翌日、Dクラスは不穏な空気が漂っていた。いつもは和気藹々とした雰囲気のDクラスの面々だが、今日に限って誰もが不満や怒りといった感情を隠そうともしていない。
「あー最悪。ようやくポイントが入ったと思ったら5000ポイント減っていたなんてさぁ」
「マジだよな。須藤のやつふざけんなよ!」
「俺たちが損してCクラスの連中だけ得するなんて納得いかねえぜ!」
そう言って不満を露わにしているのはいつも須藤とつるんでいた山内と池。
山内と池だけではない。クラスメイトの大半も今回の件に不満を抱いていた。
ただでさえ毎月支給されるプライベートポイントが雀の涙ほどしかないDクラスにとって今回の一件は非常に痛手だ。
「席に着けお前たち。SHRをはじめる」
Dクラスの担任である茶柱が教室に入り朝のSHRが始まる。
しかし生徒達の機嫌の悪さは収まらないようで中には舌打ちをする生徒もおり、それを平田は落ち着いた様子で皆を宥めている。まさに教室の空気は最悪と言えるだろう。
「さて、まずは昨日の審議の結果について報告しよう。結論から言うと須藤は二週間の停学処分、Cクラスの三人の生徒も停学処分が言い渡された。なお、Dクラスは50クラスポイントをCクラスに支払う事になった。質問はあるか?」
淡々と説明する茶柱の言葉を聞いて、生徒たちから疑問の声が上がる。
審議の結果は堀北から櫛田に通じてグループチャットにて伝えられているため全員が知っていることだ。
お互い停学処分が下されるのはまだ分かる。だがどうしてCクラスにクラスポイントを支払わなければならないのか。それが未だに理解できておらず納得がいかないようだ。
「先生、どうしてCクラスに50クラスポイント支払う事になったんですか?停学ならまだしもクラスポイントを支払う必要は無いと思いますけど……」
その疑問に平田が挙手し質問を投げかけ、茶柱はゆっくりとした口調で答えた。
「それは生徒の怪我の具合によるものだ。Cクラス側は負傷しており、怪我の状態から見ても生徒会は過剰防衛と判断を下した。よってペナルティが課せられることになった。この処置については学校側から正式に下されたものでそれを覆すことは出来ない。他に何かあるか?」
それを聞いた堀北は苦々しい表情を浮かべて唇を噛んだ。
完全無罪だと啖呵を切ったものの、訴えを取り下げることに失敗すればこうなることは薄々分かっていたはずだ。
綾小路がそう仕向けるように誘導させたとはいえ、それを見越した結果がコレなのだとしたら、やはり堀北の考えは甘かったと言わざるを得ないのか。
それでも仕方ないと言えば仕方ない。普通は偽の監視カメラを設置した偽装工作を見破る奴などそうそういない。いるとすればその手口に熟知してるか、かなり頭の回転が速い人間でなければ気づけない芸当だ。
つまり今回のケースでは一概に堀北が悪いとも言えないわけだ。シンプルに相手の方が1枚上手だった。それだけのことだろう。
しかし、綾小路にとって一つ解せない点がある。
Dクラスの企みに気付いた奴のことだ。当然、捏造した証拠だって揃えてる。審議で更に重い処罰を科すことだって可能だったはずなのに何故それをしなかったのか。
また脅迫し無理往生にあちらにしか得しないような取引や契約などを持ちかけることだって出来たはず。にも関わらずCクラスからそのような動向が見られないのはどういう理由なのか。
事実、柊はしっかりと証拠を持っている。
審議が延長された当日、柊はショッピングモールの閉店20分前に足を運び、従業員に頼み込んで防犯カメラをチェックさせてもらっていた。勿論、学校側に許可をもらいポイントを支払った上での行動だ。
それに加え購入した監視カメラの商品番号を把握。プライバシーの侵害の為、流石に購入者は教えてもらえなかったが、それでも購入者の所属クラスと購入日時などの情報は入手している。加えて調査した本人が知られないよう従業員に口止め料としてポイントを支払うという徹底ぶりだ。まさに抜かりがない。
そこまではっきりとした物的証拠を掴んでいる以上、Dクラスに勝ち筋はほぼないと言っても過言ではない。
だが、それをしなかった。何故だろうか。
龍園のやり方にしては些か甘い気もするが、それが逆に不気味でもある。
綾小路はもしや裏で動いてる人物が別にいるのではないかと懐疑心を抱き始めていた。
(今の段階で考えていても仕方ない。一旦時間を置いてから接触してくる可能性もある。ひとまず保留だな)
綾小路はそう結論づけると、それ以上考えることを止めた。
「……無いようだな。これでHRを終了する」
茶柱はそれだけ言うと早々に教室を出て行った。
「本当に須藤くん足でまといだよねー。せっかくのクラスポイントが減らされてさ」
「ホントだよ!マジ迷惑!」
「あいつのせいで50クラスポイント失ったってことだろ?ふざけんなって感じじゃんかよっ」
須藤を馬鹿にする言葉が次々と飛び交う中、平田は困り顔で須藤の席を見た。そこには誰も座っていない。今日から停学処分になっているため、須藤は学校に来ていないのだ。
「停学するくらいならいっそのことクラスのために退学してくれれば良かったのにね」
クラスメイトの一人がそう呟く。そしてそれに賛同するように多くのクラスメイトが首を縦に振っていた。
停学処分を受けている生徒に対してあまりにも酷い仕打ちだが、今の彼らにはそれを咎める者はいない。
「どうせ須藤くん反省とかしてないんだろうね?」
「多分してないんじゃないの。おれは悪くねえ。悪いのはCクラスの連中だって思ってると思うよ」
そんなやり取りを聞いている平田は複雑な心境のようで、悲しげな表情を見せていた。
「みんな落ち着いて。確かに僕たちには50クラスポイントを失ったけど、須藤くんはこれを機にちゃんと反省してると思うよ。だから停学期間が明けたら責めずに明るく迎えてあげよう」
「何言ってんだよ平田。あの須藤が反省するわけないだろ。でも反省してるっつーなら見せて欲しいぜ。じゃねぇと納得いかねえよなぁ」
「反省してますって態度で示してもらわないとこっちとしても許せないっていうかさ」
そう言いながら平田は皆を落ち着かせようとするが、効果は薄く火に油を注ぐかのように須藤に対する不満は募るばかりだ。
そんなクラスの様子を眺めていた堀北は自身の失態に歯噛みするしかなく、握りしめる拳に力が入り過ぎて僅かに震えていた。
そんな時だった。堀北の端末から通知音が鳴る。
確認してみるとそこには一通のチャットが届いていた。差出人は不明。素性不明の相手からの連絡に堀北は警戒の色を強めながらもチャットを開いた。
『監視カメラを仕掛けるとは中々面白い発想でした。どうやらBクラスと手を組んでいたようですが生憎Cクラスはお見通しだったようですね』
堀北は思わず息を呑んだ。
何故、この差出人は堀北たちの動向を知っているのか。何故、自分の連絡先を知っているのか。そんないくつもの疑問を抱きながらまずは返信を打ち込む。
『誰?』
すぐに既読が付き、返事が戻ってくる。
『私が誰なのかはご想像にお任せいたします。それよりも本題に入りましょうか。
須藤健は停学が明けたその日、クラスメイトから非難を浴びると予想されます。そうなった場合、孤立し部活動のレギュラーの件もあってより暴力的になり、また暴力事件を起こす可能性が高まるでしょう』
堀北はその文面を見て眉をひそめた。この人物は一体何を言っているのか。
この差出人がCクラスの生徒か直ぐに断言できる要素は薄い。だが、仮にそうだとしたら何故こんなことを堀北に告げてくるのだろうか。その意図が全く読めなかった。
隣の席の綾小路に目をやるも、端末を扱っておらずボーッと窓の外を見ているだけで何も知らない様子だ。
『あなたは何を言いたいの』
『あなたは二つの選択肢があります』
『選択?何を選べと』
『1つはここで須藤健を役立たずと切り捨ててしまうこと。もう1つが彼の短気な性格を改心させるように働きかけること。どちらを選ぶのかはあなたの自由です』
『意味がよく分からないわ。何故須藤くんのことで私にアドバイスをするのかしら。私は別に須藤くんとは友人ではないし、これ以上助けてあげる義理もないはずなのだけれど』
堀北としては当然の疑問だ。何故見も知らぬ相手に須藤を助けられるようなことを言われなければならないのか。この差出人が何を意図しているのか分からない。
『堀北学があなたに冷たい対応をする理由をお考えになられたらわかりますよ』
兄の名前が出てきて更に困惑を深める。益々意図が見えなくなってきた。
『いい加減にして。なんで兄のことまで知っているの』
『昨夜、寮の裏で偶然堀北学と話してるところを見かけました。でも兄妹の仲はあまり良好とは言えませんね』
昨夜、堀北は兄と話をしていた。しかし、会話の途中から兄の様子がおかしくなった。その違和感はあったのだが、まさかこの人物に見られていようとは。迂闊だった。
『あなたは一体何者なのかしら』
何者かを尋ねるも既読は付かずしばらく待っても返事はなくチャットのやり取りはそこで途切れた。
正体不明の人物から突然送られてきた謎のメッセージ。クラスポイントが50も減ってしまった原因である須藤を切り捨てるか救うかの選択を迫るもの。
堀北の心境は複雑だ。仲間や友達を必要としない孤高の一匹狼として生きてきた彼女には理解できない。
自分の力だけで問題を解決することが当たり前で他人など頼らない。常に兄に追いつくために努力し、そしてこの学校にやって来た。
それが今、クラスという小さな社会の中で問題に直面している。今まで彼女が経験してきたことのない出来事だ。
果たして自分はどちらの道を選択するべきなのか。
正体不明の差出人の言葉を鵜呑みにするわけではない。それでも堀北は真剣に考えざるを得なかった。
感想、評価お願いします。