「人が足りない」
俺は領主の執務室で思わず声を上げてしまう。
2千人以上の領民が暮らしているとはいえこの領都はまだ大きな村レベルだ。
これから合流してくる人間を加えれば2万人以上が暮らすことになるのでちょっとした街にはなるけどな。
だから、今は2千人が暮らしていければ良いと考えていたんだ。
着るものがあって、3食食べられて、雨露が凌げる家があれば良いってね。
でも、状況がそれを許してくれない。
まず、住民の2割を占めている孤児対策が必要だ。
今は新しい街での生活に慣れるのに精一杯なのでほっておいても問題は無いだろう。
だが、このまま落ち着けば何もしていない今の状況ではいずれは暇になる。
暇が過ぎれば良からぬ事をしでかすかもしれない。
孤児たちに仕事を与えれば暇にはならないだろう。
でも、孤児達が望まれる仕事は職人達の下働きがほとんどだ。
一旦職人の下働きを始めれば孤児達は職人になるために頑張りやがては職人として一人前になるかもしれない。
それ自体は喜ばしい事かも知れないが孤児達に教育をしてこの世界の進歩を加速させたいという俺の目的とは合致しないな。
孤児たちに教育を施せば彼らは将来はこの世界を発展させるための重要な人材の第一世代になれるのだからな。
なら、さっさと孤児達に教育を施せば良いんだがそれにも問題がある。
その教育を行うための教師が用意できないんだ。
正確には俺が行いたい教育内容を理解して孤児たちに教えられるだけの人材が居ないんだ。
なにしろこの世界では教育を受けられるのは貴族階級に加えて一部の裕福な平民だけだ。
なので教師の人数も限られている。
そして教師はある種の特権階級なのでプライドもあり孤児達を教えることを良しとはしないだろう。
しかもこの世界の教師が今教えている内容では俺が考えている教育はできない。
言語だって問題だ。
この星の言語では科学に関する語彙が圧倒的に足りないのだ。
だから人類銀河帝国の公用語から教えなければダメなんだ。
つまり教師の育成から始める必要があるんだ。
そして、それは教師を育成する教師が居ないということで堂々巡りの議論になってしまう。
その堂々巡りを打ち切る結論はあるんだ。
それは孤児達を職人に付けて手に職を付けさせることを優先するという案だ。
なにしろ、領都は出来かけの街で職人達はいくらいても足りないんだ。
孤児を抱えても抱えた分のコスト以上に儲けが増えるのは目に見えている以上職人達は喜んで孤児達を下働きとして雇うだろう。
孤児達を教育する教師が用意できない中では他に選択肢は無いんだ。
そう考えて俺は自分を納得させようとしているんだが、納得は出来ないな。
おれの目的はバグズによりこの星の人間が滅ぼされることを防ぐことにあるんだ。
いつバグズがこの星を発見するかわからない現状では少しでも早くこの星の文明を進める必要があるんだ。
(どうすれば良いと思う?)
チャンネルを開いたままで考えていたのでイーリスには俺の考えはだだ漏れだろう。
モニターしているに決まってるからな。
[艦長のお悩みはもっともですね。
教師が揃わなければ教育はできませんし、磨けば光るはずの原石を手に入れているのに磨かずに放出するのも勿体無い話です。
ですが、無いものは無いのです。
それを受け入れた上で対策を考える必要がありますね]
(対策か。具体的な案はあるのか?)
[まずは原石の選別を行う必要があるのでは有りませんか?]
孤児を選別して見込みの有る者に絞れば教師の数も少なくて済む。
それは俺も考えたさ。
考えたんだが……
[艦長のお気持ちも分かります。
子供達には教育を受ける権利があるとお考えなのですよね。
そして大人には子供達に教育を施す義務があるとも]
(そうだな。そう考えている)
[ただ、それは教育を受けられないことが生きていく上で大きなハンデになる世界の考えでは有りませんか?
この世界では職を得るために見習いになり仕事を覚えるというのもりっぱな教育です。
それに、艦長が連れてきた孤児はこの世界の孤児のほんの一部です。
大部分の孤児には艦長の手は及びません。
ですから、選別をすることに罪悪感を抱く必要は無いと思います]
イーリスの言っていることは正論だ。
それぐらいは俺だってわかるさ。
だいたい、最初は100人ぐらいしか連れてくる気は無かったんだ。
そう考えれば、俺が考えている教育の対象を100人に絞っても少しも可笑しいことは無いんだ。
[それに艦長は教育を施す子供を孤児だけに限定するお考えですか]
(それは家族でこの街に着いた子供にも教育を行うかという質問か?
それは難しい質問だな。
職人の子は職人になるための経験を積むことを望むだろう。
貴族の子弟はなおさらだ。
貴族として必要な教育を受けることを望むだろうな)
[でもそれではやがて貴族の子弟よりも孤児の方が優秀になってしまいます。
孤児以外の子供にも教育の機会を与えるべきでは有りませんか]
(私もそう思うな。
いや、思うというよりも貴族の子供にも教育をしてほしい。
孤児より劣る貴族では困るからね)
うへっ、リアが割り込んできたよ。
(違う。違うからな。私はイーリスに呼ばれて議論に参加したんだ。
アランのことを四六時中見ているわけではないぞ)
(そうか、ほっとしたよ)
(ふ〜ん、何にホッとしたのかな?)
(リア様、賢い淑女は殿方をあまり束縛いたしませんんよ)
(そうね。シャロンの言う通りね)
(それで艦長。どうしますか?)
(どうするって、適性を見極めて適性のある者を優先して教育するさ。
孤児以外の子供については親の考え次第だろう。
門戸は開いておいて同じように適正で選別するしか無いな。
でも、それ以前に教師の難題が解決していないな。
公用語を教えるとなると教えられるのはここにいる五人だけだ。
流石に教師をするような時間は無いだろう)
[そこは、鑑に積んである未開人向けの教育用機器を使用すればよろしいのではないでしょうか]
(イーリス、未開人向けの教育用機器ってなんだ?)
[恒星間航行用の船舶は惑星探査の任務も帯びていますので新たに発見した、人に連なる者達とコミュニケーションを図るための教育用機器が用意されています。
艦長が計画している往還機が使えるようになれば艦から教育用機器を持ち出して使うことが可能です]
また、オーパーツか。
帝国の公用語で教育するんだから今更かな。
(イーリスの提案について意見はあるかな?)
(((ありません)))
特に意見は無いか。
だが、リアの感情に怒りの揺らぎを感じるな。
未開人って言葉はマズかったな。
後でフォローが必要だな。
(それでは、イーリスの案で進めていくことにする。
イーリスとセリーナで選別のスキームを決めてくれ。
リアとシャロンには新しい教育について貴族達に説明する資料を作成してほしい。
ポイントはどこまで開示するかだな。
彼らの知らない言語や知識がてんこ盛りの教育だ。
子供達に習っていることを親に隠せともいえない以上、ある程度の開示は避けられない気がするんだ。
そのへんも含めて検討してほしい)
こうして、新たな教育に向けた思考錯誤の日々が始まることになるのだった。