ようこそ凡人がいく実力至上主義の教室へ   作:神威 

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プロローグ

 入学式。

 その四文字の音を聞いて、人々は一体何を思い浮かべるのだろうか。

 これから始まる新しい学校生活に対する、期待と不安が入り混じった複雑な感情を膨らませる者もいれば、勉学や部活動、あるいは友情や恋愛といった、いわゆる青春とやらに身を焦がそうと胸を躍らせる者もいるだろう。

 斯く言う俺も、柄にもなくこの入学というイベントを楽しみにしているタチだった。

何なら楽しみが過ぎて昨日の夜はろくに眠ることができず、おかげさまで現在のコンディションは絵に描いたような睡眠不足だ。まあ、今年で16歳になる未成年が、これから送るであろう未知の学校生活を前にして心を躍らせていたとしても、そこは多めに見てもらいたい。何せ俺にとって、これは「初めての学校」なのだから。

 四月。

 俺はこの先、3年間という長い時間を在籍することになるであろう学校へ向かうため、路線バスに揺られていた。

 窓際の座席に腰掛け、車体の小刻みな振動に身を任せる。車窓から差し込む春の柔らかな日光が心地よく肌を焼き、俺は半分睡魔と戦いながら、手元にある小説のページをめくって読書にふけっていた。

 そういえば、俺がこれから通うことになる学校について、少しばかり説明をしておこう。

 学校の名は、高度育成高等学校。

 その代わりと言ってはなんだが、在学中の3年間は外部との連絡を一切断たれ、学校の敷地内から一歩も出ることを許されない完全な全寮制という徹底ぶりだ。しかし、60万平方メートルを超える広大な敷地内にはあらゆる商業施設が揃っており、さながら一つの小さな街を形成しているという。何不自由なく過ごすことができる楽園、というのが世間の評だった。

 まあ、そんな世にも奇妙で至れり尽くせりな学校があるんだなと、頭の片隅にでも置いておいてほしい。

 

・進学、就職率がほぼ100%

 

 この甘美な情報についてだが、俺は個人的に半分は偽りで、半分は本当のことなのだろうと踏んでいる。

 根拠は単純だ。もしこの文句が文字通り完璧に正しいのだとしたら、どんな劣等生であれ卒業生は全員、希望通りの進路を手に入れられることになる。だが、いくらなんでも話が出来過ぎている。あの現実主義の塊である日本政府が運営している学校が、そんなボランティアのような真似をするはずがない。

 だから俺が導き出した結論は――とある『一部の条件を満たした生徒のみ』が、この情報通りの恩恵を受けられる、という答えだ。あくまで現時点での俺の推測に過ぎないが、これが真実か否かは、そう遠くない未来に身を以て知ることになるだろう。

 目的地への到着を待ちながら、俺は再び読みかけの小説に意識を集中させ、活字の海に目を通そうとした。

 ……と、言いたいところだったが、どうにもさっきから近くに立っている老婆の存在が気になってしまい、読書に集中できない。車内は通勤・通学のラッシュもあってかなり混雑している。その中で、吊り革に掴まる老婆の手元はおぼつかなく、バスがカーブを曲がるたびに今にも転倒しそうなほど足元がフラフラと揺れていて危なっかしい。

それとなく周りの様子を伺ってみるが、乗客の誰も彼もがスマホに目を落とし、見て見ぬ振りを決め込んでいる。

 そんな中、老婆のすぐ隣に立っていたOL風の女性が、すっと眉をひそめて視線を動かした。彼女の視線の先には、優先席にどっかりと偉そうに腰を下ろしているガタイの良い金髪の若者がいる。というより、その制服のデザインを見る限り、俺と同じ学校の生徒――つまり今年から同級生になる男のようだ。

 OL風の女性の表情には明らかな不快感が滲んでおり、今にも彼に声をかけそうな雰囲気を孕んでいた。

 

「そこの――」

 

 女性が口を開きかけた、まさにその瞬間。

 

 

「おばあさん、良かったら私の席をどうぞ」

 

 俺は座席から腰を浮かせ、声をかけようとしていたOL風の女性の視線を遮るようにして、老婆の前に立った。

 予想外の割り込みに、OL風の女性と老婆が同時に驚いたような表情を見せるが、そんな周囲の視線は無視だ。

 

「え、ええのかい? お兄ちゃん……」

「ええ、どうぞ。足元が危ないですから」

「ありがとうねぇ、本当にありがとう……」

 

 老婆に何度も何度も深々と頭を下げられながら、俺は混雑する車内を少しだけかき分け、彼女を自分が座っていた空席へと誘導した。老婆がしっかりと席に腰を下ろしたのを見届けると、俺は手すりへと移動し、再び手元の小説へと視線を落とした。

 我ながら、お節介な真似をしたと思う。

 だが、恐らくあのまま事態の推移を見守っていれば、車内は面倒で居づらい空気に包まれていただろう。あの女性は金髪の男に優先席なのだから席を譲れと正論をぶつける気満々だったし、対する金髪の男のふてぶてしい態度を見る限り、素直に席を譲るようなタマには見えなかった。

 泥沼の揉め事に発展する前に、誰かが席を譲ってやれば丸く収まる話なのだ。残念ながらその場にいた大人たちを含め、誰もその貧乏くじを引こうとはしなかったため、結果として俺が動く羽目になったというわけだ。

 個人的に席を譲った理由としては、特にこれと言った大層な正義感があるわけではない。ただ……強いて言うなれば、あの人達に育てられた影響、というやつなのだろう。

 それから程なくして、バスは目的地へと到着した。

 扉が開き、乗客たちが一斉に吐き出される。バスを降りた俺たちの視界に飛び込んできたのは、重厚な天然石を連結加工して作られた、威厳溢れる巨大な校門だった。

 バスから降り立った、真新しい制服に身を包んだ少年少女たちは、緊張と期待の入り混じった表情で次々とその門をくぐり抜けていく。俺もまた、小さく息を吐き出し、その境界線を越えて敷地内へと足を踏み入れた。

 

 まずは自身の配属先となるクラスを確認しなければならない。

クラス分けが記載されているであろう掲示板へと足を向けると、案の定、そこには黒山の人だかりができていた。我先にと群がる生徒たちの波に今から突っ込めば、近づく前に押し戻されるか、あるいは人混みに押し潰されるかの二択だろう。

 

「こういうことなら、もっと早く見に来れば良かったな……」

 

 自分の見通しの甘さを軽く悔やみつつ、俺は人混みに加わるのを諦め、少し離れた後方の木陰で小説を開いて時間を潰すことにした。

 しばらくの時が過ぎると、あんなに溢れかえっていた掲示板の前の生徒たちも、波が引くように少なくなっていった。タイミングを見計らってパタンと本を閉じ、クラスを確認するために掲示板へと歩み寄る。

 上から順に視線を滑らせていき――目的の文字を見つけた。

 

「えっと……あった」

『柊 美輝』

 

 これが俺の名だ。そして俺の名前は、AでもBでもなく、Cクラスの欄にしっかりと記されていた。

 

 柊美輝。これが俺の名だ。俺の名はCクラスの方に記されていた。

 さて、行きますか。

 掲示板の前から静かに立ち去り、俺はこれから自分の居場所となるであろうCクラスの教室へ向けて、ゆっくりと歩みを進めた。




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