「わぁ……本当に綺麗な川ですね」
木々の隙間をすり抜けたひよりの感嘆の声が、静かな森に溶けていく。
目の前に広がる川の辺りには、周囲の景観に溶け込むようにして不自然な形をした大岩が一つ鎮座しており、その表面には見慣れない電子装置が埋め込まれていた。これこそが、この無人島に散らばるスポットを占有するための認証端末だ。
本拠地としての占有宣言を行うためのキーカードは、先ほど小宮を走らせて取りに行かせている。カードが届くまでは占有手続きを完了させられないため、俺たちは小宮の到着を待つ必要があった。
俺はひとまず肩に担いでいた重いテントのパッケージを地面に下ろし、川のすぐ側まで近寄ってその状態を観察することにした。
川幅は約5メートル。陽光を浴びて透き通った川面は、頭上で優しく揺れる梢の葉の隙間から差し込む太陽光を受け、まるで無数の宝石をちりばめたようにキラキラと煌めいていた。手を伸ばせばすぐにでも届きそうなほど近く、苔むした岩の陰では、小さな川魚たちが群れをなして影絵のように素早く揺らめいている。水底の様子まで鮮明に映し出す透明な水層の底では、丸みを帯びた白い砂利が陽光に照らされ、ゆらゆらと微かに回転しているように見えた。
「石崎。後ろに続いているクラスの連中を、ここまで迷わないように誘導してやってくれないか」
「おう、分かった! すぐに行ってくる!」
石崎は威勢よく頷くと、来た道を駆け足で引き返していった。それとすれ違うようにして、巨体を揺らしたアルベルトが俺たちの元へと到着する。
「お疲れ、山田。そのテントは、ひとまずそこに置いてもらえるか」
「Okey, Joker.」
アルベルトは表情一つ変えず、俺が先ほど置いたテントのすぐ隣へと静かにパッケージを下ろした。
俺は川辺にしゃがみ込み、透き通った川面にそっと右手を伸ばした。ひんやりとした心地よい冷たさが指先に染み渡り、体に蓄積していた熱が一気に引いていく。掌を丸めていっぱいに水をすくい上げると、透明度の極めて高いその水には、周囲の原生林を映し出したかのような微かな緑色の光沢さえ宿っている気がした。
そっと一口含み、喉に流し込む。
不思議なことに、その水にはごく微かな甘みがあった。砂糖のような人工的な甘さではなく、豊かな自然の中で植物や岩石の層を何年もかけて通り抜け、大地の滋養をたっぷり吸い上げた生命の素のような甘さだ。ほんのわずかに鉄分が含まれているのか、後味に仄かに感じる金属的な風味もまた、この野生の水独特の個性を引き立てている。
難しい理屈を抜きにしてざっくり言えば、文句なしに美味しいということだ。
この透明度と水流の勢い、そして独特の澄んだ味わいからして、衛生的な問題は一切なく、人がそのまま飲むのにも何ら問題はないだろう。
「あ……本当に冷たくて、美味しいですね」
いつの間にか隣にしゃがみ込んでいたひよりが、俺の真似をするようにして掌で水をすくい、小さく喉を鳴らしていた。
「ひよりは、こういう野生の川の水に対して抵抗感はないのか?」
「全くないと言えば嘘になりますけれど……美輝くんが迷わず飲んで、大丈夫そうなお顔をされていましたから。きっと平気だろうなって」
「そうか。だが、もし少しでもお腹や衛生面で不安があるなら、一度沸騰させてから飲んだ方が安全性は格段に上がる。無理はするなよ」
「お気遣い、ありがとうございます。でも、わたしは美輝くんのことを信頼していますから、全然大丈夫ですよ」
そう言って、ひよりは微笑んだ。
それからしばらくすると、森の奥からがやがやとした騒がしい声が聞こえ始め、Cクラスの面々が続々と姿を現した。目の前に現れた美しい川に歓声を上げて興奮する者、慣れない山道での歩行に疲れ果てて地面にへたり込む者など、その様子は様々だ。
俺はちょうど戻ってきた小宮からリーダーのキーカードを受け取ると、装置にスキャンして占有を完了させ、クラスメイトたちの前に静かに立った。
「全員揃ったな。――早速だが、この水源の目の前を俺たちのベースキャンプ(拠点)に決定する。異論はないか」
俺が宣言すると、クラスの知性派である金田が眼鏡の位置を指で直しながら挙手した。
「すみません、柊氏。その川の水は、本当に僕たちがそのまま飲んでも安全なのでしょうか?」
「皆が到着する前に、俺とひよりが実際に試飲して安全性を確かめている。だが、より確実な安全性を求める者や胃腸の弱い者は、マッチの火を使って一度沸騰させてから飲むといい」
「……そうですか、確認ありがとうございます。ちなみに、柊氏はこれからこの特別試験をどのように進めるおつもりなのですか?」
「どうするつもりも何も、ただ普通に、ルールに従って快適な野外生活を送るつもりだ」
今回、Cクラスのメンバーに求めるのは、この無人島で「ただ普通に野外生活を送ること」だけ。
そう、ただそれだけだ。もし何らかの不測の事態が起きたり、計画通りにいかなくなったりした場合は、その都度俺が臨機応変に対応する。何も難しいことはない。
金田はまだ俺の指揮に対して懐疑的な視線を向けていたものの、龍園の先ほどの命令を思い出したのか、渋々と受け入れるように言葉を漏らした。
「……分かりました。龍園氏の指示もありますし、今回は柊氏の方針に従いましょう」
「ああ。早速だが、このクラスの中に、私生活や過去の経験でサバイバルの知識、またはキャンプの経験がある奴はいるか? いるなら挙手してくれ」
俺が問いかけるが、クラスメイトたちは互いに顔を見合わせるばかりで、誰一人として手を挙げる者は現れなかった。
「分かった。それなら役割分担を決める。女子はひよりの指示の元、周囲の森に入って安全に食べられる果物や野草の調達を。男子は、ポイントで最低限の投網やバケツを購入し、この川での魚の捕獲と、夜の火起こしに必要な薪の収集を頼む。今から二時間後、進捗を持って一度ここに再集合してくれ」
女子はひより、男子は金田にそれぞれ班の統率を任せる形で細かく指示を出し、解散の号令をかける。クラスメイトたちは、それぞれ与えられた役割を全うすべく、森や川へと散っていった。
「山田、近藤。ちょっと残ってくれ」
俺は作業に向かおうとしていた二人を呼び止める。
「What's up?」
「なんだよ、柊」
「二人は、周囲の森から出来るだけ多くの柔らかい草を集めてきてほしい。それを地面に敷き詰めた上に、支給された二つのテントを立てる。集める草は、念のため中に虫が潜んでいないかよく確認してから地面に敷いてくれ。設置場所は、あそこにする」
俺は川辺の水が上がってこない、少し小高い平坦なスペースを指差した。
二人は無言で深く頷き、すぐに作業に取り掛かってくれた。彼らの手際の良さなら心配ないだろう。
俺は一人、占有したばかりの端末の前に立ち、周囲に誰もいないことを確認してから、音もなく近くの巨木の枝へと飛び移った。そこから猿のように素早く木々を伝い、気配を完全に消してその場を離脱した。
二時間後。
俺はベースキャンプから数メートルほど離れた、鬱蒼と生い茂る大木の上に音もなく立っていた。
高い木の上の枝から、眼下に広がるベースキャンプの様子を静かに見渡す。集合時間通りにクラスメイトたちは全員揃っていた。女子の集まりの手元には、色鮮やかな多種多様な野生の果物が一箇所に積み上げられており、男子は数匹の元気な魚が跳ねるバケツと、十分な量の乾燥した薪を抱えて戻ってきていた。
キャンプの端の方では、龍園が相変わらず腕を組み、退屈そうに目を閉じながら木にもたれかかっている。
トン、と俺は枝からしなやかに飛び降りて着地した。何事もなかったかのようにベースキャンプへと歩いて向かうと、それに気づいた石崎が血相を変えて近づいてきた。
「おい柊、お前今までどこ行ってたんだよ! みんなで探したんだぞ!」
「悪いな。ちょっとこの辺りの安全性を確かめるために、周囲を探索していただけだ」
俺は石崎の言葉を軽く受け流し、女子たちが果物を集めている場所へと向かった。そこには、ひよりが両手いっぱいに赤紫色の実と、黒紫色の小さな実を大切そうに抱えて立っていた。
「それは、ヤマモモとクワの実か」
「美輝くん、この果物の名前をご存知なのですか?」
「ああ。その赤紫色の実はヤマモモと言って、独特の甘酸っぱさがあって美味しいんだ。そっちの黒紫色の小さな実の方はクワの実だな。クワは糖度が高くて甘みが強い。どちらもサバイバルでは貴重な糖分補給になる、優秀な食用果実だ」
「へえ、そうなのですね……! 美輝くんは、本当にどんなことでも知っていらっしゃるのですね」
「まあ、伊達にこれまでいろんな国に足を運んでいたわけじゃないからな」
「ふふっ、素敵ですね。……今度は、美輝くんがロシアに行っていた時のお話を聞かせてくださいね」
「この過酷な特別試験が無事に終わったら、いくらでも話すさ」
「はいっ、とっても楽しみにしていますね」
ひよりは、心から嬉しそうに静かな笑みを浮かべた。
そう言えば、夏休みに入ってからというもの、彼女と二人で過ごす時間が格段に増えていた。学校の図書館で並んで本を読んだり、お互いのお気に入りの本を紹介し合って感想を熱心に語り合ったり。本の話だけでなく、一緒に買い出しに行って簡単な料理をすることすらあった。
以前、ひよりの部屋に招かれた際、自分がかつて世界各地を旅していた経歴を少し話したことがあったのだが、彼女は目を輝かせてその冒険譚を聞き入ってくれた。あの時、懐かしい記憶を掘り起こしながら静かに語り合った時間は、俺にとっても決して悪い気分のものではなかった。
俺はすぐに思考を現実へと切り替え、女子たちが集めてきた山盛りの果物を手に取り、本当に食用に適しているかどうかの選別作業に入った。結果として、集められた果物には一切の毒性はなく、すべて安全に食べられるものだった。
よくよく考えてみれば、この島は高度育成高等学校が国から借り受けて管理している、いわば箱庭のような場所だ。いくら本格的な特別試験とはいえ、生徒が誤って毒草を食べて大惨事になるようなリスクは事前に排除しているのだろう。
果物の分別を終えた俺は、次は魚を獲ってきた男子たちの方へと向かい、水が揺れるバケツの中を覗き込んだ。
「……思ったよりも、随分とたくさん捕れたな」
バケツの中では、二十匹ほどの見事な川魚が元気よく跳ねていた。
「ええ。サバイバルの実戦経験こそありませんが、罠の知識があれば造作もありませんよ。約二十匹、どれも活きが良いです」
「十分な成果だ。ありがとう、金田。助かった」
「礼には及びません。……さて、次は何をすればよろしいですか?」
俺は金田に、薪を使った火起こしの準備を指示した。そして、ポイントから最低限の調理器具としてまな板とサバイバルナイフを購入し、魚たちを締める作業に取り掛かった。生き物の命をいただくことへの静かな感謝を胸に、ナイフの刃を素早く動かして魚を締め、内臓を綺麗に取り除いて下ごしらえを進めていく。
調理法は、素材の味を最も活かせるシンプルな塩焼きにする予定だ。
「美輝くん、わたしもお手伝いします」
内臓を取り出す作業の途中で、ひよりがそっと隣にしゃがみ込んできた。俺は一度ナイフの手を止め、彼女を見る。
「助かるよ、ひより。それじゃあ、俺が下処理を終えた魚を、そこの川の水で綺麗に洗ってくれないか」
「はい。内臓を取り出す方の作業は、お手伝いしなくても大丈夫ですか?」
「サバイバルナイフは一本しか購入していないし、刃物は危ないからな。俺一人で十分だ」
「分かりました。では、洗い終えたお魚はどこに置けばよいですか?」
「洗った魚は、そこの清潔なトレイの上に並べておいてくれ」
ひよりは下処理が済んだ魚を川の水で丁寧に洗い、俺は黙々と残りの魚を捌いていく。
数分後、すべての魚の下処理を終えた俺は、川で生臭くなった手を綺麗に洗い流した。
「あれ、もうすべての作業が終わってしまったのですか?」
「ああ、ちょうど今終わったところだ」
まだ魚を洗っていたひよりを手伝い、すべての下処理が完了すると、あらかじめ拾っておいた細く尖った木の枝を、魚の口から身を崩さないように丁寧に刺して串焼きの形にしていく。
あとは、金田が綺麗に起こしてくれた焚き火の傍らに、その串焼きにした魚たちを等間隔で突き立てていくだけだ。
パチパチと乾燥した薪が爆ぜる小気味よい音が響き、川風に乗って、魚特有の生臭さが消えた香ばしい匂いが漂い始める。
ひよりは火の粉を避けるように少し距離を取りながら、俺の隣で、とても興味深そうにパチパチと揺れる炎を覗き込んでいた。
「こうやって、野生のお魚を直火で焼くの、初めて間近で見ました」
ひよりの純粋な言葉に、俺は焼き加減を慎重に見極めながら、少しだけ頬を緩めた。
「普通にキャンプをしていても、なかなかここまではやらないからな」
串を少しだけ回転させ、皮目がじゅっと音を立てて脂を滴らせるのを確認する。表面が徐々に美しい白色へと変わり、滴る脂が炎に触れて一瞬だけ強く燃え上がった。
それからしばらくすると、ベースキャンプの周囲に漂い始めた抗いがたい香ばしい匂いに釣られるようにして、他の班の連中もぞろぞろと焚き火の周りへと集まってきた。
「うわ、めちゃくちゃいい匂いがしてきたぞ!」
「柊氏、これはもう食べられますか?」
金田が火の熱を気にしながら、声をかけてくる。
「もう少しだ。皮がパリッと黄金色に焼けたら完成だ。ただ、全員分の数はないから、どうしても魚を食べたいという希望者の人数を正確に把握してきてくれないか」
「分かりました。すぐにクラスを回って確認してきます」
初日にしては、これ以上ないほど順調な滑り出しだろう。他クラスの動向も気になるところだが、初日から焦って動き回る必要はない。今日はここでしっかりと地盤を固めるのが先決だ。
彼の言葉に静かに頷き、私は香ばしい匂いが立ち込める焚き火の場を後にした。
背中越しに漂う魚の焼ける匂いは、空腹を刺激するというよりも、この過酷な無人島において、言いようのない絶対的な安心感を私たちに与えてくれていた。
私はベースキャンプを回り、今ここで魚を食べたい者の人数を静かに確認して回る。
驚いたことに、誰もが我先にと主張するような醜い真似はせず、どこか遠慮がちだった。自分の飢えを満たすことよりも、自然とクラス全体の調和や、物資の残量を考慮しているのが手に取るように分かった。
――悪くない空気だ。
ほんの数時間前まで、ここはただの鬱蒼とした不気味な森であり、ただ流れる川に過ぎなかった。
それが柊氏の、無駄のない的確な指示によって、瞬く間に統制された防衛拠点として機能し始めている。
私は名乗り出た希望者の人数を正確に暗記し、再び揺らめく焚き火の前へと戻った。
「希望者はこの人数です。数的には、獲れた魚の量で十分に賄えます」
「了解」
柊氏は短くそう答えただけで、視線は一切魚から逸らさない。
静かに火と向き合う彼の背中には、高校生のものとは思えない、奇妙なほどの静寂と落ち着きがあった。
串を回転させるその指先の動きは完全に一定で、焦りの色など微塵も感じられない。
パチッと皮が弾け、透明な脂が炭火に落ちる。
ただの調理、ただの野外炊事のはずなのに、彼の無駄のない所作を見つめていると、こちらまで不思議と背筋が伸びるような緊迫感を覚えるのだ。
やがて、完璧な焼き加減を見極めた彼が、一本ずつ丁寧に魚を火床から外していった。
「食べる人から順に渡していこう」
その穏やかな声に促され、生徒たちの間に自然と一列の列が出来上がった。
誰かが大声で整列を指示したわけではない。ただ、彼の前ではそう行動するのが最も正しいのだと、クラスの誰もが直感的に理解していた。
私も焼き立ての一本を受け取り、少しだけ熱を冷ましてから、静かに口へと運んだ。
「――っ」
……美味しい。言葉を失うほどに、美味しかった。
塩加減は絶妙に控えめで、川魚本来の持つ淡白で上品な旨味が最大限に引き出されている。焼きすぎによるパサつきもなければ、生焼けの不快感もない。
これは、ただマニュアルを読んだだけの生半可な知識だけで再現できる仕上がりではない。彼がこれまでに積み上げてきた経験が、この一本に凝縮されているのだと思い知らされた。
「思ったよりも、遥かに美味しいですね」
率直な称賛を口にすると、柊氏はわずかに頬の力を緩めた。
「それは良かった。魚が行き渡らなかった、あるいは魚が苦手な奴は、果物だけではエネルギーが足りないだろう。余ったポイントを使って、マニュアルから最低限の食料を購入して配ってくれ」
「分かりました。すぐに手配します」
私は即座に端末を操作して食料を購入し、石崎氏と共に、魚を食べられなかったクラスメイトたちへ迅速に配って回った。
周囲を見渡す。
馬鹿騒ぎをするような騒がしさこそないが、そこに流れる沈黙は決して重苦しいものではなかった。
集団が、統率を失うことなく、ようやく一つに落ち着いた。
それが私の、偽らざる率直な印象だった。
クラスの絶対権力者である龍園氏は、少し離れた木陰で相変わらず腕を組み、静かに目を閉じている。
だが、彼が本当に眠っているわけではないことくらい、私にも分かっていた。
全体の動向を、柊氏がこのクラスをどう動かすのかを、鋭い五感で値踏みするように見守っているのだ。
これまでのCクラスは、龍園氏が振りかざす恐怖と暴力によって強引に制御されてきた。
だが、柊美輝という男は違う。彼のやり方は龍園氏のそれとは完全に対極に位置していた。恐怖で縛り付けるのではなく、自ら圧倒的な実力をもって行動を示し、その背中で周囲を自然と納得させていく。
だからと言って、龍園氏という存在がこのクラスに不要になったわけではない。独裁者である彼の冷徹な判断力と行動力は、CクラスがAクラスへと這い上がるために絶対に欠かせない。
しかし同時に、この柊美輝という規格外の存在もまた、今のCクラスには絶対に必要な存在なのだろう。
「今日の作業はここまでにする。各自、夜に備えて休んでくれ」
柊氏の静かな宣言に、異議を唱える者は誰もいなかった。
西の空が赤く染まり、無人島の深い森の色が少しずつ、夜の帳へと溶けていく。
決して無理はしない。だが、一歩たりとも停滞もしない。
夜は静かに、しかし確実に私たちのもとへと近づいてきていた。特別試験の初日の終わり方としては、これ以上ない、最善に近い着地点だ。
焚き火の勢いが徐々に小さくなり、代わりに川のせせらぎの音が、強く耳に残る。
私はその規則正しい水の音を聞きながら、思考を巡らせていた。
この特別試験は、ただの過酷なサバイバルではない。そして今のところ、Cクラスはかつてないほど正しい道を歩んでいるのではないか、と。
それにしても、あの傲岸不遜な龍園氏が、なぜ柊氏にあっさりと指揮権とリーダーのカードを譲り渡したのか、その真意については未だに検討がつかない。
だが、柊美輝という男の底知れなさだけは、確かに伝わってくる。
現状において、彼の学力は間違いなく学年トップクラスだ。一学期最初の小テスト、あの誰も解けなかった最後の難問三問を、彼は平然と解いてみせた。当時、私はプライドを捨てて彼の解答用紙を見せてもらったが、あれは運や偶然などで解けるようなシロモノでは断じてなかった。
柊氏には、龍園氏のような分かりやすいカリスマ性や、威圧感はない。一見すると、目立つことを嫌う平凡な生徒のようにも思える。しかし、その実力は未知数であり、その平穏な佇まいの裏にある底知れなさに、私は微かな、しかし決定的な恐怖を抱かずにはいられないのだ。
今後、彼がこのCクラスに、そしてこの学校にどのような影響と変革をもたらすのか。
私には、まだその未来を予測することすら叶わない。
私は眼鏡の位置を静かに直し、無人島での、長く静かな一日目の終わりを受け入れた。
今回は金田の視点を入れてみました。口調とかはあってますかね。
誤字やご不明な点がありましたらお願いします。
モチベーションとして感想もいただけると励みになります。よろしくお願いします。