ようこそ凡人がいく実力至上主義の教室へ   作:神威 

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第12話 ひよりとの外出

「お邪魔します」

 

 自室のドアを開け、ひよりを中に迎え入れる。

 どちらの部屋で料理をするか少しだけ玄関前で相談したのだが、結果として俺の部屋で食事をとることに落ち着いた。

 つい先日は彼女の部屋に招かれ、今度は自分のプライベートな空間に彼女を招き入れることになるなんて。本当に人生、いつどこで何が起こるか分からないものだ。

 

「あまり、物が置かれていない部屋ですね」

 

 ひよりはパタパタと中に入り、物珍しそうに視線を巡らせる。

 その言葉の通り、俺の部屋には必要最低限の私物しかなく、学校から支給された備品や最低限の家具がポツンと置かれているだけだった。あるとすれば、棚に綺麗に並べられた数冊の本と、申し訳程度の食器類くらいだ。

 

「昔から物欲が少なくてな。……よし、それじゃあ早速取り掛かろうか」

「はい! では、私はお野菜を切るのを担当しますね」

「頼む」

 

 スーパーで買ってきたばかりの玉ねぎや三つ葉をひよりに手渡し、俺は手際よく親子丼の命とも言える特製タレの調合と、新鮮な卵の準備に取りかかる。

 続いて、メインの鶏もも肉をまな板の上にどっかと乗せた。いつもなら自分一人分の適当な量で済ませるところだが、今回は隣にひよりがいる。心を込めて、二人分の肉を均等な一口サイズへと切り分けていく。

 すべての肉を切り終えたタイミングで、フライパンに薄く油をひいて熱し、鶏肉を一気に投入した。ジューシーな音を立てる肉を中火でじっくりと炒めつつ、空いたまな板と包丁を軽く水洗いし、ちょうど隣で野菜を洗い終えたひよりへと手渡す。

 鶏肉の表面が綺麗なキツネ色に変わり、中に火が通り始めた絶妙なタイミングで、ひよりから手際よく刻まれた野菜を受け取ってフライパンへ加え、さらに全体を炒め合わせていく。

 ふと隣を見れば、ひよりが手慣れた様子でお椀を用意し、セットの味噌汁を作ってくれていた。

 焦げ付かないようにフライパンへ意識を戻すと全体にバランスよく火が通ったのを確認し、先ほど黄金比率で調合しておいたタレを一気に回し入れた。全体にタレの旨味を馴染ませたら、すかさず蓋をして弱火でじっくりと煮込んでいく。

 数分ほど煮込み、出汁の汁気が程よく少なくなってきたところで蓋を外し、ヘラで軽く全体を混ぜてから、溶き卵を回し入れた。その瞬間、出汁の甘辛い香ばしい匂いが湯気と共にふわっと立ち上り、鼻腔を心地よくくすぐる。猛烈に食欲をそそられる瞬間だ。

 

「美輝くん、すごく手慣れていますね」

「ん? あぁ……実は12歳の頃からずっと自炊をやってたからな」

 

 この学校に入学する前は、諸事情により週に2回のペースで、なんと7人分もの大量の料理を1人で黙々と作り続けてきた経験がある。それに比べれば、たった2人分の親子丼なんてサクッと引くほど簡単に作れてしまう。

 半熟のトロトロになった卵を確認し、どんぶりに盛った温かいご飯の上へ豪快に滑らせれば、特製親子丼の完成だ。

 

「こっちはバッチリ終わったぞ。ひよりの方はどうだ? 終わりそうか?」

「はい、こちらも今ちょうど出来上がりました」

 

 ひよりはお椀に温かい味噌汁を丁寧に注ぎ、ローテーブルへと静かに並べた。

すべての料理がテーブルに揃ったところで、俺たちはクッションに腰を下ろし、手を合わせた。

 

「「いただきます」」

 

 箸を入れ、一斉に口へと運ぶ。

 

「……! この親子丼、すっごく美味しいです、美輝くん!」

「ありがとう。ひよりが作ってくれたこの味噌汁も、出汁が効いてて最高に美味いぞ」

 

 お世辞抜きで、信じられないほど美味い。優しく五臓六腑に染み渡るような味付けだ。ひよりは将来、間違いなく素敵ないいお嫁さんになるだろうな、などと場違いな妄想が頭をよぎる。

 

「あの、美輝くん。明日の土曜日は、何か予定が入っていたりしますか?」

「明日か? いや、特に何も予定はないぞ。完全に空いてる」

「それは良かったです! もし良ければ明日、近くの公園で一緒に外での読書をしませんか?」

 

 美味そうに親子丼を口に運んでいたその瞬間、ひよりの口から飛び出したあまりにも魅力的なお出かけの誘いに、俺の手の中の箸がピタリと止まった。

 

「……いいな、それ。うん、ぜひ明日行こう」

「はいっ! ふふ、今からとっても楽しみですね」

 

 ひよりは弾けるような満面の笑顔を浮かべてそう言った。

 普段、教室や人前ではあまり感情を表に出さないタイプのひよりだが、こうして俺と2人きりで過ごしている時は、驚くほど表情が豊かになる。その破壊的なギャップに、俺の心臓がこれまでに何度撃ち抜かれてきたか、もう数え切ることすらできない。

 しかし、冷静になって考えてみれば、ひよりと図書室に何度も通ってはいるものの、週末に二人きりで外へ出かけるのはこれが正真正銘の初めてのことだ。

 世間一般的に男女が出かけることはデートと呼ばれているのでは、とそんな浮ついた思考が脳裏をよぎり、だらしなくニヤけそうになる顔をグッと堪えてポーカーフェイスを維持する。

 ひより本人は、純粋にお気に入りの本を一緒に自然の中で読みたいという気持ちだけで誘ってくれたはずだし、下心や他意はないはずだ。そう思いながら彼女の様子をチラリと横目で盗み見てみると、彼女もほんのりと頬を赤く染め、どこか嬉しそうに上機嫌なオーラを醸し出していた。

 ひよりがこれだけ楽しそうにしてくれているなら、細かい定義なんてどうでもいいか。

 俺は雑念を振り払い、幸せな味に包まれながら食事を再開した。

 

 

 翌朝。携帯端末から大音量で鳴り響く目覚ましのアラームに反応し、俺の意識はスッキリと覚醒した。

 アラームを素早く止め、ベッドから勢いよく起き上がって窓の大きなカーテンを引く。眩いばかりの鮮やかな朝日が部屋いっぱいに差し込んできて、そのあまりの眩しさに思わず目を細めた。絶好の外出日和だ。

 時計を確認すると、現在時刻は朝の7時30分。ひよりとの約束の時間は9時だ。

 まだ丸々1時間30分もの悠長な時間がある。俺はシャワーを浴び、ゆっくりと時間をかけて準備に取りかかった。

身 支度を完全に終え、自室のソファーで何となく時間を潰していると、約束の時間まで残り25分を切っていることに気づいた。少し早いが、そろそろ現地へ向かうとしよう。

 部屋を出てエレベーターに乗り込み、1階へ降りて学生寮の入り口付近のロビーでひよりが来るのを待つ。

 ちなみに、この時点で約束の20分前だ。内心、ひよりとの初めての外出が楽しみすぎて、落ち着かずに早く来すぎてしまったのは、男のプライドにかけてここだけの内緒である。

 

「おはようございます、美輝くん。……あれ、すみません、もしかしてずいぶんお待たせしてしまいましたか?」

 

 ロビーのソファーの近くで佇んでいると、自動ドアの方からひよりが小走りでやってきた。

 

「おはよう、ひより。いや、俺もついさっき部屋を出てここに来たところだから、そんなに待ってないぞ」

 

 ファッションに関する専門的な知識が乏しいため、上手い言葉で表現するのがもどかしいが、夏用にデザインされたであろう清楚な白いロングワンピースに、脚のラインを綺麗に見せる黒タイツ。まさにおしとやかな雰囲気のひよりにぴったりで、もの凄く似合っていた。

 

「そうですか、良かったです。それでは美輝くん、今日一日、よろしくお願いしますね」

「あぁ、俺の方こそよろしくな、ひより」

「はいっ」

 

 今こうして隣を歩いているひよりの可憐な私服姿に対し、男としてここはストレートに褒めるべきだろうかと激しく葛藤する。

 確か昔、母さんが「女性の私服姿の変化に気づいて褒めるのは、男の当然のマナーだし、言われた方は絶対に嬉しいものよ」と語っていたのを思い出した。

 

「……あー、言うのが少し遅くなったけど。その服、すごくよく似合ってるぞ」

 

 意を決して、少しぶっきらぼうに言葉を絞り出してみる。

 突然のストレートな称賛に、ひよりは一瞬ぽかんと目を丸くして驚いたが、次の瞬間には耳まで真っ赤にして恥じらうように嬉しそうに微笑んだ。

 

「あ……あ、ありがとうございます……! 美輝くんにそう言っていただけて、すごく……すごく嬉しいです。ふふ、美輝くんの私服姿も、とっても格好良くて似合っていますよ?」

「お、おう……ありがとう」

 

 予想以上に最高のリアクションが返ってきて何よりだ。心臓に悪い。

 

「確か、公園に行く前に一度ケヤキモールの書店に寄るんだったよな」

「はい! まずはお互いに、今一番おすすめしたい本を1冊ずつ紹介して選びましょう」

「そうだな。じゃあ、行こうか」

 

 歩き出し際、俺はひよりの手元にある大きめの鞄を持とうと、自然な動作でスッと手を差し出した。海外のミステリー小説か何かで、「女性と出かける時は、男がスマートに荷物を持ってあげるべきだ」というエピソードを読んだ記憶があったからだ。

 しかし、ひよりは差し出された俺の手のひらをじっと見つめ、一瞬不思議そうな顔をした。そして、何か大きな勘違いをしたのか、意を決したような真剣な表情を浮かべると、俺の手のひらを自分の小さな手でギュッと力強く握りしめてきたのだ。

 ひよりの手は、男の無骨な手とはまるで違い、驚くほど細くて柔らかかった。

 

「……ええと、ひより? これは手を繋ぐんじゃなくて、ひよりのその重そうな荷物を持つよ、という意味で手を差し出したんだけど……」

「えっ!? あ……あ、そういう意味、だったのですか……っ!?」

 

 ひよりは一瞬にして顔面を林檎のように真っ赤に染め上げ、慌てて繋いだ手を離すと、放り出すように荷物を俺に渡してきた。

 勘違いからくる猛烈な恥ずかしさで赤面し、オロオロと取り乱しているひより。普段の冷静な彼女からは想像もつかないその可憐な姿に、俺の脳内は激しい萌えの感情で満たされた。

 

「それにしても、この鞄……随分と大きくて重い気がするが、一体何が入っているんだ?」

「……手作りの、サンドイッチですよ。読書の途中で、絶対にお腹が空くと思いましたので……美輝くんの分も含めて、今朝早起きして作ってきたんです」

「俺の分まで? ……作るの、大変だったんじゃないか?」

「いえ……美輝くんに、どうしても食べて欲しくて作ってきたんですけど……もしかして、迷惑でしたか?」

「全然迷惑なんかじゃない。むしろめちゃくちゃ嬉しい。ぜひ喜んで頂くよ」

「はいっ! では、気を取り直して行きましょう!」

 

 ひよりは再び満面の笑みを咲かせた。

 俺に食べて欲しくて、朝から早起きして手作り弁当を用意してくれただと……? 何なんだこの子は。動機がいちいち可愛すぎて眩しい。そんな極上のサプライズ発言にドギマギさせられながら、俺たちはケヤキモール内にある大型書店へと滑り込んだ。

 早速、お目当ての文学コーナーへと足を運ぶ。

 

「お互いにおすすめの本を1冊ずつ購入しましょう。買い終わったら広場でそれを交換して、お昼ご飯を済ませてから一緒に読み始める、というのはどうですか?」

「あぁ、いいプランだな。分かった」

 

 文学コーナーの棚には、分かりやすく今期の新刊や話題作が平積みされていた。その中で、ふと目に留まったある小説へと手を伸ばす。

 タイトルを確認し、本の裏表紙に書かれたあらすじを読み、帯に踊るキャッチコピーを精査する。かなり売れている作品のようで、大まかな世界観を理解した上で、冒頭の数ページを試し読みしてみた。

 読み進めるうちに、最初の一行から物語の独特な世界観へと強烈に引き込まれていく感覚があり、続きが猛烈に気になり始めた。

 そう思い、ひよりの方に目をやると凛々しく面白そうに本を読んでいる。そんなひよりの姿に目を奪われる程様に見えた。

 ふと隣にいるひよりの方へと目を向ける。彼女は背筋をピンと伸ばし、凛とした真剣な横顔で熱心に本のページを繰っていた。光の中に佇むその姿は、息を呑むほどに美しく、思わず目を奪われてしまうほどだった。

 俺はひよりから視線を外し、次の本を手に取って探索を続けた。

 さらに色々と読み進めているうちに、いつの間にか専門書コーナーへと迷い込んでおり、気がつけば『現代社会における税金の仕組み』について書かれたお堅い本を手に取っていた。知らない専門用語を目次から抜き出し、そこから知識を深めていく。やがて一通り読み終え、本を元の棚へと戻した。

 再び文庫コーナーへと戻る。

 気づけば入店からすでに30分以上が経過していたので、そろそろ購入する本を厳選する。

 

「よし、やっぱりこれが一番面白そうだな」

 

 最初に手にしたあの小説を再び取り、この本を購入することに決めた。他にも魅力的な本は多数あったが、この物語の続きはどうしても今すぐ知りたいし、何よりこの感動をひよりと共有したかった。

 厳選した究極の1冊を手にレジの方へと足を運ぶと、ちょうど同じタイミングでひよりがやってきた。

 

「美輝くんも、無事に選び終わりましたか?」

「ああ。ひよりもバッチリ決まったみたいだな」

 

 レジの列に並び、お互いに会計を素早く済ませると、俺たちは早々にケヤキモールを後にして、ひよりが事前に調べてくれていたという目的地の公園へと向かった。

 

「わあ……風がとっても気持ちいいですね」

 

 ひよりの案内に従って辿り着いたその公園は、想像以上に広大で、遮るもののない風通しの良い素晴らしい場所だった。おまけに、この時間帯は俺たち以外に人影が全く見当たらず、爽やかな夏の風の音と、周囲の木々がサワサワと鳴らす葉擦れの音だけが響いている。都会の喧騒を忘れさせるような圧倒的な心の安らぎを覚えた。

 俺はひよりに誘導されるまま、立派な一本の大きな木が作る涼しい木陰へと進んだ。ひよりは俺が持っていた大きな鞄から手際よくレジャーシートを取り出すと、青々とした芝生の上に広げてその上にちょこんと座った。

 

「さあ、美輝くんもどうぞ、隣に座ってください」

「それじゃあ失礼して……」

 

 シートの上に腰を下ろす。ひよりは俺が隣に座ったのを確認すると、さらに鞄の奥から可愛らしいバスケットの籠と、冷たい飲み物が入った水筒を取り出した。バスケットの蓋を開けると、中には断面が芸術的なほど綺麗に切り揃えられた、実に見事な手作りサンドイッチがぎっしりと詰められていた。どれも本当に美味そうだ。

 

「すごいな。どれも美味しそうだ」

「お口に合うかどうか少し不安ですが……どうぞ、遠慮なく召し上がってくださいね」

 

 中身を見てみると、定番のハムやツナ、卵サラダをはじめ、デザート感覚で食べられるイチゴジャムやブルーベリージャム生クリーム和えなど、バリエーションが非常に豊富だった。

 

「それじゃあ……ありがたく、頂きます」

 

 手を合わせ、まずは卵のサンドイッチを一切れ口へと運んだ。

 

「……どうですか?」

 

 ひよりが両手を胸の前で握りしめ、不安そうに上目遣いでこちらの反応を伺ってくる。

 

「美味い。冗談抜きで、お店で売ってるやつより遥かに美味いぞ。こんなに美味しいサンドイッチをわざわざ用意してくれて、本当にありがとうな、ひより」

「っ……! ふふ、そう言って喜んでいただけて、頑張って作った甲斐がありました」

 

 俺が心からの感謝の意を述べると、ひよりは張り詰めていた緊張を一気に解くように、本当に嬉しそうにくしゃりと笑った。その笑顔があまりにも魅力的で、俺はサンドイッチを食べる手を止めることなく、夢中で口へと運び続けた。

 

「ふぅ、ご馳走様でした。本当に美味かったよ、ひより」

「お粗末さまでした。美輝くんがいっぱい食べてくれて良かったです」

 

 大満足の昼食を終え、ゴミを綺麗に片付けた後、俺たちは先ほど書店で購入したばかりの本をいよいよ交換した。

 ひよりから手渡された小説をめくり始めると、それが実に素晴らしい作品だった。構成が緻密で、登場人物たちの細やかな感情の機微を描いた感動的な描写がいくつもあり、物語の中盤以降は所々で本気で涙が出そうになるほど惹き込まれた。

 お互いに完全な無言のまま、ただページをめくる音だけが響く贅沢な時間が2時間弱ほど流れただろうか。俺はようやくその一冊を完読し、深く長い余韻の息を吐き出した。普段はひよりと図書室の閉ざされた空間で読書をしているが、こうして豊かな自然に囲まれ、心地よい風を感じながら読む本は、また格別の味わいと心地よさがあった。

 

「ひよりの選んでくれたこの本、本当に最高だった。離れ離れになった主人公と飼い猫が奇跡の再会を果たすシーンや、そこから絶望を乗り越えて這い上がっていく描写がすごく感動的で、一気に読まされたよ」

「ふふ、良かったです。美輝くんが選んでくれた本も、不可解な密室事件に立ち向かう登場人物たちの息もつかせぬ鮮やかな推理のプロセスがとっても面白くて、私も時間を忘れて夢中になってしまいました」

 

 ひよりは読み終えたばかりの本を愛おしそうに胸にしっかりと抱きかかえながら、興奮気味に感想を語ってくれた。

 

「そうか。ひよりにも気に入ってもらえたなら、何よりだ」

 

 大きな木の下の木陰が、夏の強い直射日光を完璧に遮ってくれている。そこへ、時折通り抜ける爽やかで涼しい風が、俺たちの火照った頬を優しく撫でていく。その極上の心地よさと、満腹感、そして読書を終えた後の心地よい疲労感が重なり、不意に強烈な睡魔が襲ってきた。思わず小さな欠伸が出てしまう。

 

「美輝くん……もしかして、少し眠くなってしまいましたか?」

「ああ……すまん。ちょっと心地よすぎてな」

 

 時計を見れば、昼食を終えてからちょうど2時間ほどが経過している。生理的にも一番眠気が出やすい魔の時間帯だ。

 

「でしたら……ふふ、私の膝を貸してあげますので、ここで少し横になって休んでください」

「……えっ? いや、さすがにそれは悪いというか」

「良いんですよ? はい、どうぞ」

 

 ひよりは自分の膝の上をポンポンと軽く叩き、優しく微笑んだ。そこまで言われて拒否するのも無粋だろう。俺は少しの気恥ずかしさと心臓のバクつく音を感じつつ、意を決して自身の頭をゆっくりと彼女の膝の上へと預けた。

 ひよりの膝の上は、想像を絶するほど柔らかく、温かくて気持ちが良かった。包み込まれるような圧倒的な安心感がそこにはあった。さらに、俺が横になった瞬間、ひよりは細い指先で俺の髪をそっと優しく、労るように撫で始めてくれたのだ。その極上の愛撫によって、眠気はさらに限界突破していく。

 

「……悪い、ひより。それじゃあ、お言葉に甘えて少しだけ眠らせてもらうな……」

「ええ、どうぞ。何も気にせず、ゆっくりと休んでくださいね、美輝くん」

 

 髪を優しく撫でてくれる心地よい感触と、上から覗き込むように慈愛に満ちた優しい顔で微笑みかけてくれるひよりの姿は、まるで本物の女神様か何かの錯覚を覚えるほどに綺麗だった。

 そのあまりの美しさに見惚れつつも、急速に押し寄せる強烈な睡魔の波には抗えず、俺はゆっくりと、静かに目を閉じていった。頭を撫でられる至福の感触を全身で堪能しながら、俺の意識は段々と深い闇の奥へと遠のいていき、やがて穏やかな眠りへとついていくのだった。




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