「お頭、斥候が戻ってきやしたぜ」
タネンの奴、小走りで走りこんできたな。
随分と勇んでる感じだな。
まあ、今夜は獲物が随分と多いからな。
期待も高まるか。
戦いの前はそんなもんだな。
俺はそう思う。
もっとも昔は違ってたがな。
そんなことを考える俺の頭の中に初陣の記憶が浮かび上がる。
今では、決して感じない高揚と恐怖心が入り混じり口から胃が飛び出すんじゃ無いかというくらいの心の葛藤だ。
吐き気に襲われていたな。
嫌な記憶だ。
戦場に布陣して敵とにらみ合う。
恐怖を忘れるために大声で相手をののしった。
逃げ出さないためにひたすら大声をあげた。
そして突撃の合図だ。
ざわっ、空気が震えた。
そして、周りが走り出す。
俺も必死で敵に向かって走ったな。
いや、走るしか無かったんだ。
気を抜いたら味方に突き飛ばされて踏みつけられる。
そんな奴は何人もいた。
そしてそいつらは何人もの味方に踏みつけられて物言わぬ肉塊になった。
だから走る。
死にたくなければ走るんだ。
ひゅん、ひゅん
風をきる音。
必死に敵に向かって突っ込んで行く俺たちに降りかかる矢の音だ。
味方の走るスピードが上がる。
敵陣から飛んでくる矢で射る殺されたくなけれは走り抜いて敵に取り付くしか無いからな。
敵に取り付けば矢は飛んでこない。
そんな思い出必死に走る。
そして、目の前に敵の兵士が現れる。
俺たちと同じ目。狂気で歪んだ目で俺たちを見据えている。
その敵に向かって必死に剣を振り回す。
俺の中の恐怖が狂気に変わり始める。
なにも考えられずに剣を振り回す。
殺るか殺られるかだ。
そんな戦いを何度もした。
そんな修羅場をくぐって戦士は人の心を失ってゆく。
だから、今の俺たちには人の心なんか残っちゃいないのさ。
心の無い俺たちは戦いに恐怖を感じない。
敵を殺し、敵から奪う。
ワクワクするだけだ。
「お頭!」
「ああ、斥候が戻ってきたんだったな」
「そう、言いやしたぜ」
「そうか、判った。連れてこい」
「はっ、おい連れてくるんだ」
タネンの言葉で部下が走り去ってゆく。
「さてと、狩の時間だな」
今日の相手は単なる獲物だ。
何も恐れることはない。
狩りを楽しむか。
「お楽しみの時間ってやつですよ」
そうか、お楽しみの時間か。
確かにタネンの下卑た表情はお楽しみにワクワクしている小悪党の顔だな。
「お頭、連れてきました」
斥候に放っていた男達が小走りで近寄ってくると俺の前に膝まづく。
「それで、獲物はどんな感じなんだ?」
「隊長の読みどおりにこちらに近づいてきています。
予定している襲撃ポイントまでは後1時間ってとこです。」
「おい、俺は隊長じゃ無い。盗賊の頭だぞ。」
どいつもこいつも、脳筋で困ったもんだな。
だから扱いやすいところもあるんだがな。
「す、すいません」
「それで、どんな感じだ」
「はい、武器を持った兵士達を前と後ろに配して、真ん中の非戦闘員を守る陣形です。」
「平民達はどこにいるんだ?」
「平民達も真ん中にいました。」
「本当か? 貴族が平民を守っているのか?」
「はい、身なりの貧しいものも多く見受けられましたので確かです。」
「バカな奴らだな。平民など捨石にして先頭に置けば良いものを。
あいつらは矢除けの盾ぐらいしか使い道もないだろうにな」
「本当に物好きな奴らですね」
タネンと呆れ顔だ。
「本当だな。だがこちらには好都合だな。
おい、先頭の兵士達は盾を持っていたか?」
「いえ、革鎧に剣ぐらいです」
「そうか、まあ冒険者に扮してるんだろうな。
それなら、装備もそんなものだろうな」
「お頭、どうやら楽な戦いになりそうですね」
「ああ、弓隊だけで方がつきそうだな」
問題は兵士達を排除した後か。パニックを起こした群衆が暴走するのは少し面倒だな。
まあ、兵士達を射殺した後で降伏を勧告するか。
命を取らないといえば大人しく従うだろう。
「お頭、弓は100張りほど持ち込んでありますぜ。」
「そうか、矢はどのくらいあるんだ?」
「2000はありますぜ」
「なら、百人で五射もすれば制圧できるか」
「へい、そんなもんでしょうな。
それで、弓兵は道の左右に分けてこのあたりに50ずつ配しますぜ」
タネンはラフに書かれた地図の一点を指す。
「いいだろう、そこなら道から見て高台だしな。
間にある木々が兵を隠してもくれるからな。
不意打ちをするには完璧な場所だな。」
「それでは、弓兵はそこに配置しますが、歩兵はどうしやすか?
木が邪魔なので同じ場所に配するのはイマイチですぜ」
「歩兵は少し後ろのこの開けた場所で良いだろう。
なに、歩兵が戦うこともあるまい。
威圧のためにそこからゆっくりと進ませれば良い。
矢で兵士を排除すれば後は雑魚だ。
迫ってくる兵士を見れば大人しく降伏するだろうよ」
「おっしゃる通りですが、それだと歩兵の奴ら少し楽をしすぎじゃありやせんか?」
「たまにはいいだろう。楽が出来るなら楽をさせてやるさ」
俺はあの初陣をおもいだしてそうおもう。
必要も無いのにくそったれな経験をすることも無いだろう。
「へへへ、お優しい事で」
「別に優しいわけじゃ無い。簡単な戦いだってことだけだ」
「確かにそうですな。
では、兵を配置してまいります」
タネンは俺に一礼して下がって行く。
さて、俺も支度をするか。
俺は、従卒を呼びつけて鎧を俺の身に付けさせる。
盗賊だからな。鎧など過分かとも思ったがな。
命は一つだ。備えて悪いことも無いだろう。
「お頭、みな配置に着きました」
タネンが俺に告げる。
さてと、戦いの時間だな。
いや、違うか。
戦いになどならないな。
一方的な虐殺だ。
見えないところから矢が降り注ぐんだ。
何もできずにハリネズミだろう。
タネンも楽な戦いだと思っているようだしな。
いや違うか。
あいつは戦利品のことしか考えていないな。
俺が貴族の女を手に入れたことを随分と羨ましがっていたからな。
次は見目の良い貴族の女がいれば是非下げ渡しいただきたいと願っていたからな。
適当なのがいればくれてやるか。
「タネン、狩の時間だ。望みを叶えたければ励むんだな」
俺の言葉の意味がわかったんだろう。
タネンの目に欲望が浮かぶ。
「へい、お頭。獲物は一杯狩りますんで、分け前に期待しやすぜ」
そう言って飛び出していった。
現金なやつだ。
まあ、あれだけ気合が入っていれば励むか。
俺は、頭を一振りすると立ち上がる
さあ、狩りの時間だ!