生贄の少女と引きこもりドラゴン ~なに勝手に僕の周りに住んでるわけ!?~ 作:やーなん
「これは、使い物にならないわね」
僕を創り出した存在は、物心ついたばかりの僕にそう言った。
「あなたはそのままで良いのよ。
何もしなくたって、私はあなたを見捨てないわ」
僕を産み出した母さんは僕にそう言った。
惨めだった。
僕は失敗作で、試作品で、プロトタイプだった。
産まれながらの役立たずで、後から産まれる
惨めだった。
弟たちは優秀で、優しかった。
僕なんかを兄として慕ってくれる。何もしない僕を。
耐えられなかった。
だから僕は家出をした。
僕を創った存在が、僕を産み出した母さんが、目の届かない遠くへと。
幾多の次元を超えて、僕は安住の地を見つけた。
何もない大きな洞窟の中だ。
外はうるさいけど、中は静かだ。
このままずっと、誰にも関わらず眠っていたい。
誰の眼にも触れずに、ずっと、ずっと、静かに。
……でも、それが三日で終わるってのはどういうことだよ。
僕の寝床に、人間っぽいガキが入って来たんだけど。
両手には果物らしきものを幾つも抱えていた。
何がしたいんだよ、こいつ。
ジッとこっちを見てやがる。
気持ちわるいんだけど。
居心地が悪い。あっちいけよ。
人間は嫌いだ。
僕を創ったのは、大雑把に分類するなら人間だからだ。
多分このガキもそうだろう。
ただ、構造的に僕の知る人間とは違うようだ。
それ自体は珍しいことじゃない。
人間は多様性の生き物だ。
世界によって耳が付いてたり尻尾が有ったりするし。
だけど、このガキはそれらと比べても珍しい種族のようだ。
まず、発声器官が無いっぽい。
口は呼吸と食べ物を咀嚼して嚥下する為の器官に過ぎず、悲鳴すら上げることも不可能だろう。
それが一週間ほど観察して調査して判断したことだった。
その間ガキは何もせずに、ジッとしているだけだった。
何もしないのなら、それでいい。僕もいい加減慣れて来た。
所詮石ころと同じだ。僕の安寧を邪魔しないのなら、勝手にそこにいれば良い。
…………やっぱり、気が散る。
僕は繊細だから、ガキの呼吸も気になるんだよ。
僕は本来睡眠が必要ないようにデザインされてるから、意識しないと眠れないんだ。
そしたら、ガキが洞窟の端に横たわってぐったりしていた。
ああ、そうか。人間は食べないと生きていけない生き物だったっけ。
思い返せばこのガキが、何かを食べているところを見たことが無かった。
自分で持ってきた果物を食べればいいのに、大事そうに抱えているだけだ。
なんなら、この洞窟から出て行った様子も無かった。
何がしたいんだ、こいつ。
僕は訝しんだけど、やっぱりどうでも良いことだった。
試しに、こいつが持っている果物を食べてみる。
マズッ、なにこれ。
まあ品種改良もされていない原種の果物なんてこんなものか。
こんなの僕は要らない、ガキにくれてやることにした。
ガキはしばらくじたばたしてたけど、果物を呑み込むと大人しくなった。
こいつが居ると面倒だから、洞窟の外に放り捨てた。
多分、こいつには仲間がいる。
はぐれたか、追い出されたか知らないけど。
いずれにしろ、僕のところにいるよりはずっとマシだろ。
少し探せば、ガキの仲間の集落を見つけた。
僕はそこにガキを叩き返してきたわけだ。
これでゆっくり眠れる……。
…………おい、ガキ。
何でお前、またここに来てるんだよ。
§§§
無数に存在する世界の一つ。
文明の恩寵も届かぬ、果ての果ての放置された世界。
大型の魔獣が跋扈する地獄のような惑星があった。
そんな天からも見放された場所にも、人間は生きていた。
(おい、お前たちあれを見たか)
(ああ!! 黒い四つ足の魔獣だ!!)
その惑星の一角、閉ざされた深い森に住まう一族が居た。
(天から落ちて来たぞ!!)
(あの山に下りたぞッ、ここも捨てるほかないのか?)
彼らの会話に言葉は無く、頭部に備わった髪の毛が変化した触角を震わせて周囲とコミュニケーションを取っていた。
そんな彼らは、一か所に集まって話し合っていた。
この世界において、彼らは弱者だった。
森から出れば彼らの十倍以上も巨大な怪物たちが跋扈する地獄なのだ。
魔獣と称される化け物たちは、日夜食物連鎖に明け暮れている。
彼らは、その最底辺に位置する生物だった。
たった一匹を退けるだけでも、一族が半壊するなどざらだった。
(聞いたことが有る、あの山には竜神が住まうのだと。
それ故に、この森には魔獣どもが寄り付かぬと)
(長老、それは本当ですか!?)
年老いた一族の者が、若者たちに頷いて見せた。
(竜神様が目覚めたのならば、生贄を差し出して我らを見逃してもらうほかない)
(魔獣が生贄を差し出した程度で満足するわけないだろう!!)
(そうだ、俺たちの住処は俺たちで守らなければ!!)
血気盛んな若者たち。
しかし、長老は手にしていた杖の先を地面に打ち付けた。
カンッ、と音が鳴り、若者たちは静まり返った。
彼らは音に敏感な一族だった。魔獣の巨体は凄まじい音を生むからだ。
(無論、その間に村の場所を移す。
もっと森の外に近い場所に行かねばならないが……)
(竜神と戦って全滅するよりはマシか)
冷静になった若者たちは、肩を落として長老に従った。
(ルルル、こっちに来なさい)
長老が呼びかけると、木の葉を継ぎ足して作ったテントから少女がとことこと現れた。
(竜神様の生贄となれ。
今日までお前を育てた恩を一族に返すのだ)
ルルルと呼ばれた少女は、こくりと頷いた。
(やはり“声無し”ルルルが生贄か)
(仕方ないだろう、いざという時にあいつは邪魔になる)
若者たちも遣る瀬無さそうに少女を一瞥し会話を交わしていた。
ルルルは何も言わず、膝を突いて頭を下げた。
彼女は、一族の者でありながら他者と交信が出来なかった。
そんな彼女を育てていたのは他でもない。
いざという時の囮の為だった。一族の存続こそが、彼ら一族の大義だった。
一族の女たちはルルルを着飾って送り出した。
葉っぱを切り貼りした服から、戦士が纏う革の服を着せられた。
両手には彼らの主食である、果物を持てるだけ持たされた。
(さようなら、みんな)
そうして、ルルルは惜しむように見送ってくれる村の皆に別れを告げた。
(今日まで貴重な食料を分けてくれたみんなの為に、竜神様においしく食べて貰わないと……)
ルルルの両親は、彼女が物心つく前に魔獣の襲来で亡くなった。
彼らは声無しの彼女を平等に扱ってくれたのだ。
彼女が生贄に選ばれたことに、不満は無かった。
(ここが、竜神様のおわす洞窟……)
彼女は臆することなく山奥の洞窟に入って行った。
そして、そこに竜が居た。
くすんだ黒い鱗を持った巨大なドラゴンだった。
竜は暗闇の同化するように静かに、寝息も立てずに眠っていた。
(どうしよう、起こしちゃダメだよね)
ルルルは仕方なく、彼が起きるのを待つことにした。
彼女が洞窟の隅っこに座って、竜の起床を待った。
そして、目が合った。
(あ、起きた)
視線が合い、彼はルルルを観察するように目を細めた。
(どうぞ、お食べ下さい)
ルルルは果物を持って竜に近づいた。
頭部だけで彼女の全長はありそうな巨竜は、しかし目を背けるようにそっぽを向いた。
ルルルはそれを追うように、巨竜の顎の前にとととと小走りで向かう。
うっとおしそうに、竜の顔が右から左へと移動した。
ルルルも同じように移動した。その繰り返しだった。
(お腹空いてないのかな……)
あんまりしつこいと怒りを買うかもしれないので、ルルルは引き下がった。
洞窟の隅っこに戻り、そのまま竜のお腹が空くのを待つことにした。
竜はルルルをしばらく睨みつけていたが、すぐにどうでも良さそうに首を丸めて眠り始めた。
(早く食べてくれないかな……)
ルルルも膝を抱えて目を閉じた。
そして、自分の役目を全うする瞬間を待つことにした。
だけど、それはなかなかに訪れなかった。
(お日様が出て来た、これで五日目……)
ルルルは健気にも、ずっと待っていた。
飲まず食わずで洞窟の隅っこでただひたすらに、己の使命を全うする為に。
竜は最初と同じように、眠ったまま動かない。
ぐぅぅ、とルルルのお腹が鳴る。
でも持ってきた果物を食べるわけにはいかない。
仕方が無いので、彼女は村を出る時に持って来た木の実を食べて凌いだ。
それでもちっともお腹は膨れない。
(竜神さま、はやく、はやく私を食べて……)
彼女が飢餓感から洞窟に横たわり、その苦しみが早く終わることを願っていた。
そしてそれから二日、意識が朦朧とし始めた頃だった。
(……あれ、竜神さま?)
物音に、ルルルはうっすらと目を開けた。
むしゃ、むしゃ、と竜が果物を咀嚼していた。
(ああ、ようやくお腹が空いたんだ)
ルルルが安堵と共に脱力した時だった。
ぬぅ、と竜の顎が彼女に迫った。
(こんなに強そうなら、きっと痛くないよね……)
ルルルがそう思った直後、巨竜の顎が開いた。
彼女を丸のみしてもあり余る竜の口が、舌が、牙が、距離がゼロになる。
そして。
「うむぅ!?」
彼女の口に、竜の舌の先端がねじ込まれた。
舌先だけなら、細長いがそのまま押し込まれたら彼女の内側が破裂するのは目に見える体格差だった。
(苦しい、なんで、どうして!?
私を食べるんじゃなかったの!?)
ルルルが混乱していると、べちゃりと竜の舌の上に乗っていたペースト状の何かが彼女の顔に降りかかった。
(なにこれ、なにをしようとしているの!?)
顔中がべちゃべちゃになりながらも、ルルルは口内にそれが流し込まれていることに気づいた。
(もしかして、これって私に食べさせているの?)
赤ん坊に果物をすり潰して与えるのは、彼女の一族でもあったことだった。
竜は、彼女に食べ物を与えていたのだ。
「けほッ、けほッ」
食べ物が無くなると、竜の舌先が離れた。
ようやく息ができるようになり、彼女は果物でべたべたの顔を上げた。
すると、竜が再び口を開いた。
「帰れよ、これ以上僕を煩わせるな」
不思議な鳴き声だと、ルルルは思った。
「ちッ、やっぱり理解してないよ」
竜はそう吐き捨てると、ルルルの身体をその巨腕で鷲掴みにした。
そして、のそのそと外に出ると、巨大な翼を広げた。
(きゃああ!!)
ルルルは産まれて初めての浮力に困惑し、そして目を奪われた。
(すごい、お空を飛んでる……)
産まれてこの方、薄暗い森の中しか知らないルルルはこの世界の広大さに息を呑んでいた。
遠くの高原では巨獣同士がぶつかり合っていた。
地上の主と称される魔獣が、遠くで獲物を貪っている。
空を我が物顔で飛んでいる翼竜が、こっちを見た瞬間に逃げ去って行く。
(すごい、あのおっきな水たまりは何だろう)
海と言う名称すら知らない彼女は、ただただこの世界の美しさに見惚れていた。
そして、急に竜が高度を下げた。
(あ、皆だ!!)
森の外縁付近に新たな拠点を気づいた一族の皆を、彼女は視認した。
だが、同時に無視するには大きすぎる存在もそこにはいた。
(あれは、サーイだ!!)
全長にして50メートルの、四つ足の魔獣だった。
鎧のような皮膚を持ち、頭部に鋭い角を持つ怪物。
この魔獣一匹にさえ、彼女の一族の者達は太刀打ちできない。
そんな化け物を。
「邪魔だ、ウスノロ」
竜は上空から踏みつぶした。
どれだけ頑張っても、その皮膚に傷ひとつ付けられなかった一族の若者たちは唖然としていた。
「ほれ」
そんな彼らの前に、竜はルルルを投げ捨てた。
「もう僕のところに来るなよ」
竜はそう言って、飛び去って行った。
(ルルル、なぜお前は帰って来たのだ?)
(それが族長……)
戦いに出ていた若者たちが、話すことのできないルルルに代わって説明した。
(竜神様が、我らを守って下さったじゃと?)
(あれは間違いなく……)
(本当なのか、ルルル?)
族長の言葉に、ルルルは何度も頷いた。
(もしや、あの伝説は本当だったのか……)
(族長、伝説とは)
(この世を創った神の伝承じゃ。
黒き竜を眷属として、従えていると伝わっておる)
(神が眷属を我らに遣わしてくれたのですか!!)
(こうしてはおられん、もっとお近くにて我らが神に仕えるのじゃ!!)
ルルルは大人たちが何を言っているのか、半分も分かっていなかった。
やっぱり、あの竜はスゴイんだな、と思う程度だった。
(ルルルよ、竜神様はうら若き乙女にしか心許さぬと言う。
お前は引き続きかの御方の元に通い、誠心誠意その身を捧げるのじゃ)
族長の言葉に、こくり、とルルルは頷いた。
§§§
ガキだけかと思ったら、同族らしい連中も近くに来てる件について。
なんなのお前ら、嫌がらせなの?
今もガキが葉っぱみたいなので僕の鱗を擦ってるし。
何それお前、もしかして磨いてるつもりなの?
もしかしてこの間の、僕がお前たちを助けたとでも思ってるの?
バカらしい。
どこの世界でも人間って生き物は変わらないらしい。
信じたいことだけを信じる、哀れな生き物だ。
どうやら連中を観察してると、明確な意思疎通の方法があるらしい。
その方法があまりにも独特だから何言ってるか分からないけど。
どいつもこいつも頭にアホ毛が付いてるから、アホ毛族とでも呼んでやろうか。
辺境の蛮族風情に慕われたって嬉しくない。
僕はただ、そっとしておいてほしいだけなのに。
どうか僕に構わないでほしい。
他の寝床見つけるの面倒なんだ。
そう思っていると、ガキが果物を持って来た。
要らないよ、それマズいもん。
え、なにそれ、気持ちわる。汚いんだけど。
僕がそう言う風に食べるとでも思ってるの?
もう寝たふりしてよ。
…………もういい、分かったよ。
食べれば良いんだろ!! 三十日も毎日毎日うっとおしいんだよ!!
僕は舌先を伸ばして、ガキがわざわざ自分で咀嚼した果物を貰って呑み込んだ。
やっぱり、マズいよこれ。
誰かに関わるのって、しんどいなぁ。
作者通算四百話投稿記念のお話です。
最新作でアンケートした結果、選ばれたのがこの作品です。
とりあえず、一話。需要が有れば続きます。