ようこそ凡人がいく実力至上主義の教室へ   作:神威 

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大変お待たせしました。


第14話 柊美輝の正体

 放課後を迎えた特別棟の廊下は、日中の熱気がそのまま淀んで逃げ場を失い、いつにも増して蒸し暑かった。

 そんな不快指数が極限に達した空間へと足を踏み入れた石崎、小宮、近藤の3人の額からは、絶え間なく大粒の汗が伝い落ちていく。その汗が、校舎内の狂ったような暑さからくるものなのか、それともこれから始まる「命運を分けた接触」への極度の緊張感によるものなのかは定かではない。しかし、3人の表情は一様にコンクリートのように硬く強張っていた。

 事の始まりは、今日の昼休みの終わり際だった。

Dクラスの女子生徒である櫛田桔梗のから、石崎の携帯端末へ「放課後、特別棟にちょっと来てくれないかな?」という、不自然極めて甘いお誘いのメールが届いたのだ。

 文面のあまりの唐突さに、差出人が本当に櫛田本人なのか、あるいは裏で誰かが糸を引いているのか、石崎たちだけで判断することは到底できなかった。そのため3人は即座に、自分たちの後ろ盾である柊美輝へと連絡を入れ、指示を仰いだのだ。

 

「な、なぁ……本当に、本当に柊の言う通りにいくと思うか?」

 

 静まり返った廊下に、近藤が今にも破れそうなほど細く震える声で呟いた。その言葉に、小宮も縋り付くような同意を求めて声を重ねる。

 

「……大丈夫だろ。ここまで来ちまった以上、俺たちは柊の言うことを信じて突き進むしかねえよ。アイツの言った通りにしていれば、間違いねえ」

「そ、そうだよな……。でもさ、アイツって本当に何者なんだ? ただの同じ1年なのに、頭の回り方が尋常じゃねえっていうか……ぶっちゃけ、ちょっと底が知れなさすぎて不気味なレベルだろ……」

 

 3人はこの特別棟へ乗り込む直前、柊から緻密に計算された「対Dクラス用の具体的な作戦」と「相手が用意しているであろう罠」についてレクチャーを受けていた。

 その言葉を信じてこの場所に立っているものの、やはり当事者としての本能的な不安と恐怖は拭いきれないようだ。

 しかし、審議はもう目前に迫っている。ここまで来て無様に引き返す選択肢など存在しない。彼らは重い足取りを無理やり動かし、決戦の舞台へと歩みを進めた。

 そして、不気味に薄暗い特別棟の階段を上り終えたその先――。

 まるで全てを予測していたかのように、生徒会室の審議でも同席していたDクラスの男、綾小路清隆が、冷徹な瞳で3人を見下ろすように静かに佇んでいた。

 

「櫛田じゃなくなんでお前がここにいるんだよ?」

 

 石崎が事前の打ち合わせ通り、あえて苛立ちを前面に出した態度で噛みつく。すると、綾小路は表情を一切変えることなく、淡々と、しかし静かに答えた。

 

「櫛田はここに来ないぞ。アレは嘘だ。オレが彼女に頼んで無理やりお前たちにメールを送らせたんだ」

「それだったら何だよ。お前が俺たちをこんな人気のねえ場所に呼び出して、一体何の用事があるってんだよ」

「オレたちは、これからの審議の前に、お前たちと少し真面目な話し合いがしたかったんだ」

「話し合いだと? これ以上話たって意味はねえだろ。俺たちは須藤に呼び出され殴られたことに変わりはねえ。大人しくそれ相応の報いを受けろ」

「別にそんな議論するつもりはないさ。それは時間の無駄だ。DクラスもCクラスも絶対に主張を曲げないことは昨日散々語りつくしてわかってるからな」

「だったらなんだよ。俺たちはお前たちと話すことは何もない」

 

 石崎たちは回れ右をして立ち去ろうとする。しかし、そんな彼らの退路を断つように、廊下の奥からもう一つの軽快な足音が響き渡った。

 

「――おとなしく観念した方が良いと思うよ、君たち?」

 

 歌うような軽い足取りでこの場に姿を現したのは、Dクラスの人間ではない。なんと、常日頃から正義と平等を謳うBクラスのリーダー、一之瀬帆波だった。

 

「なんで部外者であるはずのBクラスのお前が、こんなところに首を突っ込んでやがるんだ!」

「それは私もこの件に一枚噛んでるから、とでも言っておこうかな?」

 

 この場に最も不似合いな少女の登場に、わざとらしいほど大きな動揺を見せる石崎たち。それを見下ろす一之瀬は、憐れむような、しかし確信に満ちた口調で淡々と説明を始めた。

 

「今回の暴力事件。本当は君たちが須藤くんに言いがかりをつけ、最初に暴力を振るったってこと。私たちには、全部お見通しなんだよね。その嘘を学校全体に明るみにされたくなかったら……今すぐ自分たちの非を認めて、学校への訴えを取り下げるべきだよ」

「訴えを取り下げるだ? ふざけたことを言うんじゃねえよ!」

「この学校が、日本でも有数の進学校で、政府公認だってことは知ってるよね?」

「それがどうしたって言うんだ」

「だったら、もう少しだけ頭を使わなきゃ。君たちが企てたお粗末な狙いなんて、最初から学校側にも私たちにも、全部バレバレなんだよ?」

 

 この緊迫した状況を完全に支配しているという優越感からか、一之瀬は楽しそうに、どんどん饒舌になっていく。完璧な笑顔を浮かべたまま、石崎たちの周囲をゆっくりと円を描くように歩きながら、揺さぶりをかける。

 

「今回の事件を知った直後の、学校側の対応……随分とおかしいと思わなかった? 普通、片方が一方的に怪我をしている被害届が出たら、須藤くんはすぐにその場で何らかの処分をされてしかるべきなのに。どうして学校は、数日間の執行猶予期間を与えて、私たちに解決のチャンスを与えたと思う? その明確な理由が、君たちには分かるかな?」

「……一体、何が言いたいんだ」

「単刀直入に言うと君たちが嘘をついたことに確実な証拠があるんだよね」

「……へぇー、じゃあ見せてもらうじゃねえか。その証拠をよ」

 

 石崎は、柊から事前に知らされていた「Dクラスが仕掛けてくるハッタリ」の瞬間が近づいていることを察し、挑発的にニヤリと笑った。

 

「この学校の至る所に監視カメラがあるのは知ってるよね? 教室や食堂、コンビニなんかにも設置されてあるの、何となく見たことあるでしょ? 私たちの普段の行いをチェックすることで不正を見逃さないようにしてる措置なんだよ」

「それがどうした」

「だったらさ。アレ、見えないかな?」

 

 一之瀬が自信満々に、この廊下の突き当たり近くの天井付近をビシッと指差した。一之瀬と綾小路の視線に引っ張られるように、石崎たち3人も、その指先へと一斉に視線を向けた。

 そこには、特別棟の薄暗い廊下を隅々まで見渡すように、時折不気味に左右へ自動で首を振る、いかにも最新式の『監視カメラ』が設置されていた。

 普通なら、この決定的な物的証拠の出現に驚愕し、絶望に顔を歪めるはずの場面だ。

 だが――。

 石崎たち3人は焦る素振りを一切見せないどころか、極めて冷静な、いや、むしろ嘲笑を隠しきれないように口角をわずかに釣り上げていたのだ。

 そのほんの些細な表情の変化を見逃さず、背後に立つ綾小路清隆の脳内に、冷や水を浴びせられたような不気味な『違和感』が走った。

 

(……おかしい。何故、この状況でこれほどまでに余裕を保っていられる……?)

 

 綾小路がその違和感の正体を精査するのに、さほどの時間は必要なかった。

 

「おかしいなぁ……。なんで、こんなところにカメラなんか設置されてるんだ? 俺たち、あの喧嘩の直後に『写真を撮ってまで』、この天井付近にカメラがないことを完璧に確認したんだけどな。なぁ、小宮も近藤も、しっかりと自分たちの目で確認したよな?」

 

 石崎がニヤニヤと同意を求めると、小宮と近藤はこれ以上ないほど馬鹿にしたような笑みを浮かべ、静かに首を横に振った。

 

「あぁ、間違いねえな。あの時、カメラなんて影も形もなかった。不自然なコンセントがぽつんとあっただけだ」

 

 その言葉が特別棟の廊下に響いた瞬間、綾小路はすべての構造を完全に理解した。

 

(――逆に、こちらが最初から嵌められていた、というわけか)

 

 石崎の口から飛び出した「写真を撮って確認した」という決定的な事実。

 事件当日、あるいはその直後の時点で、彼らはすでにこの特別棟に監視カメラが存在しないという物的証拠(写真データ)を確保していたのだ。つまり、今ここに堂々と設置されている監視カメラが、昨夜から今朝にかけてDクラスとBクラスの手によって捏造された「後付けの偽物」であるという動かぬ証拠を、彼らは最初から握り潰していたことになる。

 一之瀬の方を見れば、自分たちが用意した渾身の監視カメラのブラフが、完全に逆手に取られて自爆の引き金になっていることにすら、まだ気づいていない様子で立ち尽くしている。

 

「おい、一之瀬。どういうことなんだよ、これ? アレはお前らが、俺たちを陥れて脅迫するために、昨晩こっそり勝手に取り付けたおもちゃなんじゃねえのか?」

 

 石崎が勝利を確信し、一之瀬に向かって一歩詰め寄る。一之瀬は一瞬だけ表情を強張らせたものの、まだ状況を打開しようと、あっさりとしたトーンで反論を試みようとした。

 

「確かに、校舎の――」

「そこまでだ、一之瀬」

 

 彼女が言葉を紡ぎ切る寸前、背後から綾小路が彼女の肩を掴み、その制止に入った。

これ以上の長話と交渉は、自分たちの敗北の泥沼を深めるだけのリスクでしかない。そう瞬時に判断した綾小路は、一之瀬の耳元で「退くぞ、罠だ」と静かに囁いた。一之瀬は一瞬だけ驚愕の表情を浮かべたが、すぐに綾小路の言葉の持つ恐ろしい意味を完璧に理解したようで、悔しそうに唇を噛み締めながら、素直にその指示に従った。

 

「……分かった。オレたちはこれ以上、何も言わない。大人しく、今日の審議での処罰を受け入れるよ」

「そ、そうだね……。もうこれ以上、この場所で争う必要はなさそうだね」

「ああ、それじゃあ行くぞ」

 

 先ほどまでの圧倒的な強気な姿勢が嘘のように、2人は完全に戦意を喪失した様子を見せ、その場から背を向けて立ち去ろうとする。

 あまりにも急激な変わり身を見せた2人の背中を見送りながら、近藤がぽつりと呟いた。

 

「おい……一体あいつら、どうしちまったんだ?」

「さぁな? 俺たちの圧倒的なオーラにビビって逃げ出したんじゃねえの?」

「おい、それより時間だ! 審議開始まであと数分しかねえぞ!」

「やべえ、急ごうぜ!」

 

 3人は勝利の喜びに胸を躍らせながら、特別棟の階段を一気に駆け下り、生徒会室が設置された本校舎へと急ぎ足で向かっていった。

 

 

 その日の放課後、生徒会および学校側の厳格な審議のもと、正式な処分が下された。

粗暴な暴力を振るったDクラスの須藤健には「二週間の停学処分」。

 そして喧嘩に関与したCクラスの石崎、小宮、近藤の3人には「一週間の停学処分」。

さらに、この暴力沙汰に関する事実の隠蔽、および証拠の捏造に関わったペナルティーとして、Dクラスは保有するクラスポイントから50クラスポイントを、被害者側であるCクラスへと強制移譲するという、Cクラスにとってこれ以上ない完璧な大勝利での結着となった。

 

 

「そうか。大役、お疲れ様。また一週間後に、教室でな」

 

 俺は電話越しに石崎たちの労いの言葉を述べてから、静かに携帯の通話を切った。

 時刻はすでに午後7時を回っており、周囲はすっかり日が落ちて暗闇に包まれている。 

 ぽつぽつと灯り始めたオレンジ色の外灯の明かりだけが、俺が今ぽつんと腰掛けている公園のベンチを静かに照らし出していた。

 この広大な公園には現在、俺以外に人影は全くなく、夜の底知れない闇が一層深まっていくように感じられた。しかし、そんな寂しげな周囲の雰囲気とは裏腹に、今の俺の思考は、Dクラスに所属するとある一人の奇妙な生徒へと強く引き寄せられていた。

 

「──綾小路清隆、か」

 

 あのDクラスにおいて、クラスの中心人物である平田洋介、櫛田桔梗といった目立つ存在ではなく、ただの地味な一人の男子生徒。

 常に無気力で感情の読めない死んだような瞳、何事にも関心を示さないあの徹底的なポーカーフェイス。俺は入学当初から、彼をクラスの誰よりも『異質で危険な存在』として、密かに警戒の網を張っていた。

 きっと、今日の特別棟での俺の罠を瞬時に見抜き、一之瀬の口を塞いで即座に撤退の判断を下したのもあの生徒で間違いないそうだ。

 でなければ、引き際を見誤ったDクラスは、今頃もっと破滅的で重い処分を学校側から下されていただろうからな。

 一度ゆっくりと目を閉じ、首を後ろに傾けてから、再びゆっくりと目を見開く。視線の先には、満天の夜空に瞬く星々が広がっていた。

 高度育成高等学校という特殊な閉鎖空間のせいか、あるいはこの街の明かりのせいか、俺がこの学校に入学する前に世界中を転々と放浪していた頃に見上げた本物の星空に比べれば、その輝きは酷く頼りないものだった。だが、それでもこうして静かに見上げていれば、それなりに綺麗なものだと思える。

 そんな他愛のない感傷に浸っていると、背後の暗闇から、徐々にこちらへ近づいてくる明確な足音と気配を察知した。

 

「遅いぞ、龍園。呼び出した張本人が遅刻してどうするんだよ」

 

 暗闇を切り裂くように姿を現したのは、事前に連絡を取り合って待ち合わせをしていたクラスの支配者、龍園翔だった。

 

「ククッ……悪い悪い。ちょっと裏で、面倒な野暮用を片付けていてな」

 

 龍園は全く悪びれる様子もなく、不敵な笑みを浮かべながら俺の隣のベンチへとドサリと腰掛けた。そして、手に持っていた自販機用の温かい缶コーヒーを、俺に向けて無造作に放り投げてくる。

 俺はそれを右手で難なくキャッチすると、プルタブを静かに起こして、温かい液体を一口喉へと流し込んだ。龍園も同様に自身の缶をあけると、喉をゴクゴクと鳴らしながら豪快に飲み干した。

 

「それで……すべて、お前の描いた筋書き通りに上手くいったんだろうな?」

 

 龍園は缶コーヒーを片手に、先ほどまで俺が電話で話していた審議の結果についての話題を、楽しそうに振ってきた。

 

「もうすでに、石崎たちから直に結果の報告は受けているんじゃないのか?」

「ククッ……あいつらの口からじゃなく、この作戦の真の立案者であるお前の口から直接聞きたいと思ってな」

 

 挑戦的な、ギラギラとした肉食獣のような笑みを浮かべる龍園を見つめ、俺は小さくため息を吐き出した。

 

「結果は、須藤に二週間の停学。石崎たち3人には一週間の停学処分。そしてDクラスからCクラスに対して、50クラスポイントの移譲ということで、学校側との正式な決着がついたよ」

 

 俺の言葉を静かに聞いた龍園は、喉の奥で満足げにケタケタと笑った。しかし、その笑みも束の間。すぐにいつもの、底の知れない冷徹で不敵な表情へと戻る。

 そして、彼はじっと俺の横顔を見つめながら、試すように意外な言葉を漏らした。

 

「……Dクラスが最後の足掻きとして、あの特別棟に偽の監視カメラを仕掛けて脅迫してくること、お前は最初から全て見抜いていたようだな、柊?」

 

 石崎から事の次第を詳細に聞いていれば、龍園がその事実を知っていて当然だ。だが、それをわざわざここで口に出して俺を揺さぶろうとするあたり、何らかの意図や探りを入れたいという執念を感じる。

 

「たまたまだ」

「たまたまだぁ? ククッ……嘘を吐くなら、もう少しマシな言い訳を用意しやがれ。ただのたまたまで、事件直後の現場にあらかじめ写真を撮りに行くような狂った真似、普通の高校生がするわけがねえだろ?」

「……ただ単に、あのDクラスのブレインが、必ずこちらの足元を救うために証拠の偽造や捏造に手を染めてくるだろうと、事前にいくつかの可能性を予測していただけだ」

 

 例を挙げるなら、事件直後の現場を警察の鑑識が即座に捜査し、犯人が残したであろう物理的な証拠や足跡を写真に収めて確保しておくようなものだ。

 もし相手が監視カメラという決定的な切り札を偽造してくると予測していたからこそ、あの日、俺は特別棟の何もない天井のコンセントの写真を、アングルを変えて何枚も記録しておいたのだ。

 確かにあの場面において、学校を納得させる決定的な物的証拠をハッタリでも提示できれば、Dクラスにとっては一発逆転のチャンスだっただろう。だが、一歩間違えれば、自分たちの首を完璧に締め上げる両刃の剣。今回は、そのハッタリを逆手に取らせてもらった。

 

「やはり只者じゃねえな……一体お前は何者だ?」

 

 龍園から向けられる視線は、これまでになく鋭く、そして明確な強烈な支配欲が込められていた。

 

「入学早々、学校のSシステムの構造を完璧に見抜き、入学試験や小テストの裏の仕組みを解き明かした。中間試験の過去問奪取もお前が裏で糸を引いていた。おまけに、今回の絶対的不利な暴力事件の審議すら、お前は一人で盤面をひっくり返して50ポイントを毟り取った。それに――」

 

 龍園はそこで言葉を区切ると、獲物を値踏みするような凶暴な目で俺の全身を凝視した。

 その瞬間、俺の顔面を目がけて、龍園の手に持っていた缶コーヒーの中身が、凄まじい勢いと殺気と共に飛んできた。

 しかし、俺は一切の動揺を見せることなく、呼吸をするように自然な動作で首をわずかに横へ傾け、その茶色い液体をミリ単位の精度で避けた。地面にビチャビチャと茶色いシミが広がる。

 龍園は着地する前に、すかさず視界の死角から鋭い蹴りを追撃として放ってきたが、俺はその強烈な一撃を手首の最小限の動きでいなし、そのままフワリと後方へと跳躍して、十分なディスタンスを確保して着地した。

 

「ククッ……今の俺の不意打ちを、ここまで軽く、無傷で躱すかよ」

「……」

「お前が過去にどこで何をしていた何者かなんて、この際どうでもいい。だがな、Dクラス、Bクラス、そしてAクラスの坂柳のクソ女を完膚なきまでに叩き潰したその次は柊、お前だ。必ず俺の力で、お前を引きずり下ろし、屈服させて、徹底的に潰してやるよ」

 

 獰猛に牙を剥き出しにし、心底楽しそうに狂ったように笑う龍園。

 潰す、か。

 この、平和と平穏を求めるはずの学校において、またその懐かしい、血生臭い言葉を聞くことになるとは思わなかったな。

 

「──潰せるといいな」

「っ……!?」

 

 俺がほんの僅か、かつて修羅場で身に付けた極限の殺気を周囲に解放した瞬間、龍園の鋭い眼光が、本能的な恐怖によって一瞬だけ細く揺らいだ。しかし、彼はすぐに不敵な笑みを張り直し、その動揺を隠した。

 

「チッ……まぁいい。今日のところはここまでにしてやる」

 

 そう吐き捨てると、龍園はおもむろに携帯端末を取り出し、画面を数回タップして操作を始めた。

 その直後、俺のポケットの中の携帯端末から、プライベートポイントの着信音がピピッと静かに鳴り響いた。画面を確認すると、事前の約束以上の高額な報酬が振り込まれていた。

 

「……4万プライベートポイントほど、設定された取り分より多いぞ、龍園」

「あぁ? Dクラスから無傷で50クラスポイントを奪い取れたんだ。それによってCクラスが得られる価値を考えれば、これくらい当然のボーナスだろ」

 

 龍園のこういう、金払いが良く、能力のある人間に対して正当な報酬と評価を与えるという合理的な部分に関しては、俺も内心で結構な好感を持っていたりする。

 しかし、その傲慢なやり方と暴力的な態度には全く好感は持てないけれど。

 

「ヤツらを潰すまでお前を使ってやる。次も期待してるからな、柊」

 

 それだけを冷たく言い残し、龍園は暗闇の向こうへと、自分の寮へ向かって帰っていった。

 龍園の背中が完全に闇に消えるのを見届けた後、俺は再びベンチに静かに座り直し、温い缶コーヒーの残りを口に含みながら、ぼんやりと星空を眺めた。

 

「Dクラス荒れるだろうな」

 

 雀の涙ほどしか残されていなかったDクラスの保有ポイントは、今回の移譲ペナルティーによって、残り僅かになった。

 Dクラスに対して、ほんの少しの同情と申し訳なさを心の中で抱きつつも、俺は残りの缶コーヒーを一気に飲み干して立ち上がった。

 そして、静まり返った夜の通学路を、自分の帰るべき温かい部屋を目指して、ゆっくりと歩き出すのだった。




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