殺人を強要されている内に快感を覚えてしまう清純乙女『風』 作:乙女竜
今回は紛れもなくガールズラブ。
本部には明らかな意図があった。
全員で呼び出された日の後日、私だけが再び『空き部屋』に呼び出された。中で待っていた幹部は、当たり障りのないことを適当に捲し立てた後、一枚の書面を私に差し出した。書かれていたのはターゲットの仔細と、いくつかの要求。私はそれを最後まで読んで、怒りに気が狂いそうだった。
本部には明らかな意図があった。
ただの子供を『殺せ』などと、特別な作為がなければ非効率で無意味に嗜虐的なだけだ。しかし何故奴らがそのような指示をしたのか、理由は問うまでもなかった。奴らにとっては不安の種、フィリアである。
今、本部は教会内の裏切りに過敏になっている。普段ならば暗殺の手立てに口を出す所か手助けすらしない奴らが、今回の任務では私を呼び出してまで担当の指定をしてきた。特例の忌み人、つまりフィリアを絶対に参加させるように指示をしたのは、偏に『忠誠心の確認、或いは植え付け』だろう。
忌み人の所属する組織、その責任者である私には、質問も反論も許されなかった。ただ『汲め』と、それだけを求められていた。フィリアに子供を殺させること、彼女をより強固に繋ぎ止め飼い慣らすこと。それが本部の意向だった。
私だけなら、幾らでも断っただろう。こんな屈辱的で非道な要求、私だけなら幾らでも破り捨て無視しただろう。だが、私はホワイト・クロスのリーダーだ。仲間一人ひとり、全員を守る義務がある。もし私がここで勝手にフィリアを担当から外したり、件の子供を私が斬り捨てたりすれば、部隊全員の首が飛ぶことになる。文字通り、だ。そしてその中には当然フィリアも含まれている。
フィリアは、彼女は本来今生きていることすら奇跡なのだ。幹部共が何を考えているかなど分からないが、意図があって生かされている。暗部等という血に汚れた部隊ではあれど、そこで生き延びることが許可されている。しかしそれは、少しでも教会の意図から逸れれば殺されるという事と同義なのだ。忌み人は即時抹殺対象、最悪の場合は私達の誰かが彼女を斬ることになる。それだけは避けたかった。
私は、このことをフィリアに隠すつもりだった。直前で明かし、私が逃げ場をなくして追い詰めることで彼女に『私が強制した』と思わせる気でいた。私を恨む事で、少しでも負担を軽くしてあげたかった。
だから私は、書面を自分の机の中にしまって、フィリアの目だけには入らないようにした。しかし、それはネルに気づかれてしまった。彼女は皆の前で私に掴みかかり、自分が行くと言って聞かなかった。ネルがそうしていると、スタシアも同じように反対した。フィリアが聞いても理由を答えなかったのは彼女達がどれだけフィリアを想っているかの表れだった。彼女達の立場であれば、私も同じようにしただろう。彼女達の立場であったら、私も同じように振る舞っただろう。私も同じようにしたかった。私を殴りつけて、死んでも彼女と代わりたかった。
私は嘘をついた。
『いざとなったら私がやる』と。
仲間への裏切りだった。フィリアへの裏切りだった。
もしこの任務が終わった後に私が殺されたとしても、それが妥当だと思った。
フィリアは、寝室のベッドに腰掛けるターゲットを見て、どういうことか分からないようだった。理解を拒んでいた。
「……ターゲットは、どこですか?」
震える声で問い直す彼女に、再び標的があの少女であることを伝えるのは心苦しかった。
「……嫌、です…。……嫌、嫌です……!」
窓越しに少女を見ながら強く反抗する彼女は、今にも崩れ落ちそうだった。私は、自分を恨んだ。激しく自分を恨みながら、彼女を脅した。
『もし任務が遂行できなければ、教会はお前を殺すだろう。お前だけでなく、ホワイト・クロスのメンバーも皆殺される。そしてその死体に誰もが石を投げつけるのだ』と。
メンバーの事を言えば、彼女は断れないと思った。事実、優しい彼女はその通りになった。喉の奥から、掠れた細い息を出して、泣きながら少女を眺めていた。
フィリアと部屋に入る。私は入口を塞ぎ、彼女を見ていた。結局私の構想通り、私は彼女を追い詰めてしまった。だからせめて、最後まで見届け、私は罪を刻む義務があるのだ。
標的の少女はこちらに気付いても取り乱さなかった。私達が来る事がはじめから分かっていたようだった。彼女はフィリアを前に、どうせ死ぬのなら最後まで高潔な貴族の子でありたいと、落ち着いてベッドに腰掛けていた。だがその身体は震えていた。
少女は身の上を語った。彼女の両親は王家派の中でも弱小であり、繋がりを固めなければ娘を満足に育てられないと、あれが悪い事で、続けていればいずれ教会に殺される事だと理解した上で一人娘である私の為に関わったのだと。それ自体は褒められた行為ではないが、決して死ぬような人物ではなかったと。
貴女方は恐らく仕事で仕方なく行った事だろうし、この国では暗殺などありふれた話ではあるが、それでも私の父母は殺されるような人ではないのだと知って欲しかったと。
そして、
「それが分かっていただけるのでしたら、私の父母も浮かばれることでしょう。私も喜んで死にます。どうぞ、もう殺して頂いて構いません」
そう告げて、少女はフィリアをじっと見た。フィリアは、話を聞きながら、押し潰されそうだった。
「……ごめんなさい……ごめんなさい……!」
言いながら、ゆっくりと短剣を引き抜いたフィリアは、一歩、また一歩と崩れるように歩を進めて、少女の前で立ち竦んだ。
そして何度も何度も『ごめんなさい、ごめんなさい』と呟きながら、震える手で短剣を握ったまま動けなかった。
少女はそんなフィリアの頭を撫でて、
「……良いのですよ、仕方のない事です。ただ、少し怖いので、出来れば一思いにお願いします…」
気遣うように笑った。
フィリアは、目を見開いて。
撫でた少女の掌が落ちた後──────
──────短剣を少女の胸に突き刺した。
少女は一瞬身体を強ばらせた後、両腕でフィリアを抱き締めた。まるで、愛しい人を安心させるかのように。
フィリアは身体を震わせながら、少女をゆっくり、強く抱き返して、肩に顎を乗せて涙を流した。
その目は見開かれ、口元は引き攣って吊り上がっていた。フィリアの嗚咽は、静かに笑っているようだった。
『彼女の負担を軽くする』など。
いま、目の前の彼女を見て同じことが言えるだろうか。
罪の意識に苛まれ、笑うように泣いている子供を見て、同じように考えられるだろうか。
彼女の苦しみの一端でも背負える等と思えるだろうか。
私は、立ち尽くしていた。フィリアが少女とそのドールを抱えて私の横を通り過ぎるのを見ても、足が動かなかった。
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