ようこそ凡人がいく実力至上主義の教室へ   作:神威 

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第9話 中間テスト

 すべての授業が終わり、待望の放課後を迎える。

 今日は木曜日。いよいよ、明日からは待ちに待った中間テスト本番がスタートする。

 最後のホームルームを終え、担任の坂上先生が教室から退出した直後、張り詰めていた緊張感を解くようにクラスメイトたちが一斉に席を立ち、教室から出始めた。

 

「柊くん、いよいよ明日から中間テストですね」

「ああ、そうだな」

「石崎くんたちの仕上がり具合はどうですか?」

 

 椎名が心配そうに、教室の後方で何やら手応えを感じている風の石崎たちへと視線を向ける。昨日までは、彼らを引き連れて毎日のように図書室へ通い詰めていた。しかし、今日はテスト前日ということもあり、詰め込みすぎを防ぐために「各自で最終確認をするように」と昼休みのうちに指示を出しておいたのだ。

 

「かなり良いと思うぞ。俺の見立てでは、本番でも最低7割は硬いんじゃないかな」

 

 実は今日の昼休み、最後の総仕上げとしてオリジナルの確認テストを受けさせてみたのだが、3人ともコンスタントに8割以上の点数を叩き出していた。明日の中間テストでは、彼らにとって人生最高値とも言える良い点数が取れるはずだ。

 

「そうですか、それは良かったです。……あれ? ということは、今日は彼らの勉強は見ないのですか?」

「直前になって新しい知識を入れても混乱するだけだからな。今日は各自でリラックスしてやるように言ってある」

「ふふ、なるほど……では、今日は久しぶりに一緒に帰りましょう?」

「ああ、ぜひ一緒に帰ろうか」

 

 俺と椎名は席から立ち上がり、鞄を肩にかけて教室を後にした。

 渡り廊下を進む途中、隣のDクラスの教室の前を通りかかると、中から何やら尋常ではない騒がしい歓声が漏れ聞こえてきた。何事かと開いたドアから中を覗き込んでみれば、プリントの束を宝物のようにも愛おしそうに抱きしめている生徒がちらほらと見受けられる。突如として天から舞い降りた幸福に、喜びを爆発させているといった様子だ。

 

「……あの反応を見る限り」

「はい。どうやらDクラスの皆さんも、無事に過去問を入手されたようですね」

「これでとりあえずは学年全体から退学者が出ずに済みそうだな」

 

 過去問という究極の攻略法さえ手に入れば、どれだけ学力が低かろうと赤点は確実に回避できる。

 もっとも、それは一言一句間違えずに暗記すればという大前提があっての話だが。あそこまで狂喜乱舞している様子を見るに、彼らにとっても相当に首の皮一枚の状況だったのだろう。

 

「柊くん。もし良かったらこの後、一緒に勉強しませんか?」

「いいぞ、何処で勉強するんだ?」

 

 椎名の提案に乗る。椎名は勉強できるから一緒に勉強する必要はないと思うけど、まぁいいか。

 

「あの、柊くん。もし良かったらこの後……私の部屋で、一緒に最後の勉強をしませんか?」

「いいぞ……って、え? どこで?」

 

 椎名の口から飛び出したあまりにも自然な提案に、俺の脳が一瞬フリーズした。

 

「柊くんが嫌でなければ、私の部屋が良いなと思いまして」

 

 心臓の鼓動が一気に跳ね上がるのを感じつつも、俺たちはケヤキ並木を抜けて学生寮へと向かい、エレベーターに乗って彼女の部屋の前へと辿り着いた。

 

「お邪魔します……」

「はい、どうぞ。入ってください」

 

 椎名は何の衒いもなく部屋の鍵を開け、中へと招き入れてくれた。普通、年頃の女子高校生というのは、付き合ってもいない異性を自分のプライベートな部屋に入れることに多少なりの抵抗感や恥じらいを持つものではないのだろうか。

 しかし、椎名の態度にはそういった邪念のようなものが一切見受けられない。それが逆に、俺の緊張を煽ってくる。

 最初に誘われた時はさすがに男が女子の部屋に行くのはマズいと一応断ったのだが、どうしても数学の特定の発展問題について、柊くんの意見を聞きたいと熱心に食い下がられ、最終的に俺が折れる形になったのだ。

 

「今あたたかいお茶を淹れてきますので、適当にその辺りでくつろいで待っていてくださいね」

「ああ、わるいな」

「いえいえ、とんでもないです」

 

 椎名はパタパタと小気味よい足取りでキッチンへと向かっていった。

 俺は勧められたクッションの上に静かに腰を下ろし、そっと部屋の中を見渡した。女子の部屋特有のファンシーなぬいぐるみや小物はほとんど置いておらず、その代わりに部屋の一角に鎮座する大きな木製の本棚が圧倒的な存在感を放っていた。

 本棚に並んでいる背表紙を見ると、やはり大半が有名な古典海外ミステリーや重厚な推理小説で占められていたが、その片隅に、数冊の可愛らしい装丁の恋愛小説も混ざっているのを発見した。

 そんな彼女の意外な一面に、少しだけ親近感を覚えて心が和む。

 

「お待たせしました。さて、明日のために早速始めましょうか」

 

 大きめのマグカップを2つ乗せたお盆を手に、椎名が戻ってきた。ほのかに香るほうじ茶の香りが、部屋の中に優しく広がる。

 

「ありがとう。それで、勉強でどうしても聞きたいことって何なんだ?」

「ええと……ここなんです。自分なりに解いてみたんですけど、この導出プロセスで合っていますか?」

 

 椎名が机の上に広げたのは、数学の教科書の章末にあるハイレベルな発展問題だった。

 

「……なるほど。いや、すごいな。正解だぞ、椎名」

 

 その問題は、実質的に難関大学の入試問題レベルの思考力を要求される難問だった。これを自力で解き明かしている時点で、彼女の潜在的な学力がどれほど高いかが如実に理解できる。しかも、アプローチの異なる2通りの解答法を綺麗に導き出しており、どちらも非の打ち所がない。

 

「良かったです! あと、もう一つだけ……前回の小テストの、あの最後の3問の解説について、柊くんの解き方を詳しく教えていただけますか?」

「あぁ、構わないぞ」

 

 今度は前回の小テストの難問について解説を始める。

 しかし、教えている途中でも彼女の驚異的な理解力の高さが遺憾なく発揮され、俺がほんの少しヒントを提示しただけで、ものの数分で応用問題まで自力でスラスラと解けるようになってしまった。

 教える側としてはこの上なく優秀な生徒で助かるのだが、思い返せば、俺が初めてこのレベルの数式を完全に咀嚼して解けるようになるまでには、確か30分以上の試行錯誤を費やした記憶がある。

 この学校の寮の厳格な規則として、男子生徒が女子の居室エリアに滞在できるのは原則として20時までと定めらており、20時以降男子は女子のフロアに立ち入ることが制限されている。

 20時になる前に椎名の部屋を退出し、自分の部屋へと帰えなければならない。

 

「あ、もうすぐ7時半ですね」

「そうだな。そろそろ良い時間だし、俺はこれで失礼するよ。その前にコップは俺が洗わせてもらうな」

 

 俺はマグカップに残っていたほうじ茶を一気に飲み干し、席を立った。

 

「えっ、でも、私が片付けますから!」

「お茶を淹れてもらったんだ。これくらいは男手としてさせてくれ」

「……ふふ、そこまでおっしゃるのであれば、お言葉に甘えてお願いしますね」

 

 2人分のマグカップをキッチンへと運び、スポンジで丁寧に洗う。洗い終えた後、横に置かれていた水切りカゴの中に綺麗に並べた。

 

「柊くん、今日はわざわざありがとうございました」

「どういたしまして。俺の方こそ楽しかったよ」

「明日はいよいよ中間テストの本番です。お互いに全力を尽くして頑張りましょうね」

「おう、頑張ろうな。それじゃあ、また明日、教室で」

「はい、また明日」

 

 玄関のドアノブを握り、椎名の部屋を退出する。

扉が閉まる間際、見送ってくれる彼女が浮かべた小さな愛らしい笑顔と、胸の高さでパタパタと小さく手を振る仕草に、内心で猛烈に萌え死にそうになったのは絶対に内緒だ。

 

 

 

「欠席者は無し、全員揃っているね」

 

 翌朝、試験本番のホームルーム。担任の坂上先生が、静まり返った教室のホワイトボードに本日の過酷な試験スケジュールを淡々と書き込んでいく。

 

「高校生になり、諸君らが受ける初めての定期定期試験だ。赤点を取ったら即退学という学校側の厳格なルールに対し、少なからず不安や緊張を抱いている生徒も多いだろう。しかし、落ち着いて日頃の成果を発揮すれば恐れることはない。私は、我がCクラスの生徒全員が、この最初の関門を無事に乗り越えられると信じているよ」

 

 普段は淡々としている坂上先生だが、流石は教師と言うべきか。その静かで信頼を込めた言葉によって、不安と緊張でガチガチに強張っていた教室の空気が、目に見えて和らいでいくのが分かった。

 

「もし、今回の中間試験と、7月に実施される期末試験を無事に乗り越えた君達には――」

『うおおおおおおおおおおおお!』

 

 坂上先生が言葉を続けようとしたその瞬間、壁一枚を隔てた隣の教室から、地響きのような野獣の咆哮が響き渡り、先生の言葉を完全に遮った。声の主は間違いなく、過去問を手に入れて勝利を確信したDクラスの連中だ。あまりの騒がしさに、こちらのクラスの何人かが苦笑をもらしている。

 

「……コホン。話を戻そう。君達が中間、および期末試験を完全にクリアしたならば、夏休みには素晴らしい『バカンス』が約束されている。以上だ。各自、体調に気をつけて全力を尽くすように」

 

 坂上先生はそう締めくくり、朝のホームルームは終了した。

 バカンス、か。もし本当に豪華な旅行でも待っているなら最高に楽しみだが、この一筋縄ではいかない特殊な学校のことだ。どうにも裏があるような気がして性質上、素直に喜べない自分がいた。

 やがて1限目の試験監督の教師が入室し、教室内にはピンと張り詰めた静寂が戻る。裏返しの状態でプリントが全員に行き渡り、開始の合図とともに一斉に用紙を表へと返した。

 俺はまず、すぐに1問目を解き始めるのをグッと堪え、テスト用紙の全体を見通した。遊戯部の先輩から仕入れた過去問と全く同じ問題、あるいは数値だけを変えた類似問題がどれほどの割合で出題されているかを精査するためだ。

 予想通り、出題されている問題のほぼ全てが過去問と完全に一致していた。ひとまず大安心だ。一見しただけでは前々年の問題との違いが全く見当たらない。これは、過去問の解答をそのまま丸暗記してくれば、誰でも簡単に満点近い点数を叩き出せるレベルの明白な流用だった。

 カンニングと疑われない程度に視線を周囲に走らせてみたが、焦りで頭を抱えたり、困惑した様子を見せている生徒は一人もいない。最も心配だった赤点候補の石崎たちに目をやると、ペンが止まることなくスムーズに解答欄を埋めて進んでいた。

 そろそろ、問題を解いていくか。

 俺は周囲の平均点を見計らいつつ、目立たないような点数になるよう調整しながら、ゆっくりと解答欄を埋めていった。

 2限目、3限目、4限目と、英語、国語、社会といった主要教科のテストを順調に消化し、いよいよ最後の5限目である数学のテストを迎えた。

 小テストの時よりも遥かに難易度の高い数式や応用問題がずらりと並んでいたが、これも事前に頭に叩き込んだ過去問と寸分違わぬ内容だ。問題の本質的な意味を理解していなくとも、答えのパターンさえ覚えていれば機械的に解けてしまう。

 もっとも、石崎たちには最低限の基礎数式を叩き込み、直感的に分かりやすく教えておいたから、彼らであっても全体の6割以上の問題の意味はしっかりと理解して解けているはずだ。

 程なくして、全ての試験の終了を告げるチャイムが鳴り響いた。

 解答用紙が回収されると同時に、教室内は一気に解放感に包まれる。生徒たちが各自の席へ移動し始める中、石崎たちはすでに机を突き合わせて熱心に答え合わせを始めていた。すると彼らは俺の姿を見つけるなり、自信満々の笑みを浮かべてこちらへとドカドカと近づいてきた。

 

「なぁ柊! あの数学の最後の問題の答えはx=3,y=7で合ってるよな!?」

「……あぁ、正解だ。完璧だよ」

「しゃおらぁぁぁ!! 見たかよ小宮! 俺の勝ちだ!」

「マジかよ、柊の言う通りにやって正解だったわ!」

 

 自分たちの導き出した答えが見事に一致していたことが余程嬉しいのか、興奮冷めやらぬ彼らの凄まじい気迫に思わず気圧されてしまう。何はともあれ、これで大きな山場は超えた。あとは結果を待つのみだ。

 

 そして数日が流れ、本日はついに中間テストの採点結果が公式に発表される日を迎えた。

 教室の中は、運命の結果発表を前に固唾を呑んで担任を待つ生徒たちで溢れ、尋常ではない緊張感が蔓延していた。そこへ、いつも通り表情を崩さない坂上先生が、丸められた大きな模造紙を片手に持って入室してきた。

 

「諸君、おはよう。前置きは抜きにして、早速今回の中間試験の結果を発表する」

 

 先生の手によって、持ってきた模造紙がホワイトボードの中央へと豪快に貼り出された。そこには前回の小テストと同様、各教科ごとの点数と、上から成績順に生徒の名前がずらりとランキング形式で並んでいた。

 俺はまず、一番下、最下位のラインへと視線を落とした。そこには、全教科において綺麗に60点前後の点数をマークした俺の名前がしっかりと刻まれていた。

 この学校における赤点の境界線は、クラスの平均点を2で割った数値未満という絶対基準だ。仮にクラスの平均点が満点の100点だったとしても赤点ラインは50点。最下位である俺の点数が全て60点を超えている時点で、このCクラスに赤点を取って即退学になる生徒は実質的にゼロであることが確定した。

 その事実に、俺は胸の中でホッと大きな安堵の息を漏らした。

視線を下から上へと這わせていくと、中位グループの中に石崎、小宮、近藤の三人の名前を発見する。彼らの点数は驚くべきことに、全ての教科において見事に70点以上をマークしていた。

 

「うおおお! マジかよ、70点超えてるぞ!」

「勝った! 生き残ったぞ俺たち!」

 

 教室の後方で、3人が抱き合わんばかりの勢いで歓喜の声を上げている。入学早々、理不尽なルールで退学になることだけは誰もが避けたかったはずだ。彼らがここまで狂喜するのも無理はない。

 そんな彼らの微笑ましい様子から視線を外し、再びランキングの最上位へと目を向ける。そこには当然のように、金田と椎名の名前が並んでおり、2人とも全科目満点で同率1位に君臨していた。他にも数人の満点者がいたが、過去問というアドバンテージがなくとも、あの2人なら自力で満点をもぎ取ってきただろうと思わせる圧倒的な説得力があった。

 

「おめでとう、諸君。全科目のクラス平均点は80点以上だ。これほどの高得点を叩き出すとは、正直に言って私の予想を遥かに超えていたよ。よく頑張ったと君達を称えよう。この調子で、次の期末試験も油断せず臨んでくれ。以上で朝のホームルームを終了する」

 

 坂上先生は満足そうに微笑むと、そのまま教室から出て行った。

先生の姿が見えなくなった直後、待ってましたとばかりに龍園翔が、巨漢の山田アルベルトを背後に従えて悠然と教壇の上に立った。

 

「ククッ、よくやったと褒めてやりたいところだが……学校側がそんなに甘くねえことくらい、お前らにも分かってるだろ? 今回は過去問っていうイージーな攻略法で乗り越えられたが、次も同じ手が通用すると思うなよ。次は自力で勉強しろ。……勿論、俺がこの前言ったルールについて、忘れた馬鹿はいねえよな?」

 

 龍園はクラスメイトたちを蛇のように鋭い視線で威圧しながら、後ろに控えるアルベルトに向けてパチンと指を鳴らした。アルベルトが巨体を揺らし、拳をポキポキと鳴らす。その圧倒的な武力の誇示に、クラスの生徒たちが一斉に身震いして萎縮した。まさに完璧な独裁者の構図だ。

 普通の学校なら一発で問題沙汰になるところだが、この特殊な学校だからこそ、彼のこのやり方が許され、機能してしまっているのだろう。

 

「わかっているならそれでいい」

 

 龍園は満足そうに口元を歪め、自分の席へと戻っていった。

 そして忘れてはいけないのが石崎たちの勉強の面倒を見た見返りとしての9000ポイント。これをしっかり徴収しなくては割に合わない。

 俺は手元の端末からメールで龍園を呼び出し、一足先に教室を出て男子トイレへと向かった。個室の壁に背中を預けてしばらく待っていると、程なくしてドアが開き、龍園が不敵な笑みを浮かべながら入ってきた。

 

「ほらよ。約束の褒美だ」

 

 龍園は手慣れた動作で携帯端末を操作する。俺の端末に微かな通知音が響き、画面を確認すると、約束通り彼の口座から正確に9000ポイントが振り込まれているのが確認できた。

 

「あぁ、確かに着金を確認した」

「次も期待してるぜ、柊?」

 

 龍園は細められた瞳の奥に、得体の知れない鋭い敵意と、それを上回る絶対的な支配への自信を滾らせながら、俺の顔をじっと見据えてきた。

 どうやら龍園は、俺という存在を便利な道具として徹底的に利用し尽くすつもりのようだ。下手に暴力で押さえつけるよりも、ポイントという明確なエサをぶら下げて動かした方が、合理的かつ扱いやすいと判断したのだろう。

 どちらにせよ俺個人に実害が及ばない範囲であれば、彼にどれだけ利用されようが知ったことではない。

 クラスの権力闘争において、誰が上で誰が下かなど、正直言って俺にはどうでもいい。

 ただ、今後龍園がどのように成長していくか少しばかり興味があった。




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