世にも奇妙な幻想郷   作:尖った耳

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食事程恐ろしい行為も無い。
貴方が口に含んだそれが何なのか知る手段は少ない。


ヤツメウナギ

 

 

 

今日も、人里近くの夜道の路肩に寄せるようにして停められた押し車式の屋台からは、酒呑みを誘う香ばしい香りと暖かく柔らかい光が漏れ出していた。微妙に呂律の回っていない大声と、突拍子もない笑い声が響くそこはまさしく居酒屋である。

今、人里でミスティア・ローレライの屋台といったら、所謂「通」な人々の間では結構な人気を誇る場所だ。少し前に、八目鰻の蒲焼きが絶品だという噂を聞いた食通が、妖怪が女将をやっているという忠告すらお構い無しにやってきて、リピーターになった。そこから段々と口コミで人気が波及して、現在に至る。

当の女将本人もこの状況には満足していた。現に今、目の前でくどくどと愚痴を垂れる客の応対を適当にこなしながら、思いがけず手に入ったそこそこの稼ぎをどう使おうか妄想しているのである。

 

「(屋台を修繕しましょうか、買い換えるには流石に足りないわね。ギターを新調するとか、それとも響子に何か買ってあげるとか。例えば……うーん、思い付かないわ)」

 

うん、うん、そうねえと適当な相槌を打ちながら、ミスティアは思考を巡らせた。少し注意すれば彼女がうわの空なことに気付くことは出来るだろうが、生憎ここには酔っ払いしか居ない。彼女もそれを承知した上で想像に耽っているのである。

と、そこに素面の人間が暖簾を潜ってきた。ミスティアにとってはそれなりに見知った顔である。

 

「あら、魔理沙さん。いらっしゃい」

 

快活な笑顔で返す魔理沙は、席に着くなり待ちきれないといった様子で言った。

 

「例の凄く美味しくなった八目鰻とやらを一つ!」

 

「了解、すぐに焼けるわ」

 

やっぱりか、とミスティアは思った。それは二重の意味であり、一つは魔理沙が八目鰻を注文すること。もう一つはここに真っ先にやってくる村人以外の人間が魔理沙だということだ。前者は人里でのこの屋台の噂を牽引しているのが新しい八目鰻の味だから。後者はそんな噂を聞き付けて一番にやってくるのは、霊夢でも文でもなく活動的で好奇心旺盛な魔理沙だろうと思っていたから。

最近八目鰻の仕入れ先を変えてから、その味の噂は広がるばかりである。実際に食べてみると、確かに格段と美味しくなっていた。前より肉厚で、タレとの相性も抜群に良い。昔は八目鰻半分、その他半分といった注文だったが、今や注文の殆どが八目鰻である。

 

「あ、日本酒も。適当なやつ」

 

勿論酒は言うまでもないので数えていないが。

既に切り身にした八目鰻をタレに浸して焼き上げるだけなので、五分もかからずに出すことができる。

 

「はい、お待遠様」

 

「おっ、旨そうじゃないか!」

 

「うちの八目鰻は以前にも増して美味しいわよ」

 

語尾を少し上げて、自信気にミスティアは言った。丁度その時、先程まで愚痴を垂れていた常連客が、ミスティアが自分以外の話し相手を見付けたことに気付いてか席を立った。

 

「嬢ちゃん、会計」

 

ミスティアはこなれた様子で勘定する。

 

「はい。それじゃあ八目鰻が一匹とと熱燗二杯で三百八十圓です」

 

「あいよ。こんなおっさんの愚痴に付き合わせちゃって悪いねえ」

 

「いえいえ、また大変なことがあったら、遠慮なくいらして下さいね」

 

「いやあ、そう言ってもらえると嬉しいねえ。次でそろそろ十回目になるかな、また来るよ」

 

そう言いながら彼は振り向いて、おぼつかない足取りで帰っていった。彼は上客なので、ミスティアは普段より少し丁寧に見送りをしてから、魔理沙の元に戻った。そうして、八目鰻の味に対する魔理沙の評を嬉しく聞きながら、とりとめもない妄想の続きを始めた。

 

常連客の座席の下では、土で体をどろどろに汚しながら、八目鰻が跳ねていた。

苦しげに地面の上を這い回っていたそれは、直に動かなくなった。

 

彼女がそのことに気付いたのは、店を閉めて座席を下げる段になってからのことだった。それを特別疑問に思うことも無かったが。何度かあったことであるし、初めのうちこそどういうことだと考えてはいたが、生け簀から逃げ出しているのだろうと結論付けたのである。

それが有り得ないことにミスティアが行き着くことは無かった。そもそも彼女は鳥頭なのだ。

 

 

 

 

~~~~~

 

 

 

 

紅魔館の地下。大図書館ではパチュリー・ノーレッジがつまらなさそうな顔で読書をしていた。もう飽きたとでも言わんばかりに本を投げ出して顔を上げると、来訪者からは死角になる位置に置かれた何かに目を向ける。それを見ながら不適な笑みを浮かべた彼女は、遠く大図書館の端の壁が吹き飛んだ音にも、まるでそれが分かっていたかのように平然としていた。

 

「ようパチュリー、来たぜ」

 

「そうね」

 

「なんだ、今日は随分と機嫌が良いな」

 

「ええ」

 

「それで、今日も借りてくんでヨロシクな!」

 

「魔理沙」

 

「ん?」

 

魔理沙はここまで会話して、今日のパチュリーはどうやら突然弾幕を張ってきたりしないらしいと察した。箒に乗って宙に浮かせていた体を、ゆっくりと地面に降ろす。

 

「最近面白いこと、あった?」

 

娯楽の少ない幻想郷である。それを聞いて魔理沙の頭にすぐに浮かんだのは、一昨日の夜のことだけだった。

 

「そうだな、一昨日の夜にミスティアって妖怪がやってる屋台に行ってきたんだけど、あそこの八目鰻がめっちゃ美味しくなってたな」

 

パチュリーは外出しないから知らないだろうけどな、と魔理沙は付け足して笑う。八目鰻についてなおもしつこく語ろうとする魔理沙を遮ってパチュリーが言った。

 

「私、最近ちょっとしたビジネスを始めたのよ」

 

「ビジネスって言うと、どんな?」

 

「養殖業……かしら。最近実ったわ」

 

「そりゃ良かったじゃないか」

 

「ええ。丁度良かった。本当に」

 

その時パチュリーが浮かべた笑顔は、魔理沙が今まで見たことが無いほど満面の笑顔だった。パチュリーはこんな表情が出来たのかと魔理沙が衝撃を受けた程の笑みである。あまりのことに、魔理沙の顔はひきつった。

だから、丁度、の意味は分からなかったが、魔理沙はそれ以上訊ねることはしなかった。度を越えた笑顔から、踏み込んではいけない何かを感じ取ったのだった。

 

「ず、随分嬉しそうだな。それじゃあ、私は帰るぜ」

 

魔理沙は焦りすら感じながら、そそくさと箒に乗って帰っていった。

残ったのはパチュリーただ一人である。

 

「帰ったわね。いや、帰ってはいないか」

 

そう。一人である。彼女の机の隅に置かれた小さな水槽には、一匹の八目鰻。水槽のガラスに、もがきながら必死に体をぶつけているそれを見ながら、パチュリーはゆっくりと、言い聞かせるように、子供をしつけるように、拾ってきた子猫をあやすかのように……。

 

「いらっしゃい。ようこそ魔理沙」












小話とはまた違う雰囲気のものになったので、別物として分けることにしました。
読み返すと展開が早いなぁ……何分時間が無いので焦って書きすぎですね。

今回のオチはいくつか解釈出来るようにしてあります。正解は決めてありますが敢えて書きません。
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