殺人を強要されている内に快感を覚えてしまう清純乙女『風』   作:乙女竜

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感動の再会に涙と笑顔はつきものだよね。


嘔吐

今日は何かの集会があるみたいで、孤児院の神父に義妹を連れて議論広場ヘ行きなさいと言われた。義妹達ははしゃいでいたけど、私は知らない人が沢山いる場所が余り好きではないから、柱の影で時間を潰していた。

 

暫くして、白い服を着た教会の人達が何人か入口から入ってきた。皆がそちらの方へ行ったので、今日の集会は多分あの人達が何かするのだろう。時間を潰すのには都合が良かったから、私は一人だけ遠目からあの人達を眺めさせてもらうことにした。

 

しかし結局白い人達はただ代わりばんこに色々な人と話しているだけだったので、すぐにまた退屈になった。今日の夕飯はクリームシチュー、出来れば早く帰りたい。けれど義妹達もあちらに加わっているので、あの子達が満足するまでは帰れなかった。

 

私が今日の夜に読み聞かせてあげる話をどれにしようか考えていると、とても小柄な女の子が一人でこちらに向かってきた。あの人達と同じ白い服を着た三つ編みの、眼鏡をかけた女の子だった。見つかってしまった。三つ編みや眼鏡は嫌な記憶を思い出させる。私は面倒な気持ちでいっぱいだった。

 

「あの、お久しぶり、です……」

 

私は一瞬誰か分からなかった。知らない子だと思った。

だって、余りに綺麗な格好で、余りに表情豊かで、とても普通で落ち着いた雰囲気の、ただの女の子だったから。それに、新しくて素敵な眼鏡もかけている。

 

彼女は救われていた。あの日、私が彼女を壊した日から、もう二度と心が戻らないんじゃないかと思った。もう二度と会えないんじゃないかと思った。教会の人に彼女だけ連れ去られた時はとても不安で悲しかったけど、彼女はちゃんと、あの優しそうな白服の人達に救われていたのだ。嬉しくて、涙が止まらなかった。

 

「…良かった……!!」

 

目の前の女の子の瞳は、ちゃんとものを写していた。私が写っていた。

 

「ごめんね……。もう、戻らないんじゃないかと……」

 

もう戻らないと思った。一生壊れたまま、人形のように心がなくなってしまうかと思った。

 

「……泣かないでください。ちゃんと生きて戻ってきましたよ」

 

困ったような顔で、少し外れた返答をする彼女が、ちゃんとした人間で、普通の女の子で、私はとても救われた気持ちだった。この子が本当はこんなにも可愛らしい表情を作れるのだと知った。私は心の底から、この女の子にまた会えたことを喜んだ。

 

本当はすぐに抱き締めたかったけど、私がそれを出来る資格があるのか分からなくて、広げた腕は空中で怯えてしまった。それでも私は、抱き締めることでこの気持ちを伝えたかった。新しい孤児院は、ハグが心を繋ぐと教えてくれた。だから────!

 

────なのに、この腕は結局彼女に触れられなかった。

 

「ねえ、あなた孤児院の子でしょ」

 

いつの間にか居た白服の人が彼女を抱き寄せた。それはまるで、私から彼女を守るような動きだった。

 

そうだ、私なんかが抱きしめて良い筈が無い。久しぶりの再会に浮かれすぎていたみたいだ。私は行き場を失った腕を降ろした。それは私が酷く恥知らずなことを示す動きだった。

 

「…………はい」

 

あの孤児院で過ごした事を認めるということ。それは、罪人が罪を告白するのと同じ行為だった。

 

白服の人が女の子を更に強く庇う。私を睨めつける視線は、そのまま胸の奥に突き刺さった。

 

「もう、この子に近寄らないで」

 

当然の報い。

彼女の傍にいるだけの権利を私は有していなかった。

しかし救いの手は、思わぬ方向から差し伸べられた。

 

女の子が肩から白服の人の腕を降ろす。そして彼女に私を嫌わないで欲しいと言った。そのまま私に向き直って、彼女は名前を聞いてくれたのだ。

 

許されたと思うほど傲慢ではないが、それはほんの少しでも彼女が心を開いてくれた証のようで、私はできるならこのまま彼女と友達になりたかった。でもそうする為に、私は今まで彼女の名前すら知らなかったことを心の中で謝る必要があった。口にして謝るのは、まだ少し怖かった。

 

その後は時間を忘れて話し合った。フィリアはとても聞き上手で、私は新しい孤児院での楽しい日々を語る口が止まらなかった。私が喜ぶと、彼女も嬉しそうな顔をしてくれた。笑って弧を描く茶色の目はとても綺麗だった。

可愛い義妹達、義弟達。優しい神父。毎日沢山動けて、多くはないけど欠けることのない食事。幸せをお裾分けする気分で、ついつい我を忘れて話し込んでしまった。

 

彼女は最後までうんうんと頷いて、柔らかな笑顔で『それは良かったですね』と言ってくれた。

 

そうしていたら、遠くで彼女を呼ぶ声がした。どうやらもう帰ってしまうようだ。名残り惜しいけどとても楽しい日だと思った。

彼女は笑顔のまま後ろを向いて、『はーい!』と大きく返事をした。

 

 

 

────そして私に振り返った彼女の顔は、酷く歪だった。

 

「ルティさん」

 

変わらない優しい笑み。でもそこには何の温度もなかった。

 

「なに?」

 

澱んだ目。どこを見ているか分からない。色のない顔で、頬だけが赤らんでいたのが怖かった。

 

 

 

 

「……あの時の虫、美味しかったです」

 

憎悪。

 

それは憎悪だった。ゆっくりと吊り上がる口の端。細められた目。口だけは笑いながら、睫毛の隙間から黒色の瞳がじっとこちらを睨めつけていた。

 

虫。あの時の、虫。彼女が無機質な顔のまま食べていた虫を思い出す。それは私が差し出したもの。私が食べさせたもの。私が潰してしまった彼女。

今日私に向けていた笑顔は、全部嘘だった。はじめから。すべて。何もかも。結局私は許されてなどいなかった。過去が消える訳がなかった。

 

息が苦しかった。空気がうまく吸えなかった。

 

去っていく彼女の後ろ姿が、とても冷たく見えた。

 

何が『戻った』?何が『救われた』?

……違う。もう戻らない。もう二度と救われない。戻らないほどにひしゃげてダメになってしまった。あの澱んだ目は一生あのままだ。誰の所為だ。

私は今、自分が正しく呼吸出来ているか分からなかった。

 

 

 

孤児院に帰った私は、頭の中でずっとあの虫を思い出していた。どうすればよかったのか。何故あの時助けてあげられなかったのか。ずっとずっと考えて、考え続けて──

 

 

────夕飯のクリームシチューを、私はすべて吐いた。

 

 

 

 




感想・評価ありがとうございます!!!全部読んでます!!!!
あの、良さげな作品があったら紹介してください。飢えてます。

追記: 女の子が相手のこと考えて吐いちゃうのってガールズラブだよね?そう思わない?そうは思わないかしら?
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