放課後を迎えた特別棟はいつにも増して蒸し暑い。
そんな蒸し暑い特別棟に赴いた石崎、小宮、近藤の三人の額から汗が伝う。その汗は暑さからくるものなのか、それとも緊張感によるものなのか定かではないが三人の表情は硬い。
昼休みの終わり頃にDクラスから動きがあった。それは櫛田というDクラスの女子生徒からお誘いのメールが来たのだ。文面からは差出人が本当に櫛田桔梗の本人なのかどうか判断することはできなかったがとりあえず石崎達は柊に報告することにした。
「な、なあ本当に上手くいくと思うか?」
不安げに近藤が呟くと小宮も同調したように答えた。
「大丈夫だろ。柊の言うことに信じるしか他はないだろ」
「そ、そうだよな……でもあいつって何者なんだ?なんか凄いやつなのはわかるんだけどさ……」
三人は特別棟に来る前に柊から作戦を聞いていた。そしてその作戦を聞いた上で乗り込もうとしているのだがやはり不安でならないようだ。しかしここまで来て引き返すわけにはいかないため重い足取りながらも目的地に向かうしかなかった。
そして階段を上り終えた先には生徒会室で対面したであろう綾小路清隆が石崎達を見下ろし待ち構えていた。
「櫛田じゃなくなんでお前がここにいるんだよ?」
そこで石崎が疑問を口にすると綾小路は答えた。
「櫛田はここに来ないぞ。アレは嘘だ。オレが彼女に頼んで無理やりメールさせた」
「それで? 何が目的なんだよ」
「思ったよりも理解が早くて助かる。オレたちは話し合いがしたかったんだよ」
「話し合いだと? これ以上話たって意味はねえだろ。俺たちは須藤に呼び出され殴られたことに変わりはねえ。大人しくそれ相応の報いを受けろ」
「別にそんな議論するつもりはないさ。それは時間の無駄だ。DクラスもCクラスも絶対に主張を曲げないことは昨日散々語りつくしてわかってるからな」
「だったらなんだよ。俺たちはお前たちと話すことは何もない」
石崎達は引き返そうとするが、もう一人の存在が邪魔をする。
「観念した方が良いと思うよ、君たち」
軽い足取りでこの場に姿を現したのはDクラスではなく、なんとBクラスの一之瀬帆波だった。
「どうして部外者である一之瀬がここに?」
「それは私もこの件に一枚噛んでるから、とでも言っておこうかな?」
この場にいるはずのない人物の登場に驚きを隠せない様子の石崎達に一之瀬は淡々と説明する。
「今回の事件、君たちが嘘をついたこと。最初に暴力を振るったこと、全部お見通しなんだよね。それを明るみにされたくなかったら今すぐ訴えを取り下げるべきだよ」
「訴えを取り下げるだ? ふざけたことを言うんじゃねえよ!」
「この学校が、日本でも有数の進学校で、政府公認だってことは知ってるよね?」
「それがどうしたって言うんだ」
「だったらもう少し頭使わないと。君たちの狙いなんて、最初からバレバレなんだよ?」
この状況を楽しむように、どんどん饒舌かつ楽しそうに笑顔をみせる一之瀬は石崎たちの周囲をゆっくりと歩きながら話す。
「今回の事件を知った学校側の対応、随分とおかしいと感じなかった?」
「どこがおかしいんだよ」
「君たちが学校側に訴えた時、どうして須藤くんがすぐに処罰されなかったのか。数日間の期間を与えて、挽回するチャンスを与えたのか。その理由は何だと思う?」
「……何が言いたい」
「単刀直入に言うと君たちが嘘をついたことに確実な証拠があるんだよね」
「……へぇー、じゃあ見せてもらうじゃねえか。その証拠をよ」
「この学校の至る所に監視カメラがあるのは知ってるよね? 教室や食堂、コンビニなんかにも設置されてあるの、何となく見たことあるでしょ? 私たちの普段の行いをチェックすることで不正を見逃さないようにしてる措置なんだよ」
「それがどうした」
「だったらさ。アレ、見えないかな?」
一之瀬がこの廊下の少し先にある天井付近に視線を向け、続け様に石崎たちも視線を向けた。
その視線の先には特別棟の廊下を、隅から隅へと監視するように、時折左右に首を振るカメラが設置されていた。
その事に焦る反応を見せると思いきや、石崎達は落ち着いた態度かつ僅かに口角が上がっていたことに綾小路は違和感を察した。
しかしその違和感の正体を察するのにさほど時間を要することはなかった。
「おかしいなあ。何でカメラなんかあるんだ? あの時写真を撮ってまでちゃんと見たのによ。なあお前らも確認したよな!」
石崎が同意を求めると小宮と近藤は静かに首を縦に振る。
その光景を目の当たりにした綾小路は確信した。
石崎達は事前に何かしらの策を講じていたのだ。
(逆にこちらが嵌められたというわけか)
石崎の発言から写真というキーワードが出たことで綾小路は悟る。
恐らく事件の後日に特別棟を撮影したのだろう。つまり特別棟に事件当日監視カメラが設置されていない証拠があるということになる。
一之瀬を見れば、設置した監視カメラが逆手に取られていることに気付いていないようだ。
「一之瀬、どういうことだ。アレはお前らが俺たちを嵌めようとして取り付けたんだろ?」
石崎が詰め寄るように尋ねると一之瀬はあっさりとした口調で答える。
「確かに校舎の」
「一之瀬」
一之瀬の答えようとした寸前、綾小路が止めに入った。
これ以上長話はリスクと判断した綾小路は一之瀬に耳打ちすると、彼女は少し驚いた表情を見せたが、綾小路の言ったことの意味を理解したようで素直にそれに従った。
「分かった。オレたちはこれ以上何も言わない。大人しく処罰を受けよう」
「そうだね。もうこれ以上争う必要はないかもね」
「ああ、それじゃ行くぞ」
2人は諦めた様子を見せ、その場から立ち去ろうとする。
いきなり様子の変わった2人に石崎達は不審感を抱くも特に気にすることはなかった。
「一体どうしたんだ?」
「さあ? 俺たちにビビったところじゃね?」
「あ! そろそろ時間がやべぞ!」
「急ごうぜ」
3人はそのまま階段を下っていき、少し急ぎ気味で生徒会へと向かった。
その日、須藤に二週間の停学、石崎、小宮、近藤の三人は一週間の停学、そしてDクラスは50クラスポイントをCクラスに移譲という処分が下されることになった。
「そうか。お疲れ様。また一週間後な」
俺は電話越しに労うと、静かに通話を切った。
日はもうすっかり落ちていて、外灯の明かりだけが今腰掛けているベンチを照らしている。
公園には俺以外に誰もいなく夜の闇が一層深まったように感じる。しかし、そんな暗い雰囲気とは裏腹に、今の俺の心はDクラスのとある生徒に関心を向けられていた。
「──綾小路清隆、か」
それは堀北鈴音、人気者の平田洋介や櫛田桔梗ではなく一人の男子生徒の名前だった。
無気力かつ無表情で、何事にも関心のないようなやつをクラスの中で誰よりも異質な生徒だと俺は少し警戒していた。
きっと今回の俺の策略に気づいたのも綾小路なのだろう。でなければ今頃Dクラスはもっと重い処分が下されていただろうからな。
1度目を瞑り首を上げて目を見開けば夜空に星々が見える。
都会であるせいかこの学校に来る前、転々と世界を回った時に見た景色に比べて輝きはない。だがそれでもこうして見上げれば綺麗なものだと思う。
そんなことを思っているうちに徐々に近付く気配を感じ取った。
「遅いぞ。呼び出した本人が遅刻してどうするんだよ」
暗闇の中から姿を現したのは、待ち合わせをしていた龍園だ。
「悪い悪い。ちょっと野暮用があってよ」
悪びれる様子もなく平然とした態度で隣に座ると、手に持っていた缶コーヒーを手渡してくる。
俺はそれを受け取るとプルタブを起こし一口飲む。
そして龍園も同じように缶コーヒーを開けると喉を鳴らして飲んだ。
「それで上手くいったのか?」
先ほどまでに電話で話していたことについての話題を振る。
もちろんそれは今日放課後に行われた審議についてだ。
「もう石崎に聞いてるんじゃないのか? 」
「お前の口から聞きたいと思ってな」
ニヤリとした笑みを浮かべる龍園を見て、俺は大きく息を吐いた。
「結果は須藤に二週間の停学とあいつら三人は一週間の停学、DクラスはCクラスに50クラスポイント移譲の罰で決着がついた」
俺の言葉を聞いた龍園は満足げに笑う。だがそれも一瞬のこと。すぐにいつもの不敵な笑顔に戻った。
そしてその不敵な笑顔のまま意外な言葉を漏らす。
「偽の監視カメラを仕掛けていたのはDクラスだってことを見抜いていたようだな」
石崎から聞いてるだろうから知っていて当然といえば当然か。しかしそれをわざわざ口に出すということは、何かしらの意図があるということなんだろうか。
「たまたまだ」
「たまたまだ? 嘘を吐くならもう少しマシなこと言ってくれよ。たまたまで事後現場を写真に収めるわけがないだろ」
「……薄々、Dクラスが証拠偽造をしてくるだろうと予想していただけだ」
例を挙げれば、事件後の現場を警察が捜査するように写真や犯人が残したと思われる証拠を確保したりする。
勿論、相手が何かしら現場に捏造してくると予測した上で写真を撮っておいたということもある。
だが、監視カメラを仕掛けるとは思い切ったことを考えるものだ。
確かにあの場で決定的な物的証拠があった方が後腐れもないが、一歩間違えれば自分の首を絞めかねない。
「やはり只者じゃねえな……一体お前は何者だ?」
探るような視線は鋭く、そして敵意が込められていた。
「入学早々Sシステムの仕組みに気付き、小テストの最後の三問は高一で解けるような問題じゃねえ。おまけに中間試験の攻略も即座に考えつき実行に移している。それに」
龍園は一度そこで言葉を切ると、まるで試すかのように俺の顔を見据える。
その瞬間、俺の顔面を目掛けて缶コーヒーの中身が勢いよく飛んできた。反射的に顔を傾け避けると地面に茶色い液体が広がる。
更に続きざまに迫る蹴りを難なくいなしながら、後ろに飛び退き距離を取った。
「ククっ。今の軽く躱すのか」
「……」
「この際お前が何者かは置いてやるが、Dクラス、Bクラスそして坂柳を潰した後は柊。必ず俺の手でお前を屈服させ、潰してやるよ」
獰猛に、そして楽しげに笑う龍園。
潰す、か。
ここに来てまたその言葉が聞けるとは思わなかった。
「──潰せるといいな」
「っ……」
少しばかり殺気を放てば龍園の鋭い眼光が僅かに揺らぐも、それは束の間。すぐに元に戻る。
「チッ、まあいい」
そう言うと龍園はおもむろに携帯端末を取り出し操作を始めた。
「ほらよ報酬だ」
丁度俺の端末に受信音が届く。
確認すると報酬額が振り込まれていた。
「4万多いぞ、龍園」
「あ? Dクラスから50クラスポイント奪えたんだ。それ相応の金額にはなるだろうが」
実は龍園のこういうところは結構好感を持ってたりする。やり方と態度に好感は持てないけど。
「ヤツらを潰すまでお前を使ってやる。次もしっかり頼むぜ」
それだけ言い残して龍園は自分の寮へと戻っていく。
龍園の背中を見送った俺はベンチに座り直しながら再び星空を眺める。
「Dクラス荒れるだろうな」
雀の涙ほどしか残っていないDクラスのクラスポイントだが、今回の事件で残り僅かになった。
Dクラスに同情と申し訳ない気持ちを抱きつつ、残りのコーヒーを飲み干すと立ち上がり、夜道を歩き出し寮に帰宅した。
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