「嬢ちゃんよ。アラン男爵様と俺はどうしても話がしたいんだ」
商業ギルドに押しかけて大声で私にアラン様と話したいと訴えているのは鍛冶工房の親方のバッカスです。
「アラン様はお忙しいのです。
会いたいと言われて誰をも紹介するわけにはいかないのです」
平民が会いたいと言って簡単に貴族に会えるものでは無いんです。
だから、私はバッカスに諦めろと伝えます。
「俺は、アラン男爵様に合わなければならない理由があるんだ」
おかしいですね。普通の職人は自分から貴族に会おうとは思いません。
仮に勇気を振り絞って会いたいと直訴したとしてダメだと言われればすぐに諦めるはずなんです。
なんで、諦めないんですかね?
これは理由を聞くしか無いですね。
「バッカス様はどんな理由で領主様にお会いしたいんですか?」
「バッカス様?
俺に様はいらないぞ。バッカスでいい。
それで、理由か?
理由はこれだ」
これですか?
バッカスが突き出した手のひらには釘が乗っています。
釘ですよね??
「バッカスさん、私には釘しか見えないんですけど?」
「ああ、釘で間違いない。
この釘のことで俺はアラン男爵様とお会いしなければならないんだ」
釘のことなら鍛冶工房の親方のバッカスの方がアラン様よりよっぽど詳しいはずです。
バッカスが釘のことでアラン様に聞くことなんて無いはずです。
それに、釘程度のことでアラン様に時間を頂くわけには参りません。
「バッカスさん、釘のことなら鍛冶工房の親方のバッカスさん以上に詳しい人なんていないですよね。
釘のことで領主様に聞くことなんかあるんですか?」
「おうよ、俺は鍛冶屋だ。鉄や鉄で作る商品のことなら誰にも負けないぐらいに知識があるって思ってたさ。
だがな、この釘は違うんだ。
こんな釘があるはず無いんだ!」
あるはずの無い釘ですか?
でもバッカスの手の中にその釘はありますよね??
「バッカスさん、そのあるはずの無い釘はどこで手に入れたんですか?」
「カリナ、お前がそんな質問をすること自体がおかしいんだ。
これは商業ギルドから家に窓とドアの取り付けを依頼された大工に商業ギルドが支給した釘だぞ」
あ〜、アラン様に連れていかれた倉庫に入っていた釘ですね。
たしかに倉庫の中にある材料を使って未完成の家を職人に完成させて欲しいと言われましたね。
「すいません。思い出しました。
確かに未完成の家を完成させる依頼を大工たちに出しました。
その際に釘とかドアとか窓などの部材は商業ギルドが管理する倉庫のものをお渡ししましたね」
「やっぱりか、俺たちじゃこんな釘は作れないからな」
バッカス達じゃ作れない釘ですか?
もしかして不良品だと揶揄しているのでしょうか?
「バッカスさん、その釘になにか問題がありますか?」
あら怖い。そんなに怖い顔をしなくても良いと思うのですが。
「問題か!
問題は大ありだ。
この釘は俺たちの常識をはるかに超えているんだ」
「常識外の釘なんですか?」
見た目は普通の釘だと思うんですけどね
「論より証拠だ。これを見てみろ」
じゃら、じゃら、じゃら
バッカスが懐から取り出した皮袋から釘が何本も出てきます。
「ほら、これを見ればおかしいのが一目瞭然じゃないか」
いや、そう言われてもみんな普通の釘にしか見えないんですけど??
「馬鹿野郎。よく見てみろ」
私が呆れ顔なのが分かったのでしょう。
バッカスが怒りながら説明を始めます。
怒っているのに几帳面ですね。
釘を丁寧に並べてゆきます。
「こうやって並べればさすがに分かるだろう」
どうしましょう。
わかりません??
「ほら、見てみろ。どの釘も寸分の狂いもなく同じ長さで同じ太さだ。
こんな釘があってたまるか」
そういうことですか!
確かに並べられた釘はみな同じに見えます。
「いいか、これが普通の釘だ」
バッカスはもう一つの皮袋から釘を出して並べます。
確かにこちらの釘は微妙にひとつひとつ違いがあります。
「釘を作る手間を考えたらこの程度の精度で十分なんだ。
俺がおかしいって言ってる方の釘を作ろうと思ったらとんでもない手間がかかる。
バカみたいに高い釘になるんだ。
それなのに山のようにこんなに精度の高い釘があるんだ。
こんな精度の釘をこんなに作るなんて有り得ないんだよ。
わかったか!」
そうなんですね。
バッカスの言いたいことは分かりましたけどアラン様に会ってどうしたいんでしょうか?
「バッカスさん、おっしゃることは分かりましたけど、領主様に会ってなにを聞きたいんですか?」
「何って、分かりきったことを聞くな。
どうやったららこんな釘を量産できるかに決まってるだろう。
俺たちの知らない方法で作っているに決まってるんだ。
知らない技術を見せつけられたら知りたいに決まってるだろう」
そうですか。職人とはそういう物なんですね。
「それだけじゃ無い。これを見てみろ」
ひゃっ、刃物をいきなり突きつけないでくださいな。
「バッカスさん、刃物を突きつけるのは誤解を招きますよ」
「誤解?
おっと、すまなかったな。
だが、ここを見てみろ」
ここですか?
「もしかして刃が欠けてますか?」
「正解だ。釘を切断しようとしたら刃が欠けた。
こいつは釘ごときで刃が欠ける代物じゃ無いんだ。
それなのに刃が欠けたんだ。
わかるか、この釘はとんでもない代物だ。
この釘の材料の鉄で剣を作ったらすごい剣になるはずだ」
釘の話から剣の話になりましたね。
釘であらばどんなに凄くても所詮は釘なんですが、凄い剣ができると言われると大事ですか?
「分かりました。領主様に面会の予約を取りたいと思います。
時間は掛かるかと思いますが、面会できるように出来るだけのことはしますので暫くお待ち頂けますか?」
「暫くか?
暫くって何日ぐらいだよ」
「それは領主様のご都合次第ですので私からはなんとも言えません」
そう言って私はバッカスの目をじっと見つめます。
バッカスの視線と私の視線がぶつかります。
暫くの我慢比べの後でバッカスが視線を逸らします。
私の勝ちですね。
「ちっ、しょうがないな。
嬢ちゃんに任せるからなるべく早くアラン男爵様に会わせろよ」
良かったです。
バッカスが納得してくれたようです。
☆☆☆☆☆☆
そう思った私はどうやら浅はかだったみたいです。
数日後。
バッカスは問題の釘を材料に作った小刀を手に再び商業ギルドに押し寄せます。
そう、仲間の鍛冶工房の親方と共に押し寄せたのです。
問題の釘で作った小刀のあまりの性能の良さに全ての鍛冶工房の親方達が驚愕してバッカスに同調しました。
こうして私は急ぎ釘の件をアラン様に報告に上がることになったのでした。