ぜたが焼け石に水。その程度の小細工で破れるほど甘くはなかったね。

 

 そして3度目は槍。ちなみに俺は元素力を必要とする法器以外の武器は一通り使える。これに関しては長年騎士団にいる経験だな。

 なので、剣での対処が難しい槍を選んだ。実を言うと俺の拳法は槍の前提技術なので相性が良かったりする。

 さらに、モンドの歴史的に剣術と比べて槍術の歴史は浅いからな。実際三大貴族の3人———ジン代理団長、エウルアちゃん、ディルック———全員剣術が主体だし。

 あとはまぁ、槍ならちょっとした隠し玉もあるしな。

 

「んじゃ、さっさと始めようぜ。最後に相応しいものをみせてあげますよ」

「相変わらず口だけは達者だな」

 

 下段に構えた槍を見据え、ニヤリと笑みを浮かべる代理団長。

 久しぶりの運動とあって、なんだかんだで楽しんでみるみたいだな。

 

 特に合図は無く、3度目の勝負が始まった。代理団長の鋭い踏み込みに合わせて、槍を突き出す。

 それを体捌きのみで躱す彼女には、流石としか言えないね。

 

「剣で槍に勝つには、3倍の技量がいるって言うんだけどなッ!」

「むっ…⁉︎」

 

 半歩下がり、訓練用に刃を潰した穂先とは逆側———石突と呼ばれる部位で牽制。クルッと胴回りで水平に1回転させて薙ぎ払う。

 驚きながらも突進の勢いを緩め、敢えて動きに緩急を付けた代理団長はスルッと掻い潜って来やがった。

 俺は胴から腕に槍を回し、遠心力を使った振り下ろし。同時に関節蹴り。

 

 攻撃は止めない。指先の最小限の力でさらに槍の回転速度を上げて、その合間を縫うように蹴りを繰り出す。

 

「曲芸だな」

「上手いもんだろ?」

 

 槍術というよりは棒術や杖術に近い技術だが、これが隠し玉だ。

 

 璃月の劇団で覚えた“魅せる技”。相手を叩きのめすのではなく、魅了する技術。

 魅せる技を戦闘技術に落とし込んだものといえば、エウルアちゃんの剣術がそれだな。彼女は舞踏だが、俺のは殺陣———舞台での戦闘シーンに使われるものをそのまま実戦向けに転用した。

 

 俺の上下前後左右全てを槍の回転で守り、突き込む蹴りで奇襲する。

 こういった長柄武器をブンブン振り回されるのは、相手からするとかなり圧を感じるからな。この槍による攻防一体の“線”に注目させて、蹴りという“点”で穿つ。

 並の相手なら神の目を所有していようと初見殺しくらいにはなるんだが……悲しいかな。相手は我らが西風騎士団の代理団長だ。

 

「面白い」

 

 普通に対応してきやがる。

 訓練であろうと、剣術のセオリー通りの防御を忘れていない。“受け止めるのでは無く受け流す”を忠実に守ってるな。

 

 彼女の剣術は俺のような奇を衒いまくったモノではなく、()()だ。

 元素力という切り札こそあるが、それに頼らない教科書通りの強さがある。

 この上ない天稟を持ちながらも、それに胡座をかかず積み重ね続けた努力が見える。言っちまえば、最上級の原石を匠の技によって磨き上げた宝石そのものだよ。

 それに比べれは、俺の技術はただ数が多いだけの石ころだ。癇癪起こした子どもがそこら辺にある物を闇雲に投げてるのと変わらない。

 

(でも、『下手な鉄砲数撃ちゃ当たる』って言うからな!)

 

 卑屈になりかけた気持ちを押し殺し、槍のリーチを活かして代理団長の美しい御御足(おみあし)を執拗に狙う。

 脛や(ふく)(はぎ)を打たれればそれだけで行動の幅を狭める。片手剣という速度が重要な武器であれば、それは顕著だろうな。

 

 しかし———ガッ! 槍を踏み付けて無理矢理止められた。そのまま当たり前のように()()()()()()してくる。

 

「終わりだ」

「まだまだぁ‼︎」

 

 俺は足刀蹴りの要領で乗っかっている代理団長ごと槍を蹴り上げた。

 いくら強いとは言え、代理団長は女。男の筋力に物を言わせれば持ち上げてひっくり返すなんて造作も無い……と思ってた時期が俺にもありました。

 

 代理団長はひっくり返されると分かった時点で自ら飛び上がり、俺の蹴り上げも推進力に加えてバック宙。空中で突き下ろしの構えを取る。どんなバランス感覚してんだよ⁉︎

 

 ———カカカカカカカカンッ‼︎

 

 元素力は禁止というルール上、いくら代理団長でも空中にいるならただの的。神速の八連突きを放つが、普通に全部捌かれた。

 

 千載一遇のチャンスを逃した俺に、着地した代理団長が詰めてくる。

 瞬時に片手剣の間合いまで入り込んだ彼女は、お返しと言わんばかりに三連突き———右肩、鳩尾、左肩を狙って来た。

 

「チッ……」

 

 俺は舌打ちしながら前後180°に足を思いっきり開き、ストンと体を落としてなんとか避けることに成功。

 

「むっ……!」

 

 腕、肩、首を使って槍を回し代理団長の胴体と顎を狙うが、顔を顰めてバックステップを切り距離を取られる。

 

(なるほど。これが嫌なのか)

 

 軟体動物が体をにょろにょろ波打たせるように足を動かして、今度はこちらから距離を詰める。

 その動きに心底気持ち悪そうな顔をされて少しだけ精神的なダメージを負ったが、今は気にしない。

 それよりも重要なのは、代理団長が嫌がったことだ。

 

 身長差の関係もあり、開脚状態で地面に座り込んでいる俺の高さは大体代理団長の腰くらい。そこから繰り出される槍の攻撃は、正当な剣術を学んできた彼女からすれば未知の領域だろう。

 

 しかし、この場合俺が警戒すべきは代理団長の学習能力だ。戦闘ともなれば、彼女はどのような攻撃にも対応してくる。……ほら、もう虎視眈々と反撃の隙を伺ってるよ。

 

「よっと!」

 

 なので俺は腕をクロスさせるようにして地面につき逆立ち。その(ねじ)れを解放するようにスピニング・キックを放って相手のリズムを崩す。

 さらに今度は逆立ち状態のままテケテケ歩き、()()()()()()()()()追い詰めていく。

 こんなお行儀の悪い戦い方は知らないだろ? グンヒルド家のお嬢さん? 

 

「気持ち悪いぞ!」

「チクチク言葉やめてくんないかな……っと、危ない」

 

 足払い———というより逆立ち状態だから手払いか? ———を掛けられそうになったので、腕力に任せてジャンプ。

 片膝裏で槍を挟んで地面に突き立て、ポールダンスのようにクルッと回り牽制の回し蹴りを1発。当然避けられるが、それでいい。

 仕切り直すようにお互いの間合いから出た俺たちは、それぞれ武器を構え直した。

 

(流石にネタが切れてきたな……)

 

 俺が今現在代理団長と互角に戦えているのは、ひとえに初見殺しを出し続けているからだ。それに加えて“元素力禁止”というルールと、そもそも彼女自身久しぶりの運動という要素も手伝っているのが大きい。

 でなければ、最初の一合であっという間におねんねさせられてたよ。

 

「どうした? 今のを続けていれば勝てたかもしれないぞ?」

「冗談。それで勝てたら幻滅もいいところですよ」

「では、大人しく降参するか?」

「それこそ冗談。今日あんたにジュース奢ったら、次の給料日まで狩りしてご飯集めないといけなくなっちまう」

「お前は一体どういう生活をしているんだ……?」

「給料日の度に色んな連中が『金返せ!』って無心してくるんだよ。心優しい俺は、そんな奴らを見捨てられなくてお金渡しちゃってるわけ」

「それは無心じゃない。“返済”という名の義務だ。覚えておけ」

 

 代理団長の冷たい目から逃げるように視線を逸らすと……あれま。

 いつの間にやら、訓練場の周りにはギャラリーがたくさん集まってるよ。そりゃまぁ、代理団長の剣術を直接見れるとあれば騎士団の連中は集まるだろうけどさ。

 でも、ギャラリーの目的は“剣術”というより“代理団長そのもの”って感じだな。一般人の、それも女性陣が圧倒的に多い。目にハート浮かべてるし。凛々しい代理団長は、男性より女性からの人気がえげつないのだ。

 

「ここで俺が勝ったら、代理団長の人気も俺が攫っちまうかね?」

「大きく出たな」

「最後の切り札があるからな。これを使えば、一撃くらいは入れられるだろ」

「いいだろう———正々堂々受けて立つ‼︎」

 

 視線を鋭く細め、どの教練本よりも完璧な構えを取る代理団長の姿に、ギャラリーの女性陣から黄色い悲鳴が上がる。

 

「そう言えばさ、代理団長に伝えないといけないことがあったんだった」

「……今でなければダメか?」

「あぁ———()じゃないと…なッ!」

 

 氷上を滑るように足捌きを一切排した踏み込み———活歩で一気に距離を詰める。

 本来の槍の間合いから一歩外。油断なく剣を構える代理団長へ———シャガァァァ‼︎

 流星と見間違(みまご)う速度の、我ながらこれ以上無いと思えるレベルの突きに、彼女は目を見開いてるよ。

 

 当然だな。俺は()()()()()()()()()()()、リーチを限界ギリギリまで伸ばしたんだから。

 槍の定石をガン無視した最後の初見殺しは———もちろん弾かれた。

 でも問題無い。俺は空中に置くようにして槍を手放している。そして、切り札の出しどころは今しかない! 

 

「バーバラちゃんがさ、『何度言っても倒れるまで働くジンなんてもう知らない!』って言ってたぜ」

「んな……っ⁉︎」

 

 かなり俺なりの意訳が入ったが、まぁバーバラちゃんからクレームが入ってたのは本当だしな。

 そして周囲にはバレてないと思っているようだが、代理団長はバーバラちゃんをかなり気に掛けている。もしかしたら隠れファンなのかもしれないが……まぁ、それは今は置いとこう。

 大事なのは、『気に掛けている相手から拒絶された』という事実だけだ。

 

 結果は……おっ、上々だな。槍を弾いた返す刀で俺を打ち据えようとしていたようだが、明らかに剣が鈍ってる。

 それでも振り下ろされてくる木剣へ、『(てん)』の化勁(かけい)———腕で螺旋を描き、その回転力で弾く。

 さらにヌルッとスライムのように懐へ入り込んでやった。

 

 そうして作り上げられたこの距離は、槍の間合いでもなく、剣の間合いでもない。

 徒手空拳がものを言うこの距離こそ、廃神騎士()の距離だ。

 この間合いであれば、どのような神の目を持っていようとそんな物は廃品でしかない。

 

 俺の指が代理団長の手首を絡め取る。さらに姿勢を落とし、彼女に肩を貸すようにして密着し———ズッッッン! 

 鮮やかなまでに六大開・頂肘(ちょうちゅう)が打ち込まれた。

 

 俺の勝ちだ。

 

 

 

 

 

 いつの間にか一大イベントと化していた模擬戦が終わり、俺たちは夕焼けに照らされたモンド城内を並んで歩いていた。

 

「おかしい……俺が勝った筈なのに」

「負けた身で言うのもアレだが、もう少し()()()も考えた方がいいんじゃないか?」

「あんた相手になりふり構ってられるかよ」

 

 見事代理団長から一本取った俺は、ギャラリーから拍手喝采を受けた……なんてことはなく。

 むしろその逆。ブーイングの嵐だった。

 

 いやまぁ、分かるよ? 

 片や才色兼備で清廉潔白な西風騎士団代理団長。

 片や女癖が悪くて常に不真面目な廃()騎士。

 

 応援されるのはどちらかなんて、考えるまでも無い。

 

「しかも減らず口で動揺を誘うのだからタチが悪い。……というか、あのバーバラの言葉は本当なのか?」

「俺の解釈が大分入ってるけど、概ね本当なんじゃないか? 今度会ったら本人に聞いてみなよ」

「ば、バーバラがそう言ったわけじゃないんだな⁉︎嘘じゃないな⁉︎」

「あ、うん……」

 

 代理団長の必死さにちょっと引きつつも、頷いておく。どんだけバーバラちゃん好きなんだよ。ちょっと怖いぞ。

 

「まぁそれはそれとしてだ。約束通り、夕飯奢ってくれるんだろ?」

「できれば休んでいる間に溜まった仕事を片付けたいのだが……」

「リサちゃんから今日は仕事禁止って言われてるだろ。本気でバーバラちゃんに怒られるぞ?」

「うぐっ……それはイヤだな。ハァ…わかった。店は決まってるのか?」

「『キャッツテール』がいいかな」

 

『エンジェルズシェア』の一押しがワインと言うならば、『キャッツテール』の一押しはカクテル。

 どんな材料を使っても極上のカクテルを作り出す、最高のバーテンダーがいるからな。今夜は甘い酒が飲みたい気分なんでね。

 

 しかし、『キャッツテール』の名前を出した途端に代理団長が呆れた目を向けてきやがる。なんじゃい。

 

「相変わらず酒のことしか頭にないのか」

「モンド人が酒好きで何が悪い。それに、酒が占める俺の脳の割合は3割くらいだよ」

「残りは?」

「金と女」

「最悪だな」

「ちなみに内訳は……」

「言わなくて良い。興味もない」

 

 あら寂しい。

 

「それに、マーガレットちゃんもあんたに会いたがってたぜ? 全然来てくれないって愚痴られた」

「それは行く時間を作れなくて……」

「ほらみろ。だったらこの機会に行けばいいじゃんか。それに……」

 

 まぁ、これが『キャッツテール』を選んだ1番の理由なんだが———

 

「———『キャッツテール』のピザ、好きだろ?」

「……っ⁉︎」

 

 すると、代理団長の目が天変地異を目撃したかのように見開かれた。

 

「……覚えて、いたのか」

「当然。昔はよく食べに行ったじゃん」

 

 まだ彼女が俺の後輩だった時の話だ。騎士団の仕事が終わった後に何度か『キャッツテール』で飯を食いに行くと、決まってピザを頼んでいたっけ。

 しまいには、注文しなくても店主のマーガレットちゃんが持ってくるようになってたな。毎回頼んでたのは無意識だったらしく、恥ずかしそうに赤くなってた姿は今でも鮮明に覚えてる。

 

 あれから何年も経って、多くのものが変わった。

 彼女は『獅牙(しが)騎士』と『蒲公英(ダンディライオン)騎士』の称号を獲得し、あっという間に出世した。

 俺はまぁ……()()()()()璃月で数年過ごし、今は廃人騎士なんて揶揄されながらダラダラ過ごしてる。

 

 思い返せば、あの頃から数え切れないものが変わった。それでも……

 

「ピザの味はあの頃から変わらず美味いままだぜ———()()ちゃ()()

「……そうか」

 

 それから俺たちはお互い黙って、『キャッツテール』までの道を歩いた。

 そして、『キャッツテール』の扉を開けばカランカランと小気味良い音と店内の猫たちがお出迎え。

 バーカウンターの奥で不満そうにシェイカーを振る、猫耳が生えた小さき天才バーテンダーと目が合う。

 

「よ、ディオナちゃん。席2人分空いてるかい?」

「あんたは出禁って言ったでしょ‼︎」

 

 ———バタン! 俺だけ追い出された。







はい、いかがでしたか?彼女とピザを食む(一緒にとは言ってない)

『エンジェルズシェア』は誰かと一緒なら入店可能。
『キャッツテール』は未だに出禁解除されてません。
詳しくは3話のエウルア回で(読促)

ちなみに模擬戦での勝因は、
1,そもそもジン団長が病み上がり
2,蓄積しまくった奇襲奇策の大盤振る舞い
3,バーバラちゃんの言葉を恣意的に解釈して揺さぶり
こんな感じです。ほとんどまぐれ勝ちですね。

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