生贄の少女と引きこもりドラゴン ~なに勝手に僕の周りに住んでるわけ!?~ 作:やーなん
なにやら、外が騒がしい。
言葉を話さないアホ毛族でも、慌ただしさは伝わるものだ。
まあ僕には関係ない。
欠伸をしながら眠ろうとした時だった。
なんだか、わらわらとアホ毛族の連中が洞窟の中に入ってくるじゃないか。
どいつもこいつも女子供ばかりだった。
なんだよお前ら、入ってくるなよ。うっとおしい。
僕がそう思っていると、アホ毛族の女どもは土下座みたいな姿勢になった。
(遶懃・樊ァ倥? √♀閨槭″縺上□縺輔>?? シ)
なんだこれ、未知の言語でのテレパシーか?
こいつらの会話方法はこれか。
ちょっと何を言ってるかわからないけど、翻訳魔法を使えば何とかなるかな。
えーと、チューニングはこれで良いかな。
(どうかお聞きください、竜神様!!)
(今この地に危険が迫っていますッ!!)
(地上の主がやってきたのです!!)
(どうか、子供たちと共に逃げてくださいッ!!)
(代償に私たちの身を捧げます)
いや要らないよ。お前たちなんか。
てか、地上の主ってなんだよ。
なんで僕がわざわざ逃げなきゃならないのさ。
どれどれ、地上の主とやらの姿を見てやろうじゃないか。
……は、何あれ。
§§§
(来たぞッ)
(来たぞ!! 地上の主だ!!)
森の外縁部、木の上で偵察を行っていたアホ毛族の若者たちが指を差す。
────そこには、この世のモノとは思えない醜悪なバケモノが居た。
それは、生物と言うのも憚れる冒涜的な肉の山だった。
ところで、深海魚のアンコウは交尾後にオスがメスに同化し、取り込まれることで知られている。
その肉の塊には、無数の生物が針山のように同化していた。
先日この森に現れたサーイが、巨大な犬のような生物の下半身が、翼竜の片翼が、それ以外にも数多の生物の一部が肉の山から突き出ていた。
後の神話において、このバケモノはこのように称される。
──大罪魔獣 “暴食”のベルモス。
この惑星を闊歩する、食物連鎖の頂点。
常軌を逸した七体の災厄の一つだった。
この怪物としか表現できないバケモノに遭遇したこの世界の生物の反応は、概ね一つだった。
(に、逃げるぞ、あんなのに勝てるわけがない!!)
(あんなものが、俺たちの住処に向かってきているのか……)
怪物はまだ森から遥か遠い位置にいるのに、その姿はハッキリとしていた。
恐怖に震え、放心する若者たち。
彼ら一族は、あの怪物にとって目にも映らぬ蟻も同然だった。
「なんだよあれ、どういう進化の過程をへたらあんなバケモノになるのさ」
のそのそ、と竜は洞窟に戻って体を丸めた。
「あんなのがいるなんて聞いてないんだけど」
彼は無意味な文句を誰にでもなく言いだした。
「あんなのがまっすぐこっちに来てるって?
冗談じゃないんだけれど」
相手はあらゆる常識を超えた怪物。
そんなのと争うには、彼には根本的な忌避感があった。
「よし、逃げよう。
どこかもっと別にいい寝床が見つかるでしょ」
彼にプライドなんて無かった。
そんものがあったら長年ヒキニートをしていない。
だが。
「何だよ、お前ら」
アホ毛族の女たちの後ろに隠れていた子供たちが、彼を見上げていた。
(りゅーじんさま!! おねがいです、とーちゃんをたすけて!!)
(おとうちゃんがいなくなるのやだぁ!!)
(おねがい、ぼくのたからもの、あげますから)
子供たちが、次々と思念を発する。
そんな子供たちを、女たちが慌てて諫めた。
「僕がお前たちなんかの情に流されると思ったのか?
僕はお前たちの守り神なんかじゃない、残念だったな」
竜は独り言でしかないとわかってながら、言い訳のようにそう言った。
「そもそもなんで僕が、お前たちなんかの為に戦わないといけないんだ」
馬鹿馬鹿しい、と彼はその選択肢を斬って捨てた。
そんな彼の心の蓋を開ける者はここには居なかった。
そう、ここには。
「いい加減、素直になったらどうだ。我が子よ」
その時、薄暗い洞窟の奥の闇が輪郭を持ち、人型を模った。
ヒトの両目に当たるところに、奈落のような赤い双眸が浮かぶ。
その異様な姿に、アホ毛族たちは震えあがった。
「……母さん、見てたの?」
「人間が存在するところに、悪は有り。
故に私から逃れられる人もまた無し」
闇の化身は、歌うように我が子にそう言った。
彼は引きこもった部屋に母親が入ってきた時みたいに気まずそうに顔を反らした。
「なあ我が子よ。悪の定義とはなんだ?」
「……邪悪を司る母さんが、それを問うの?」
「ああ、尤も私が司る悪は人間限定でな。
それは逆説的に言えば、悪の概念とは人間の専売特許なのだ」
例えば、猫がネズミをいたぶるのは邪悪だろうか?
温厚な生物に見える象にも、いじめは存在する。
それを、弱肉強食を誰が咎めるのだろうか?
悪とは結局、人間の価値観の中でしか意味を成さないのだ。
「だがもし自然界に悪があるとすれば、あの生き物に他ならないだろう」
「あれが、悪だって?」
「手あたり次第獲物を貪り、生物の自然のサイクルを破壊している。
最終的に自らをも破滅させる、人間の愚かさに近しい邪悪さだ」
狩人も、肉食動物も、必要以上の狩りを行わない。
すべてを狩りつくせば、待っているのは己の破滅だからだ。
「お前は、人類の尊厳の守護者として我が盟友に設計され、この私が産み出した。
お前はまだ悪を知らないこの無垢な者たちを見てどう思った?
お前はお前自身が否定しようと、自らの
「僕を焚きつけるつもりなの、母さん」
「まさか。だが、お前はそれで良いのかな?」
闇の輪郭が消え失せ、奈落の瞳が閉じられる。
邪悪の化身の気配が消える。彼の母が去ったのだ。
「まったく、母さんは何が言いたかったんだ」
ため息のように彼がそうぼやくと、彼は気づいた。
人間が本能的に恐れる闇に怯えているアホ毛族の女たちと違って、ルルルが彼の足にしがみ付いているのを。
それは、姿を見せた彼の母の化身に怯えているというよりは。
「お前、まさか!!」
(行かないで、竜神様!! 死んじゃヤダ!!)
彼女が話せず、言葉は通じなくとも、その意図は彼にも通じた。
「サルにも等しい辺境の蛮族の分際で!!
この僕を守ろうって言うのか!!」
竜は激怒した。
「お前は僕を、お前如き矮小な小娘に守られないといけないような、どうしようもないほどに救いがたい存在にするつもりなのかよ!!」
彼は引きこもりで、ニートで、資源を浪費するだけの不良債権で、この期に及んで少女に世話をされているダメドラゴンだった。
それでも、弱者のつもりはなかった。
ドラゴンという、人間が想像する最強の生物としてデザインされ、生み出されたという矜持がそうさせるのだ。
自分が侮蔑する人間なんぞに守られるなんて生き恥、彼には耐えられないのだ。
彼は少女を振り払い、洞窟の外へと飛び立った。
「そうだ、我が息子よ。
尊厳とは他者に保障されるものではなく、自ら勝ち取るものなのだよ」
洞窟の奥で闇の化身が慈しむように微笑んでいた。
§§§
(長老、あれは!!)
(おおお、竜神様が出陣なされた!!)
(やはり我らの守護神だ!!)
翼を広げ、空を飛び、森の外へ降り立つ黒竜の姿にアホ毛族は沸き立った。
「マジでデカいじゃん」
人間サイズからすれば巨竜としか表現できない彼が、見上げるサイズ。
それが地上の主と称されるバケモノの巨大さだった。
途方もないとはこのことだった。
知性も何も感じない、自然界が産み出した邪悪の存在はその巨体を這いずるように進んでいる。
醜いとしか形容できない肉の塊が、全てを飲み込もうと進んでいる。
「まあ所詮。デカいだけの下等生物だよね」
自分の敵ではない、その時彼はそう思った。
「燃えろよ、汚物」
彼の合図で、詠唱を必要としない魔法が何十と火を噴いた。
設置型の魔法が発動し、爆音を鳴らす。
空中に出現した魔法陣が砲台となり、榴弾の雨を降らした。
絶え間ない爆発に、肉の塊が震えた。
知性も、視界もあるのか不明瞭な怪物も、痛覚は存在するらしい。
冒涜的な肉塊が、反撃を試みる。
半ば同化していた獲物を切り離し、まるで吐き出すかのように射出した。
ただそれだけなら大したことが無いだろうが、吐き出したモノそのものの大きさと質量は尋常じゃなかった。
直径にして10メートルから30メートルの食いかけの獲物が四方八方に手あたり次第に吐き出されるのだ。
「うわ、本当に汚いじゃん……勘弁してよ」
森の方向へ飛んでくる肉片を魔法の障壁で防ぎながら、その攻撃方法に竜は嫌悪感を示した。
なぜなら、怪物の肉片は腐敗していた。
そこには蛆虫のような生物まで蠢いている始末だった。
「火力アップだ。焼却処分してやる」
竜は新たな魔法を行使する。
逆巻く火炎の竜巻が地面から出現し、怪物の巨体を焦がしていく。
しかしどれだけ火力を上げても、それは山火事が起こっても山そのものは健在なのと同じだった。
「あー、これ、全部焼くのにどれだけ掛かるかな」
彼はこの肉スライムとしか言いようのない巨大な肉塊を、どう消し去るか思案していた。
即ち、この怪物を一切脅威として認識していなかった。
その認識が大きな間違いだと、彼が思い知るまでほんの僅かだった。
彼はまだ理解していなかったのだ。
この惑星の、この世界の生物がどれほどイカレた進化を遂げているのかを。
戦いは竜の優勢で、進んでいたかのように見えた。
その身に宿る無尽蔵の魔力で、彼は汚物に触れることなく怪物を焼き尽くそうとしていた。
だが、相手に有効打を与えられないと理解した、いや、自分に害を及ぼせる存在が未だ存在していることに怪物は自身を次のプロセスへと移行させた。
即ち、自身の最適化だった。
「……は?」
その変化に、彼は呆気に取られた。
肉のスライムとしか言えない冒涜的な塊が、支えを失ったかのように、それこそぐちゃりと解けるように大地に広がった。
それは、腐敗した血肉と蛆虫をバケツでぶちまけた
かのようだった。
腐った血肉の中心に、怪物の本体が露出する。
腐敗した肉塊の正体は、豚ともイノシシともつかない生物だった。
不要な血肉を排して、ピンク色の筋が露出した怪物は皮膚や毛皮はまだできてなかった。
山のような巨体が、竜とほとんど変わらないサイズへと縮小したのだから当然だろう。
そんな怪物が、自身の無駄な血肉をげろげろと吐き出しながら、ようやく己の“敵”を視認した。
そこに理性は存在しなかった。
怪物が、いやケダモノとなった魔獣にそんなものは必要なかった。
自身ですら消費しきれないほどの大量のカロリーを失たケダモノは、ただ一つの欲望を満たすために行動した。
それは、勿論──食欲だ。
終わることなき飢餓感と空腹、満足することを知らない怪物はただただ食物を求める。
「な、お前ッ」
ケダモノは、手頃な位置に居た獲物に飛び掛かった。
躊躇いも、逡巡も、危機感も一切合切かなぐり捨てて、食欲の怪物は全てを食らおうとする。
「いい加減にしろよ、お前!!」
竜とケダモノの巨体がぶつかり合う。
そのまま押し倒して噛り付こうとする怪物を、竜が押しのけようと抵抗する。
尋常ではないその力に、マズイ、と竜は思った。
恐ろしいことに、おぞましいことに、ケダモノは今この瞬間に全てを賭していた。
仮に十秒後に死ぬとしても、今の食欲を優先している。
ケダモノにリミッターなど無かった。全ての瞬間がフルパワーで、完全燃焼だった。
ただ只管に、生きたい、という純粋な邪悪を全うする食物連鎖の化身が、最強の生物としてデザインされた竜を凌駕しようとしていた。
「ふざけるなよ、お前!!
下等生物の分際でッ!!」
足りない。
必死さが足りない。
生きる意志が足りない。
戦う目的が足りない。
自分が下等と蔑む生物に、完璧であれと創られた自分が劣ろうとしている。
そんな事実が、この土壇場で恐怖となって彼を苛んだ。
それも当然だろう。
だって、彼は命を賭して戦ったことなどなかったのだから。
最初から最強で、最後まで無敵であれと望まれた彼に敵は居なかった。
全てにおいて最初から勝利していて、相手は最後に敗北している。
生まれながらにして最強、それが竜だと、そう決まっているのだから。
「ねえ」
だから、彼は自分の造物主が不思議そうにしている声を聞いた。
「なんで私たちが与えた固有スキルを使用しないの?
やろうと思えば、そんな害獣なんていつでも消し炭にできるのに」
「うるさい、黙れ!!」
「あなたは確かに失敗作だけど、そんな害獣に負けるように創ってないわ。
しかたないけど、あなたを失うよりは余程マシだわ。
私も失敗作にも失敗作なりの活用方法を考えてあげるから」
「気色悪いんだよ!! 善意でそれを言ってるのがなお気持ち悪い!!」
「まさか、後ろの連中を気にしてるの?
あなた自身だって価値を見出していない連中の為に敗北を選ぶの?
それこそ馬鹿馬鹿しいじゃない」
人間を、シミュレーションゲームのNPC程度にしか思っていない造物主は、微笑ましいものを見るような態度で彼にこう言った。
「安心しなさい、あなたが壊しても、私が作り直してあげるわ」
「僕を馬鹿にするのもいい加減にしろ!!」
「でもほら、彼らもうすぐ全滅しちゃうわよ」
「……え?」
彼は見た。
そんな余裕なんて無いのに、見てしまった。
(くそッ、きりがないぞ!!)
(魔獣どもを洞窟に寄せ付けるな!!)
彼が引きこもっていた洞窟には、無数の蛆虫が押し寄せていた。
そのサイズは一匹が小さくても三メートル以上と、悪夢のような光景だった。
アホ毛族の若者たちが、懸命にそれと戦っていた。
「あ……」
ぷちり、と彼は自分の中で何かが切れる音がした。
「あなたの下らないこだわりのせいで、また犠牲が出たわね」
もはや、彼にそんな言葉は届かなかった。
「うん、やっぱり失敗作ね」
遥か遠くの次元から、設計通りの性能を発揮したのを見届け、彼の造物主はそう断じた。
「こんなの、危なすぎて使い物にならないもの」
ちなみに今作はなろう系を意識してます。
今更言うまでも無いですが、この性格がクッソ最悪な造物主とやらは、作者のシリーズではおなじみのあの御方です。
彼女のモットーはトライ&エラーなので、当然主人公のような個体も存在するわけです。当人にとっては迷惑でしょうが。
それでは、需要があるなら、続きを書きます。
では、できればまた!!